ID:P > vN5UhT氏:腕輪

 とある休日。小早川ゆたかは、徹底的に部屋の掃除をしようと思い立ち、そのまま勢いあまって物置の整理まで始めていた。
 物置の奥のほうを整理していると、なにか輪のようなものが落ちているのが見えた。ゆたかは気になって、それを拾い上げた。
「…うん?」
 ゆたかは、自分が拾い上げたものを手に首をかしげた。
「腕輪、かな?」
 拾ったものを手にはめてみると、丁度いい感じの大きさだ。プラスチック製の、子供がはめるようなおもちゃの腕輪。
「…子供のおもちゃがまだ丁度いい大きさのわたしって…」
 自分が行った行為が示した事実にゆたかが落ち込んでいると、部屋の扉をたたくノックの音が聞こえた。
「はーい」
 返事をしながらゆたかが物置から出ると同時に、ゆたかの部屋に従姉妹の泉こなたが入ってきた。
「ゆーちゃん、どこから出て来るんだよ…」
「え、あ、うん。ちょっと部屋の掃除のついでに、物置の整理もしとこうかと思って…」
 物置から這い出てきたゆたかを胡散臭げに見つめるこなたに、ゆたかは頭をかきながら答えた。
「で、ゆーちゃん。今日、食事当番だって覚えてる?」
「うん、覚えてるけど」
「で、今の時間は?」
 ゆたかはこなたが指差した目覚まし時計を見た。午後七時。食事の用意どころか、すでに食べ始めてるような時間だ。
「…うそー…」



― 腕輪 ―




「…はぅ…ごめんなさい…」
 テーブルに着いたゆたかは、こなたとその父親、自分の伯父であるそうじろうにひたすら頭を下げていた。こなたかそうじろうが代わりに用意したようで、テーブルの上にはちゃんと食事の用意がしてあった。
「いやまあ、たまにはこういうこともあるだろ」
「まさかゆーちゃんが、こんなボケをかましてくれるとは思わなかったよ」
 自分の失態を快く許してくれる二人に、ゆたかはますます申し訳ない気持ちになった。
「しかしこなた、仕事で部屋に篭ってた俺と違って、お前はもっと早く気づけたんじゃないか?」
「え、あ、それは…」
 そうじろうの質問に、こなたは頬をかきながら言葉を濁した。
「それに、食事の準備をしたのこなただろ?随分用意が良かったけど、もしかしてゆーちゃんが時間忘れてるの知っててほっといたんじゃないか?」
「え、えーっと…」
 そうじろうの追及に冷や汗を垂らして顔を背けるこなた。
「…こなたお姉ちゃん、ホントに?…」
 その視線の先には、真剣な眼差しで見つめるゆたかがいた。
「…ごめんなさい。おっしゃる通り、ゆーちゃんが掃除に夢中になってるの知っててほっときました」
 場の雰囲気に耐えられず、こなたは思わず頭を下げてしまっていた。
「お姉ちゃん、どうして?ちゃんと言ってくれれば良かったのに」
「いやー、ちょっとゆーちゃんを困らせてみたかったというか、しょぼくれてるゆーちゃん、可愛かったよ。うん」
「ええー、そんな理由で…」
「ああ、こなた。その辺りはグッジョブだったぞ」
「おじさーん!?」
 なぜか拳をつき合わせている泉親子に、ゆたかはどう言っていいか分からないでいた。
「ところで、ゆーちゃん。手につけてるそれなに?」
 ふと、こなたはゆたかがなにか手につけているのに気がつき、それを指差して聞いた。
「え?…あ、つけたままできちゃったんだ」
 ゆたかは自分の手首にはまったままの腕輪を眺めた。
「物置の整理をしてたらね、奥から出てきたの。子供のおもちゃみたいなんだけど…って、どうしたの?」
 腕輪を見つけた経緯を話している最中に、ゆたかはこなたとそうじろうが微妙な表情でこちらを見ているのに気がついた。
「お父さん、あれって…」
「ああ、ゆーちゃんの部屋の物置とはな。盲点だったよ」
「え、えっと…探してたんですか?これ」
 ゆたかが慌てて腕輪を外そうとする。それを見ていたそうじろうは、顎に手を当てて少し考えるそぶりを見せた。
「んー、まあ、ゆーちゃんが気に入ったのならあげるよ」
 そして、笑顔でそう言った。
「えっ…」
「ちょ、ちょっと、お父さん。あれって」
 ゆたかが驚くより先に、こなたが驚いてそうじろうのほうを見た。
「いいんだよ、こなた。さて、話ばかりしてないで食べようか」
 有無を言わさず腕輪の話を切ろうとするそうじろうに、ゆたかは複雑な表情をし、こなたは呆れたようにため息をついた。




