ID:2cDyGOA0氏:たまにはこんな心模様

「ふゆきー。寝かせてくれ」
 そう言いながら保健室に入ってきたひかるを見て、ふゆきは溜息をついた。
「またサボリですか?」
 呆れたように言いながらも、ふゆきはベッドのシーツを整える。
「自習だよ。私は生徒の自主性を重んじるんだ」
 ふゆきが準備してくれたベッドに座りながら、ひかるは大きく欠伸をした。
「ま、ぶっちゃけ眠い」
「ぶっちゃけないで下さい。夜更かしはほどほどにして下さいって、前にも言いましたよね?」
 ふゆきがそう言うと、ひかるは鬱陶しそうに眉をひそめた。
「うるさいなー。お前は私の嫁か」
 そう言ってから、ひかるは何かを思いついたようにフムと頷いた。
「ふゆき。いっそホントに私の嫁になれ」
「それも何度目ですか…」
 やはり呆れたようにふゆきが呟く。
「前にも言いましたけど、そういう台詞は異性の方に言った方がいいんじゃないですか?」
「お前ほどの良い女が、身近な男の中にいるとは思えんからなー」
「…言ってることが無茶苦茶ですよ…」
 処置なしとばかりに、ふゆきが溜息をついた。
「ま、あれだな。家事全般が出来て、そこそこ収入があって、私の趣味に理解があって、この仕事を続けさせてくれて、私の見た目を気にしないって男がいれば、考えないでもないな」
「そんな都合のいい人…」
 いるわけがない。ふゆきはそう言おうとして思いとどまった。最近、保健室の常連になってきた一年生の女の子。彼女が言っていたあの人なら、ある程度今の条件に合うのではないだろうか。
「一人だけ、思い当たる人がいますが」
「…え、マジでか?」


  •  たまにはこんな心模様 -



「よーっす。帰るぞー」
 いつものように一緒に帰るために、かがみがこなた達の教室に入ってきた。
「う、うん。ちょっと待ってね…」
 それを見て、つかさが帰りの準備をする手を早める。こなたとみゆきはとっくに準備を終わらせ、つかさを待っている状態だった。
「ほれほれ、つかさ急げー。鬼のかがみ様がお怒りじゃー」
「怒ってない…っていうかわざわざ煽るな」
 かがみが、こなたの頭を軽く小突いて突っ込む。
 そんなことをしてる内につかさの準備が終わり、こなた達は揃って教室を出た。
「おい、泉」
 廊下に出たところで、待ち構えていたようにひかるがこなたに声をかけてきた。
「わたしですか?」
 こなたは一度周りを見渡した後、自分を指差した。
「ああ、お前だ。話があるからちょっと保健室まで来い。時間かかるからな。後の奴は待ってないで帰っていいぞ」
 そう言いながら、ひかるはこなたの襟首を掴むと、引き摺って歩き出した。
「え!?ちょっ、そんな勝手に…たーすーけーてー…」
 その姿が消えるまで見送った後、残りの三人は顔を見合わせた。
「どうしましょう?」
「…帰るしかないんじゃない?」
「そだね…」


「で、友との憩いのひと時を邪魔してまで、ここに拉致った理由はなんですか?桜庭先生」
 保健室に連れ込まれ、強引に椅子に座らされたこなたが、刺々しくそう言った。
「まあ、そうむくれるな。ふゆきが入れたお茶でも飲んで落ち着け」
 ひかるがそう言うと同時に、ふゆきが湯飲みをこなたに差し出してきた。しかたなくこなたは湯飲みを受け取り、熱いお茶をすすった。
「落ち着いたところで泉、お前母親を亡くしてたよな?」
「はい、そうですけど…」
「新しい母親が欲しくないか?」
「ぶふぅっ!?」
 こなたは、すすったお茶を盛大に噴出した。
「あら…泉さん、ダメですよ?保健室を汚しちゃ」
 軽くたしなめながら、ふゆきがこなたの噴出したお茶を布巾で拭いた。
「いや…その…なんで急にそんな事を…?」
 こなたがそう聞くと、ひかるは溜息をついた。
「察しの悪い奴だな。わたしとお前の父親が結婚するかもしれんと言う事だ」
「お前は何をいってるんだ」
「教師に向かって、なんだその口のきき方は」
「…すいません、言ってる事がとっぴ過ぎて、ついて行けません」
 頭を抱えながらそう言うこなたの腕を、ひかるが掴んだ。
「まあ、ついて来られないのならそれでかまわん。行くぞ」
 そして、再びこなたを引きずり出した。
「は?ど、何処に?」
「お前の家だ。その父親とやらを見に行く」
「急すぎやしませんか!?」
「善は急げと言うだろ」



