ID:qYGRV120氏:わたしの理由

ID:qYGRV120氏:わたしの理由

 四時間目が終わり、生徒達がごった返す廊下を、友達の待つクラスに向かって歩く。
 三年目にして惜しくもクラスが分かれてしまったのだが、ソレは仕方のないこと。ただ、教室の位置が校舎の端と端というのはいただけない。会いに行くのも一苦労だ。
「やふー、マイハニー。待ったかい?」
 勝手知ったる他人のクラスのドアを開け、わたしはそう言い放った。
 毎度そんな感じなので、教室の中の人たちの大半は、『また泉か』といった態度だ。
 違うのは、眉間に皴を寄せてる目当てのハニーくらいだろう。

「その、ハニーっていうの止めてくれないかな…」
 お昼ご飯のチョココロネの袋を破るわたしに、ハニーがそう言ってきた。
「どして?」
「…噂になってるのよ。私と泉さんが…その…デキてるんじゃないかって…」
 なるほど。ソレは大変だ。
「誤解されるのが嫌って事?」
「うん、まあ…」
 わたしは目を瞑って少し考えた。解決策はすぐに浮かび、目を開ける。
「じゃ、誤解じゃないようにしよう」
「…はい?」
「わたしとキミが正式にお付き合いすれば、それは誤解でも何でもなくなるよ」
「………」
「む-。なんだよその『頭大丈夫か?何の解決にもなってないってか私にソッチの気は無いのよこのおバカ』って言いたそうな目はー」
 わたしがそう言うと、ハニーは思い切りため息を吐いた。
「大方当たってるけど、最後の部分は『この貧乳ドチビ』よ」
「むきー!なんだとー!ちょっと平均より大きいからってー!揉んじゃるー!」
 わたしは、有名な某怪盗三世のような気分で襲いかかろうとした。
「へ?…きゃー!!」
 が、教室に響き渡るようなゴンッと言う音と共に机に叩き伏せられた。
「おおおおお…」
 わたしは頭の上から煙が出てるかと錯覚するくらいに、強烈な拳を脳天にもらっていた。
「…泉さんって、格闘技やってたって言ってなかったっけ?」
「うん、小さい頃にだけど…」
「その割には一回も避けた事も防いだ事もないよね」
「ふ…」
 わたしは立ち上がり、腕を組んでポーズを決めた。なにか教室のあちこちから、胡散臭そうな視線を向けられてるけど気にしない。
「友の拳はあえて受けるがわたしのジャスティス!」
 うん、我ながら良い事言った。
「あ、そ」
 だが軽く流された!
 そんなこんなで、いつもの様に楽しい時間はゆったりと流れていく。
 かつて、何処に出しても恥ずかしい引き篭もりだった我が友は、今では立派に突っ込めるほどにまで更生していた。


- わたしの理由 -

 


 ある日の放課後。わたし達は学校帰りにゲーセンによって、色々なゲームを楽しんでいた。
 もっとも、色々回っているのはわたしだけで、ハニーの方は格ゲーの台に座ったまま動いていないのだが。
 とにかく負けないのだ。人気のある台に座ろうものなら、何時間でも座りっぱなしだろう。格ゲー始めてから一年くらいしかたってないのに、不敗の女王としてこの辺りの猛者たちから目を付けられてるのだから、大したものだ。
 その逸材を発掘したこのわたしは、今日最初に挑んで見事にぼてくりこかされて、憂さ晴らしにシューティングとかやってたんだけど悔しくなんかないやい、ホントだい。
「そろそろ帰る?」
 手持ちの金が尽きたので、わたしはハニーにそう声をかけた。
「うん、じゃあコレ終わったら…って言いたいんだけど、なんかしつこい人なんだよ…」
 連コインで挑まれているようだ。律儀に相手しなくてもいいのに。
「…も、もう一回…う、もう無いか…」
 台の向こうから女の子の声が聞こえる。どうやらお金が尽きたみたいだ。
「やまとお願い!五百円でいいから貸して!」
「…そんな余分なお金ないわよ」
「そんなこと言わないでさ!お願い!」
「いい加減にしてよ。前に貸したのだってまだ返して貰ってないじゃない」
 連れらしき人と揉め始めた。わたしとハニーは顔を見合わせ頷きあうと、向こうに気付かれないようにそっとゲーセンから抜け出した。

 

