ID:f8NJkjYo氏:6巻P028

 6巻P028

 女子が入浴終えたというんで風呂道具揃えて部屋を出る。
 廊下を歩いていると、すれ違う子がことごとく湯上りでシャンプーの香りがして俺の心をかき乱した。
「平常心平常心……」
 などと自分に言い聞かせながら歩く。
「……ん? 別にいーじゃん家なんだしさ」
 前方の共同スペースからみさおの声が聞こえた。
 この施設ではそこと廊下に仕切りはなく、直角に曲がった壁の角からほっそりとした腕と引き締まった脚が伸びていた。
 声の方向から考えると、そこに彼女が座り込んでいるようだ。
 更に進み彼女の横に差し掛かると、物凄い光景が視界を占め俺は固まる。
「暑いんだし仕方ないじゃんなぁ? 皆あやのを見習えって言うんだよなー」
 などと、立ち上がったみさおは丁度いい位置で固まってしまっていた俺の肩に寄りかかり同意を求めてきた。
 生々しく伝わってくる火照りやら柔らかい感触やらで俺の脳は完全にフリーズする。
 湯上りの彼女は下着姿で肩にタオルかけたあられもない格好で麦茶を飲んでいたのだった。
「別に男がいるわけじゃねんだから気にしなくていいんだって……ヴぁ!? そ、そうだった!」
 同意を求めた相手である俺の性別をようやく認識しバタバタと逃げていった。
「……俺、いないほうがいいんだろうか」
 皆が苦笑する中うなだれる。やっぱ男は俺だけってのは居心地悪い。
「いえいえ、最低限の緊張感は持ってもらわないと」
 傍にいたみゆきさんのフォローが入る。
 なるほど、園長先生が言っていた女だらけの問題とはこういうことか。


 気を取り直して単独でフロ入る。本当に男は俺一人なんだな。
 共同生活ならこういう光熱費は安く上がると言われていたが、大き目の風呂に一人ってのはなんか贅沢してるような罪悪感を感じた。
「にーさんにーさん、悪いけどゆーちゃんと一緒に入ってやってくれない?」
「え? 泉か?」
「ほらほら、そのままじゃ気持ち悪いでしょ」
「むー」
 ドア越しに可愛いうなり声が聞こえた。
 確か、こなたによくなついていた年少組のゆたかって子だっけ。
「俺は構わないけど、どうしたんだ? 女子はとっくに全員入ってたんじゃなかったっけ?」
「そうなんだけど、ちょっとね。ほら、ガス代だってバカにならないんだから」
 俺が香具師の人たちと生活してたときは銭湯通いだった。
 たまにゆたかちゃんくらいの子でも平然と男湯に入ってくることがあったからそんな変なことでもないと思ったが、気にする子もいるか。
 そう思っていたんだが、こなたの手で強引に洗い場に押し込まれたゆたかちゃんを見て息を呑んだ。
「わ、きゃ、見ないで!」
 反射的に焦点を合わせてしまったのは、庇護されるべき子供の体にあってはいけない数々の痕跡だった。
 施設に入る原因として充分に考えられるもの。そして俺も経験したこと。
 いや、それだけじゃなかった。
 鼻をくすぐるかすかなアンモニア臭。
 ゆたかちゃんはシャワー浴びながら弁解を始めた。
「あ、あのね、いつもじゃないんだよ。でもたまに失敗しちゃうことがあって」
「失敗?」
「ゆーちゃんね、ここに来るまで色々あって、おしっこの感覚わからなくなっちゃってるんだ。あ、乱暴されてひぎいいってなって破れちゃったわけじゃないよ」
 擦りガラス越しのこなたの補足は少々不適切というか適切すぎて不適切だったが、どうやらゆたかちゃんは精神的なショックか何かで排尿のコントロールがうまくできなくなったらしい。
 そして失敗し、こうして女子の正規の入浴時間以外に入る羽目になったようだ。


