ID: > a3dewGd氏:たゆたう

 浮いている。今の自分の状況をわたしはそう感じた。
 でも、空に浮かんでいるのとは違う。手足を動かすと少し重い。何か抵抗を感じる。
 そして、ゆっくりとだが流れを感じる。わたしは流されている。
 そう、これは水だ。この浮遊感は浮力だ。
 大きな川のような場所で、わたしはゆっくりと流されているのだ。
 その感覚が心地よく、わたしは目を瞑り、すべてを流れにゆだねた。



 目を覚まし、上半身を起こしたわたしが最初にしたことは、自分の布団の中を確認することだった。
 幼い頃から幾度となく見るこの夢。最初に見たのは幼稚園の頃だった。
 そして、わたしはその時おねしょをしてしまった。
 それ以来、この夢を見たときはおねしょをしていないか確認するのが癖になってしまっていた。
 もちろん、高校二年にもなった今では、おねしょなどしていない。するはずなど、ない。



― たゆたう ―



 朝、学校についたわたしは、友人である小早川ゆたかとの会話の中で、今朝の夢の話を出した。
 この夢について、彼女がどういう見解を示すのか興味があったからだ。
「………ええっとー…その…」
 長い沈黙の後の歯切れの悪い態度。何故かわたしと目をあわさないようにしている。
「…どうかしたの?」
 わたしがそう聞くと、ゆたかは俯いてしまった。何か、ゆたかの気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。それとも夢の内容がゆたかのトラウマに触れるようなものだったのだろうか。
「…ゆたか…その…」
 とりあえず、ゆたかに何が不味かったのか聞いてみようと声をかけると、急にゆたかが顔を上げた。
「みなみちゃん。わたし、誰にも言わないから」
 そしてゆたかは、決意を秘めた目でそう告げた。意外と頑固なところがあるゆたかは、こういう時頼もしく感じる。
 …えーっと、そうじゃなくて、なんで秘密にする必要があるんだろう。ただの夢の話なのに。
「いや、あの、ゆたか…?」
「大丈夫だよ、みなみちゃん。わたしこう見えても結構口は堅いんだから。みなみちゃんの恥ずかしい秘密は守り通すよ」
 あれ?わたし?恥ずかしい秘密?そんなこと話したっけ?
「…お、おねしょはわたしも幼稚園の頃までしてたから…こ、個人差だと思うし…」
 ああ、ゆたかもそれくらいまでしてたんだ、変な共通点だけどちょっと嬉しいな。
 …いや、そうじゃなくて。ゆたかも同じなら、そんな硬く考えることは無いような…確かに言いふらされたらちょっと困るけど。
「でも、そんな恥ずかしいこと告白してくれたのは、信頼されてるみたいで嬉しいよ…」
 なんでこんなに深刻なのだろう。まるでわたしが今朝おねしょしたみたい………え…いや、ちょっと待って。まさかゆたかはそう勘違いしてるの?違うよね?ありえないよね?
「でも、この歳でおねしょとかはどこか体が悪いのかも知れないし、病院の先生に相談した方がいいかも…」
 ああああああ!誤解してるー!
「ゆ、ゆたか…それはちが」
「うーす、みんな席つけよー」
 わたしがゆたかの誤解を解こうと声を出すと同時に、教室のドアが開く音と担任の黒井先生の声。
「あ、先生だ。みなみちゃん、また後でね」
 ああああああ!もータイミングの悪いー!
「…みなみちゃん。がんばって」
 何を頑張ればいいの、ゆたかー!



その後の授業はほとんど集中できなかった。ゆたかのことを考えると、まったく気が気でない。
 ゆたかは黙っていると言ったけど、なにかの拍子にぽろっと漏らしてしまうかもしれない。
 それに、ゆたかは何かと表情に出やすいから、その辺りからばれるかもしれない。
 特にひよりやパティには気をつけないと、彼女たちは少し押しの強いところがあるから、聞かれるとゆたかは話してしまうかもしれない、
 なんとか早めにゆたかの誤解を解かないと。最低でも学校内で解いておかないと、ゆたかが家に帰ってしまったら最悪だ。
 彼女の家には泉先輩が居る。わたしの胸の悩みを見抜いた勘のよさといい、こちらの都合を考えない喋りといい、人の秘密を暴くために居るかのような人だ。正直、ゆかりさんの次くらいに苦手だ。