 車の後部座席に押し込まれたこなたは、腕を組んでムスッとした表情を浮かべていた。隣にはひかるが座っており、運転席ではふゆきがハンドルを握っていた。
「…いや、もう本気で説明が欲しいんですが」
 こなたがそう言うと、ひかるはめんどくさそうに頭をかいた。
「まあ、あれだ。お前の父親が私の理想に合いそうなんだ」
「理想ですか…」
「うむ。家事全般が出来て、そこそこ収入があって、私の趣味に理解があって、この仕事を続けさせてくれて、私の見た目を気にしないといった感じだ」
 こなたは聞かされた条件を自分の父親に当てはめてみた。
 家事全般は確かに出来る。売れ筋の作家だから、収入はそこそこどころか結構ある。趣味は、確かかがみがBLがどうこうと言っていたが、懐の深いオタクな父親はそんな事は気にもしないだろう。仕事に関しても問題はないだろう。作家になりたてで売れてない時には、今は亡き母親が仕事をして家計を支えていたと聞いたことがあるから、女性の仕事をすることには理解がある方だろう。自分がバイトを始めるときにも、特に反対はされなかったし。見た目に関しては全く問題ないだろう。自他共にみとめるロリコンである父なら、ロリ体型である先生はむしろ歓迎ではないだろうか。
「…うあー…なんだこの誰かが準備したかのような一致ぶりはー…」
 こなたは頭を抱えた。しかし、すぐに顔を上げる。
「って、桜庭先生。なんでお父さんのこと知ってるんですか?」
「ふゆきから聞いた」
「…えー」
「私は小早川さんから聞きました」
「…えー…誰も責めれない…」
 こなたは再び頭を抱えた。
「まあ、人づての噂の段階だからな。実のところどうなんだ?お前の父親の人となりは」
 こなたの様子をまったく気にせず、ひかるがそう聞いた。
「ぶっちゃけると、変態です」
「そうか。それくらいは、特に問題はないな」
「ないのかよ」
 こなたは益々深く頭を抱え込んだ。
「…ってーか、肝心のお父さんに再婚の意思があるとは思えないんですけど。未だにお母さんこと世界で一番愛してるなんて、娘の前でクソ真面目に言っちゃうような人ですから」
「ぶっちゃけ養ってくれるのなら、結婚という形式にはこだわらんぞ」
「ぶっちゃけすぎだー…天原先生ー何とかしてくださいー」
 こなたは、運転席のふゆきに助けを求めた。
「すいません、泉さん。紹介した手前、私は強く言えなくて…ひかるさんがこんなに乗り気になるのは予想外でした」
 ふゆきの答えを聞き、こなたは深く溜息をついた。
「とりあえず、会わせるしかないか…あ、そうだ」
 こなたは何かを思い出し顔を上げた。
「桜庭先生、うちは禁煙ですから」
「ん、そうなのか?作家というと、〆切前にイライラしながら煙草をふかしてるというイメージなんだが」
「…えらい偏ったイメージですね…お母さんが煙草嫌いだったから、お父さんまったく吸わないし、わたしもどっちかと言うと苦手です」
「難儀だな…パイポくわえるくらいならかまわんだろ」
 言いながらひかるは、懐から禁煙パイポを取り出して口に咥えた。それを見たこなたが溜息をついたところで、運転席からふゆきの声が聞こえた。
「そろそろ、着きますよ」



