ID:.MzjEEco氏:対決列島!

『あづー……』

 柊家の暑は夏い。もとい、夏は暑い。夏はどこでも暑い。
 かがみとつかさの二人は、加速し続ける猛暑に耐え切れず、思い思いの格好で床に倒れていた。
 外の世界からひっきりなしに入り込んでくるセミの声は、下手をすると熱中症になりかけている二人への葬送曲のようにも思えてくる。

「……こんなんじゃ、ダメだわ」

 首から上だけを動かし、かがみは周囲に目をやる。
 日の当たる部分を隔てた向こう側の陰で、つかさが横になっている。
 彼女はぴくりとも動かない。あまりの暑さにばててしまっているのだろうし、それも仕方のないことだ。

 仰向けになると、ジャージ姿のまつりがテーブルに頬を付いて座っているのが見えた。
 テレビからは男の声が聞こえるが、視聴しているはずの彼女は特に反応を示すことはしていない。果たして意識を保っているのかどうか。

「……ああ、かき氷食べたい」

 保っていた。

「姉さん、何観てるの」
「んー」

 会話になっていない。

「この『白くま』ってかき氷、食べたくない?」

 空は青く、塀は陽炎の向こうでゆらゆらと揺れていた。炎天下である。
 液晶の中で、一人の男がかき氷をかっ込んでいる。どうやら早食い対決が展開されているらしく、中身がほとんど残っていないカップが時折映る。
 かがみは回転の速い頭で姉の意図をつかんだ。

「パシリは嫌」
「私も行くって。お互い納得できるサイズのを探そうよ」

 彼女はむくりと起き上がった。


 持ち帰った氷菓子を再び充分に凍らせるためには、六十分もの時間を要した。
 時刻は十五時。日差しが居間に入り込むことはなくなったとは言え、未だ黙っていても汗が出る暑さである。

「そろそろいいかな」
「そろそろいいわね」

 同意の上でかがみは腰を上げて冷凍庫を開け、カップアイスを二つ取り出してテーブルへ運ぶ。
 その間にまつりがデザート用のスプーンを2本手に取った。見事な連携である。

 商品名、南国白くま。山盛りのかき氷にミカンやイチゴ、小豆などをたっぷりとトッピングしたそれの容量は、優に350mlを超える。
 その、120円の缶ジュースよりもボリュームのある「怪物」を前に、どちらからともなくごくりと喉が鳴った。
 余談だが、この本家たる鹿児島には、市販されているものの倍を誇る750mlもの白くまが売られているとか。

 ぱくりと蓋を取り、スプーンを差し込む。かがみが三十秒を数えるタイマーを起動すると、キッチンを緊張が支配した。

「いい。相手への妨害はなし。ガチンコの一本勝負だからね」
「わかってるわよ」

 二十秒。
 どこから攻めるべきか――かがみは目の前の白い山を睨みつける。
 トッピングは、かき氷本体を食するには少々邪魔だ。最初に処理してしまうべきではないだろうか。
 否、これは関連痛に見舞われた時の緩衝材にもなりえる物だ。半分ほど残した上で氷山を崩すべきだろう。
 十秒。
 向かい合う姉も視線を油断なく白くまに向けている。彼女も作戦を立てているのだ。
 この勝負は間違いなく互角、そう直感する。余裕など欠片も存在しない。
 五秒。四秒。三秒。二秒。一秒――

 ピピッ、という電子音。二人はまったく同時にスプーンを拾い上げた。

「えっ!?」

 先に声を上げたのはまつりだった。ほんのわずかな間だが、手も止まった。
 好機と、かがみはまずサクランボを口の中へ放る。
 しかし、これは失策だった。彼女は凍りついた果肉の中に種が埋め込まれてあるのを忘れていたのだ。後回しにして融けるのを待つべきだった。
 口に入れたことを後悔したが、まさか吐き出すわけにもいかない。サクランボを頬に追いやり、次は黄桃に目を付ける。

(硬い!)

