ID:Zf9UWQSO氏:HELP ME FUYUKI !!

「いやぁーな季節だなぁー」
「そうですねぇ、お洗濯も乾き難いですし」
 梅雨。蛙の為に鐘が鳴ったりするこの季節は、雨は多いし乾燥してるし暑いしと、何かとテンションが下がる時期である。そんな時期でもこの地球上には必要な季節であり、尚且つ自然現象なので、文句を言ったところで誰かが梅雨を無くしてくれるわけも無いのだ。
 そんなじめじめした熱い季節の放課後の職員室。ひかるは下敷きを団扇代わりに、熱い熱いと歎きながら扇いでいた。
 職員会議も終わり、各教職員達は帰ったり部活に指導しに行ったりする時間帯である。
「では、私もそろそろ……」
 ひかるとふゆきもそれは例外ではなく、ふゆきは既に日誌を書き終え、自らが受け持つ茶道部へと今にも行こうとしていた。
 その矢先。
「なぁ、少し相談があるんだが」
 パタパタと扇いでいた手を休めて、ひかるは隣に座っていたふゆきに、そう切り出した。
「何ですか?」
「うちの部で作品集を出すことになったんだが……」
 部と言っても、ひかるは二つの部を受け持つ。一つは生物部。もう一つはアニメーション研究部の顧問をしているのだ。
 ふゆきは話を聞くために、再び椅子に腰を降ろした。
「話の流れで、私も一つ作品を出さなきゃならなくなってしまったんだ」
「そうなんですか」
 作品、という事はひかるが言っているのはアニメーション研究部の話だろう。
「それでその作品にはお題があってな? それが――」
 ひかるは白衣のポケットから手の平サイズの紙切れを取り出し、それを広げて読んだ。
「『6月、必殺、殺人事件、焼肉』の四つもあるんだ……」
「まぁ、そんなにお題を貰ったんですか」
「それを全部使わなきゃならないらしい」
「全部ですか?」
 ひかるは説明した。
 先日、いつもの様にアニ研の顧問として部員達を見ていた処、部員の一人である田村ひよりが、たまにはお題を決めて皆でそれを書いてみよう等と申したのだ。その意見には部員全員が賛成し、場は大きく盛り上がった。そんな中、部長の八坂こうがたまには一緒にやろうよ、みたいな事をひかるに言い寄り、私はいい、と言おうとしたその刹那、部員達のやろうよコールが始まり、その勢いに負け、つい、分かったと答えてしまったのだ。そしてお題を聞いて驚いた。こんなのとても出来るもんじゃないと感じたひかるは、やっぱりやめる旨を伝えようとした。しかし、一度分かったと言ってしまった以上やめるのは難しい。“先生”というプライドも僅かにある。それに部員達のあのはしゃぎ様を崩したくない、とひかるは思ったのだ。真、教職員とは辛いものよ。
「あらまぁ」
 説明を聞き終わったふゆきは、眉は八の字にしているが顔は笑っていた。生徒たちとのやり取りを想像して顔に出してしまったのだろう。
「それで、相談というのは?」
 大体予想は付いているが、念のために聞いておく事にした。
「うむ。そのお題の作品を一緒に考えてほしいのだ」
 やはり、とふゆきは頷く。
「私は生物担当だ。文章ぐらいなら少しは書けるかもしれないが、漫画なんて以っての外だ」
「でも桜庭先生、結構漫画、読んでますよね」
「読むだけな。描きはしない」
 最もな意見。普通、誰だってそうだろう。漫画なんて物は娯楽の一種であり、描くなんて行為は本当に本当に好きな人しかしない。経験も無い人間に、いきなり描いてくれと言ってもそりゃ無理な話である。
「頼む。一緒に考えてくれ」
 普通、こんな上から目線の頼み方は無いだろう。それでも、ひかると長い付き合いのふゆきは、本当にひかるが困っている事が分かるのだ。そして、本人は自覚していないが、ふゆきはひかるに甘いのだ。だから、
「分かりました。一緒に考えましょう」と受け入れた。
「ありがとう、ふゆき。結婚してくれ」
「……学校ではちゃんと“先生”を付けてください」
 斯くして、二人の共同創作が始まったのである。生物担当の桜庭ひかる。養護教諭だが、国語と英語が得意な天原ふゆき。殆どふゆきが活躍しそうな気もするが、果てさて……。


