ID:n4zsN5vp氏:命の輪の器

「分かってるわよ。そう何度も言わなくても、ちゃんとやるわよ…もう!切るわよ!」
 かがみは携帯電話の通話を切ると、乱暴にたたんで鞄に突っ込んだ。
「ったく…そんなにうるさく言わなくてもいいじゃない」
 愚痴をこぼしながらしばらく歩き、ある家の前で足を止める。
「…で、結局ここに来ちゃうのね…」
 かがみは泉家を見上げると、ため息をつきながらインターホンのボタンを押した。
『はーい。ちょっと待って下さいねー』
 スピーカーからこなたの声が聞こえ、その直後にはバタバタと家の中から足音が聞こえてきた。
「…なんかせわしないわね」
 とりあえずかがみは、こなたが玄関から出てくるのを待った。



― 命の輪の器 ―



「あれー?かがみ?」
 玄関のドアを開けたこなたは、そこにいたのがかがみである事が意外な風に目を瞬かせた。
「そうよ。誰だと思ったの?」
「いや、てっきりネットで注文したのが届いたのかと思って」
 そう言いながら恥ずかしそうに頭をかくこなた。それを見ながら、かがみはため息をついた。


「あんた、ネット通販とか嫌いじゃなかったっけ?」
 玄関でかがみが靴を脱ぎながらそう聞くと、こなたは眉間にしわを寄せた。
「嫌いってわけじゃないよ。ただ、お店で買う方が好きなだけだよ」
「ふーん…じゃ、今回はネットでしか買えない様な物だったの?」
 靴を脱ぎ終わったかがみは立ち上がり、こなたと並んで部屋に向かって歩き出した。
「いや、そうじゃないんだけど…色々やることあるからね。昔みたいにそうちょくちょく店に行けなくなったんだよ」
 二人がこなたの部屋に入ると、一人の幼児がこなたの足に抱きついてきた。その可愛らしい姿に、かがみの顔が緩む。
「やっぱ、可愛いわね…」
「ふふーん。でしょう?」
 かがみの呟きに得意げに答えながら、こなたはその幼児…自分の娘を抱き上げた。
「ごめんねー、急に出てっちゃってー。お目当てのゲームじゃなくてかがみだったよー」
 デレデレな甘い口調で娘に話しかけるこなたに、かがみは思わず苦笑してしまった。
「娘ほっといてゲーム受け取りに行くなんてしてたら、その内グレるわよ?」
「グレないよー。その分ちゃんと愛してあげてるもん」
「そうですか…ってーか」
 かがみは部屋を見渡し、PCの傍に積みあがってる箱を見てため息をついた。
「子持ち人妻になっても、ゲームは積むのね」
「んーまあ、わたしの性といいますかね…」
「こんなにいっぱい、どんなのやってるのよ?」
「普通にエロゲ」
「普通じゃねえ!ってか育児しながらエロゲするな!」
 かがみは大声を上げた後しばらく肩で息をし、とりあえずベッドにでも腰掛けようとしたが、いつもの場所にベッドがないことに気がついた。
「あれ、あんたベッドはどうしたの?」
「もう全然使わないから片付けちゃった」
「ふーん…」
 仕方なくかがみはそのまま床に腰を下ろした。
「じゃあ、寝るときどうしてるの?」
「ゆーちゃんが居た部屋を寝室にしたんだ。そこで三人で寝てるよ」
 そう言いながらこなたも床に腰を下ろし、膝の上に娘を乗せた。
「この子が生まれる前はダーリンの部屋で寝てたんだけどね」
「ふーん、じゃあ結婚したときから使ってなかったんだ…じゃあ、もっと前に片付ければいいのに」
「執筆の合間の仮眠に使ってたんだけどね。誘惑がすごいんでちょっと自重しようかと…」
「…あんたの場合、ゲームと漫画とテレビをなんとかするべきだと思うんだけど」
 ふと、かがみはこなたがじっと自分の顔を見つめていることに気がついた。
「な、なによ…」
「今日は何がうまくいってないの?」
 唐突にそう聞いてきたこなたから、かがみは思わず目をそらしてしまった。
「な、なんでそう思うの?」
「最近のかがみの行動パターン。何かうまくいかないことがある度に、わたしんち来てる」
「…そうね…」
 かがみは素直に認め、ため息をついた。
「やっぱり旦那さん関係?」
「うん…まあ、あと仕事とね」
「仕事…そういや、きょうは平日なのに随分早く来たね。ってか仕事場からそのまま?」
