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白雪は染まらない 解決編
「エターナルフォースブリザード!敵じゃなくてわたしが死ぬ」
「変なこと言ってないで歩きなさい!」
吹雪の中、かがみとこなた、それにつかさとゆたかがボイラー施設を目指して歩いていた。
吹雪が収まってきているとはいえ、雪に関しては素人の四人が歩くにはなかなか大変だった。
「だってかがみー。寒いよ歩き難いよー…ってか、ゆーちゃんとつかさ大丈夫?」
こなたは振り向いて、お互いを支えあうようにして歩いている、ゆたかとつかさに声をかけた。
「う、うん…なんとか」
つかさがそう答え、ゆたかは無言で頷いた。
「アレね…」
かがみは吹雪の中に見える建物へ、真っ直ぐ向かった。そして、入り口に近づきドアノブに手をかける。と、そこでかがみは振り返り、後ろについてきていた三人の方を向いた。
「中に入る前に、一つだけ約束して」
「な、何?」
「これから、何があってもわたしを信じて。勝手な行動は絶対にしないで。いいわね?」
三人は顔を見合わせた後、ほぼ同時に頷いた。それを見たかがみは頷き返して見せると、ボイラー施設の入り口をゆっくりと開いた。
外とはうって変わって、少し蒸し暑さを感じる施設内。かがみは、他の三人が入ったのを確認した後、ドアを閉めた。
防音がしっかりしてるのか、外の吹雪の音は全く聞こえなくなった。そのかわりに、ボイラーの低い駆動音が響いていたが。
かがみは、少し薄暗い施設内に向かって大きめの声で呼びかけた。
「いるんでしょ?出てきなさいよ…みゆき」
- 白雪は染まらない~解決編~ -
かがみの呼びかけに答えるように、人影がゆっくりと暗がりの中から出てきた。こなた達が目を凝らしてみると、それは確かにみゆきだった。みなみが着ていたのと同じ防寒具を着ている。
「…ゆきちゃん…生きてたんだ…」
つかさが呟く。それが聞こえたのか、みゆきは力なく微笑み顔を伏せた。
「あの死体、やっぱりみゆきさんじゃなかったんだね」
こなたの言葉に、かがみが頷く。
「じゃ、アレは一体誰?」
「…そうね…どこから話そうかしら?…それともみゆき、あなたが話す?」
かがみがそう言うと、みゆきは首を振った。
「そう、自分で言う気はないのね…じゃ、わたしが説明するわ」
かがみは顎に手を当てて、少し考え込んだ。
「そうね…まずは…あの場所で、本来死んでいたのはみゆきだったのよ」
「え?どう言う事?」
こなたが驚いてかがみの方を見た。
「つまり、みゆきを殺そうとしてた人がいたってこと…それが、みなみちゃん」
「み、みなみちゃん!?」
かがみが出した名に、ゆたかが反応する。かがみはゆたかの方を向いて、はっきりと頷いた。
「どうして…みなみちゃんが…あっ、まさか…」
ゆたかはみなみの動機をかがみに聞こうとして、それに思い至った。
「そうよ、みなみちゃんとみゆきは旅行が始まる前から不仲だった…それが恐らく動機」
「みゆきさんがみなみちゃんを…って可能性は無いの?」
こなたがそう聞くと、かがみは首を横に振った。
「無いと思うわ。少なくとも、今日のスキー場での一件を見る限りでは、みなみちゃんが一方的にみゆきに敵意を抱いていたみたいね…この旅行にみなみちゃんを誘ったこともそうだけど、みゆきの方はみなみちゃんと仲直りしたかったんじゃない?」
かがみがみゆきの方を見ると、みゆきは小さく頷いた。かがみはそれを見ると言葉を続けた。
「そして、みなみちゃんはそれを利用して、今回の殺害計画を立てた」
かがみの言葉に反応するものはいない。まだ信じられないのだ。自分の親友が、後輩が、そんな事を企てていた事を。
「まず、みなみちゃんはオーナーさんからいつ吹雪くかを聞き出しておいた。そして、吹雪が来る今日に決行した」
かがみは腕を組んで左右にうろうろしながら説明を続ける。
「あの時は偶然みゆきが原因で揉め事が起きたけど、それがなかったら、恐らくみなみちゃんが自分でみゆきとの揉め事を起こすつもりだったんでしょうね」
「どうして、そんなことを?」
