ID:Z6GiMHAo氏:ただでは起きない

 ただでは起きない

 トイレから戻る途中、バタバタ走る音が聞こえた。
「え、う、れ、かぁあああああああ!」
「田村さん、白石君もいるんですから」
「男が怖くて腐女子やってられないっス!」
 田村……趣味が合うのかこなたとよく話していたな。ひよりって名前だったっけ。
 今は女子の入浴時間、そしてみゆきさんの発言から察するに、いつぞやのみさおと同様、いや、それ以上に物凄い格好と思われる。
 見るまいと声とは反対側を向く。
 さてどうしたものかと考えていたら足音は接近してきた。
「どけどけどけ~!」
 衝撃が襲い掛かり、一瞬だが意識が飛んだ。
 身を起こすと、すぐそばのドアが開き形のよい尻と長髪が駆け込んでゆくのが見えてしまった。
 どうやら、やり過ごそうとしていた俺は彼女の進行ルートを妨害していたらしい。
 もう手遅れになったと判断したみゆきさんにため息混じりに助け起こされる。
「一体何があったんです?」
「田村さん、お風呂入ってるときに漫画のアイデアが降臨したようですね。時々ああなるんですよ」
「腐女子とか言ってたな。わざわざ自分の部屋まで戻らなくても、脱衣所にメモ帳置いときゃいいんじゃ」
「私もそう思うんですが、思いついたときに走り書き程度じゃなくて詳しく書いておかないと何が言いたかったのかさっぱりで、詳しく書くにはメモ帳くらいではダメみたいです」
「難儀な人だ」
 全裸もお構いなしで全力疾走するアルキメデス状態も女だらけ故の問題らしい。
 しばらくして、悔しそうな雄たけびが聞こえた。
 結局は間に合わず、降臨したアイデアは消えてしまったらしい。
 扉が開き、幸か不幸かバスタオルを巻いて出てきたひよりは俺を睨みつけ……。
「白石君がボサっと突っ立ってたせいでアイデア忘れたじゃないスか!」
「八つ当たりだー!」


 で、どういうわけか彼女の部屋でモデルをやらされた。
 これまでもほかの子やみゆきさんにモデルやってもらってたそうだ。
 だが、骨格やら筋肉のつき方やら、やはり本物の男の方が断然参考になるとのこと。
 しかし、取らされてるポーズは四つんばいになって尻を突き出したり仰向けになって背を逸らしたりで、漫画の内容が非常に心配だ。
 ひよりの爛々とした目は創作活動への集中の現われだと信じたい。
 ちょっと怖いけど。

 デッサンの傍らで香具師の人たちとの生活を事細かに聞かれた。
 様々な人が集まりトラックの荷台などで寝泊りするカオスな状況で妙な事態が発生するのを期待してたのか、ひよりの目はよりいっそう爛々と輝いていた。
 自分の過去に興味もたれるってのも、まあ悪くはないものだ。
 かなり怖いけど。

 幸か不幸かソレらしいエピソードはないので語れなかったが、香具師の生活というシチュエーションは彼女にとって新境地だったらしく、猛烈な勢いで妄想が加速しているようだ。
 自分の境遇を語って喜ばれるってのも貴重な体験だよな。
 非常に怖いけど。

「なんか、その、凄い気迫だな」
「ん? そりゃあね。皆の生活とか人生かかってますから」
「……え? 同人誌の売り上げがここの運営に当てられてるとか?」
「あ、そうじゃないっス。だけど国から貰えるお金や自分でやるバイト代だけじゃどうにもならないことありますから」
 たとえば学費や医療費など。
 諸事情あって奨学金などの制度が利用できないことがある。
 命に関わるものではないとはいえ、目立つ傷跡が人間関係において重大な問題になることも少なくない。
「精神的に強くなって乗り越えられればそれにこしたことはないけど並大抵のことじゃないし、そのための努力は皆と共感できる武勇伝にはなかなかならないっス。現代医学の力でハードル下げられるならそれでもいいと思いません?」