 幸か不幸か男の俺に対しさほど抵抗は示さないので、スキンシップとったほうがいい影響があるかと思い背中を流してやる。
 年が離れた妹がいたらこんな感じなのかな。
 裸の付き合いということで否応なくゆたかちゃんの体が目に入る。
 ある程度は治癒したのだろうが消えずに残ってしまった傷跡、アザ、火傷……その中には、明らかにタバコを意図的に当てたものもあった。
 それらは俺と同様に背中や腹など、普通に服を着ていたら隠れてしまう部分にだけ存在した。
 ゆたかちゃんの場合は力を込めたら痛がるかもしれない。そんなわけで痕跡を避けるため、余計にそこを凝視してしまう。
 鏡越しに、ゆたかちゃんが心地よさそうに目を細めるのが見えた。
 胸に暖かいものが広がる。
 それなのに、親はどうしてこんなひどいことができたんだろうな。
 親子なのに、どうして。
 もう、人間なんて滅んでしまったほうがいいのかもしれない。
 そんなことを考えた俺の顔を鏡越しに見たゆたかちゃんは不安げに口を開く。
「やっぱり、こんな女の子じゃ男の子は嫌いになるよね」
「う、そ、そんなやつ見る目ないよ、こんなに可愛いのに。こんなの見たぐらいで嫌いになる奴なんかほっとけばいい」
 いや、この可愛いってのは保護欲というか母性本能ならぬ父性本能であって、俺はロリコンではない……って、誰に言い訳してるんだろうね俺は。
「うー、こなたお姉ちゃんは、頻尿はステータスだ希少価値だって慰めてくれたけど」
「こだわってるのはそっちかよ! いや、そりゃ希少ではあるけどさ」
 そもそも頻尿とも違うだろソレ。
 どうやら、風呂に入る早々見ないでと叫んだのはそっちの汚れを気にしていたためらしい。
 男の俺と入ることや痕跡を見られるのは割り切っている模様。
 俺の体にも残るソレを見て、妙な仲間意識を抱いたんだろうか。
「こんなのに価値を感じたら人として終わってると思う」
「だよなー」
 すまない、文字通りションベン臭い小娘は俺も流石にお断りだ。


「ゆーちゃん、着替え持って来たよー」
 ドアの擦りガラス越しにこなたのシルエットが見えた。
「ありがとーこなたお姉ちゃん」
 といったやり取りのあと、ドアが開く。
「にーさんにーさん、言い忘れてたけど、ゆーちゃんは私と違って外見どおりの年齢だから攻略しちゃ駄目だからね?」
「するか!」
 こなたは茶化して速攻で退散していった。
 やれやれと呆れながらゆたかちゃんを見ると……。
「そのふくれっ面は何に対してございましょうか? というか攻略の意味を察するな!」
 この施設、教育によろしくない発言が数多く飛び交っている模様。こりゃ確かに、施設育ちの子が非常識と見なされることもあるかも知れんな。


 風呂から上がって自室に戻る途中、パジャマ姿のみさおとすれ違った。
「く、日下部……さん、さっきは変なとこ見てごめん」
「あ……白石ー、あ、あはは、まっ、さっきのは気にしないでくれなー」
「ああ」
 頭かきながら笑っていたみさおは俯いた。
「私、ズボラで色々失敗しちゃってさ、みっともないとこたくさん見られて、ダメな女だよなー」
「いやいや、そんなことないって」
「みゅ~」
 みさおは落ち込んだまま。さてはて、どうすりゃいいんだ。
 そうだ、こなたがゆたかちゃんにしていたみたいに、萌えでフォローしてみるか。
 みさおの特徴として……。
 バカキャラってのは言いすぎだがわかりやすい子だと思う。でもこれも追い討ちになるか? うーむ。
「いやいや、そのズボラなのも元気なところと合わさって魅力なんだって」
 うう、ヘタなナンパみたいだ。
「そ、そうかな?」
 パァ、と顔をほころばせた、どうやら成功の模様。
「ああ、その八重歯も可愛い。小悪魔チックだ」
 何言ってるんだ俺。
「え……!? えへへ、可愛いかな、これ。でも歯があたったとこがよく口内炎になるんだよなー」
「そ、そうか、そりゃ大変だな」
「それに、この辺りは小さいころ虫歯になったんだけど保険払ってないからって歯医者連れてってくれなくて」
 みさおはガタガタ震えだした。滝のように汗をかき始め、呼吸も荒くなる。
「……? どうした?」
「い……痛いって泣いてたら父さん怒り出してペ、ぺンチ取りだ出してめめ滅菌とか言ってココ、コンロで焼いたマ、ママ、マイナスドドド、ドライバーを歯に」
「わー! 無理に言わんでいい言わんでいい!」
 駆けつけてきたみゆきさんとともに色々と安心させる言葉をかけ、自室へ移動させた。