「それじゃ、私は車で待ってますね」
 ふゆきに見送られ、こなたとひかるは泉家の玄関前まで来た。
「なんでこんなことになったんだろうなー」
 こなたは、ひかるにわざと聞こえるようにそう言ったが、ひかるはまったく意に介さず泉家を眺めていた。
「…ただいまー」
 仕方なくこなたは玄関を開けて中に入った。ひかるがその後に続く。
「おかえり、こなた」
 丁度、二階から降りてきたそうじろうがこなたに声をかけ、その後ろにいるひかるに気がついた。
「その人は?」
「学校で生物教えてもらってる桜庭ひかる先生。お父さんに話があるってさ」
「あ、これはどうも。娘がお世話になってます。こなたの父、そうじろうです」
 そう言いながら、そうじろうがひかるに向かって頭を下げる。しかし、ひかるはそうじろうの方を向いたまま石にでもなったかのように固まっていた。
「…先生、どうしました?」
 様子がおかしいことに気がついたこなたが、ひかるにそう聞いた。ひかるは勢いよく首を横に振ると、こなたの方を向いた。
「すまん泉。帰る」
 そして、そう言った後、そのまま玄関を開けて外に出た。
「えっ、ちょ、先生!?」
 こなたは慌ててひかるの後を追って玄関を出たが、その姿は既に見えなくなっていた。
「…なにがどうなってるんだ?」
 こなたの後ろから顔を覗かせたそうじろうが、そう聞いて来た。
「いや、わたしにもさっぱり…」
 こなたは、そう答えるしかなかった。


「ふゆき、出してくれ」
「え…早かったですね。何かあったんですか?」
 ふゆきは、助手席に滑り込むようにして乗り込んできたひかるに、目を丸くした。
「いいから、早くしてくれ」
 ひかるにせかされて、ふゆきは読んでいたホラー小説を閉じ、車のエンジンをかけた。
「ふゆき。なんだこれは、わけがわからない」
 車が走り出すと同時に、ひかるがうつむきながらそう言った。
「私の方がわかりませんけど…」
「泉の父親を見たら、頭の中が全部吹き飛んだみたいになってだな…挨拶をされた時に、心臓が飛び出しそうになってだな…もうその場にいられなくなって、飛び出してきてしまったんだ。どうなってるんだ、これは」
「どうって…それは…」
 ふゆきの頭には一つの可能性が浮かんでいた。しかし、ひかるという人物を考えると、それはとても納得できる答えではない。
「ひかるさん。もしかしたら…もしかしたらですよ?」
「な、なんだ?」
「泉さんのお父さんに、一目惚れをした…と言う事はないですか?」
 そう聞いた後、ふゆきはチラッとひかるの顔を見た。
「私が?一目惚れ?…いや…それは…」
 ひかるの顔が真っ赤になっていくのが見え、ふゆきはその答えが正解だと確信した。
「…いや、でも…その…今日初めて会って…っていうかチラッとしか会ってないのに…漫画じゃあるまいし…」
 咥えていた禁煙パイポをいじりながら、ひかるがブツブツと呟いている。長い付き合いだが、初めて見るひかるの姿に、ふゆきは驚きを隠せないでいた。




 次の日の放課後、ひかるはアニメ研究部の部室に来ていた。しかし、来るなり自分の席で延々とため息をつき続けるひかるに、部員達は皆心配そうな視線を向けていた。
「ひかるちゃん、どったの?昨日は来なかったし、今日はなんか調子悪いみたいだし」
 部員達を代表するかのように、こうがひかるに声をかけた。
「ん…調子が悪いように見えるか?」
「ええ、まあ…体調が悪いなら、ふゆきちゃんに見てもらったほうがいいんじゃないかな」
「いや、体調は悪くない。どっちかと言うと、心の病だな」
「ノイローゼか何か?似合わないなー」
「いや、あれだ…その…恋煩い?」
 ひかるの言葉に、部室が一瞬で静まり返る。
「なんだお前ら、そのリアクションは」
「…いや、冗談でも似合わないって…」
 こうの言葉に、部員の何人かが頷いていた。
「冗談のつもりはないんだがな。昨日一晩考えて、そういう結論に達したんだ」
 こうも部員達も、ひかるの言っていることが信じがたく、ただ唖然とひかるの顔を眺めていた
「…相手、誰なんだろうね」
「…ケントーもつきまセン」
 微妙な雰囲気の部室の中、部員達のヒソヒソ声だけが聞こえていた。