「やっていますね」
 ふゆきは茶道部へ足を運んでいた。と言っても様子を見に来ただけだが。
 この時間帯ならば保健室の利用者はあまり居ない。それでも稀に、運動部で怪我をした人がやって来るのだ。だからふゆきは、この茶道部を少し滞在したら保健室に行かなければならない。養護教諭が部活の顧問を受け持つというのは、それなりに大変なのである。
 ふゆきが現れた事で部員達は挨拶をする。茶道部という事もあって、それはとても美しい動作だった。
「先生。今、お茶を作ってみたんですけど、先生も一緒に見てくれませんか?」
 部員の一人である峰岸あやのが、ふゆきにお茶を差し出した。ふゆきはそれを「良いですよ」と返事をし、部室の扉を礼儀よく閉めた。
 正座をしたふゆきに、あやのはお茶を運ぶ。お茶が運ばれると、ふゆきは右手で茶碗を畳の縁外で隣の方との間に置き、「お先に」の礼をした。そして、茶碗を右手で持ち、左手を下に添え、その状態で軽く会釈をする。これはお茶に対する感謝の礼だ。茶碗を手前に四分の一回しし、一口飲む。一口飲み終え、左手で茶碗を持ち、右手の指先を畳につけ、亭主(今の場合はあやのを指す)に「大変結構なお服加減です」と告げた――。
 この時、お茶を差し出したあやの。ふゆきの隣に座っている部員達は、その仕草をまじまじと見ていた。あまりにも完璧すぎるのだ。
 それもそのはず。実を言うとふゆきは、もう働かなくても良い位のお金持ちのお嬢様なのだ。子供の頃からお嬢様として育てられてきた彼女にとって、これくらいは常識なのである。因みに、家にはメイドも数人居るらしい。
 ――ゆっくりと数口でお茶を飲み干し、その後の作法まで完璧にやりこなした。
「お茶を作るのが大変お上手になりましたね。峰岸さん」
「……あっ、はい。ありがとうございます」
「あら? どうしました?」
 あやのを含め、他の部員達がボーッとしているのに気付いたふゆきは不思議そうに言った。
「いえ、その、見惚れてました……」
 あやのがそう言うと、他の部員達もその旨を告げる。それを聞いたふゆきは、少し頬を紅潮させた。
「き、今日は暑いですね」
「そ、そうですか?」
 恥ずかしいので話を変えた。
 そんな感じで少しの間、茶道部で過ごしたふゆきは、保健室に行くことを思いだし、席を立った。
「あ、そういえば」
 そこでふゆきは、ひかるのお題についても思い出した。そして、折角だからと、ここにいる部員達に聞いてみる事にした。
「皆さん、突然ですけど、六月と言えば何が思い浮かびますか?」
 その問いに、部員達はざわつき始める。その中には、梅雨とか蛙とかといった単語が多く聞き取られる。
「六月と言えば、ジューンブライドかな……」
 そんな中、部員の一人がとても恥ずかしそうに小声でそう言った。勿論、ふゆきはそれを聞き逃さなかった。
「峰岸さん? 今なんて言いましたか?」
「え? その……ジューンブライドです」
 どうやら、先程の言葉を発したのはあやのだったようだ。
 ジューンブライド。直訳して『六月の花嫁』。六月に結婚した花嫁は幸せになれるというもともとはヨーロッパからの伝承だ。元々の由来はギリシャ神話が関連しているらしいが、ここでは割愛しておく。
「なるほど。ジューンブライドですか。それは好い事を聞きました」
 ふゆきはポケットから手帳を取り出し、忘れないようにジューンブライド、とメモをした。
「ありがとうございます。では私は一度、保健室に戻りますが、もし戻って来なかったら戸締まりをお願いしますね」
 そう言って、部員達の返事を聞き、ふゆきは部室を後にした。
 その後、ふゆきが居なくなった部室では、ふゆきが誰かと結婚するのではないか? という話で盛り上がったそうな。


