ID:CSFK1.AO氏:プールサイドで袖触れて

舞台には私と彼女しかいない。二人だけの勝負。先に二往復してきた方が勝者となり、もう片方は敗者になる。


ーなんて勝手な想像をしながら、私は『相手』が泳ぎ出すのを待っていた。
ここは勝負の場でもなんでもない、ただの市営プール。勝負も私が勝手に決めたことであって、ましてや『相手』の人はさっきたまたま隣を泳いでいただけの知らない人だ。




事の発端はたいした事じゃない。泳ぐ練習を兼ねてみんなで遊びに来たら、たまたまあの人が泳いでいたのだ。
「あの人、速いね」
「…うん。それに私より泳ぎ方が綺麗」
「みなみちゃんより?」
運動神経のいい親友が自分よりと言うのだから、もしかしたら部活とかしているのだろうか。
「ホント速い…そうだ。小早川さん、あの人に並列して泳いでみたらどうかな」
「え?」
「それは…相手に悪いんじゃ…」
「別に競争しようって訳じゃないし。一度か二度往復してちゃんと泳げてるか確認してみたくない?」
泳げてるのかどうか…確かに、みなみちゃんに教えてもらったまま往復ができるかは試してみたい。
けどそれとあの人を巻き込むのは関係ないような…。


「相手がいた方がいいと思うんだ。一人で泳ぐと、意識して覚えた通りにしようとして身についてるかわかんないし」
「それはそうだけど…だったらみなみちゃんか田村さんが一緒に泳いでくれた方が良いよ。いくらなんでも知らない人を相手にするのは良くないよ」
でもね、と田村さんが言うには。
みなみちゃんはフォームの乱れとか私達の中で一番わかるから見てもらう方がいい。
不測の事態(考えたくないけど足をつったりとか)になった時に助けてもらえるのも含めて。
で、自分(田村さん)はと言うと
「そろそろパティが復活してるんじゃないかなぁ、って思うから医務室行こうかと話してたんだよね」
そう。この場にはいないが、パトリシアさんも来ている。が、彼女は現在医務室にいる。


怪我をした訳ではなく、初めての日本のプールにはしゃいで準備運動無しで飛び込んで(もちろん禁止されている)お腹を打ち、そのまま泳ごうとして足をつった。
なので監視員さんのお説教を兼ねて医務室へと運ばれていってそのままだった。
「監視員さんは戻ってきてるから、お小言は終わってるはずだし」
「それならその後で泳いだらいいんじゃ」
「泳げなかったパティがその分はしゃいだりしない保証ができる?」
「…無理だね」
パトリシアさんのことだから。泳げなかった時間を取り戻すみたいにはしゃぐだろう。
そうなったら練習どころではなくなる。


そんなわけで今、あの人が泳ぎ出すのを待っている。
対決とかそんな風に考えてないと、その人への罪悪感みたいなものを覚えてしまう。
(はぅぅ…まだかなぁ)
その人は今、お友達と何か話している。…どこかで会った気がするなぁ、あの友達の人。褐色で胸が大きくて。
話が終わったのか、その人はプールに入った…もうすぐ『勝負』だ。


『相手』はとても綺麗な泳ぎで、私を引き離していた。練習していた平泳ぎでは追い付きそうにない。
もちろん、勝つ必要はないのはわかっている。けれど、せっかく『勝負』と思っているんだし、それにみなみちゃんに教わったことで負けたくない。
そう思うと、手と足に力が入った。まだいける。あの人に追いつけるはずだ。
いつも泳ぐ時より力がわいてくる。これならきっと………………あれ?急に身体が重く…………なに?みんな何か声を出しているけど聞こえないよ?……
そう考えていたら、頭に衝撃が走って、私の意識は途切れた。



目を覚ますと、何かの上だった。
「気がついたみたいね」
「ここは……あの…私いったい…」
声をかけてきたのは、『相手』の人だった。
「壁に頭を打ったのよ。水は飲んでないはずだから、もう少し休めば大丈夫。…一応医務室に行く?」
「いえ、大丈夫です。えっと…お名前は」
「永森やまとよ」
「助けて下さってありがとうございます永森さん。私、小早川ゆたかです」
「別にいいわよ。たまたま隣を泳いでいただけだもの」
「いえ、それは」
たまたまではなくて。わざと隣で泳いでました。
そう言おうとして。
「それに、あなたの気絶した原因は私にあるから」


「え?」
原因が永森さんにあるはずがない。だって私が頭を打っただけなのだし。
「あなた、私のペースにのまれていたのよ。いつもよりハイペースだったんじゃない?」
「そうですけど…でもそれは」
「だったら私のせいよ。泳ぐ練習をしているのを見ていたからなおさら、ね」
「知ってたんですか?」
「昔、同じ事をしたから。だからひとつアドバイスすると、そういう場合は負けん気を起こさない方がいいわよ。目的を忘れて勝とうとするから」
「…はい」
よろしい、と言って永森さんは立ち上がった。
「お友達も心配してるし、言って安心させてきなさい」
「そういえばいない…あの」
「私の親友が顔見知りらしくて、何か話してたのよ」
親友ってあの褐色の…あ、思い出した。前に紹介してもらった
「親友って、八坂先輩ですか?」
「…親友って呼んだのは秘密にしてもらえる?」
恥ずかしがる事じゃないのに。そう思いながらも、私は頷いた。
「じゃあ行きますね」
「ええ」
「また会えますか?」
「難しいわね。もう会えないかも…でも、会えたことは変わらない」
「なんですか?それ」
「気にしないで」
会えたことは変わらない…か。確かにこの先、会えるかはわからないし、覚えているかもわからない。
でも、こうして二人で泳いで(一方的な気がするけど)勝負して、話をしたのは変わらない事実。

そして私達は別れた。お互いの親友の元へ向かうために。




おまけ~なぜみなみがいなかったのか~

ゆたかが頭を打って気絶した直後の出来事。
やまとが少女をプールサイドに寝かせた時、友人とおぼしき人達が駆けつけてきたの…だが…
「ゆたか!今人工呼吸するからね!」
「落ち着きなさい。その必要はないから」
「必要がなくてもします!唇を」
「何言ってるのあなた」
「ぬぉ、永森さん×小早川さん←岩崎さん…ぐふふ」
ひよりちゃんもいた。…あぁ、これが百合というやつなのか。
「やめんか!まったく…やまと、その子お願い。私はこの二人に説教があるから」


「…なんてことがあったなんて、とても言えないわね」
「なんか言った?」
「別に。…やっぱり百合とかわからないわね」
「いきなり何言ってんの?」


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