 俺やゆたかちゃんの体に残る痕跡、みさおの発作、そしてつかさの思いつめた顔を知る俺には、その考えを否定はできなかった。
 特に女の子の場合、目立つ傷跡がどれほどの足枷になるかは想像に難くない。
 しかし人に気を使わせないくらい綺麗に治そうとしたら相当に金がかかる。保険が適用されないケースもある。
 だからといって大人になって稼げるようになるまで我慢しろというのはあまりにも酷だった。
 だから入所者同士で出し合ったり、ここを巣立っていった者が寄付した金をそういった問題解決にも充てているという。
「家族みたいなものっスから。私だってそうやって皆や、足長おじさんならぬおば……いや、お姉さんに助けてもらってたし」
 利き腕である左手を労わるようにさすっていた。
「だから同人を?」
「あ、それだけじゃないっス。趣味と実益と、セラピーも兼ねてます」
「セラピー?」
「芸術療法っての? 私の場合、カウンセリングの一環で自分の経験を絵にしてました。それがきっかけでこっちの路線に進んだっス。自分の体験も、アレンジしてマンガにしちゃうとすっごくラクになるんス」
 赤面しつつ差し出されたスケッチブックを見てのけぞった。
 老若男女問わずあられもない格好で、モザイクかけないと放送できないようなことをしていた。
 どうやら男性恐怖症の引き金になりそうな理由で家庭に居られなくなった子の一人がひよりのようだ。
 しかし、どこからどこまでが実体験? アレンジの度合いはどれくらいだろう。
「……わからないならそのほうがいいし、無理にわかってもらう気もないっス」
 俺の疑念に気づいたのか、寂しげに言い俯いた。
「いや、その」
 そういった経験を持つ女の子とどう接すればいいんだ。

「――でもね、こうして、マンガのネタにはなりそうだからいいかナ――と」
 ゆらー、と体勢を立て直し、怪しげな笑みを浮かべる。
 たくましいなぁ……と、考えておくべきだろうか。
 ちょっと怖いけど。
 形がどうあれ笑えるようになったなら喜ぶべきなんだろうか。
 かなり怖いけど。
 確かに、共感得られる武勇伝にはならないな。
 非常に怖いし。
「って、これに書かれてる女の子、ゆたかちゃんと……なんて言ったっけ? 無口な子、仲良くしてたけど」
「岩崎さん?」
「岩崎さん、か。あのふたりがモデル? 身近な人をこういうのに使うのってまずくないか?」
「私もそう思うんだけど、あのコンビ見てるとあれこれ想像掻き立てられるっス。でも似せないようにって考えると余計に似ちゃったり、逆にキャラの個性がなくなっちゃうし」
「腐女子ってのは業が深いな。いっそのこと無理に似せないようにって考えないで、何人かの特徴を混ぜたらどうだ? 顔立ちとか性格とか部分的に切り張りして」
「……!?」
「ど、どうした?」
 頭を抱え悶えだした。何か地雷踏んだか? みさおのように発作起こしたか!?