「というわけで、ふゆき。どうアプローチしたらいい?」
 その日の晩。ふゆきの家にやってきたひかるは、開口一番そう言った。
「どういうわけかは分かりませんけど、肝心なところは人任せですね…」
「不満か?」
「いえ、ひかるさんらしくて逆に安心しました」
「微妙に馬鹿にされてる気がするな…」
 ひかるは一瞬不満げな顔をしたが、すぐに元の表情に戻った。
「まあ、それはどうでもいいな。どうすればいい?」
「そうですね…お菓子でも作って持っていくのはどうでしょう?」
 ふゆきの答えに、ひかるが眉をひそめる。
「お菓子…ふーむ。ベタな気もするが…」
「いいじゃないですか。女の子らしくて」
「女の子って歳じゃないだろ…まあ、いいか。それじゃふゆき、頼んだぞ」
 ひかるのその言葉に、ふゆきが目を丸くする。
「頼むって、何をですか?」
「何って、お菓子。作っておいてくれ」
「何を言ってるんですかひかるさん。ひかるさんが作らなければ意味がないでしょう?」
「そ、そうなのか?でも、私はお菓子なんて作ったことないぞ?そんな事出来ないぞ?」
「今から覚えるんです。私が教えてあげますから」
「い、いや、でも、食えそうにないものを持っていくのは失礼じゃないか?」
「他人に作らせたものを持っていくほうが失礼です」
「ふ、ふゆき…なんか怖いぞ…」
「では、さっそく始めましょうか」
「今からか!?」
「善は急げ…ですよ」
「うぐ…わ、わかった…お手柔らかにな…」
 なぜか鼻歌を歌いながら、楽しそうにキッチンに向かうふゆきの後を、ひかるはトボトボと付いていった。




 日曜日。ひかるは泉家の門前にいた。
 手に持っているのは、ふゆきの熱心な指導のおかげで、なんとか形になったクッキーの入った袋だ。
 形はいびつだし、いくつかは焦げ目がついている。袋に入れるときにいくつか割れたのもある。味はふゆきが大丈夫だと言っていたが、『うまい』でも『まずい』でもなく、『大丈夫』と評されたのが、ひかるはなんとも不安だった。
 しかし、ここで何時までも立っているわけには行かない。ひかるは意を決してインターホンのボタンを押そうとした。
「桜庭先生、でしたっけ?」
 後ろから急に声を掛けられ、ひかるは驚きのあまりに硬直してしまった。ゆっくりと後ろに振り返ると、目当ての人物…そうじろうがそこに立っていた。
「あ…あ…えあ、その…せ、先日はどうも…」
 不意をつかれたせいか、ひかるは少しどもった挨拶をしてしまう。
「ああ、あの時は急に帰られたのでどうしたのかと、こなたと心配してましたよ」
「あ、ああああの時はその…きゅ、急用を思い出して、その…」
「立ち話もなんですから、中に入りますか?」
 にこやかにそう提案するそうじろうに、ひかるは真っ赤になりながら何度も頷いていた。