 こなたはそう言いながらかがみを上から下まで眺めた。私服ではなくスーツ姿で、頭もプライベート時のツインテールではなく、首の後ろ辺りで束ねただけの髪型だ。
「家のことがあるからって、早めに帰ってきたのよ」
「それでここに来てたら、また色々言われるんじゃない?」
「大丈夫よ。どうせ向こうは午前様だから」
 そう言ってかがみはまたため息をついた。あまりのため息の多さに、こなたまでなんだかため息をつきたくなっていた。
「新婚さんなんだから、もっとラブラブしてればいいのに」
「…できないわよ、そんなの」
「つかさんところはラブラブなのに」
「アレと一緒にしないで…」
 そう言いながらまたため息をつくかがみに、こなたは苦笑して見せた。
「やっぱり、結婚してからつらくなった?」
「そうね…なんか色々噛み合わなくなってきて…結婚前はこんなことなかったのに」
「どうしてもきついってのなら、家庭か仕事どっちかやめちゃえば?」
「…え?」
 こなたの唐突な一言に、かがみは唖然としてしまった。
「そ、そんな簡単にやめられるわけないでしょ…」
「そっかな?こういう決断は早い方がいいと思うけど」
 言いながらこなたは、膝の上の娘の頭を撫でた。娘が嬉しそうに笑う。それを見て、こなたも微笑んだ。
「どっちかをおろそかにしたらされた方が可哀想だし、最悪どっちもうまくいかないままでズルズルいっちゃうかもしんないし」
「それは…そうなんだけど…」
 呟きながら項垂れてしまったかがみを見て、こなたは困りきった顔で頭をかいた。
「んーまあ、ちょっと極端な意見だったとは思うけどね…」
「…そうね」
 こなたのフォローの言葉にも、かがみは気のない返事を返すだけだった。
「重症だなあ…」
 こなたがどうしようかと悩んでいると、かがみは不意に顔を上げてこなたをしっかりと見据えた。
「あんたはどうなの?」
 かがみのその質問に、こなたは首をかしげた。
「わたし?わたしがなに?」
「仕事しながら家庭持つってこと、どう思ってるのかなって…あんたは家で仕事してるから、参考にはならないとは思うけど…」
 こなたは娘の頭を撫でながらしばらく考えた。そして、目を瞑ってかがみに答えた。
「…わたしはかがみと同じように外で働いていたら、この子を産んだときにそっちをやめてたと思う。結婚したときは学生だったから、その時はどうとかはわからないけどね」
「意外ね…あんたは自分のわがまま通すかと思ったけど」
「わがままだよ」
 こなたは目を開けて微笑んだ。
「この子が学校とか行きだしたらさ、帰ってきたときに家でちゃんと待っててあげたいっていう、わたしのわがままだよ」
「…そう」
「わたしのお父さんはさ、ずっとこの家を守ってきたんだって、最近思うんだ」
「おじさん…?」
 唐突に出てきた父親の話に、かがみは首をかしげた。
「うん。もし、お父さんが外に出て働いてたら、わたしは誰も居ない家に帰ってきてたんだなって。そうならないように頑張って、家族が待っててくれる家にしてきたんだなって」
 かがみは何も言えず、ただこなたの顔を見ていた。
「まあ、お父さんは若いころから物書き目指してたみたいだから、結果的にそうなったって話でもあるんだけど…」
 こなたは大きく息を吐き、天井を…父の書斎がある辺りを見つめた。
「お父さんも、もう歳だしさ…次はわたしの番だなって思うんだよ。お父さんみたいに上手くいかないかもしれないけど、ちゃんとこの家を守ってさ、この子の帰ってこれる家にしたいんだよ…母親として、ね」
 再びかがみのほうを向き微笑むこなたに、かがみは何と言っていいかわからなかった。父親への思い、母親へのこだわり。そういうものを考え、頑張って成し遂げようとしてる。しっかりと繋げていこうとしている。
「…そんな自分だけで全部やろうなんて、思わなくていいんじゃない?おじさんは一人だったから、そう頑張るしか無かったんだろうけど、あんたにはあいつがいるし…」
 結局、言えたのはそんな言葉だった。
「だからわがままなんだよ。全部わたしがやりたいっていう、わがままなんだよ」