「小早川さんと岩崎さん、あの二人の間に生まれた子供とか考えちゃって」
「おいおい、女同士だろ」
「……!? ら、らめぇ! 女同士なのに子作りとか、うあああーっ、自重しろ自重しろ私ーっ!!!」
「本当に自重しろ、一つ屋根の下で暮らす仲間なんだし」
 まずいとは理解してるんだよな。
「一つ屋根の下……男女比のバランスが偏ってるから調整……ごはぁっ!? どちらか一方が男装……、やっぱり岩崎さんがかっこいい男、いやいや、意表を突いて小早川さんがショタ、いやいや、いっそのことふたりとも男装、いや、男の娘に……」
「一周して元通りの女の子だろ」
 男の娘という表現がわかってしまったのはこなたの影響か。
「男装っ子と女装っ子のいいとこどり……やめて!! これ以上私をオカシくさせないでっ!!」
 あふーんと怪しげな吐息と共にひよりは悶絶した。
「駄目だこいつ……早く何とかしないと」
 異様な光景に恐れおののいていたら、これまで傍らで沈黙を保ちアシスタントにいそしんでいたみゆきさんがひよりをベッドに運んだ。
「あの、本当にセラピーの効果出てるんですか?」
 悪化してないかコレ。
「ええ、きちんと回復してるんですよ、これでも。だいいち、そうでなくては男性である白石さんにそんな格好のモデル頼んだり、ここまで自分をさらけ出したりはできませんから」
 その言葉に、急に気恥ずかしくなり服を着なおす。
 これまではトランクス一丁でモデルやらされていたのだった。
「なんというか、さらけ出しすぎのような」
 あいかわらずピンク色の妄想が暴走して悶えるひよりに戦慄していた。
 性的虐待ってのは大いに人格を歪めるんだな。
 でもまあ、みさおの発作と違い苦痛は見受けられないのがせめてもの救いか。過剰な萌えに脳がオーバーヒートしてるだけらしい。
 一応、そこに愛はあるんだろうな。形はどうあれ。
 みゆきさんがひよりを楽な姿勢にしながら言う。
「こうして同人誌を書くことは、田村さんも私も精神に張りをもたらしてるんです」
「え?」
「その……男の人って、こういうのを使用して処理してしまえば、性犯罪なんてしようとはしなくなるのでしょう?」
「そりゃそうなんだけど」
 同意を求められても困る。
 しかし、みゆきさんは兄の世話を通してそれを実感してしまってるんだろうな。
「だから性犯罪を防いでるって自負があるんです。それに、どんな境遇の人が作ったのかなんて予備知識なしに評価され、本当に必要としてる人に妥当だと感じる値段で買ってもらってます。経費に公金は一切当てていないし、お情けで買ってもらってるわけじゃない。だから、これで稼ぐのを誇りに思ってますよ」
 なんかドス黒いオーラを感じる。優しい言葉や振る舞いの裏で色々思うことはあるらしい。

「それに、私がアシスタントするきっかけは田村さんのお手伝い、つまりお世話という形だったんです。内容が内容なんで年齢制限に引っかかってしまい、私が代理で発表する必要もありましたし」
「いいんですか? それ」
「微妙なところですね。でも、私もこうしてお世話以外のお仕事ができて、ソレの評価もされたんです。もっともっと描きたい、読んだ人に楽しんで貰いたい、こんな気持ちは初めてです」
 世話以外のことを知らず、知ることに恐怖すら抱いていたみゆきさんが新しく見つけた『たい』、応援するべきなんだろうな。
 その『たい』がどんな形であれ。

 というわけで応援と自分に言い聞かせひよりのモデル依頼に乗っては、俺の何気ない発言で妄想を暴走させる日々が続く。
 放っておいたら萌え死にしそうな悶え方に、本当にセラピーの効果は出ているのかという疑念は強まっていくのだった。


??「……濃いな」
ひより「濃すぎますよね……」
??「いい味出してるんだけど、さじ加減が難しいなコレは」
ひより「わかります」
??「でもいいキャラになりそうだ、う~む」
みのる「しっかし、自立って何なんだろうな」
??「主人公の父親、こういうキャラにしようと思うんだけど、そういう経験ある子にとってはまずいかな」
ひより「……いいキャラっス。あのゲス野郎と比べたら失礼っス。だいいちフィクションなんだし」
??「そうか、なら大丈夫かな」
ひより「どんなネタでも誰かを傷つけてしまう可能性はあるんだから配慮は必要でしょうけど、そんなのキリないっス。傷つけてしまう覚悟無しに言葉や思いを発する創作活動はできないっス!」
みのる「??さんと二人して涙流して頷きあってる……なんか怖いぞ」


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