 泉家の居間。ひかるはガチガチに固まりながら、ソファーに座っていた。
「麦茶でよろしかったです?」
 しばらくして、麦茶の入ったコップが二つ乗ったお盆を持ったそうじろうが居間に入ってきた。
「問題な…あ、いや、おかまいなく…」
 緊張のあまりにひかるは、ふゆきに対するのと同じような返し方をしかけしまう。そして、コップをテーブルに置くそうじろうの姿に、見入ってしまっていた。
「あの…何か?」
「え!?い、いやなんでも!」
 そうじろうに急に聞かれ、ひかるは慌てて手と首を激しく振って答えた。このままでは、ただの不審人物だ。ひかるは、気持ちを落ち着かせようと頬をペチペチと叩いた。
「で、本日は何の御用でしょう?…あ、先日は何か私に話があるとかこなたが言ってましたが、その事でしょうか?」
「あ…は、はい…」
 ひかるは頷き、手に持った袋を軽く握った。よく考えたら、なんて言ってコレを渡そうか、何も考えていなかった。焦りで頭の中をグチャグチャにしながら、ひかるは震える手でクッキーの袋をそうじろうの前に差し出した。
「あ、あの…これ…」
 袋を受け取り、そうじろうが首を傾げる。
「これは?」
「た、食べて…みてください…」
 精一杯声を絞り出すひかる。それでも、かなりか細い声だったが。
「クッキー…ですか」
 袋を開けて、中のクッキーを一つ取り出したそうじろうは、それを見つめてもう一度首を傾げた。
「あの…」
「た、食べてみてください」
 何か言う前にひかるに促され、そうじろうはクッキーを一口かじった。
「うん、美味しい」
 そう感想をもらすそうじろうに、ひかるは心底ホッとした。
「で、どうしてコレを私に?」
 そして、そうじろうにそう聞かれ、再びギシリと身体が硬直した。
 冷静に考えればそうだ。なんの面識もないのに、いきなりやってきてお菓子を食べて貰っても、何が伝わるというのか。というか、正直気味悪がられても不思議ではない。『ダメじゃないか、ふゆき!』と心の中で責任転嫁しながら、ひかるは次に言うべき言葉を探していた。しかし、何も思いつかず頭を抱えてしまう。
「あ、あの…大丈夫ですか…?」
 様子のおかしいひかるに、そうじろうが心配そうに声をかける。ひかるはもうどうにでもなれと、半ばやけくそな気持ちになってきていた。こんな回りくどいのは自分にあわない。もっとシンプルに想いを伝えてしまおう。そう思って、ひかるは顔を上げた。
「いいからグダグダ言わずに、黙って私の嫁になれ!」
 沈黙が居間を支配する。そうじろうの目は点になっていた。自分がなにを言ったのか理解したひかるは、顔面を蒼白にしていた。頭の中では、『やっちゃった』という言葉がグルグルと回っていた。
「…あの…それはどういう事で…」
 沈黙を破って、そうじろうが恐る恐るひかるにそう訊いた。
「あ…いや…これは…」
 ひかるの青ざめた顔が、今度は恥辱で真っ赤になっていく。ひかるは立ち上がると、何も言わずに今を飛び出し、全力で泉家から逃げ出した。
413 :たまにはこんな心模様 [saga]:2009/08/06(木) 00:17:51.18 ID:2cDyGOA0
「…えーと…」
 取り残されたそうじろうは、とりあえずどうしていいか分からず、同じく残されたクッキーをかじった。
「今飛び出してったの、桜庭先生?」
 ひかるが飛び出してから間をおかず、こなたが寝癖の残る頭をかきながら居間に入ってきた。
「ああ、そうなんだけど…何が何やらさっぱりだ」
 そうじろうは、こなたに今あったことを簡単に説明した。それを聞いたこなたは、腕を組んで難しい顔をしてしまう。
「う、うーん…桜庭先生、もしかして本気と書いてマジになってたのか…」
「なあ、こなた。俺は結局彼女がどうしたいのか分からなかったんだけど…こなたはなにか知ってるんだろ?」
「あーうん…まあ、こうなったら話といた方がいいか…」
 今度はこなたが、ひかるが最初に何故そうじろうに会いに来たのかを話した。それを聞いたそうじろうは、真剣な表情で腕を組んだ。
「…一目惚れとか、そんなんだったんじゃないかな」
 そう言うこなたに、そうじろうが視線を向ける。
「こなた。お前はどうしたらいいと思う?」
「わたし?…んー…わたしはお父さんの好きにすればいいと思うよ。その…お父さんの気持ちが一番大事なんじゃないかって…多分」
 自信なさ気に答えるこなたに、そうじろうは微笑んで見せた。
「そうか…じゃあ、桜庭先生に伝言を頼まれてくれるか?」
「え?」