 こなたは笑顔をまったく崩さずに答えた。
「ダーリンにはそれを見守っててさ、上手くいかない事があったら少しだけ支えて欲しいなって…これもわがままかもしれないけどね」
 そう言うこなたに、かがみはなんだか笑いたい気分になった。
 あれもやりたい、これもやりたい、困ったときは助けて欲しい。高校のときと根本の部分は何も変わっていないのだと。ただ、その内容と大きさだけが変わってきているのだ…母親という立場になった事で。
「っと、ごめんねかがみ。なんだかわたしの話ばっかりしちゃって」
「…ううん」
 かがみは謝るこなたに首を振って見せた、
「あんたは、大きくなったわね…」
 そして、呟くようにそう言った。
「むー…それは高校卒業してから一センチも伸びてないわたしに対して言うことですかな…」
 むくれるこなたに、かがみは思わず吹き出してしまった。
「違うわよ。体の事じゃなくて心の方…器って言うのかな。それが、あんたはほんとに大きくなったなって、そう思ったのよ」
「そ、そっかな…」
 照れるこなたを見て、かがみはため息をついた。
「それに比べて…わたしは何やってるんだろうな…」
 そして、思わず携帯の入った鞄のほうを見てしまう。
「んー…」
 こなたはしばらく頬をかきながら考え、なにか思いついたように人差し指を立てた。
「大丈夫だよ。かがみはやればできる子とは違うから」
「…は?」
 かがみは間抜けな声を出してこなたの方を向いた。
「なんだそれ…?」
「やればできるじゃなくて、やりたいことをちゃんとやってきたって事。だから今度も大丈夫だよ」
「…なにもかも上手くやれてきたわけじゃないわよ」
「うん。でもそれは、細かいところだけでしょ。大きなところはちゃんとやれてきたんだから、大丈夫だよ。わたしは…そう思ってるよ」
 やはり笑顔でそう言うこなたに、かがみは今までとは違った意味でのため息をついた。
「…あんたには、かなわないな…時間守れだの、宿題ちゃんとしろだの、うるさく言ってた高校の時が嘘みたいよ」
「あ、うるさいって自覚あったんだ」
「…悪い?」
 茶々を入れるこなたに、かがみは眉間にしわを寄せた。
「いやいや、かがみにうるさく言われたからこそ、今のわたしがあるわけですよ」
「調子のいいこと言っちゃって…」
「…あ、そろそろ晩ご飯の支度しなくちゃ」
 たまたま視界に入った時計を見て、こなたがそう言った。
「え、もうそんな時間?」
 かがみも時計を見た。そんなに話し込んでいたつもりは無かったが、時計の針は随分と進んでいた。
「かがみ、どうする?」
「え、どうするって?」
「ご飯。食べてく?」
「えーっと…」
 かがみが少し悩んでいると、鞄の中の携帯が着信音を鳴らした。
「…っと、ちょっと待ってね」
 かがみは携帯を取り出し、メールをチェックした。そして、その携帯を今度はスーツのポケットに入れて、鞄を持って立ち上がった。
「今日は帰るわ…ごめんね、時間取らせちゃって」
「いえいえ、どういたしまして」
 なにやらせわしなく部屋を出て行くかがみに、こなたはニヤついた笑みを浮かべていた。



 泉家をでてからしばらく歩いたところで、かがみはポケットから携帯を取り出して開いた。そこにうつっているのは『さっきはごめん』と、たった一言のメール。
「…わたしも、甘いなー」
 それだけで許そうとしてる自分に、かがみは笑いたくなった。
「さ、がんばろ。こなたに負けてられないわ」
 かがみは大きく伸びをして、少し早足で自分の家へと歩き出した。



― 終わり ー





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  • むふふ -- 名無しさん (2011-01-29 02:10:35)

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最終更新:2011年01月29日 02:10
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