 下校時刻。あの後、運動部の生徒が怪我をして保健室にやって来たりして、結局、茶道部に戻る事はなかった。そして今、ふゆきは保健室で一人、再び日誌を書いている。
「今日も一日、無事に終わりましたね」
 日誌を閉じ、机を整理していると、ガラッとドアが開けられた。こんな時間にやって来るのは決まっている。
「うぃーっす」
 桜庭ひかるである。
「お疲れ様です。桜庭先生」
「お疲れさん。ふゆき、今日は焼肉に行こう」
 ひかるはふゆきの近くにある、灰色の丸椅子に座りながら、そんな事を言った。
「焼肉ですか?」
「うむ。やはりこういうのは実際に経験した方が良いアイデアが浮かぶと思ってな」
 実際に経験……この歳で焼肉を経験した事がないと言うのだろうか。
「それ、ただ食べたいだけだったりしません?」
 と、ふゆきがクスクス笑い混じりにそう言うと、
「なっ、何を言う……私はだな――」
 と、あわてふためくひかるであった。
 ふゆきが言った事は図星らしい。
「でも、そうですね。案が無いのも確かですし、行ってみるのも良いかも知れませんね」
「う、うむ。では行こうか」
 ふゆきは机の上を綺麗に片付け、必要な物だけ鞄に容れ席を立つ。ひかるは既に廊下に出ており、ふゆきが来るのを待っていた。
「ふゆきー、まだかー?」
「はいはい、今行きますよー」
 保健室から出て、鍵を掛け、二人は帰路についた。


「ご注文の品は以上でお揃いでしょうか? はい。それではごゆっくりどうぞ」
 店員の女性が去っていくと、早速焼き始める二人。肉と野菜が網に敷かれ、ジューっと音を起てるそれは、見るだけで食欲をそそる。
「美味しそうですね」
「あぁ、早く焼けないものか」
 一応、説明しておくと、ここは某焼肉チェーン店。ふゆきとひかるは学校帰りに、そのまま近場の焼肉店に訪れたのだ。当たり前だが、白衣は着ていない。
「そういえば、お題の件なんですが、先程生徒さんから良い事を聞きましたよ」
「良い事?」
 ひかるは肉の焼き加減を確認している。まだ生だ。ひっくり返すのはまだ早い。
「えぇ。『6月』はジューンブライドです」
 その言葉を聞いたひかるは手を止めた。
「おぉ、ついにその気になってくれたか。さぁ結婚しよう」
「もう、そうではありません」
「ち」
 軽く舌打ちして作業に戻る。そして肉が焼けてきたのでひっくり返した。
「他には梅雨だとかありますけど、どうせなら変わったものの方が面白そうじゃないですか?」
「まぁ、梅雨なんて言われても何書けば良いのか分からんしなー……あちっ」
 油が跳ねて、ひかるの腕に付着した。焼肉ではよくあることだ。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、たいしたことはない。それより結婚かぁ……どう結び付けるかな」
 『6月の結婚式』。後は必殺、焼肉、殺人事件。この組み合わせ、実はかなり難しい物ではないだろうか。一体、どういった経緯でこのお題になったのだろう……と、ふゆきは思っていた。
「よし、焼けてきたぞ」
「そうですね。ではいただきましょう」
 肉が良い感じで焼けてきたので話は中断。二人は焼肉を楽しむことにした。
 今食べているのは、焼肉では定番のカルビだ。焼き上がったカルビにタレを付け、食べる。肉自体も旨いがタレも旨いので御飯も進む。
「ひかるさん? お肉ばかり食べちゃダメですよ?」
「……野菜は嫌いなんだが」
「身体に悪いですよ」
「……分かったよ」
 焼き上がった品を取ったら、次の品を焼く。そんな感じでカルビ、タン塩、ロース、豚肉、時たま野菜と、一通り食べ終わり、現在は食後の休憩中だ。
「はぁー、食べた食べた」
「美味しかったですね」
 空になった容器を、テーブルの隅に片付ける。やがて店員が来て、それを下げていった。
「ところでひかるさん? 今回の焼肉で何か得られるものはありましたか?」
 ひかるの宿題のお題の一つ、焼肉。今回はそのお題の内容のヒントを得るために食べに来たという事になっているのだ。だから念のため、その事を思い出させる事も含め、ふゆきは言った。しかしひかるは、そんなふゆきに「ふっ」と鼻で笑う。
「ふゆきよ、焼肉とは何だ?」
「はい?」
 そんな事言われても、焼肉は焼肉なのでは? とふゆきは頬に手を当て「えーと」と口に出し、考えていた。
「いいか、ふゆき。焼肉とは……戦争だ」
「え? 戦争……ですか?」
 ふゆきの頭の中で、焼肉=戦争の方程式が組み立てられていた。しかし、どんなに考えても答えは出なかった。
「……ひかるさん、それはどういう意味なんですか?」
「ふふ、どうやら肉にばかり気を取られていたらしいな」
「焦らさないで教えてください」
 少しムッと睨み付けるふゆき。しかし、ひかるはそんなものには動じず、ペースを乱す事なく言った。
「ふゆきから見て右斜めのテーブルの会話を聞いてみろ」
「……盗み聞きですか」
「良いから」
 ひかるにそう言われ、心の中でそのテーブルの人達に謝りながら、ふゆきは耳を集中させた。
 すると、こんな会話が聞こえて来た。