「そういえばさ、泉さんはどこの高校受けるか決めたの?」
 ゲーセンからの帰り道、ハニーからそう聞かれた。
「うん、まあ一応」
 三年も半ばだ、いくらわたしでもそれくらいは決めている。
「へー、どこ受けるの?」
「稜桜」
「………はぁ?」
 驚きのあまりにハニーの目が点になる。まあ、コレくらいの反応は予想してたけど。
「稜桜って、あの稜桜学園?県トップクラスの進学校の?」
「うん、その稜桜」
 絶句するハニー。恐る恐るわたしの額に手を当てたりしてきた。
「…いや、熱とかないから。わたしはいたって平常だよ」
「で、でも稜桜って…どうしたの?もしかして勉学に目覚めちゃったとか?」
「お父さんがね、稜桜に受かったらPS2とパソコン買ってくれるって言ったから」
 ハニー、再び絶句。額に指を当てて首を振り始めた。
「…ってことはなに?泉さんは餌に釣られて自分の学力も顧みずに、超難関校を選んだってわけ?」
「そゆこと」
「…はぁ」
 今度は思い切りため息。どうやらわたしの一世一代の決断は、ハニーのお気に召さなかったらしい。
「まあ、なんて言うか…私には頑張ってとしか言いようが無いけど…」
「いやいや、キミも頑張るんだよ。わたしと一緒に」
「…は?」
 わたしの言っていることが理解できなかったのか、思い切り怪訝そうな顔をされる。
「キミにも稜桜を受けて欲しいんだ。わたしと一緒に」
 それは、稜桜を受けると思い立った時から決めていたこと。
 違う高校に入っても、会うことは出来る。友達でもいられるだろう。でも、やっぱりわたしはこの子と一緒の学校に行きたい。
「…無理だよ…私の学力、知ってるでしょ?」
「わたしだって似たようなもんだよ。でも、大丈夫。一人じゃ無理でもわたし達二人なら、きっと大丈夫だよ」
 ハニーに向かって、グッと親指を立ててみせる。
「…根拠は?」
 思い切り胡散臭げな視線を向けられた。
 わたしはソレを受け、腕を組んで胸を張った。
「いい?わたし達一人一人は小さな火だとしても、二つ合わされば大きな炎になるんだよ…そして、炎となったわたし達は無敵だよ!」
 うん、我ながら良い事言った。パクリだけど。
「…うさんくさー」
 だが炎の相方は冷めていた!
「でもまあ、言いたい事は分かるよ…うーん」
 ハニーは俯いて考え込み始めた。そして、何か決意したように二、三度頷く。
「…そうだね。折角だし、私も頑張ってみるよ。私も泉さんと一緒の高校通いたいし」
 ハニーは顔を上げ、そう言った。眩しく感じるくらいにいい笑顔。
「ありがとー!心の友よー!」
 そんな彼女に、わたしは思い切り抱きついた。
「わっ!?ちょ、ちょっと泉さん…」
「いやもう、心の友なんかじゃ足りないよ!わたしの嫁になれ!今すぐに!」
 胸の辺りにグリグリと顔を押し付ける。ふくよかな感触が気持ちいい。
「そ、その気無いって私…」
「わたしだって無いよー!でもキミは特別なんだー!」
「いい加減にしてっ!」
 調子ぶっこいてたら、思い切り殴られました。

 


 それから、わたし達は稜桜学園合格に向かって一心不乱に勉強をした。
 好きなゲームやアニメも封印…は、ちょっと無理ぽいんで、気持ち少なめに…とかやってたら、相方にこっぴどく叱られたんでかなり減らして頑張った。
 わたし達の頑張りに、担任の先生が世界の終わりを心配したりした…っていうか、わたしを焚きつけたお父さんに世も末って言われた。ちょっと腹が立ったから、その日の晩御飯にとても食べれそうに無いものを提供しておいた。
 近くにある大きな神社に合格祈願のお守り買いに行ったら、美人の巫女さんに見惚れて、安産のお守りを二人分買ってたなんてベタな事もやった。
 勉強は辛かったけど、それでも楽しかった。二人で同じ目標に向かって頑張ることが、これほど楽しいなんて今まで全然知らなかった。

 そして、あっという間に時は流れて、試験の日がやってきた。

 

