スターとは何か?
改めて問われると難しい問題だけど、私はこう答える。
歳をとっても、死んだとしても、みんなの記憶に強く残る人間。
たとえそれが悪評でも、みんなの記憶に強く残る人間は、スターと呼ばれるにふさわしい。
私も、芸能界で生きる人間として、そういう意味でのスターになりたい。少なくても、使い捨てられ、忘れ去られるような三流の人間にはなりたくない。
「小神ちゃん、お疲れ」
「お疲れ様でした」
テレビ番組の収録が終わり、私はスタッフに挨拶して、楽屋に向かった。
今の私は、女子高生アイドルといったところ。
そこそこ売れてはいるが、この業界でははやり廃れはあっという間だ。
次のステップをどうするかそろそろ考えなければならない歳にはなった。子供という身分に甘えていられる時期はもう過ぎ去ろうとしている。
「お疲れ様です」
楽屋で私を出迎えたのは、白石みのる。いろいろあって、今は私のマネージャーってところ。
荷物をまとめて準備万端な白石を引き連れて、楽屋を出る。
さえない男だが、こんなやつでも可愛い奥さんと器量よしの娘さんが二人もいる。物好きはどこにでもいるもんらしい。
テレビ局を出ると、外には車が待っていた。
お子様は深夜は働けないというわけで、あとは家路につくだけだ。
帰りの車中で明日のスケジュールを確認する。
明日の最初の仕事は、テレビドラマの収録。
「セリフの方は大丈夫ですか?」
「おまえの頭と一緒にするな。そらでいえるぐらい暗記してるぜ」
「気合入ってますね」
「歳食ってもこの業界で生きてくには、役者で名を上げるのが一番だ。今のうちにアピールしとかんとな」
「ちゃんと先のことまで考えてるんですね」
白石がスケジュール帳をめくる。
次の仕事は、バラエティ番組の収録だった。
「ゲストは誰だ?」
白石がとある若手芸人の名を出した。
「最近ギャグがギャクになってなくてすべってばかりのヤツだな」
「彼なりに努力してるとは思いますが」
「結果の出せない努力なんて、この世界じゃ無意味なんだよ」
「相変わらず、手厳しいですね」
「うまく話ふってやらなきゃならねぇな。面倒くせぇ」
白石が苦笑を浮かべた。
「何がおかしいんだよ?」
「いや、そういうところが、あなたのお母様にそっくりだと思いましてね」
私は黙るしかなかった。
「そういう御配慮をさりげなくできるところは、ホントそっくりですよ」
沈黙が車中を支配した。
私の母も、芸能人だった。
天才子役として芸能界に入り、アイドルを経て、晩年は悪女を演じさせたら右に出る者はいないといわれるほどの名女優だった。
早死にしたから、晩年とはいってもまだまだ若い未婚の母だったけど。
ちなみに、父親は外面だけはいいが女癖の悪い俳優。母いわく「あのときの私は血迷ってたわ」とのこと。
母は、アイドル時代の芸風と晩年に演じた役柄、そして未婚の母だったことから悪く言われることも多いけど、死んでも多くの人の記憶に残る人間、つまりはスターだったことは間違いない。
私にとっては、乗り越えなければならない壁でもある。
「なぁ、白石」
「何ですか?」
「正直なところ、おまえ、私の母さんのことをどう思ってるんだ?」
「正直なところをいえば、それこそ罵詈雑言がノート一冊分ぐらいにはなるでしょうけどね」
白石はそういって苦笑した。
「でも、感謝してますよ。若いころはいびられどおしでしたけど、今から振り返ればこの業界で生きてけるようにきたえてくださったのでしょう。僕が曲りなりにもこの業界で生きてけるのは、あきら様のおかげです」
「私のマネージャーをしてるのは、その恩返しってわけか?」
「まさか。そんなこと言ったら、思い上がりもいい加減にしろってあきら様に殴られますよ」
こいつにとっては、母は、何があっても忘れえぬ人間の一人なんだろう。
小神あきらは、白石みのるにとって、間違いなくスターなのだ。今でも。
私は、母の威光なしで、この男の記憶に残れるような人間になれるだろうか。
それすらもできずに、みんなのスターになることなんて無理だろうから。
小神あきらという存在は、今の私にとっては見上げるほどの絶壁だった。
でも、いつか絶対に乗り越えてやる。
そんなことを考えてるうちに、車は家についた。
最終更新:2009年07月07日 01:00