「――貴様ぁ! この肉は俺が育てたんだぞ! いっぱい俺が育てたんだぞ!」
「だから何だってんだ! お陰で美味しく食べられてるって言ってんだよ!」
「お前の為に焼いてるんじゃないんだよっ!」

 それだけ聞くと、ふゆきは怖くなってそれ以上、聞くのをやめた。あれだけ中が悪そうなのに何故一緒に居るのだろうという疑問を抱いて。
「……とても恐ろしい内容ですね」
「うむ。さっきより相当ヒートアップしてるな」
 これ以上のヒートアップは流石に迷惑だろう。近いうちに追い出されそうだ。
「今度はふゆきの後ろのテーブルだ」
「後ろ?」
 私の後ろでもあんなやり取りが行われていたのか、と驚きながら耳を集中させる。
「というか、ひかるさん? 私の後ろの方まで聞いてたんですか?」
「聞こえてしまったからな。それになにやら怪しい雰囲気がした。あ、ほら」
 怪しい雰囲気とは何だろうか。と、そんな事を考える間もなく、ふゆきの後ろでガタンッと少し大きめの音がし、こんな会話が聞こえて来た。

「――こと! その肉、貰ったぁっ! ……何!?」
「所詮、この世は焼肉定食。強き者が肉を食べ、弱き者が肉を焼く」
「おのれぇ……」

 こちらも先程と同じ様に肉の取り合いで盛り上がっていた。ふゆきはそのやり取りを聞いて、ドッと疲れた様子で、
「焼肉って、こんなに恐ろしいものでしたっけ……?」
「私達が平和すぎるだけだよ」
「そうなんですか」
 ふゆきは何か納得しない様だったが、時計を見て、帰りの電車の時刻を思いだした。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうだな。良い案も浮かんだし」


 店から出て、夜なのに夜を感じさせない街を歩く二人。駅までの道則はそう遠くはないが、これだけ活気があるとついつい寄り道をしてしまい、電車に乗り遅れたりしてしまうそんな街だ。
「最近ではこんなのをくれるんですね」
 先程、会計を済ませた時に店員がミントガムをくれた。焼肉の後はどうしても口臭が酷くなる。それも女性なら気にして当然だ。今回の焼肉は突然の事だったので、何も用意していなかったふゆきには、とてもありがたい物だった。
「不況だからな。こういう小さなサービスは必要さ」
「そういえばさっき、良い案が浮かんだって言ってましたね」
 ふゆきは思い出したように先程、焼肉店で言ったひかるの言葉を質問する。
「あぁ、まだ途中までだが」
 そう前置きしてひかるは、
「6月の結婚式の披露宴は焼肉で、そこで争いが起きる……という案だ」
「……結婚式ぶち壊しですね」
「まぁな。後はこれに『必殺』と『殺人事件』を組み込ませるだけだ」
「殺人事件なら簡単に組み込ませられるんじゃないですか?」
「え?」
「だって、焼肉の争いの中で事件を起こせば良いだけじゃないですか」
 ひかるは一瞬、キョトンとしたが、直ぐに理解し、
「そうか。そうだったな! 流石、ふゆきだ」
「いえ……」
 解らなかった問題が解けた小学生の様にはしゃいだ。
「となると、後は『必殺』だが……ん?」
 ひかるの目の前には一軒の店が建っていた。
「よし、ふゆき。ここに寄ろう」
「え? ここですか……」
 青地の看板に白い文字で『animate』と書かれているその店を、ふゆきは見ていた。その顔からは「出来れば入りたくないなぁー」と言う言葉が容易に読み取れる。
「でも電車が……」
「大丈夫。直ぐに終わるから」
 しかし、ひかるはそんな事お構いなしに、ふゆきの腕を取り、ズンズンと引っ張って行った。
「あ、ちょっと!? ひかるさんっ」


