ID:.kf9JvQ0氏:柊かがみ法律事務所──二次元児ポ単独所持処罰事件

 

──創作物上の児童ポルノ単独所持事件上告審、大法廷に移送。違憲判決もありうるか?

 そんなニュースが新聞やテレビ、ネットをにぎわしている中、かがみは淡々と訴訟の準備を進めていた。
 準備といってもたいしたものではない。高裁審理で提出したものをちょっと手直しする程度のことだった。論点は高裁審理であらかた出尽くしている。高裁でやった主張と議論を、最高裁の15人の裁判官の前でやり直すだけのことだ。

 実在する児童(18歳未満)のポルノの単純所持を禁止し処罰する規定は前からあったが、実在しない創作物上の(俗な言い方をすれば、二次元の)児童のポルノの単純所持を禁止し処罰する規定が施行になったのは、最近のことだった。


 実在する児童のポルノの単純所持を処罰することについては、かがみは反対ではなかった。実際に被害者がいるからだ。
 この場合、ポルノの作成は、現に存在する児童の人格権・性的自由の侵害である。そして、それを所持することは当該侵害行為に加担する共犯行為だ。処罰規定の保護法益は現に存在する児童の人格権・性的自由──それははっきりしている。
 それに対して、二次元の児童ポルノは、明確な被害者が存在しない。よって、禁止・処罰規定の保護法益も判然としない。
 「二次元の児童ポルノであっても、実在する児童への性犯罪行為を助長する危険なものだ」という主張はあるが、それは充分に立証された事実とは言いがたい。犯罪助長効果が麻薬なみでもない限り、単に所持しているだけの状態を罰する必要まであるとは思われない。
 となれば、保護法益は「善良な風俗」といったあたりに落ち着きそうである。わいせつ物頒布罪の保護法益と大差はない。処罰対象を頒布から単独所持にまで広げただけだ。
 しかし、「善良な風俗」なんて所詮は単なる道徳じゃんという反論はありうる。
 「法は道徳の最小限」という言葉はあるが、一方で「法と道徳は別物」という考えもある。
 一部の倫理主義者の偏屈な道徳を、法の名のもとに押し付けてるだけじゃないのか? それは正当な立法目的といえるのか? そんな疑問が出てくるところだ。
 確かに法律は国民の代表で構成される国会によって制定されたものだ。しかし、憲法の人権規定は、国家権力から個人の権利利益を守るために存在するのである。そして、国民主権国家における国家最高権力は国民にほかならない。統治する国民と統治される国民は同一人格ではないからこそ、憲法の人権規定がある。
 はっきりいって、かがみ個人としては、二次元のものであっても児童ポルノを所持しているような輩は、軽蔑の対象である。
 でも、だからといって、そんな奴らを処罰してしまえとは思わない。
 かがみは、趣味趣向の多様性をこよなく愛する人間であり、他人の権利利益を侵さずにかつ趣味趣向を他人に押し付けずに個人で楽しんでいる分には、互いに住み分けによって共存していくべきだと考えていた。
 こういう考え方からすると、二次元の児童ポルノについて規制できるのは、公然と見せびらかしたり、公然と頒布・配信・放送したりする行為までだろうというのが、かがみの結論だった。深夜に自室でこっそり楽しんでる輩なんて放置しておけばいい。

 以上が、そもそも論での憲法上の論点といったところか。
 そのほかに、憲法上の刑事関連規定にかかわって、論点がひとつあった。
 法律では、対象となる児童の年齢は18歳未満とされている。
 では、実在しない創作物上の人間の年齢をどうやって確定するのか? 
 見た目か? 創作者による設定年齢か? 所持者が認識している年齢か? お上が勝手に決めるのか?


 要するに、犯罪構成要件が極めてあいまいなのだ。
 これは「刑罰規定は事前に明確な要件をもって定められてなければならない」という罪刑法定主義に反する。
 「合理的一般人の判断能力を基準とするのであいまいではない」というのが高裁判決の結論だったが、「合理的一般人の判断能力を基準としたところで、創作物上の18歳の境目を明確に判定できるのかね?」という疑問はおおいにありうるところだ。
 ただ、そこは検察側も理解しているらしく、検察が法廷に証拠として提出してきたのは「誰が見たって幼児にしか見えねぇよ」というものばかりであったが。