 試験会場から出てきたわたしを他の人が見たら、いったいどう表現するだろうか。
 子供なんかが見たら、容赦なく『あーゾンビだー』とか言いそうだ。
 精魂尽き果てたわたしは、校門の支柱に寄りかかってハニーが出てくるのを待った。
 しばらくして出てきたハニーも、これまた酷い面相だった。
「…どうだった?」
 わたしがそう聞くと、消え入りそうな声が返ってきた。
「…よくわかんない」
 二人して押し黙る。わたしもそうだけど、彼女も相当自信がなさそうだ。
「まあ、人事は尽くしたんだし、あとは天命を待つだけだよね」
 わたしは、出来るだけ明るい声でそう言った。ハニーも微笑んで頷いてくれる。
 そう、やるべきことはやったんだ。後は結果が出るまで、我慢してた分遊び惚けるだけだ。
「よーっし!今からゲーセンいくよ!今日はキミに勝てる気がする!」
 そう高らかに宣言するわたしに、ハニーは少し困った顔を向けてきた。
「それ、いつも言ってるけど結局負けてるじゃない…っと、ちょっと待って」
 そう言ってハニーは、制服のポケットから携帯を取り出して耳に当てた。
「もしもし?…あ、お母さん…え?うん、今終わったところだけど…うん、泉さんと一緒…え?今から?…う、うん、分かった…うん、それじゃ…」
 ハニーは携帯を畳み、ポケットに入れてこっちを見た。
「ごめん、泉さん。なんかお母さんが大事な話があるからすぐ帰れって…ゲーセンはまた明日にでも行こう?」
「うん、用事じゃ仕方ないけど…」
「どうかした?」
「ううん、なんでも」
 なぜだかわたしは、凄く嫌な予感がしていた。

 


 その日の晩。わたしは居間で格ゲーの練習をしていた。と言っても、CPU相手じゃたいした練習にはならないけど。
 ホントはお父さんに相手してもらうのが一番いいんだけど、今は〆切が近いらしく部屋に篭りっぱなしだ。
 いくらわたしでもそれを邪魔するほどバカじゃない。下手すると路頭に迷いかねないし。
「…そろそろ、部屋に戻ろっか」
 結構な時間練習を続けた後、わたしはそう呟いてゲーム機の電源を落とした。
 そして、立ち上がって居間を出ようとしたところで、電話が鳴った。
 表示を見てみるとハニーからだ。こんな時間に電話してくるなんて珍しい。わたしは受話器を取って耳に当てた。
「もしもし?」
「…泉さん…あの…」
 心臓が、何かに締め付けられるような感覚がする。彼女の沈んだ声。まるで、出会ったときのあの雨の日のような。
「ど、どうしたの?こんな時間に…」
「…ごめんなさい…話があるから…家に来て…」
「わかった。すぐ行くから待ってて」
 わたしは電話を置くと自分の部屋に戻り、寝巻きの上から厚手のコートを羽織る。これでも少し寒いだろうけど、悠長なことは言ってられない気がした。

「こなた。こんな時間にどこ行くんだ?」
 玄関で靴を履いていると、後ろからお父さんに声をかけられた。
「友達の家。多分遅くなる。っていうか下手すると泊まりになるかも」
「そうか…その時はちゃんと連絡をいれてくれよ」
 わたしの様子から尋常でないものを察してくれたのか、お父さんは特に止めるようなことは言わないでいてくれた。
「分かってるよ。行ってくる」
 変な所で物分りのいいお父さんが、こういう時はありがたかった。

 玄関を出たわたしは全力で走り出した。
 絶対におかしい。
 ちょっとした相談なら、電話で済ませられる。どうしても会って話がしたいとしても、今の彼女ならわたしの家に来るだろう。
 それが『家に来て』だ。多分、それが彼女の精一杯なんだ。あの頃と同じように、家から出られない…出たくないんだ。それでも、精一杯の勇気でわたしを呼んだんだ。
 そんな事を考えながらしばらく走ったところで、自転車を使えばよかったと、少し後悔した。

 


 彼女の家につき、乱れた呼吸を整えて、わたしはインターホンを押そうとしたが、少し思うところがあって止めた。
 玄関から少し右手に回って、塀を乗り越える。
 雨は降っていない。時間帯も違う。それでも、あの時と同じように、わたしは彼女の部屋の窓の軒下に入った。
 チラッと窓の方に視線を送った後、わたしは星空を見上げた。
 あの雨の日、わたしは彼女に理由を作るためにここに来た。
 学校で聞いた引き篭もりの女の子の話。わたしは何故かそれに興味を持ち、色々と調べて回った。
 そして、彼女が引き篭もりになった理由の女の子を見つけた。
 彼女は後悔していた。自分のやったことが、どう言う事なのか。その結果がどうなったのかを知り、どうすればいいのか凄く悩んでいた。
 だからわたしはその子に約束した。あの子を学校に連れてくると。そこで謝ればいい、と。
 そしてわたしは、あの雨に日にこの軒下に入った。彼女が学校にいく理由を作るために。なにより、わたしが彼女と会うために。
 わたしの横で、窓が静かな音を立てて開いた。