 店に入ると、目の前には異様な光景が広がっていた。この店の店長と思われる赤く煌めくサンバイザーを付けた男と頭に猫耳帽子を被ったメイド服を着た小柄な女の子が睨み合っていたのだ。そして周りには、それを見守る店員達が数名……中には近くの商品を片付けている者もちらほら。
 そんな異空間にふゆきとひかるが入れるわけもなく、二人は入口のマットの上で、どうして良いのか分からずに居た。
 やがて睨み合っていた二人の間に、何処から入り込んで来たか分からないヒューっという風が通り過ぎると、どこか重苦しい空気が変わった。
「今日こそ白黒はっきりさせるにょ!」
「あぁ、どちらがこの街のアニメショップに相応しいか……」
「勝負!」
「にょ!」
 先に動いたのはメイド服の少女だった。
「くらえ! 目からビーム!」
 ビームと呼ばれた黄色い光線が、少女の目から店長目掛けて勢いよく飛び出た。
「ふん、そんな攻撃などっ!」
 店長はそれを難無く回避すると、直ぐに反撃体制を取る。右腕を曲げ、手を顔の近くまで近付けて何か呪文らしき言葉を発すると、右手が見る見るうちに光出してきた。
「ひぃぃっさつ! アナザァァフィンガァァァ!!」
 そう叫びながらメイド服少女に、光輝く右手を当てようと突撃する。
「甘いにょ! 変わり身の術!」
 少女も負けじと回避策を取る。少女の後ろに浮かんでいた丸くて黄色い物を前に差し出した。
「ゲマァァァッ!?」
 少女目掛けて突撃していた店長の右手は、その黄色い物を粉砕し、輝きを失ってしまった。
「……なんなんですか、これは」
「予想以上だ」
 呆然とその光景を見ていた二人がようやく口を開いた。そしてそれに気付いた店員の一人が店長に近付く。
「店長! お客さんが来ています!」
「何ぃ!? ハッ!」
 客が居ることに驚くも、その二人を目で捕えると、店員達に指示を素早く出した後、こう言った。
「いらっしゃいませお客様ぁぁぁっ! 只今、当店では〇〇祭開催中で――」
「ひかるさんもう良いですよね?」
「あぁ。良いもの見させてもらいました。それでは」
 店長の接客も虚しく、恐く感じた様で、今度はふゆきはひかるの腕を掴み、店の外へと引っ張って行った。
 その直後、店からは「ああぁぁあぁぁあぁぁっ!」という叫び声が聞こえて来た。