 とか思っていたんだけど、何かタイミングが悪くてゆたかと上手く話が出来ないまま、ずるずるとお昼休みまで来てしまった。
 でもまあ、一緒にお昼ご飯を食べるから、ここで確実にゆたかと話せる。幸いにも、ひよりとパティは部活の先輩に呼ばれてるらしく不在だ。
「やふー、ゆーちゃんこんちゃー」
「あ、あれ。こなたお姉ちゃん、どうしたの?」
 ああああああああ!なんで貴女がここに来るんですか!しかもまた制服で!中学生にしか見えませんって!
「どうしたのはないよー。ほら、ゆーちゃんお弁当忘れてたでしょ」
「あ、ホンとだ…ありがとう、お姉ちゃん」
 なんでこんなタイミングでそんなドジっ娘をー!………いや、少し落ち着こう。悪いのはゆたかじゃない。変な話を迂闊に喋ったわたしだ。ここは冷静にゆたかが迂闊なことを言わないように見守らないと。
「ところでゆーちゃん。みなみちゃんが、なんかこっち睨んでるような気がするんだけど」
「み、みなみちゃん?え、えっと…警戒してるのかな…」
 …いきなり迂闊なこと言ってるし…。
「警戒…ふーん…ゆーちゃん。もしかして、みなみちゃんのことで何か隠してる?」
 鋭すぎる!
「え、ええええっ!?し、してないよ!わたし、何にも知らないよ!」
 あああああああ!それ思い切り『わたし隠してます』って態度だよゆたかー!
「ほほー。何を隠してるのかな?ほれほれ、お姉さんに言ってみ?」
「だ、だめだってお姉ちゃん…」
 頑張れゆたか………いや、何をやってるのわたし。見てないで止めないと。少しきつい言葉になっても構わないから、泉先輩を止めないと。
「絶対に言えないから…みなみちゃんがこの歳でおねしょ」
「ちがーう!わたしがおねしょしたのは幼稚園の時の話だからー!!」
 驚いた。心底驚いた。わたしってこんな大きな声が出せたんだ。チェリーに手で餌をあげようとして噛まれてしまったときにも、こんな大きな声は出なかった。
 静まり返る教室。止まってる時間。後ずさってるゆたかと泉先輩。
「…そ、そうだったんだ…わたし誤解してたみたい…ご、ごめんね…」
 とりあえず、ゆたかの誤解は解けていた。




「みなみちゃーん。ごめんなさいってばー」
 机に突っ伏しているわたしの体を、ゆたかが謝りながら揺さぶってくる。
 ううん、ゆたかは悪くないよ。何か星のめぐりが悪かったんだよ、きっと。
 それに、これをきっかけにクールで出来る人とかいうわたしのイメージが少し崩れたら、それはそれでちょっとラッキーかなーって思ってみたり。
「みなみちゃん、ストレスたまってるんじゃない?」
 いつのまに買って来たのか、缶コーヒーを飲みながら泉先輩がそう言った。っていうかまだ居たんですか。
「流れに逆らわないで、ゆったりと流れてみたい…そういう願望なんじゃないかな。みなみちゃんが見た夢って」
 そうなのだろうか。わたしはずっと、自分は周りに流されやすい人間だと思っていたのだけれど。
「周りのじゃなくて、自分の流れね。自分がこう流れたいってのにずっと逆らってたら、そりゃストレスもたまるよ」
 …この人は他人の心を読めるのだろうか?しかも、わたしでも気づかなかった奥底を。
「ま、先輩面しての戯言だから、あんまり気にしないでよ」
 そう言って、にこやかに笑う泉先輩。
「…ありがとうございます」
 わたしは、その先輩に意識せずそう言うことが出来た。
「んー…言葉が気に入ってくれたのならいいんだけど、お礼はちょっと違うかな。さっきゆーちゃんから、へんなこと聞きだそうとしたお詫びみたいなもんだし」
 照れたように頬をかく泉先輩を、わたしは今素直に尊敬している。みゆきさんといい、わたしは本当に人生の先達というものに恵まれているようだ。
「それに、みなみちゃんにはゆーちゃんと仲良くしてもらいたいからね。わたしのせいでそれがこじれたりとかしたら、家に居れなくなっちゃうよ」
「…どうしてですか?」
「いや、ここだけの話なんだけどね…実はうちで一番の権力者はゆーちゃんなんだよ」
「ちょ!?お姉ちゃん何言ってるの!?」
「…怒らすと怖いよー」
「う、嘘!嘘だからね、みなみちゃん!わたし怖くないよ!?」
 わたしには、このひどくマイペースな先輩のように、自分の流れに身を任せることは急には無理だろう。
「…そうですね。わたしも、ゆたかを怒らせないよう注意します」
「みなみちゃんまで、何言ってるんだよー!」
 だから、あの夢のようにゆっくりと、わたしはわたしの流れを知っていこうと思う。



― おしまい ―




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