熱い。
真っ白な光の中、こなたは思った。
お腹が熱い、腕も熱く感じる。それに体が軋む。
ゆっくりと目蓋を開けると、そこには眩しいばかりの太陽があった。
自分が何をしているのか、わからなかった。昼寝でもしていたのだろうか?
そうか、この熱さは太陽に当たっていたせいで、体が軋むのは、そんな場所で寝ていたから。
そう納得し、こなたは地面に手をついた。ぬるりとした感触がしたが、気にかけず起き上がる。
その、目の前に広がっていたのは、あまりにも、凄惨な光景だった。
思わず口元を押さえる。
しかし、せり上がる吐き気をとめる事はできず、嘔吐する。
ビチャビチャと音を立て、吐き出されるそれは赤く染まっていた。
視界を彩る赤。
こなたの居るそこは、血の海になっていた。
「かがみ……つかさ? みゆきさ……んぁ……うあああぁぁぁあああああああ!」
「ああぁぁぁぁああああああ!」
午前4時、こなたは叫び声を上げながら飛び起きた。
「はぁ……はぁ……」
ドタドタと廊下を走る音がする。
「こなた!」
「お、おはよー、お父さん」
「お姉ちゃん……?」
「ゆーちゃんもおはよう」
扉をぶち破って――と言わんばかりの勢いで入って来たのは、そうじろうとゆたかだった。
「何かあったのか?」
「あーいや、ちょっとひどい夢見たから」
「大丈夫? お姉ちゃん」
「うん、大丈夫。ごめんね、起こしちゃって」
「そうか、ならいいんだが……」
ぎこちない笑顔を作りながら、二人が出て行くのを待つ。
扉が閉まったところで、こなたは顔を手で覆った。
「ふぅ……」
大きくため息をつく、と覆った手から嫌な感触がした。
ぬるりとした、それは……。
「よだれ」
こなたは再び大きなため息をつき、よだれを腕でぬぐう。
「起きよ……」
とても二度寝する気にはなれず、ベッドを出た。
「おーすこなた。ってまた徹夜か」
「こなちゃんおはよう~」
かがみとつかさは、目の前をフラフラしながら歩いているこなたに声をかけた。
「おはぁよぉ~」
「今度はなに、ネトゲ? アニメ?」
「どっちも違うよぉ」
かがみは少し考え、言った。
「勉強……なわけないわよね。あんたが勉強で徹夜とか天変地異クラスだしね」
「ねぇねぇ、お宅のお姉様ひどくない?」
「えっと……あはは」
むぅ、と頬を膨らましながらこなたは答えた。
「残念ながらハズレ。そもそも徹夜じゃないしね~」
「へぇ、じゃあ何よ?」
「まぁ、ひどい夢見ちゃってねー二度寝したくもなかったからさ」
「あーっ、わかるよ! 怖い夢とか見ちゃうと、また寝るの嫌だよね……」
「あのねぇ、あんたじゃあるまいし、こいつが」
言いかけたところで、こなたが目を逸らしていることに気づく。
「……」
「なに図星? ほー……あんたが怖がる夢ってのは興味あるわね。あとで教えなさいよ」
「やめた方がいいと思うよ?」
「余計気になるわよ。昼休みにでもじっくり聞かせてもらうわ」
「えー……」
嫌がるこなたを尻目に、かがみはスタスタと歩いていった。
そして昼休み。
いつものようにお弁当を携え、かがみがやってきた。
「ずっとこの調子なの?」
かがみは、こなたの頬を突きながら言った。
当のこなたは、両手を広げて机にもたれかかり、ぐでっとしている。
「うん、ずっとだよ~」
と、そこで、一人の男子生徒がかがみにぶつかる。ボトン、と何かが床に落ちる音がした。
「あ、わり」
「ちょっと、気をつけなさいよ」
そう言って、かがみは床に落ちた自分の……頭を持ち上げる。
言葉を失い、こなたは頭があったであろう場所を見る。そこには何もなく、赤黒い血があふれていた。
「うわぁ!」
こなたは勢いよく立ち上がり、しりもちをつく。
「ちょっと、人の顔見て悲鳴上げるって、失礼にもほどがあるわよ」
「えっ」
声を聞き、再び見ると特に変わりのない、かがみの姿があった。
かがみが持ち上げ、男子生徒に渡したそれは、ただのボールだった。
「なんだ、ボールじゃん」
「他になにに見えるのよ?」
「いや、かがみの頭に」
「は?」
「うおー……夢のせいで……」
頭を抱えるこなたを見て、三人は首をかしげる。
「こなちゃん、夢って朝いってた?」
「うん、まぁ」
「どういうことよ?」
「えっと、なんのお話でしょうか……?」
「先、お昼食べよ。それから話すよ」
気分のいい話じゃないしね。と付け加えられ、かがみたちはとりあえず同意し、昼食をはじめた。
その間、話のつかめないみゆきに長くもない事情を説明する。
「それで、授業中も眠そうだったんですね」
「そうなんだよー」
「まぁあんたの場合、そんなのなくても居眠りしてるわよね」
「防御不可なんだよ睡魔ってやつぁ」
「はいはい」
「みゆきさんは寝るの11時だっけ」
「ええ」
「早いよねー」
「日にもよるけど……つかさ9時よ」
「え!?」
「い、今は10時とかだよ! 変かなぁ?」