「あのお店はいつもあんなに凄いんですか?」
 駅で電車を待っているふゆきが溜息混じりに言った。時刻は既に八時を切っている。帰宅ラッシュの様な人込みは無いが、それでもここは埼玉。それなりに人はまだまだ居る。
「うーん、私も久し振りに行ったからなぁ」
 ひかるはポケットから煙草を出したり仕舞ったりを繰り返していた。どうやら吸いたくても人が多すぎて吸えないらしい。
「まぁ、これで『必殺』もなんとかなりそうだ」
「それは良かったですね」
 お題の内容も大体固まって来て、後は作品に仕上げるだけ。ひかるは勿論、ふゆきも自分の事の様に喜んでいた。
 電車が一つ、また一つと訪れ、徐々にホームの人が減っていく。もうすぐ自分が乗る電車が来る。だからなのか、違う理由なのか、ひかるは落ち着きがなくなっていた。そんなひかるにふゆきは、はて、どうしたのかと見つめていると、その視線に気付いたひかるは、異を決したように口を開いた。
「……なぁ、ふゆき」
「はい?」
「今日、家に泊まってくれないか?」
 その目は地味に真剣だった。落ち着かなかったのはこれを言おうか迷っていたからかも知れない。
「またそんな急に……、明日も学校ですし無理ですよ」
 そう。今日はまだ火曜日であり、平日だ。明日が休みなら未だしも、学校では流石に色々大変なのだ。
「そこを何とか頼む! 実は作品の提出期限が明日なんだ」
「明日……?」
 またまた急な発言だ。ふゆきは暫く目をつむって考えた。一度、乗り掛かった船でもあるし、一緒に考えるという約束もした。それに、ここまで付き合って見捨てるなんて出来ない……。
 色々考えた結果、ふゆきはこう答えた。
「分かりました。けど一度帰らせてください。着替え等、持って行きたいですから」
「あ、あぁ! それで良い。助かるよ」
 ひかるは心底喜んでいた。その様子を見てふゆきは苦笑した。自分の甘さに。
 その後、電車が到着し、ひかるとふゆきはそれぞれ別の電車に乗り、一度別れた。ふゆきの場合、一度帰った後、また電車に乗らなければならないので本当に大変だった。普通、こんな時間に、それもかなり家が離れている相手の為にここまでするだろうか? 絶対とは言い切れ無いが、可能性は限りなく低い筈だ。それをこうも容易にこなしてしまうのは、ふゆきがひかるの事を大事に思っているからだろう。
 単なる世話好きなだけかも知れないが。


「わざわざ着替えて来たのか」
「当たり前です。焼肉の後ですよ?」
 焼肉の臭いが付いたまま、いつまでも人込みの中を歩くなんてふゆきには出来るはずが無いのだ。ふゆきじゃなくても普通なら誰でも気をつけることだが。
 ふゆきは居間へ上がり、宿泊用の荷物等を適当な場所へ置いてから、
「それで? ひかるさんはどんな内容にしたいのですか?」
「あぁ。簡単に説明するとだな……」
 ひかるはふゆきにメモを見せる。以下がその内容だ。

 6月、ジューンブライドということで結婚。
 披露宴は焼肉パーティで誰かが必殺を使って事件発生。
 悲しく不幸な結婚式になってしまった。

「なるほど。お題は全て取り入れてますね」
 二人はソファに座り、そのメモを見ている。
「漫画は無理なので小説にしようと思ってる」
「そうですね」
 書きたい内容がほぼ決まっているので、後はこれを上手く文章化するだけだ。ふゆきも居るという事で、ひかるは別段、焦ったりはしていなかった。
「では書いてみてください」
 だからその一言に不意を突かれてしまった。
「え?」
「……まさか、私に書かせるつもりだったんですか?」
「ダメか?」
「あのですねぇ……、これはひかるさんの作品なんですから、私が書いたら意味が無いでしょう?」
「むぅ」
「私に出来るのは、ひかるさんが書いた文章にアドバイスや、修正を入れてあげる程度ですよ」
 ふゆきの説教を口を3の字にして聞いていたひかるだったが、やがては納得し、渋々と了承の旨を伝えた。
「む~、分かったよ。じゃあ書くとするか」
「はい。がんばりましょう」
 こうして、ふゆき指導の基、ひかるの創作活動は行われた。明日も学校なので、早めに仕上げなければならなかったが、その作業は深夜まで続いた。
「寝てしまいましたか。オチまで残り僅か……しょうがないですね。後は私が書いておきましょう」