 また、別の論点として、刑罰規定の運用の問題があった。
 仮にこの禁止・処罰規定の保護法益が「善良な風俗」といったあたりだとすれば、二次元児童ポルノの単独所持はその頒布行為に比べれば取るに足りない犯罪でしかない。
 たとえば、軽犯罪法1条26号は「街路又は公園その他公衆の集合する場所で、たんつばを吐き、又は大小便をし、若しくはこれをさせた者」を処罰する規定である。でも、たんを吐いてる若者をみつけた警察官がその場で彼を逮捕するなんてことはまず考えられないだろう。現実には、その場で注意して終わりにするのが普通である。
 二次元児童ポルノの単独所持もその程度の犯罪だとすれば、ことさらに逮捕起訴するという警察・検察当局の行為は、裁量権の逸脱・濫用であり違法な捜査権力の行使であるという論理構成も充分に可能だ。


 こんな論点を法律用語をもって組み立てた文章を校正し終わったところで、電話がかかってきた。
 相手はある大学の法学部の憲法学教授だった。かがみは、その教授に、最高裁に弁護側参考人として出廷してもらうように依頼していたのだ。
「先日のご依頼の件は了解しました」
「ありがとうございます」
「ただ、お役に立てるかどうかは分かりませんがね。なにせ、検察側が依頼している参考人の○○教授は手ごわいですからな。研究会や学会で議論してもなかなか論破できなくてね」
「お知り合いだったんですか」
「学者の世界は狭いですから。まあ、個人的にも親しいんですが。研究会で散々激論を戦わしたあとに、居酒屋で一緒に飲んだりね」
「そうなんですか。すみません」
「いやいや、気になさらず。学問上の意見の対立と個人的な友人関係は別物ですからね」
 この教授も、そして相手側の教授も、かなりの人格者のようだ。確かに、これは互いに手ごわい相手同士といえるのかもしれない。
「ただ、ちょっと気になるのは、最高裁が憲法判断を回避する可能性もあるという点ですな」
 最高裁が「取るに足りない犯罪についてことさらに逮捕起訴するのは裁量権の逸脱・濫用であり違法な捜査権力の行使であるから、被告人は無罪」という弁護側の主張を全面的に採用した場合は、憲法判断はされない可能性が高い。
 なぜなら、憲法判断以前の段階で無罪である以上、その判断をする必要性がまったくないからだ。
「それならそれで構いません。被告人の権利利益を守ることが、刑事弁護人の役目ですから。無罪が勝ち取れれば理由は何でもいいですよ」
「ほう。柊弁護士は、徹底的に実務家なんですな。世の中には政治的な目的で裁判を起こすような輩も少なくないのに」
「靖国参拝訴訟なんかで敗訴して喜んでるような輩は、私は嫌いです。法廷は政争の場ではありません。政争をしたいなら、国会でもマスコミでもネットでも、そのための場所はいくらでもあるでしょう」
 損害賠償請求は棄却されたのに判決の中で違憲判断が出されたということだけで喜んでいるような輩は、かがみにとっては軽蔑の対象だった。
「お若いにしっかりした考えをお持ちなんですね。気に入りましたよ。私もできる限り尽力させていただきます。法学は実学ですからな。実際に役立ってなんぼのものです」
「よろしくお願いいたします」

 

 それからしばらくして、今回の事件の被告人二人が柊かがみ法律事務所を訪れた。
 この程度の犯罪で勾留されることはなく、二人とも在宅起訴だったのだ。
「やぁ、かがみちゃん。邪魔するよ」
「やふー、かがみん」
 相変わらずの挨拶を聞いて、かがみはげんなりした。
 そう、二人の被告人とは、泉こなたと泉そうじろうにほかならない。
 児童ポルノとして警察に押収されたブツは、ロリ物のエロゲーだった。しかも、逮捕起訴までされたにもかかわらず、懲りもせずにエロゲー(さすがにロリ物は避けてたが)を買い込んできてやり続けているらしい。まったくもって、あきれ果てるばかりだ。

 二人を個室に案内して、机に向かい合わせで座った。
 かがみは、あえて他人行儀にこう切り出した。
「私個人としては、エロゲーをするような人は軽蔑の対象です。それでも、お二人はわたくしに弁護を依頼し続けますか?」
 これは最終の意思確認だった。
「もちろんだよ。かがみん」
「まあ、軽蔑されるのは慣れてるからね。いまさらだよ、かがみちゃん。仕事に私情をまじえたくないっていうかがみちゃんの考えもそれなりに理解はしてるつもりだ。だから、かがみちゃんのやり方でやってくれて構わないよ」
「そうそう。かがみに任せるから好きにやってくれて構わないよ」
 二人ならきっとこういうだろうということは、かがみにも分かってはいた。
 それでも、確認したかったのだ。
「分かりました。弁護士としてできる限りのことはやらせていただきます」


 最高裁大法廷での第一回口頭弁論は一ヵ月後に予定されていた。


終わり

 

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