 次の日の朝、こなたはふらふらと校舎内を職員室に向かって歩いているひかるを見つけ、近づいて声をかけた。
「おはようございます。桜庭先生」
「…ん…って、泉っ!?」
 こなたの姿を確認したひかるは、慌てて手近にあった柱の影に隠れた。
「…なんで隠れるんですか」
「いや…なんとなく…」
 呆れ顔のこなたの前に、ひかるが頭をかきながら柱から出てくる。
「先生、目の下のクマがすごいですよ。寝てないんですか?」
「ああ、昨日はなんだか寝付けなくて…何か用か?」
「お父さんから伝言です」
 こなたの答えに、さっきの倍の速度でひかるが柱の影に隠れる。
「…なんで隠れるんですか」
「いや…なんとなく…ここで聞くから話せ」
「うん、まあいいんですけどね…今度の日曜に、二人きりで出かけませんかって、お父さんが伝えて欲しいって」
「…は?」
 ひかるがポカンと口を開けて固まる。そのひかるの傍にこなたが来て、一枚の紙を手渡した。
「待ち合わせ場所と時間は、そこに書いてますから。返事はしなくていいそうです。当日、一時間待って来なかったら断られたと判断するそうですから…じゃ、確かに伝えましたよ」
 そう言ってこなたは、手を振って自分の教室に向かって歩き出した。
「ま、待て泉!」
 こなたの後ろから、ひかるが声をかける。こなたは肩越しに顔だけをひかるの方に向けた。
「こ、これはその…デ…デートとか…そういうのか?」
「…さあ?お父さんが何考えてるかなんて、わたしは知りませんから」
 こなたはそれだけ言って、さっさと歩き去ってしまった。後に残されたひかるは、こなたの去っていった方と手に持った紙を交互に眺めながら、なんとも情けない顔をしていた。



「自習だ」
 教室に入るなり、ひかるはそう宣言して教員用の机に座って、さっきこなたに渡された紙を眺め始めた。
「…またかよ」
「…最近多いよな」
 生徒達はそんな事をひそひそと話していたが、ひかるがまったく動こうとしないので、しかたなく思い思いに勉強を始めた。
「ひいらぎー、なんかして遊ばね?」
「いや、勉強しなさいよ。この前のテストやばかったんでしょ?」
「そうなんだけどさー。自習ってなんか遊びたくなるんだよなー」
 かがみは溜息をつくと、さっきから微動だにしないひかるを見た。
「でも、ホントに最近先生の様子変よね。何かあったのかしら…」
 かがみの言葉に、教科書の今日の授業でやる予定だった箇所をチェックしていたあやのが頷く。
「うん…部活の時に天原先生に聞いてみたんだけど、はぐらかされちゃったし…ちょっと心配だよね」
「色恋沙汰だったりしてな」
 ニヤニヤしながらそう言うみさおに、かがみは呆れた表情を見せた。
「いや、それはないわ…」
 かがみ達がそんな事を話してる間も、ひかるはじっと紙を見つめていた。



 約束の日の日曜日。ひかるは待ち合わせの場所に、指定された時間の三十分ほど前に来てそうじろうを待っていた。
「…少し早かったか…にしてもこの服…」
 ひかるは自分が着ている、ふゆきが選んでくれた服を眺めた。肩を露出した、水色の涼しげなワンピース。いつも括っている髪はおろして、ストレートにしている。
「に、似合ってないんじゃないだろうか…いきなり引かれたらどうしよう…」
 そう思うとここから逃げ出したくなるのだが、一度いくと決めたからにはと、なんとかその場に踏みとどまる。
「あ、どうも。お待たせしてしまったみたいですな」
 聞こえた声に、ひかるの心臓が跳ね上がる。声の方を見てみると、そうじろうがにこやかに手を振りながら歩いてきていた。泉家で見た時の作務衣ではなく、スーツ姿だ。
「い、いえ…私の方が少し早くきてしまったみたいで…」
 いつぞやのように、訳の分からないことを言い出すのではないかと思ったが、普通に答えることが出来てひかるは安堵した。
「それでは、行きましょうか…ひかるさん」
「あ、はい…」
 歩き出したそうじろうの後を追いながら、ひかるは自分が名前で呼ばれたことに気がついた。
「い、今名前で…」
「ああ、こういう場で桜庭先生というのも、変だと思いまして。嫌だったでしょうか?」
「いえ!全然大丈夫です!」
 ひかるの反応に微笑み返すそうじろう。ひかるは何もかも上手くいくんじゃないかと、淡い期待が広がるのを感じていた。