 朝である。ふゆきがセットしたであろう目覚まし時計が鳴り響き、ひかるは目を覚ました。
「――いつの間にか寝てしまったのか。あれ? 確か居間に居たような気がするんだが……」
 目を擦りながらベッドから降り、居間へ向かう。するとそこにはエプロン姿のふゆきがキッチンに立っていた。
「おはようございます。ひかるさん」
 笑顔でご挨拶。
「朝食、もうすぐ出来上がりますから――」
「結婚してくれ」
 今回ばかりはここでの台詞はこれが正しいだろう。
「先に顔を洗って来て下さい。髪もボサボサですよ」
「あぁ」
 ふゆきに言われ、洗面所に行こうとしたひかるだが、テーブルの上に重ねて置いてある原稿用紙に目が移った。
「結局、書き終わらなかったな……」
 ひかるが独り言の様に呟くと、それがふゆきに聞こえたようで、
「それなら仕上げておきましたよ」と、笑顔で返されてしまった。
 いつもふゆきに頼りっぱなしな流石のひかるもこれには驚いて、つい大声で「本当か!?」と声を張り上げてしまう。
 念のため確認という事で、原稿用紙をぺらぺらとめくると、本当に最後まで書いてあって更に驚いた。
「それで良いかどうかは分かりませんが……」
「いや、完成してさえいれば良いよ。なんたってふゆきが書いたんだしな」
 ひかるは忘れないうちに原稿を畳んで鞄に入れて洗面所に向かう。ただその前に……。
「ふゆき」
「なんですか?」
「その……ありがとな」
 久し振りに素直な御礼を言われた気がする。そう感じ、嬉しくなったふゆきは、にやけた顔を見られない様にと、姿勢をキッチンに向き直した。
「良いんですよ。いつもの事ですから」


 時間は飛んでその日の放課後のアニ研。
「ひかるセンセ。今日が一応締切ですけど、出来ましたか?」
 いつも座っている椅子で新聞を読んでいたひかるに、部長のこうがにっこりと笑いながら(それでも眉は八の字にしながら)、やって来た。新聞で顔が隠れているが、ひかるはニヤリと笑っている。
「まぁ、出来てないんなら別に良いんですけどね……先生も忙し、」
「出来てるぞ。ほら」
「えっ!?」
 こうはひかるが書いてくるとは思っていなかったらしく、驚きのあまり後ずさる。その反応が益々ひかるをニヤニヤさせる。
「ふふ、私を甘く見るなよ」
「桜庭先生の出来たんスか!? 私にも見せてほしいッス」
 奥の方で部員達の作品をまとめていたひよりが、そのニュースを聞いて飛び込んで来た。
 甘く見る、というより、書いてくる事に期待していなかったみたいだ。ひかるはそれに気付いていないが。
「ふーん、小説かー。じゃあ早速読ませてもらいますね」
 そう言って、小説を読み始めた二人。ひかるはそんな二人の様子をどきどきしながら見ていた。
 手伝って貰ったとは言え、自分の作品。つまらないなんて思われたら誰だって嫌だろう。
 二人は順調に読んでいた。時にニヤついたりしてくれて、ひかるは嬉しかった。しかし、残り数ページになり二人の様子が変わった。急に真剣な表情になったのだ。
 急にどうしたのだろうと思ったが、あんな真剣な顔で読んでる途中に声を掛けるのは失礼と思い、読み終わるまで待つ事にした。
 残り数ページ。それはひかるが寝てしまい、仕方なくふゆきが仕上げたページだ。実はひかるは朝にこの原稿を見たとき、どんな最後かを確認していなかったのである。ふゆきが書いたものに間違いは無い、と信用しているからだ。だからひかるは原稿用紙の最後の文字、“完”の文字を見て満足してしまっていた。
 一体どんな内容で、どんなオチなのか……気になってしょうがないひかる。
「いやー、面白いよこれ」
 読み終わったこうが、とても感心しながら感想を述べる。
「最初、ドタバタチックなコメディかと思いきや、徐々にシリアスになる展開! 最後の方は自然にホラーチックになってくるしさー、凄いよ」
「そ、そうか?」
 ホラー? そういえばふゆきはホラーとかオカルトが好きだったな……等と思いつつ、内容はあまり悪くない様で、ホッと一安心なひかる。
「ホント凄いよッスよ先生! 最後の“そして誰も居なくなった”には背筋が凍ったッス!」
「ま、まぁな……」
 なるほど、そういうオチか。あいつのやりそうな事だな。それにどんな内容だろうと作品が提出出来たのだから問題ない。ひかるはこれ以上、深く考えない事にした。
「とにかく、これで良いだろ?」
「うん。全然良いよひかるちゃん」
 その後、この作品はアニ研作品集の一つとして部室前に飾られるようになり、一般公開された。これらの作品は、少し遅いが新入部員確保の餌にもなっているらしい。
 コピーして大量にあるので、お持ち帰りも可能だ。