 先ほど、まつりが驚いたのはこのせいだった。練乳が絡んだかき氷は意外なほどに堅固で、スプーンの侵入を許さない。
 焦らずガリガリと黄桃の周りを削り取り、口へ運ぶ。この頃にはタイミング良く、サクランボも果肉を噛み取れる程度に柔らかくなっていた。
 残った種を蓋の中へ入れ、いよいよ本陣へと切り込む。
 まつりも相変わらず苦戦している。差を付けるのは今しかない――
 かがみはカップを持ち上げた。握る右手にやや力を込めながら、表面にはあっと息を吐きかけた。熱を加えて融解させるのだ。

「やるじゃん」

 遅れを取るまいと、まつりも素早く同じ行動に移る。
 だが、やはり一歩の差が大きなアドバンテージとなる。先に白くまの防衛線を突破したのはかがみだった。
 ザクリとスプーンが沈む。真っ白な氷をすくい上げ、ぱくりとかぶりつく。
 氷と練乳が織りなす甘美さに酔いしれたくなったが、生憎そんな暇は微塵もない。飲み込むのを待たずに次の一口へと進む。

「――っ!」

 その動作を五、六回繰り返した頃、かがみは突如襲いかかってきたこめかみの痛みに頭を抱えた。
 かき氷の早食いというカテゴリでは決して避けて通ることのできない、アイスクリーム頭痛だった。俗称ではなく、れっきとした医学用語だ。

「甘いね、かがみ。この白くまくらい甘い」

 そこには早くも勝ち誇るまつりがいた。食べるスピードが純粋にかがみのそれよりも速く、またアイスクリーム頭痛の洗礼も受けていない。
 場数が違ったのだ。おそらくは以前に、かき氷の早食いというものを少なくない回数経験していたのだろう。
 後手に回っていたはずの白くまの残量は、早くもかがみを追い抜かんとしている。このままでは負ける――!

「……まだまだぁ!」

 もとより、この時のために残しておいたトッピングだった。かがみは躊躇うことなく、イチゴとパインを噛みしめた。
 感覚が口の中を駆ける強い酸味に向くことで、狙い通り、アイスクリーム頭痛はいくらか和らいでくれた。
 彼女は再び左手の動きを再開させる。向こうとの差は今や歴然、手痛いタイムロス。
 多少の無理を押し通さねばならない――かがみは瞬時にそう判断する。
 かき込むしかない。先ほど、テレビの中の男がそうしていたように。
 右手を斜めに構え、恥を捨ててカップの淵に唇を付けた。まつりも妹の強硬手段を察知したらしく、食べるペースを上げにかかる。
 早すぎる追い込みだと、彼女自身思っていた。まだ半分近いかき氷が残っているのだ。
 決着を早まって再びアイスクリーム頭痛に襲われるのでは愚策にも程がある。そう、理解している。

(だけど、それでも!)

 予想通り、二度目のアイスクリーム頭痛。もはや致命傷とも呼べるダメージを完全に無視し、かがみは氷を流し込む。
 頭蓋骨を針で貫かれたような痛みが走る。脳が限界を訴えている。もう駄目なのか――

「くうっ!?」

 その時、奇跡は起こった。
 ここにきてようやくと言うべきか、まつりの側にもアイスクリーム頭痛の魔の手が伸びたのである。
 彼女が残すのはもはや氷のみ。対して、かがみのカップには最終兵器(リーサルウェポン)が沈んでいた。
 すなわち、小豆。
 渋さを伴う、落ち着いた甘みが、これまた先ほどのイチゴやパインと同じように痛みを和らげる役目を果たす。
 まつりは早い段階でこれらを消費しすぎたようだった。故に、ラストスパートをトッピングの助けなしで走り抜けなければならない。

 もはや、かがみの辞書に「敗北」の二文字は存在しなかった。
 わずかとなった中身を押し込み、残った練乳も間髪入れず吸い込んでしまう。
 氷をじゃりりと噛み砕き、彼女は口内の全てを一気に飲み込む――!

 タン、と空のカップがテーブルに叩きつけられる。それが決着の合図だった。
 いや、この擬音は正確ではない。タタン、と表現すべきだっただろう。

「――かがみ、あんたの勝ちだよ」

 コンマ数秒の差でしかなかった。
 それでも、先に完食したのはかがみだったのである。

「いい勝負だったわ」

 戦いは終わった。
 残ったのは満足感と、勝者のしるし。それだけだった。

「約束通り、私の分は姉さんのおごりね」
「完敗だったしね。言ったことはちゃんと守るよ」

 椅子の背もたれに体を預け、二人はしばし休息を満喫する。
 やがて目を開けた勝者の声で、この決闘は締めくくられることとなる。


「つかさー、かき氷買ってきたわよー!」



 完


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コメント:
  • まさかのつかさwww -- 名無しさん (2009-08-03 14:26:17)
  • かがみとまつりの対決がプロレス風に描かれてる
    のが面白いねGJ -- 名無しさん (2009-08-01 16:46:15)
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