ID:CePbPOEo:家族紡ぎ

 春休みの時期のある日。昼前の時間に目を覚ます。
 リビングに出てみるとゆーちゃんがテーブルで一枚の書類を手にしていた。
 おはよう、と挨拶をかわしあって。それからお互いに苦笑しあう。ぜんぜん早くない。家族がそろう朝ご飯の機会を潰したぐ~たらな大学生がここにひとり。
「お父さん、出かけたの?」
「うん、編集部のほうに用事があるからって出かけた」
「そっか。そのプリント、パトリシアさんの?」
「うん、今日だから、ちょっとドキドキする。あ、おじさんが帰ってくる時間聞いてない。遅くなるのかな」
「んー、朝のうちに用事を済ませに行ったとも言えるから、午後のうちには帰ってくると思うよ」
 交換留学生のホストファミリーがうちの家に決まった。今日がそのひとが訪れる当日。到着は夕方ごろの予定と聞いている。
「迎える準備しなきゃね。せいいっぱい腕を振るうよ、期待してて」
 ぐ~たらの失点を取り戻すべく意気込んでみる。
 うなずいてゆーちゃんが微笑む。頼りにしてますというその素直な表情が心地よくもあり微妙なプレッシャーでもあった。ひとを迎えるための準備なんてじっさい私もほとんど経験がない。しかも相手は外国人。上手くもてなせるかけっこう不安だったりもするのだけれど。
「買い物行こう、すこし待ってて」
 だけれど不安なのはゆーちゃんもきっと同じで。だから私は姉らしい見栄を張って平然を装う。部屋着を着替えて外出の用意をする。


 近所のスーパーで食材巡り。
 パトリシアさんの好みを探りつつ、家でふだん食べている食卓をいつもよりもめいいっぱいていねいに。私たちの現在のプランはそんなものだった。
「どっか日本の名物がある店に外食にいけば簡単なんだろうけどねえ」
「でも、外国のひとを迎えるのにぴったりなお店っていうのもあまり思いつかないなあ」
「値段の高い料亭とか」
「それ、ぜんぜん簡単じゃないよ」
 てくてくとてきとうに歩きながらメニューを吟味。
「和食を受け入れられないなんてことは気にしすぎないほうがいいのかな」
「日本に来たいって思うくらいだから、そのへんはきっとだいじょうぶだよね」
「いざとなったらエビフライを醤油で食べてもらおう」
 まだ会ったことのないひとへの想像をふくらませながら買い物を済ませてゆく。パトリシアさんに好みを聞かなきゃはじまらないのだし、いまはあれこれ考えすぎてもしょうがないのだと気を取りなおした。

「よ、っと」
 作業がはじまるまえのまっさらな台所のうえにドサッと材料を乗せる。ゆーちゃんの携帯に着信音が鳴る。
「おじさんから。もうちょっとで帰るって。留学生のひとが来るまでには間に合うね」
「あ、そう? じゃあどっか和菓子屋でなんかお土産買ってきてって返事しといてくれる?」
 とりあえずの下ごしらえが必要なだけを取りだしつつ、あとは冷蔵庫へ。メールの返事を済ませたゆーちゃんと視線を交わす。
「んじゃ、パトリシアさんが到着するまで待機、かな?」
 ちょっと緊張してきた、とゆーちゃんは言った。私もだよ、自分が緊張していることを茶化す。

 お父さんがちょっと高いお菓子を持って帰宅する。どうかなあ、パトリシアさんの口にあうかなあ、と三人でぐだぐだと雑談。 
 問題なく家に馴染んでくれたらいい。仲良くなれたらいい。そのためにできることを、私たちなりにこうしてやってみて。
 不安とワクワクの両方が大きくなっていく胸のうち。それはきっと、お祭りそのものよりもお祭りの準備のほうが楽しいということに似ていた。ひとりでは持てあましてしまいそうなその気もちをこうしてみんなで共有することにどこか安らぎを感じる。