 それから数日後。
「これは……」
 明らかにこの学校の人ではないスーツを来た男が、とある作品を見つめていた。


「あぁー、終わった終わっ、」
「桜庭先生、応接室にお客さんですよ」
「え? 客?」
 荷物を整理して部室にでも足を運ぼうとした矢先の事だった。
 自分に客が来るなんて珍しい。誰だろうか。
 ひかるはそんな事を考えながら応接室のドアを開けた。するとそこにはスーツ姿の一人の見知らぬ男が居た。
「桜庭ひかる先生ですね?」
「は、はい」
「私、こういう者です」
 男はひかるに名刺を差し出す。その名刺には男の名前と、凄く見覚えのある単語が書いてあった。
「かどかわ……え!? 角川って、あの!?」
「はい。角川書店、角川グループの角川です」
 ひかるは目をむいた。
 そんな大企業が一体なんでまたこんな所に? 私に一体どんな様があって?
 ひかるは内心で混乱しまくっていた。
「今日はこの作品の事でお伺いしました」
 差し出されたのは見覚えがある文集。
「あ、それは」
 ひかるは思う。
 つまりこの作品集のどれかが、この人の目に止まり、顧問である私に先に話をしておこうという事か。と。
「ここに勤めている友人に用があってですね、その帰りに偶然この作品集を見つけてしまったのですが――」
 まさかアニ研から角川へ出展が出るとは思ってもみなかったひかるは、少し誇らしげに男の話を聞いていた。
「素晴らしかったですよ“あなた”の作品」
「まぁ、皆一生懸命に描いて――え?」
 言いかけて戸惑う。聞き間違いでなければ大変な事を聞いたのではないか?
「え、私……ですか?」
 自信なさ気に確認する。
「はい。あなたのこの『6月の結婚式は焼肉で必殺殺人事件』、タイトルこそ目茶苦茶ですが内容は素晴らしいものだと思います」
 男は小声で、「いや、このタイトルだから余計に良いのかも」と呟いていた。
 ひかるは突然の出来事に何も言葉が出なかった。何故なら、この後に来る言葉はだいたい予想できるものだからだ。
「どうでしょう? 本を出してみませんか?」
「え、いや、しかし……」
 ひかるが戸惑うのも当たり前。何故ならこれはふゆきとの合作本でもあり、ひかる一人の実力じゃない。もし本を出したとして、万が一にも賞を取ってしまったら色々面倒である。ならばいっそ二人で書いたことを伝えれば良いのだが、それが億が一にでも部員達に知れ渡ってしまったらそれこそ面倒な事に成り兼ねない。
『やっぱあれはひかるちゃん一人で書いたんじゃなかったかー』
 脳裏に困った様な顔で笑っている部員達の姿が浮かんだ。せっかく手にした栄光を手放したくはない。いずれはバレるかもしれないが。
 それに、もしここで断ったとして兆が一にでも部員達に知れ渡ってしまったら、
『なんで引き受けなかったのー?』
 等と問い詰められる事だろう。ごまかし切れるだろうか? やはり色々と面倒である。
「あの、どうしました?」と男。
「ちょっと、考えさせてください」
「あ、そうですか。急でしたもんね。もし考えが決まったら、名刺にある番号にまでお電話を下さい。でわ」
 男はそう言うと、小さくお辞儀をして部屋から出て行った。
「……」
 男が部屋を出て行った後、ひかるも直ぐに部屋を出た。そして早足で歩き始めた。
 どこに向かっているのかなんて決まっている。


「はぁ、今日も一日無事に終わ、」
「ふゆきー!」
 勢いよくドアが開かれた。
「桜庭先生。人が居ないからとはいえ、保健室では、」
「どうしよう。大変な事になった」
「……今度は一体どんな約束事を持って来たんですか?」
「実は――」
 この二人の物語は、まだまだ続く様だ。


                         完


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  • リクエストのお題を、そのまま作中でもお題にしてしまったセンス、GJ -- 名無しさん (2009-08-02 00:36:01)
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