「…んー」
 夕飯が終わった後、ゆたかは自室のベッドで仰向けに寝転がり、手にはめた腕輪を眺めていた。
「なんだったんだろう、これ。気になるな」
 どう見ても、普通の子供のおもちゃ。よく見ると、ところどころ塗装がはげていて、かなり古いものだと分かった。
「ゆーちゃん、入っていい?」
 しばらく腕輪を眺めていると、ノックの音と共にこなたの声がした。
「うん、いいよ」
 ゆたかが答えると、こなたがドアを開けて部屋に入ってきて、ゆたかが寝転んでるベッドに近くに座り込んだ。ゆたかは身体を起こし、ベッドのふちに腰掛けた。
「その腕輪なんだけどね」
 前置きも無しに、こなたは本題を切り出した。
「昔、お父さんがお母さんにプレゼントしたものなんだって」
 こなたの言葉に、ゆたかは驚いて腕輪を見つめた。そうじろうがこなたの母親である、今は亡きかなたへの贈り物。自分が考えてる以上に大切なものだったのではないかと、ゆたかは感じていた。
「小学生くらいのときに…って普通思うけど、プレゼントしたの大学卒業してすぐの頃だって」
 ゆたかは腕輪から視線をこなたに移した。こなたはそれを受け、いたずらっぽく笑うとお手上げのジェスチャーをした。
「わたしが知ってるのはそんだけ。お父さんが何考えてそれをプレゼントしたのかとか、受け取ったお母さんがどう思ったのかとか、そもそもなんでそんなものプレゼントすることになったのかとか、さっぱり分からないんだ」
 そこまで話すと、こなたは大きくため息をついた。
「その腕輪見るとね、思うんだ。知らないこと、結構あるんだって。お父さんのことも、お母さんのことも」
 少し赤らめながら、照れくさそうに頭をかくこなたに、ゆたかは手から外した腕輪を差し出した。
「ゆーちゃん?」
「これ、わたしよりこなたお姉ちゃんが持ってたほうがいいと思う」
 こなたは差し出された腕輪をしばらく見つめた後、首を横に振った。
「それは、お父さんがゆーちゃんにあげたんだから、ゆーちゃんのものだよ」
「で、でも…」
「普段が普段だから、信用できないかもしれないけど、そういう事には何か意味があると思うんだ。お父さんなりの、ね」
 ゆたかは差し出したままの腕輪を見て、そしてまたこなたを見た。その視線を受けたこなたが、もう一度首を横に振る。
「わたしは分からないよ。お父さんの考えてること、分からないこと多いから。でも、一つだけ言えるとしたら、悪い意味じゃないってことかな」
 そう言って微笑むこなたを、ゆたかはなんとも言えない気持ちで見つめていた。そして、腕輪を自分の手にはめなおした。
「…大事にするよ」
「うん、そうして」
 こなたは満足気にうなずくと、立ち上がり大きく伸びをした。
「んー、柄じゃない話すると疲れるなーっと」
 そして、そのまま部屋のドアへと向かう。
「あ、そうだ。ゆーちゃん」
 ドアに手をかけたところで、なにか思いついたようにこなたはゆたかの方を振り向いた。
「少なくともゆーちゃんを口説こうとは、お父さんも考えては無いと思うよ」
「そ、そんなこと分かってるよ!」
 思わず大声を出してしまったゆたかに、こなたはニンマリとした笑みを向けると部屋を出て行った。
「もう、こなたお姉ちゃんは…」
 ゆたかは頬を膨らませると、またベッドに横になった。そして、腕輪を見つめため息をつく。
「…全然、分かんないな」
 そうじろうがどう思っているのか、こなたがどう感じているのか、ゆたかはまったく分からなかった。娘であるこなたですら知らない物語の詰まった腕輪。それをあげる意味、もらった意味。考えれば考えるほど、分からなくなっていく。
「どうして、聞かなかったんだろ…?」
 思わず口から漏れてしまった独り言。こなたはこの腕輪の存在を知っていた。にもかかわらず、詳しいことは何も知っていなかった。どうしてそうじろうに教えてもらわなかったのだろうか。こなたは気にならなかったのだろうか。
 不思議な親子だと、ゆたかは思う。小さな頃からなんとなく、この家に住むようになってからはっきりと。お互いをどう思っているのかなんとも掴みづらい。
 ただ、信頼はあるのだと思う。ゆたかは腕輪を眺めながらそう思った。亡き母親のものだった腕輪をあげること。父はそれを躊躇せず、娘はそれに意味があると言った。そこにはお互いを信頼する心があると、ゆたかには思えた。
 自分にもその信頼を分かることができるだろうか。この家の家族をもっと知りたい。ゆたかは腕輪を眺めながら、そんなことを思っていた。



「みなみちゃん、おはよう」
「…おはよう」
 翌日。ゆたかは待ち合わせの場所で友人の岩崎みなみと合流し、一緒に学校へと向かった。
 しばらくして、ゆたかはみなみが自分の鞄を見ているのに気がついた。
「みなみちゃん、どうかした?」
 ゆたかが立ち止まってそう聞くと、みなみはゆたかの鞄を指差した。
「…え、いや。それ、なにかなって」
 ゆたかの鞄には、昨日の腕輪が紐でぶら下げられていた。
「あ、これ?学校行くのに、腕につけるのはあんまり良くないかなって思ったんだけど…鞄につけてても変かな?」
「…そんなことない…たぶん」
 どう言っていいか分からず、みなみは困った顔をした。それを見たゆたかが、クスッと笑う。
「あんまり、気にしないでよ。みなみちゃん」
「…う、うん」
 歩き出したゆたかを、みなみが追いかける。自分が家を出るときにようやく起きてきたこなたが、この鞄を見たらどう思うだろうか。みなみの前を歩きながら、ゆたかはそんなことを考えていた。



― おしまい ―


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