「健康的で良いのではないかと……」
「人生損してる気がしてとても真似できない」
「あんたの生き方も大概だけどな」
「う……」
そうこう話している内に、昼食を終える。
お弁当箱を片付け、さて、とかがみは言った。
「聞かせてもらいましょうか?」
「うん」
そして、こなたは話す。夢で見たことを。
とある交差点。自分の座り込むそこは文字通りの血の海。
目の前に転がる、誰かの体。
人の形を保ってはいるものの、それはあまりにもひどい有様だった。
腕は曲がり、足は潰れ、血にまみれている。
自分もまた、血を吐き、腕が裂け、動くことも出来ない。
激しい痛みと生暖かい感触は、まだこなたに残っていた。
「……かがみなんて、首チョンパだよ」
「それでさっきのかよ……」
「確かに、ひどい夢ですね……」
かがみもみゆきも、さきほどの元気がなくなり、つかさに到っては涙目になっている。
「私たち、死んじゃうの?」
「いや、まぁただの夢だしね……」
「夢って、自分の願望とかが反映されるんだっけ? みゆき」
「はい、全てがそうだと言うわけではありませんが……」
「私の首飛ぶとか、なんかそういう殺人願望みたいなの、あるんじゃないでしょうね」
「いやいや、ないから。大体事故だし、私も死にかけだし」
二人の話す横で、みゆきは考える。
「あの、少しよろしいですか?」
「うん? なにみゆきさん」
みゆきは軽く頷き、言った。
「夢の詳細はともかく、それは泉さんの願望と言いますか、不安に関係してるのではないかと」
「不安?」
「死とはつまり別れを意味します。ですから、それに対する不安では……その、卒業も近いですから」
「卒業……」
「そうだったわね……」
「もう、半年ぐらいしかないんだね」
窓の外を見て、少しの間、感傷に浸る。
「……だから、そんな夢を見てしまったのではないでしょうか」
「そうかな……うん、そうかもしれないね」
「みんな離れ離れになっちゃうんだね」
「そうですね……でも、大丈夫だと思います」
そう言い切ったみゆきに、三人の視線があつまった。
「私たちも、子供ではありませんし。会いたくなったら会いにいけます。思い出も消えません。
だから、大丈夫です。たとえ、どんなに離れていても、心はいつまでも一緒だと信じています」
その真っ直ぐな目には、本当にそう信じて疑わないと言う、光があった。
「みゆきさん……」
「ゆきちゃん……」
「そうね。みゆきの言うとおりだわ。海外だろうとどこだろうと、会いに行けばいいのよ」
「うん! 私絶対行くよ!」
「電話とかメールとか、簡単に連絡できるしね」
「あんたはまず携帯を持ち歩くことから始めなさいね」
「うぐぅ」
「ふふふ」
教室の中、四人で笑いあう。
いつまでも一緒に。愛する友人たちと共に。
白い部屋、白いベッドの上に、こなたが眠っている。
ベッドの隣には美しい花が飾られていた。
「お姉ちゃん、笑ってますね」
「ああ、楽しい夢でも見てるんだろう」
微笑むこなたを見ながら、そうじろうは言った。
「ゆーちゃん、いつもお見舞いありがとうな」
「いえ……」
「学年も変わって色々大変だろう」
「大丈夫です。私が来たいので」
「そうか。でも、無理はしちゃだめだぞ。こなたもそれを望まないだろうし、たぶんもう……こなたが戻ってくることは無いだろう」
「おじさん……」
「幸せな夢の世界に、いつまでも……」
【事故報告書】
200X年○月○日
管内交差点にて、交通事故発生。
死傷者は5名。
トラック運転手1名、女子高生3名が死亡。
女子高生1名が病院に搬送され意識不明の重体。
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- (`;ω;´) -- 名無しさん (2017-05-18 06:55:17)
- (゚Д゚) -- 名無しさん (2012-11-03 12:05:28)
- [-,-;;;;] -- 名無しさん (2009-12-15 19:10:52)
- ('A`) -- 名無しさん (2009-12-15 17:28:39)
- (゜△゜;) -- 名無しさん (2009-12-15 07:28:34)
- (^^) -- 名無しさん (2009-12-15 03:49:08)
- (°∇°;) -- 名無しさん (2009-11-01 08:44:03)
- [;^^] -- 名無しさん (2009-10-30 23:11:44)
- (;・∀・) -- 名無しさん (2009-10-30 21:08:07)
- (^ω^;) -- 名無しさん (2009-10-29 17:03:48)
- (^^;) -- 名無しさん (2009-10-11 16:05:30)
最終更新:2017年05月18日 06:55