人と人の間には距離がある。わたしはそう思う。
親兄弟。親戚。友人。知り合い。赤の他人。
それぞれの関係に、それぞれの距離がある。
そして、個人個人にも自分の距離と言うものがある。
最近、そんな事をわたしは思う。
- 物思い -
例えばみゆき。
彼女は、自分の距離というものを変えない。つかず離れず、常に一定の位置にいる。
人の邪魔にならないが、かといって離れすぎてるわけでもない。
話に入れる時は入ってくるし、こちらが話を振りたい時や、何か聞きたいときはいつもいい位置にいいる。
その距離は人がよく見える。そう、彼女は言っていた。
よく見えるから助言もしやすいし、質問にも答えやすい…と、いうことらしい。
わたしが彼女をすごいと思うのは、人を選ばず誰にでもその距離でいられると言う事だ。わたしにはとても真似できない。
そして、もっとすごいと思うのは、彼女が好んでその距離にいると言う事だ。
彼女は、観察者であり助言者なのだ。それを自覚し、なおかつそれを楽しんでいる感じさえ受ける。
わたしだけでなく、色んな人が彼女を信頼するのは、彼女が守るその距離のおかげなのだろう。
例えばこなた。
アイツは、自分の距離というものを持っていない。いや、自分の距離を見せないと言った方がいいだろうか。
うんざりするほど遠くにいるかと思えば、急に傍にいたりして、驚くことが多々ある。
そしてアイツは、そういったこちらの反応を楽しんでいるのだ。
しかし、決して不快ではない。怒ることはあっても、アイツに対して憎しみを覚えることはない。
どころか、そんな義理はないのにアイツの距離に合わせようとしてしまう。掴みどころがなくて、意地になって掴もうとしてしまいそうな気持ちにもなる。
たまに、それがアイツの計算づくな罠なんじゃないかって思うときもある。
でも、それは違う。アイツは自分に正直なのだ。そして、刹那主義なのだ。
その瞬間瞬間の自分に正直になる。その結果、人との距離がコロコロ変わるのだ。
その偏った距離が幸いしてか、みゆきで気付かないことに気付いたりもする。
考えれば考えるほど、アイツの事が分からなくなるけど、それでもやっぱり嫌えない不思議な魅力がアイツの距離にはある。
多分、そう考えてるのはわたしだけじゃないだろう。
例えばつかさ。
あの子は人との距離を大事にする。大事にしすぎる。そして、大事にするあまりに自分から踏み込めないでいる。
いわゆる、人見知りというやつだ。
大抵の人に、いい人と評価をつけるくらいに性根は優しいのに…いや、だからと言うべきか、絶対に相手を傷つけない距離にじっとしている。
みゆきとはまた違った感じで、自分の距離を守り続けているのだ。
しかし、高校に入ってから、あの子は自分の距離を変えようとしている。
こなたやみゆきに出会い、今まで見なかった人との距離を知り、あの子は離れすぎていた人との距離を縮めようとしている。
この三年間で、それがどこまで行ったのかはわたしは知らない。
だけど、今のあの子を見ていると、本当の自分の距離というものをしっかりと掴んでいる。
わたしには、そんな気がする。
わたしはどうなのだろう?
考えてみても、あまりいい答えは浮かばない。
人のことは色々言うのに、いざ自分の事となると分からない。よくあることだと思う。
無理矢理に答えを出すとすれば、わたしは相手に合わせて距離を変えている。
こなたのように自分の気分で変えるのではなく、相手を見てこの辺りがいいだろうと予測して、その距離に止まる。
そう考えると、わたしはつかさと似ているのだろう。
ただ、つかさが相手を傷つけないようにしているのと違い、わたしは自分の体面のために、相手の心象のいい距離に自然と収まる。そんな気がする。
つかさはこの三年間で変わりつつあるが、わたしはどうなのだろう?
誰かに聞けば分かるような気もするけど、それは恥ずかしくてとても出来ない。
そう思ってしまう辺り、わたしは何も変われてないのだろうか。
「くおら、かがみー」
「ふひゃっ」
突然目の前に出現したこなたのどアップに驚き、わたしは間抜けな声を上げて後ずさった。
「きゅ、急になんなのよ。び、びっくりするじゃないの」
「急にじゃないよ。何回も呼んだのに、返事しないからさー」
「そ、そうなの?ごめん、ちょっと考え事してて…」
思ったより深く考え込んでいたらしい。
「何か考え事?何考えてたの?」
「色々よ。能天気なアンタと違って、卒業間際になると考えることたくさんあるんだから」
わたしがそう言うと、こなたがいかにも心外だと言わんばかりの表情を見せる。
「失礼だなー。わたしだって考えることくらいあるよー」
「ふーん。例えば?」
「さっきの物思いにふけるかがみも、結構萌えるなー、とか」
わたしは思わず溜息をついた。年がら年中コイツはこんなこと考えているのか。
「あのね…」
いつも通りに小言を喰らわせようとしたが、ふと思うことがあって止めた。
距離を変えてみよう。
なんとなく、そんな気分になった。
「…ま、こなたのそう言うところ、わたしは好きよ」
「ふひゃっ」
今度は、こなたが間抜けな声を上げて後ずさった。
「な、何?なんなのかがみ?それはどういう意味?」
「何って、そのまんまの意味だけど」
「えー…いや…どこでフラグたったの…?」
こなたの反応に吹き出したい衝動をこらえて、わたしは精一杯自然な笑顔を取り繕った。そして、近くにあった自販機に向かう。
「何か飲む?奢るわよ?」
「ええええー…かがみが奢りって…ホ、ホントになんなの?何を企んでるの?」
なんだか警戒されている。さすがにおかしさをこらえきれずに、クスクスと笑いを漏らしてしまった。
「何にも企んでないわよ。ほら、選んだ選んだ」
五百円玉を自販機に入れながらわたしが促すと、こなたは恐る恐るカフェオレのボタンを押した。
こなたが缶を取り出すのを見た後、わたしも同じのを選ぶ。
「…なんでわざわざ同じのを…ってか、後で倍にして返せなんて言わないでよ?」
「言わないわよ」
気分が少し高揚している。こういう距離も悪くないと、素直にそう思える。
思ったよりもすんなりとこう言う事が出来るのは、わたしも変わりつつある証拠なのだろうか。
もしそうだとしたら、きっかけはきっと、未だにわたしを警戒している目の前の友人なのだろう。
わたしはそんな事を思いながら、カフェオレの缶のプルタブを開けた。
少ししたら、この事でまたこなたにからかわれるかもしれないけど。
今はただ、この素晴らしき友人に乾杯!
- おわり -