 ベッドでぐったりとしていたみさおはしばらくして汗は引き、荒くなっていた呼吸は落ち着いてきた。
「ごめん! 気にしてるとこだっただろうに無神経だった」
 気にしてるというレベルではなさそうだが。
「いや、白石は悪くねー。こっちこそ驚かしてごめんなー。チビッ子のマネしてサラっとカミングアウトしようとしたけどダメだった~」
 チビッ子とはこなたのことか。ものすごい過去を知らされたときの光景を見てたんだな。
「いや、そうそうマネできるもんじゃない、アレは。それに話を振った俺が言うのもなんだけど無理に話すこともないんだしさ」
「いや、そうもいかねんだ~。この前、医療系の番組で歯並びの特集やってたんだけど、歯並び悪りーと骨格おかしくなって全身ボロボロになるって不安煽る内容でさ、真に受けた友達が治せ治せってしつけーんだ。私のこと心配してくれてんだから無碍にもできなくてさ~」
「でも、事情は壮絶で話すに話せないよな……」
「あー、ドン引きされるなー。でも遠まわしに話してもダメだったし。だからどの程度説明すりゃ納得してくれるかなって考えてたときだったんだ、白石とすれ違ったの。そんとき話題に出されたもんだからテンパッちまってな~」
 そうして思わず口にしてしまったのがきっかけで恐怖の記憶を呼び覚まし、パニックの発作を起こしてしまったらしい。
 ゆっくり休めということで退室する。
「白石ー」
「ん?」
「コレ、か……可愛いって言ってくれてありがとうなー」
 八重歯を覗かせはにかんだみさおは、フォローといった理由抜きに可愛く見えた。


 みゆきさんに無人になった職員室に案内された。住み込みで働いてるみゆきさんや園長以外の職員はもう帰宅しているようだ。
「びっくりしました? ここに来るまで色々あって、深い傷を負っている子もいるんです」
「すみません、気をつけます」
「いえ、そんなに気を使わなくていいですよ」
 以下、みゆきさんの話によると……。
 雑談の取っ掛かりとして世間では無難とされる話題も、家庭環境が悪いと地雷がゴロゴロ埋まっていることがある。
 共感を得にくい問題と日常生活が密接に絡みあうことも多く、無難に話せる話題の引き出しは非常に限られてくる。
 しかし相手に配慮を要求していたらキリがない。
 家庭の事情やらなにやらがあるとはいえ、周りの人が気を使い続けることに疲れ、距離を取られ孤立することも少なくない。
 だから、かわし方、ぼかし方、無難な説明の仕方も学ばねばならない。
「というわけで、新しく入ってくる人に予備知識を与えておくわけにもいかないんです。免疫つけなくてはなりませんから」
「は、はぁ……」
 練習台かよ。
「さっさと忘れろとか大げさだと責めることなく、自分が無神経だったと詫びてくれましたね。そういうスタンスでいいと思いますよ」
「……わかりました」
 確かに俺も、みゆきさんが語ったパターンに見事に当てはまっていた。
 雑談で振られた話題がことごとく返答に困るものだったり、少しでも話を膨らまそうとするとたちまち不幸自慢と受け取られたりドン引きされそうな問題に触れてしまうため、学校の仲間や香具師の人たちとの会話で苦労していた。
 そのためか、あまり親しい友人はできなかった。
 これからふたたび学校行くことになったらまたそういう問題の当時者になるんだもんな。
 お互い様か。
「日下部さん、普段はあんなに取り乱さず落ち着いて事情話せるようになったんですけど、今日はちょっと心に余裕なかったみたいですね」
「余裕?」
 みさおとのコレまでの接触を考えると……。
「俺、本当にここにいていいんだろうか」
 お互いに刺激が強すぎる。
「いいんですよ。部屋出るときに見せた日下部さんの笑顔、あれは作り物ではありませんから。余裕がなくなった原因は、ネガティブなものではなさそうですね」
 みゆきさんは妙な火照りの生まれた俺の顔を見てクスクスと笑った。
 俺、本当にここでやっていけるのかな?


??「うわははは、サービスショットということで採用!」
みさお「うぅ~、恥ずかしいよぅ」
ゆたか「私もやだよー!」
??「冗談だよ、本人の意思は優先する。第一ここら辺はヘビー過ぎるし色々と条例に引っかかりそうだ」
こなた「面倒な時代になっちゃいましたねー。昔は銭湯を舞台にしたドラマだってあったのに」
??「……(『時間ですよ』のことか? 本当に偏ってるなこの子)でもゆたかちゃんいい子だなー、飛び級小学生ということで出してみるか」
みのる「おいおい」
??「それとも同年代なのにものすごく小柄な体格ということで乗り切るか」
ゆたか「むー!」


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