 それから二人は、そうじろうが姪に借りたという車で、あちこちを回った。多くの場所を回るというのではなく、一つの場所に時間をかけるといった感じだ。
 回った場所が、聞いていたそうじろうの人となりからは、あまり想像できない普通の場所ばかりなので、ひかるは少し意外に思ったが、そのおかげかあまり妙なことを口走らずに、普通に会話をすることが出来た。

 やがて最後の箇所だと、そうじろうはひかるをとある海岸へと連れてきた。夕陽に照らされた波打ち際が、実に綺麗だ。
「…ここは、妻が好きな場所なんです」
 しばらく二人で景色を眺めていると、そうじろうがポツリと呟いた。そうじろうの口から出た妻と言う単語に、ひかるは自分の心が強く反応するのを感じた。
「今日回った所も、いつもデートの時に利用していた場所ばかりです。だいたい全部、妻が行きたいと言った場所です…私が提案する場所は、大体嫌がられるものですから」
 そう言ってそうじろうは、照れくさそうに笑う。ひかるはそうじろうの意図が分からず、黙って話を聞いていた。
「…こういう男なんです、私は。未だに亡くなった妻を引き摺っている」
 少しずつ、ひかるにもそうじろうが何を言いたいのか、分かってきた。
「そして、今の家族を守ることで精一杯なんです。女々しくて、器の小さい男です」
「そんなこと…」
 ない…と、ひかるは言い切りたかった。だが、知り合って間もないため、言い切れる自信がなく、口をつぐんだ。
「こんな男と一緒になっても、あなたが幸せになるとは思えないし、私にそう出来る自信もありません。だから…」
 ひかるはそうじろうの顔の前に自分の手のひらを向けて、言葉を遮った。
「もう、結構です…」
 そう言って、ひかるはそうじろうに背を向けた。
「すいません」
 その背中に、そうじろうが謝る。ひかるからは見えないが、頭でも下げているのだろうと、なんとなくそう思った。
「…こんな男と一緒になって、奥さんはさぞ不幸だったでしょうな」
 思わず口を突いて出た、酷い捨て台詞。
「かも…しれません」
 そんな言葉にも、そうじろうは怒る素振りすら見せなかった。ひかるは奥歯を強く噛むと、振り返りもせずに走り出した。ここからどう帰ればいいのかあまり分からなかったが、一瞬たりともこの場に居たくなかった。

 ひかるが去った後、そうじろうは車にもたれかかり、そのままズルズルと座り込んだ。
「…あー…疲れた…」
「これくらいで疲れるなんて、歳だねー」
 頭の上から聞こえてきた声に、そうじろうは驚いて上を見た。すると、こなたがゆるい笑顔を見せながら、そうじろうを覗き込んでいた。
「こなた…お前、なんでここに?」
「ちょっと心配だったからね。後部座席に潜り込んでた」
 悪びれもせずにそう言うこなたに、そうじろうは溜息をついた。
「親のデートを監視するなんて、趣味が悪いぞ」
「お父さんには言われたくない台詞だなー」
 こなたは眉を顰めながらそう言うと、そうじろうから顔を背けた。
「…ふっちゃったんだ」
 こなたはそのまま、呟くようにそう言った。
「ああ」
「勿体なかったんじゃない?あんなロリっぽい人って、そういないと思うよ」
「かもな…でも」
 そうじろうは立ち上がり、大きく伸びをした。
「さっき言った通り、俺じゃ彼女を幸せにはできないよ。それに、俺は充分満たされてる。これ以上の幸せは分不相応だよ」
「…ふーん…そんなもんなのかな…」
「さ、帰るぞ。お前まで急にいなくなってたら、ゆーちゃんが心配するんじゃないか?」
 言いながら、そうじろうは車の運転席に乗り込んだ。
「…おお、ゆーちゃんの事すっかり忘れてた。何の説明もしてないよ」
 こなたも慌てて助手席の方に回りこみ、ドアを開けて車に乗り込んだ。