「一つは自分が夕食の席に出なくても、みんなが納得する理由を作ること。そしてもう一つは、みゆきを部屋に一人にすること。みゆきに罪悪感を抱かせ、みんなから遠ざけようとしたのね…そして夕食の時、みなみちゃんはみゆきの部屋に行って、ベランダの部屋から見えない位置にロープを結び付けておいた」
「みゆきさんまで夕食断って、部屋にこもるって可能性は考えなかったのかな?」
「その辺りは賭けみたいな部分もあったんだろうけど、みゆきは誘われればあまり断らないからね…その辺も計算に入れてたのかも」
「…なるほど」
「続けるわよ…そうやって外から部屋に入り込める準備を整えたみなみちゃんは、みゆき以外の人間が一階にいることを確認して、オーナーさんにボイラー施設の様子を見に行くと言って、外に出た」
「二階に二人きりだったんだから、そのままみゆきさんの部屋に行って…てのは考えなかったのかな?」
「それだと、みなみちゃんがすぐ怪しまれるじゃない」
「あ、そっか…」
「外に出たみなみちゃんは一旦ボイラー施設に行って、薪割に使ってた斧を持ち出して、みゆきの部屋に向かった。そしてベランダに結んだロープを使って登り、部屋にみゆきしかいないことを確認して、窓を叩くなりしてみゆきを自分に気付かせ中に入れてもらった」
「まって、かがみ。そのみなみちゃんの行動、すごく怪しいじゃない。みゆきさんがすんなり中に入れるのかな?」
「こなたはみゆきが吹雪の中で立ちんぼうになってるみなみちゃんを、怪しいって思って放置しとくと思う?」
「…思わない」
「でしょ?まあ、みゆきじゃなくても、どうしてそんなところにいるのか、理由を聞くために中に入れると思うわ…で、中に入ったみなみちゃんは、二人きりで話がしたいとか理由をつけて部屋の鍵を閉め…みゆきを殺した後、外から窓を叩き割って外部の犯行に見せかけようとした。斧を凶器に選んだのはこのためね。窓を割ったのはドアから出て行くのはおかしいし、普通に出て行った場合は窓の鍵が開いたままになって、みゆきが窓から侵入者を招きいれた…つまり、親しい人物の犯行だとばれてしまうからよ」
誰かが息を呑むのが聞こえた。
「かがみ…でも、みゆきさんはここに…」
震える声でいうこなたに、かがみは頷いて見せた。
「そう、みゆきは生きている…逆にみなみちゃんを殺してしまったから」
ボイラーの音が大きくなったような気がした。沈黙の中、こなたがゆっくりとみゆきの方へと視線を向ける。
「じゃ、じゃあ…あの部屋で死んでたのは…」
「ええ、みなみちゃんよ」
ふらりと、ゆたかが後ろに倒れそうになる。隣にいたつかさが、慌ててその身体を支えた。
「みゆき。ここまでで何か言う事は?」
かがみがそう聞くと、みゆきは首を横に振った。
「ありません…」
そして、消え入るような声でそう言った。
「まあ、みなみちゃんがしたことはみゆきには分からないから、正解かどうかは分からないわよね…で、ここからはどうするの、みゆき?」
かがみにそう言われたみゆきは、ゆっくりと顔を上げた。
「かがみさんは、どこまで分かっているのですか?」
「…あなたが何を考えていたのかは分からないけど、やったことは大体分かるわ」
かがみがそう言うと、みゆきは再び顔を伏せた。
「そ…じゃあ、こっちで話すわ。さっきも言った通り、みなみちゃんはみゆきの部屋の中に入った後、みゆきを殺そうとした…でも、それは上手くいかず、逆にみなみちゃんが殺されてしまった。まあ、故意ではないでしょうね。みゆきが抵抗してもみ合っているうちに…ってところかしら」
「あ、じゃあ、ガラス割れる音の前に聞こえたアレって…」
「ああ、そういえばそんな事言ってたわね。そうね、みゆきとみなみちゃんが争っていた音だったのかもね…それで、みなみちゃんを殺してしまったみゆきは、自分とみなみちゃんの着ている服を入れ替え、斧でみなみちゃんの首を切り落として窓から外に出て、窓を叩き割ってベランダから飛び降り、ボイラー施設に入ったってわけ」
「…どうして、分かったのですか?」
みゆきが呟くようにかがみにそう聞いた。
「そうね…不自然な点が三つあったからかしらね。一つは窓の割れたタイミング。もう一つは、、みなみちゃんが帰ってこなかったこと…そして、首が切り落とされていたこと」
顎に手を当てて、考えを整理しながらかがみが言葉を続ける。