 


 わたしを部屋に入れた後、彼女は自分のベッドに座り俯いた。
「…ありがとう…来てくれて…」
 呟く声にも元気が無い。
「何があったの?」
 わたしがそう聞くと、彼女は小さく首を振った。
「…ごめんなさい…泉さん…ごめんなさい…」
「ごめんなさいじゃ分からないよ。何があったの?」
 わたしが重ねて聞くと、彼女は顔を上げた。今にも泣きだしそうな顔だ。
「…わたし…稜桜にいけなくなった…泉さんと、同じ学校に行けなくなったんだ…」
「なっ!?どうして!?」
 心底驚いた。何がどうしてそうなったんだろう。試験は今日受けたばかりで、合格発表なんかまだ先だ。
「…お父さんの仕事の都合で、急に引っ越すことになったの…ごめんなさい…」
 わたしは唖然とした。なんだよその誰得な展開。
「それ…もうどうしようもないの?」
「うん…こっちに残してくれるように頼んだけど、泉さんに会うまで私あんなだったから…心配で残して行けないって…」
「い、何時引っ越すの?」
「…明日から、もう準備しなくちゃいけないって…たぶん、合格発表も一緒にいけないよ…」
 あまりにも急すぎる。
 よく知らないけど、引越しの準備って忙しいんだろう。それがもう明日から始まる。

 つまり、わたし達に残された時間は、今日だけなんだ。

 思わずわたしは時計を見た。日付が変わるまで、もう数時間も無い。
「…泉さん…あの…」
 声をかけられわたしがそっちの方を見ると、彼女はテレビの電源を入れてPS2を起動していた。
「…最後、対戦しよ?」
「…うん」
 彼女から対戦しようなんて言い出したのは、これが初めてじゃないだろうか。

 


 もうすぐ日付が変わる。わたしは彼女に頼んで、膝枕をして貰っていた。
 嫌がったりするかと思ったけど、彼女はすんない了承してくれた。
 結局、わたしは彼女に一勝もすることは出来なかった。彼女もわたしも一切手加減してなかったから、これが実力差というものだろう。いつもながら、素直に悔しい。
 下から見上げる彼女の表情は、もう泣きそうな顔ではなく、少し微笑を浮かべている。
 そんな彼女が、わたしの髪を撫でてきた。
「くすぐったいよ」
 わたしがそう言うと、彼女はクスリと笑った。
「胸揉まれたりとかより、マシだよ」
「そだね」
 確かに、わたしがスキンシップと称して、彼女にしてきたことに比べたら、はるかに大人しい。
「泉さんは、こういうの好きだよね」
「うん、まあね…お父さんがスキンシップとか好きだから、遺伝したのかもね。まあ、対女の子限定だけど。わたしもお父さんも」
「変な親子」
 そう言って、またクスリと笑う。
 それから、しばらく二人共何も話せず黙っていた。時計の音だけが部屋に響く。
「敬語、いつのまにか使わなくなってたね」
 このまま終わりたくなくて、わたしはとにかく話をしようと思った。
「うん」
「泉さんってのは、変わらなかったね」
「うん…こなこなとか、変なあだ名ばかり提案するんだもの、恥ずかしくて使えないよ」
「別にこなたって、呼び捨てでも良かったのに」
「うん、でも私は泉さんって言った方がしっくり来るから」
「格ゲーは、結局キミに勝てなかったね」
「うん、これだけは負けたくなかった」
「どうして?」
「泉さんが私に教えてくれたから。私が自身の持てる、たった一つのことだから」
「修学旅行は楽しかったね」
「うん。でも、部屋抜け出そうとして怒られたけど」
「折角見つけた抜け道を、キミが使わなかったからじゃん」
「使わなかったじゃなくて、使えなかったの。あんな狭い所通れるの、泉さんだけだよ」
「コミケは…ちょっと自分でもひどかったと思ったよ」
「うん…あれはちょっと絶交考えた」
「わたしは、あれくらいなら平気で買えるけどね」
「それは、買うほうも売るほうも問題ある気がするよ…」
「最後にクラス分かれたのは残念だったね」
「うん…クラス発表の時、泉さん泣きそうな顔してた」
「嘘だー。それキミの方じゃん」
「泉さんの方だよ…今だって…そんなに、顔ゆがめて…」
 わたしの顔に、冷たいものが落ちた。ポタポタと彼女の顔から幾粒も。