 パトリシアさんは快活なひとだった。いろいろとダイナミックなところがアメリカっぽいと思う。
 特定の日本文化を好むその趣味は今日の私たちにとって良いのか悪いのか。とりあえず食べ物の好みは心配しないでいいと彼女は言った。是非、この家の食事に合わせてくださいと。
 ある意味、どんな希望よりも難易度の高い注文だ。これはちょっと気合いを入れねばと、いざ、腕まくりをして台所に立った。
 手伝おうか? と後ろからお父さんが声をかけてくる。
「いや、いいよ。配膳のときだけ手を貸してくれればいいかな。ゆーちゃんがパトリシアさんの勢いに飲まれないようにフォローしててよ」
「あー……たしかに」
 苦笑を浮かべる。手際よく手順を進める私に、良い娘を持ったなー、なんてつぶやきながらお父さんはその場を去ってゆく。
 なにを言っているんだか、と肩をすくめながら、私は目の前の作業から目を離さない。

 料理もお菓子も上々の評価をいただいて私は胸をなで下ろす。当初の私たちの心配なんてどこ吹く風で彼女は馴染みまくる。
 この様子だとなにも問題なく、四月からゆーちゃんといっしょに通学していってもらえるだろうと思えた。
 ゆーちゃんが自分の部屋へとパトリシアさんを案内していって、リビングでお父さんとふたりきり。どちらからともなく、ほっとした、と視線を交わす。
「じゃ、後片付けしてくるよ」
「うん」
 急に静かになった空気。立ち上がる際の身体やけに軽くて、ちょっとだけ戸惑いを感じた。

 食器洗いを終わらせて戻ると、ちょうどゆーちゃんたちも戻ってくる。そこで、パトリシアさんが真剣な表情でお父さんを見る。
「パパさん。この家のママさんにゴアイサツさせてくれませんカ」
 ゆーちゃんの部屋で私の家の家族構成の話題になったらしく、そこでお母さんのことに触れたようだ。
 べつに私たちとしてはそんなことを気にしてほしくはないわけで。そういうことを難しく考えなくてもいいよとお父さんは忠告する。
「イイエ。このファミリーのなかでオセワになるのですから、ちゃんと、この家のエライひとにお祈りをさせてほしいのでス」
 自分なら、きっと気を遣ってそれには触れないようにするだろうけれど。そういう考え方もあるのかと思った。
 これがアメリカと日本の違いなんだろうか。それともこの子が良い子だから、こうなんだろうか。パトリシアさんが到着してからここではじめて異文化交流というものを実感した。

 父の私室。仏壇の前に私たちは集まる。正面のパトリシアさんの傍らで、ゆーちゃんが正座のしかた、手の合わせ方を教えている。
 ゆーちゃんが、私のほうを振り向いた。私はうなずいた。
 線香の煙の匂いがする。鈴の音が響く。静謐な、お祈りの静寂が訪れる。

 私はパトリシアさんの背中に、口に出さずに胸の中で声をかける。
 最初は、お父さんと、そこにいるお母さんの二人からはじまったこの家族。私が生まれて、ゆーちゃんがやってきて。
 そして今日、こうして私たちのことも、お母さんのことも想ってくれるあなたが訪れました。

 ようこそ、あたらしい家族。


 パトリシアさんは今日はゆーちゃんの部屋でいっしょに寝ることになった。ベッドじゃなく床に敷く布団を体験することを楽しみにしていた。
 彼女たちが就寝するころの時間に、夜更かしのぐ~たらが再発した私はリビングに出る。
 そこではお父さんが、ちびちびとお酒をやっていた。
「珍しいじゃん、お酒なんて」
「いや、さっきのパトリシアさんについ感銘されちゃってなあ」
「うん、あれはすごかった。なんていうか、すごかった」
「……最初はさ、オレとかなたの二人だけだったんだ、この家は」
「うん」
「お前が生まれて、ゆーちゃんがきて、そしてパトリシアさんが来て」
「……増えたね、家族」
「うん」

 最初は父と母の二人だった。泉の家の人数が増えた明日からは、またきっと楽しい。


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