「窓が割れた音を聞いたわたし達は、すぐに二階へと上がった。みゆきの部屋の異変に気がつくまで、数分もかかっていないわ。そんな短時間で、みゆきを殺して首を落とすなんて出来ないわね。それに、外からこなた達がドアを叩いて呼びかけていたから、それに気がついたみゆきが助けを求めてくるはずだしね…」
「みなみちゃんが帰ってこないって、そのままどこかに逃げたって考えなかったの?」
「それも考えたけど…そうね、みゆきを殺した後逃げるっていうのなら、それこそこなたが言った通り、二階に二人きりになったときにみゆきの部屋に直接行って、事が終わったらそのまま出て行けばいい。いいんだけど、防寒具の問題があるわね。いくらみなみちゃんが雪に強いとは言え、吹雪のきつい時にスキーウェア程度じゃまともに外を歩けるとは思えないわ。だから、防寒具の調達とアリバイ作りのために、オーナーさんにボイラー施設を見に行くと言ったのよ」
「首のことは?」
「みなみちゃんが犯人だとしたら、みゆきの首を落とす理由がないわ。首を落とす理由って色々あると思うけど、一番大きいのはその死体の身元を分かり難くする、もしくはめつの人間だと誤認させる事だと思うの。でも、死体があったのはみゆきの部屋。死体が着ていたのはみゆきの服。首が無くても、その死体がみゆき以外と誤認できないわ」
そこでかがみは、みゆき以外の一同の顔を見渡した。
「現に、わたしも含めてここにいるみんなはアレをみゆきだと認識した。だとすれば、みゆきを殺してその死体をみゆきと誤認させる…そんなおかしな話は無いわね。そして、首を落とすという作業を加えることで、どんなリスクが発生するか分からない。みなみちゃんにそうする理由は全く無い。にもかかわらず、首は落とされていた…なら、首が落とされていたのは、みゆき以外の誰かの死体をみゆきと誤認させたかったと考えるのが、自然じゃないかしら?」
かがみはみゆきの方を向いた。みゆきは変わらず顔を伏せている。
「これ以上は、わたしには分からないわ…みゆき。あんたが、何を思ってこんなことやったのか。それを言えるのはアンタだけよ」
それでも、みゆきは顔を上げない。
「…本当に、殺すつもりは無かったんです」
しかし、俯いたままみゆきは呟くように話し始めた。
「ただ、みなみさんを止めようとしていただけなんです…でも、気がついたら、みなみさんが動かなくなっていて…どうしようって、ただそれだけ考えて…わたしはわたしを殺すことにしました…みなみさんはそうしたかったでしょうから」
みゆきの声に嗚咽が混じる。
「…分かっていたはずなんです…こんなことしても何にもならないって…でも、このままだとみなみさんが可哀相だと…みなみさんがやりたかったことを、成し遂げさせてあげないとって…それだけ思って…」
後はもう言葉にならなかった。施設内をみゆきの嗚咽だけが響く。こなたもつかさもゆたかも、何を言っていいか分からず、無言でみゆきを見つめているだけだった。
「みゆき…みなみちゃんはどこ?」
かがみが腕を組んだまま、みゆきにそう聞いた。
「どこってかがみ…みなみちゃんはあの部屋に…あ、もしかして」
こなたが何に気がついたか察したかがみは、こなたに頷いて見せた。そして、みゆきに向き直る。
「あんたが何処かに捨ててくるっての、考えられないから…あるんでしょう?みなみちゃんの残りの部分…首が」
かがみがそう言うと、みゆきは施設の奥の方を無言で指差した。一同がそちらの方を良く見ると、人の首らしきものが見えた。
「…み、みなみちゃん…みなみ…ちゃん…」
ゆたかがソレに向かい、ふらふらと歩き出す。しかし、かがみが腕を前に出してそれを制した。
「かがみ先輩…」
「こなた、ゆたかちゃんを押さえといて…わたしが行くわ」
「え、でもかがみ…」
「いいから。言ったでしょ?『わたしを信じて』って」
「…うん」
こなたがゆたかを軽く抱きしめるのを確認したかがみは、施設の奥へと向かった。そして、首らしき物の前に立ち、一つ頷くとつま先でソレを蹴り倒した。
なんとも言えない沈黙が施設内に広がる。
「ちょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」
「かがみなにしてんのぉぉぉぉぉぉぉっ!!??」