 ひかるが家にたどり着いたころには、すっかり日が落ちて辺りは真っ暗になっていた。ひかるが家に近づくと、玄関の前にふゆきが立っているの見えた。
「…ふゆき…なんだ、変な顔して」
 ひかるがそう言うと、ふゆきは少し困ったような顔をした。
「ダメだったんですね」
「…まあな…初恋なんて実らないもんだな…」
 それから言葉が続かず、二人とも黙ったままお互いを見つめていた。
「…デートかと思ったんだがな。どうも、亡くなった奥さんと比べられただけみたいだ…」
 ひかるが呟くように話し出す。ふゆきは、それを黙って聞いていた。
「…ずるいよな…死んだ人間と比べるなんて…死人は思い出の中でどんどん美化されていくのに…生きている人間は、どんどん醜い部分が見えていくだけなのに…勝てるわけないよな…」
「…ホントにそうだったんですか?」
「…え?」
「そう思いたい…というだけではないのですか?」
「…どうしてそう思う?」
「ひかるさんが、そんな事を言い出さない人だと知っていますから」
「…お前は………そうだな…私が足りなかっただけだな…」
「それも違います…ただ縁がなかった。それだけの事です」
「ふゆき…」
 ひかるは顔を伏せた。その肩が小刻みに震える。
「こういう時は…泣いてもいいんだよな?」
「…ひかるさん…最初から泣いてましたよ」
「そう…か…」
 ひかるの嗚咽が聞こえ始める。ふゆきはその身体をそっと抱きしめた。
「本気だったんだ!…自分でも信じられないくらいに…本気だったんだ!」
 経験のないことに対しては、人はいつまでも子供のままなんだ。泣きじゃくるひかるを見ながら、ふゆきはそんなことを思っていた。



 翌日の朝。
「泉、ちょっといいか?」
 後ろから声を掛けられ、こなたは振り向いた。
「あ、桜庭先生、おはようございます…ってか、すごい顔してますよ?」
 こなたが少し引き気味にそう言うと、ひかるは眉を顰めた。
「うるさいな。昨日、一晩中泣き明かしたんだから、しょうがないだろ…まあ、おかげで色々吹っ切れたが」
「そ、そうですか…」
「で、だ。昨日のことで私が謝っていたと、そうじろうさんに伝えといてくれ」
「…わかりました…それじゃ、お父さんからも伝言です」
 こなたの言葉に、ひかるが眉間にしわを寄せる。
「お茶くらいなら、何時でも付き合いますよ…だそうです」
 ひかるの眉間のしわが更に深くなった。
「それは、本当にそうじろうさんの伝言なのか?」
「信じるか信じないかは、先生の自由です。じゃ、わたしはこれで」
 そう言ってこなたは、ひかるに背を向けて歩き出した。
「…泉、気を遣ってくれなくていいぞ」
 その背中にひかるがそう言うと、こなたは少し立ち止まって、手を振った。
「まさか。わたしがそんな人間に見えます?」
 そう言って、こなたは再び歩き出した。その姿が見えなくなってから、ひかるは溜息をついた。
「どうだかな…わからん親子だ」
 そう呟いて、ひかるは職員室に向かって歩き出した。
「…ん?」
 ふと、ポケットに違和感を覚え手を突っ込むと、一枚の紙が入っていた。
「あいつ、何時の間に…」
 そこに書かれていたのは、そうじろうの携帯番号とメールアドレスだった。
「…本当だったのか、泉の独断なのか判断が微妙だな」
 ひかるはその紙を丁寧にたたむと、ポケットにしまい込んだ。
「まあ、たまに晩飯代を浮かせるのに使わせてもらうか」
 こなたの去ったほうを見ながら、ひかるがそう呟く。
「…縁がないといった割には、切れないものだな」
 ひかるは無性におかしくなり、声を上げて笑った。通りすがりの生徒達が、何事かと驚いた視線をひかるに向けたが、気にもとめずにひかるは笑いながら職員室へと向かった。


  •  終 -


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  • どうしたら四コマ漫画のキャラクターの個性をここまでうまく表現できるのだろう? -- 名無しさん (2009-10-26 00:23:21)

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最終更新:2009年10月26日 00:23
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