そして、つかさとこなたの叫び声が響き渡った。ゆたかはこなたの腕の中からずるずると滑り落ちて、床に座り込んだ。
かがみは溜息を一つつくと、蹴り倒したものを拾ってこなた達の方に歩いてきた、そして、手に持ったものをこなたに投げ渡した。
「わ、わわわ…ちょ、かがみ…」
「よく見なさい」
「え?………あ、あれ?これって…マネキン?」
こなたが手にしていたのは、髪型こそみなみと同じだったが、顔はぬっぺらぼうのマネキンだった。
「そ、マネキンよ…で、ここにあるのがソレってことは?」
「え…あ…もしかして…部屋にあったアレも…?」
「そ、アレも人形。あっちはマネキンって感じはしなかったから、蝋人形かなにかかしらね」
「はい、あちらは蝋人形です。マネキンだと、パッと見でばれてしまいそうでしたから」
聞こえてきた声にこなたが振り向くと、そこにはいつもの笑顔をたたえたみゆきが立っていた。
「どこでお分かりになりました?」
みゆきがかがみにそう聞くと、かがみは腕を組んだまま答えた。
「こなたがね、あの死体もどきをつついたのよ。それで『堅い』って言ったのよね」
「え、でもあれって凍ってたんじゃ…」
「こなた、よく思い出して。床やベッドの上がどうなった?」
「…確か、ぐしょぐしょになってた」
「そうよ。ペンションの暖房は、部屋ごとじゃなくて全館同じ温度にしか出来ないって言ったわよね?それはあの部屋も例外じゃないのよ…吹雪が入り込んでいたから寒いって錯覚してたけど、少なくともベッドの上くらいまでは雪が溶けるくらいの温度だった。だったらそこにある死体が凍りつくってことはないのよ」
「あ…」
「だから、あれは凍らなくても堅いもの…人形だって思ったのよ」
「じゃ、じゃあ、最初から誰も…」
「そう、誰も死んでない。これは、みゆきが仕込んだお芝居だったのよ…そうよね、みゆき?」
かがみがそう言うと、みゆきは頷いた。
「はい。流石はかがみさんですね」
嬉しそうなみゆきに、かがみは溜息をついた。
「まったく…ちょっと性質が悪いわよ?」
「ふふ、でもかがみさんは少し楽しそうでしたよ?」
「う…いや、それは…みゆきのお芝居って気付いたから、ちょっと探偵役でノッてあげようかなって…」
そっぽを向くかがみの袖を、こなたがクイクイと引いた。
「なに?こなた」
「えっと…なにがどうなってるの?」
「あーっと…最初から説明するわ。みゆき、間違ってるところあったら言って」
「はい」
「多分、みゆきとみなみちゃんはこの旅行が始まる前からこの計画を立ててたんでしょうね。んで、ゆたかちゃん経由でみなみちゃんを誘ったり、旅行が始まってから一言も口聞かなかったりして、自分たちが不仲であるように見せた…みゆきがゆたかちゃんにスキーでぶつかりかけたってのもわざとかしら?」
「はい、予想以上に近くまで行ってしまい肝を冷やしましたが…あの時はすいませんでした」
みゆきがゆたかに向かって頭を下げる。ゆたかは唖然としているようだった。
「後は、大体最初の推理どおりに事を運んでいったんでしょうね。みゆきとみなみちゃんがグルなんだから、食事の時にみゆきが一階に下りないとか、偶発要素が無くなるから楽なものよね」
そこで、かがみが一旦言葉を切ってみゆきの方を見た。間違ってないと答えるかのように、みゆきが頷く。それを見たかがみが話を続ける。
「違うのは、みなみちゃんが外に出てからね。ボイラー施設に隠してたのか、みゆきの部屋の下に隠してたのか…蝋人形だから溶けないように部屋の下かしらね…とにかく人形をベランダから下げたロープに結び付けて、ベランダによじ登った後で引き上げた。そして、部屋の中にいるみゆきを呼んで中に入り、人形にみゆきの服を着せてベッドに寝かせる。後は二人とも外に出て、窓を割ってベランダから飛び降りた…みゆきはそのままここにきたみたいだけど、みなみちゃんは?」
「みなみさんはペンションの方にいます。先ほど連絡を入れておきましたから、そろそろ来る頃だと…」
みゆきが懐から無線機を取り出してそう言った。その直後に、施設のドアが開いてみなみが入ってきた。
「…ど、どうも」
みなみが申し訳なさそうに頭を下げる。
「連絡って何時の間に…」
「わたしたちが、マネキンの首に気をとられてる間にでしょうね…みなみちゃんはみゆきの部屋から出た後、すぐにペンションの玄関にいって、わたしたちが二階に言っている隙に中に入ったんでしょうね。入るタイミングは…あの時下にいたオーナーさんが合図を出したのかしら?」
かがみがそう聞くと、みなみは黙って頷いた。
「え、まってかがみ…じゃ、オーナーさんもグルだったってこと?」
「そうよ。当たり前じゃない。窓割って部屋を雪まみれにするようなこと、オーナーさんの許可なしで出来るわけ無いじゃない」
「あ、そっか」
「被害者も加害者も、舞台の責任者もグルなんだから、どんなトリックも作りたい放題よね」
「あ、それで反則…」
「そういうこと…ま、今回はそのトリックを解かせるのが目的だったみたいだけどね。ベランダにロープを残したままだったのも、ヒントのつもりだったんだろうし」
そういいながらかがみがみゆきの方を見ると、みゆきは嬉しそうに頷いた。
「はい。旅行に少しサプライズをと思いまして…楽しんでいただけましたか?」
みゆきがそう言うと、こなたとつかさの二人がげんなりとした表情を見せた。
「…楽しんだというより、疲れたよみゆきさん」
「そうだよゆきちゃん。わたし、本気で怖かったんだからー」
「そうでしたか。もう少し内容をソフトにするべきでしたね」
こなた達に向かって、少し困った顔で答えるみゆき。それを見ていたかがみは、ふと思いつくことがあってみなみの方を見た。
「そう言えば、みなみちゃんはどうしてわざわざペンションに戻ったの?みゆきと一緒にここにいた方が、変なところでバレるリスクは少なかったでしょうに」
「…それは…わたし、ここの蒸し暑さが苦手で…あんまり長く居たくなかったんです…」
「なるほど…でも、あんまりこういうこと安請合いしないほうがいいんじゃない?」
「…みゆきさんには、よくお世話になってますから、断りきれなくて…あと、わたしも少し、おもしろいかなって思ってしまって…」
「そっか…ま、結構悪ノリしてたわたしが言えたことじゃないとはおも…」
かがみはそこで言葉を失った。何かおかしい。なんでこの蒸し暑いボイラー施設の中で、こんな冷気を感じるのか。
「…みなみちゃん…高良先輩…」
心まで冷えそうな声。聞こえてくるほうを見ると、床に座り込んでいたゆたかが、ユラリと立ち上がるのが見えた。そして、ゆっくりとみゆきとみなみの方へと歩いてくる。
「…少し、おはなししましょうか…?」
「ひっ!?こ、小早川さん…これは…その…」
「ゆ、ゆたか…わたしは…」
にじり寄ってくるゆたかに対し、みゆきとみなみは動けないまま首を横に振るだけだった。まるで、目の前の小さな少女が生存本能を脅かすかのような、恐怖の対象であるかのように。
「ゆ、ゆたかちゃん、ちょっと…」
かがみがゆたかの方に行こうとすると、誰かに袖を掴まれとめられた。
「…あれはもう無理だよかがみ。ゆーちゃんが本気でキレた」
「…ヤバイの、それ?」
「昔、ゆーちゃんを本気で怒らせたことあるんだけど………鼻水垂らしながら泣いて謝る羽目になったよ」
かがみは息を呑んだ。こなたにそこまでさせる恐怖が、ゆたかの中にあるというのか。
「…行こう。わたし達に出来ることは、もう何もないよ」
「う、うん」
こなたに促されて、かがみは恐怖で震えているつかさを連れて、施設の出口へと向かった。
「ゆたか…そ、その…わたしが悪かったから…ま、待って…」
「あ、か、かがみさん…待って下さい…た、助け」
みゆきの助けを呼ぶ声は、無情にも閉まるドアに遮られた。
外はもう風が凪ぎ、雪だけが深々と降り注いでいた。
「さて、どうする?」
こなたがそう聞くと、かがみは溜息をついた。
「とりあえず、寝たいわ」
「…そだね」
つかさがかがみの意見に同意し、三人はペンションへと歩き出した。
ふと、かがみはみゆきが言っていたという首狩鬼のことを思い出した。みゆきが知っててオーナーが知らなかったあれは、わざと不自然さを残すためのみゆきの演出だったのだろうか。
かがみはボイラー施設の方を見た。そして、思う。
首を狩るかは分からないけど、鬼というものはたしかにいた…と。
- おしまい -
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