「どうして…そんなことばかり話すの…泣きたくなるじゃない…」
「うん、泣いて欲しかったから」
「…どうして…」
「ありきたりの別れがしたくなったんだよ。涙で幕を降ろすような…ね」
 わたしの顔に雨が降る。冷たいけれど、温かい。
 彼女は無言で泣き続けた。わたしはそれを全部受け止めようと思った。
 全部流しきってしまえばいい。わたしも彼女も、そうやってちゃんと別れることが出来るのなら。
 時計を見る。短針と長針が重なり合った。日付が変わる。童話なら、魔法が解ける時間だ。
「…私が卒業文集の将来なりたいものに、何書いたか覚えてる?」
 彼女がそう聞いてきた。それは、はっきりと覚えている。わたしが散々からかったからだ。
「魔法使い」
「うん」
「あれ、本気なんだよね?」
「うん…私は泉さんに、お返しがしたかったんだ」
「お返し?」
「うん…泉さんは私に魔法をかけてくれた。この部屋から、学校に連れ出してくれた。私が学校にいける理由を作ってくれた。だから、私もいつか魔法使いになって、泉さんに私の魔法をかけてあげたかった」
 わたしの顔に、また一粒涙が落ちた。
「もう…無理かもしれないけど…」
「それでも、キミは魔法使いにならないと」
「…え?」
「わたしがキミにかけた魔法は、もう解けると思うからさ。だから今度はキミ自身が魔法使いになって、自分自身に魔法をかけていかないとね」
 我ながらひどい詭弁だと思う。
「…うん…ありがとう、泉さん…」
 それでも、彼女は素直に受け止めてくれた。
「見送りはいる?」
「…無理に来なくていいよ」
「連絡はとりあう?」
「…出来るだけしないほうがいいかな」
「…そっか」
 冷たい気もするけど、彼女なりの強がりなんだろう。わたしはそれを大切にしたいと思った。
「でも…いつかまた…絶対、また会おうね」
「もちろん」
 離れていく、二人の行き先。
 短かった、忘れたくない思い出と共に。

 

 


 気持ちのいい晴天。絶好の行楽日和なのだが、わたしの足は少し重かった。
 今日は稜桜学園の合格発表の日。
 歓喜と嘆きの渦巻く人ごみの中、大丈夫だと何度も自分に言い聞かせながら、わたしは合格者の名前が張り出されているボードの前に立った。
 自分の受験番号を確認し、ボードを見る。受験番号だけじゃなく、律儀に本人の名前まで書いてあった。
 わたしはその文字列を目で追う。
 あった。わたしの名前。良かった、合格してたんだ。
 ふと、その少し後に目が行った。

 あの子の名前だ。

 二人とも、合格してたんだ。
 でも、彼女の名前は、上から赤いペンでバツが付けられていた。
 そうだ、彼女はいないんだ。
 わたしの名前も、彼女の名前もあるのに。わたし自身もここにいるのに、ただ彼女自身だけがここにいない。
 頬に冷たいものを感じた。
「…あ…れ?」
 泣いてる。わたしが泣いている。何度拭っても、涙が止まらない。膝から力が抜けて、わたしは座り込んでしまった。
 彼女がいない。それをいまさら強く思った。
 理由だったんだ。彼女はわたしの理由だったんだ。
 学校が嫌いだったわけじゃない。でも、やっぱり強い理由が欲しかったんだ。
 彼女は、やっと見つけた理由だったんだ。
 その彼女のいない場所。理由のないこんな場所で、わたしは何をやっているんだろう。
 わたしは、声を出さずに泣き続けた。全部出し切れば、ちゃんと立ちあがれると信じて。
「あの…大丈夫ですか?」
 不意に声をかけられた。見上げてみると、一人の女性がわたしを心配そうに覗き込んでいた。
 すらりとした長身。少し癖のあるロングへアー。大人びた顔立ちに、結構度のきつそうな丸めがね。そして何より、冬服の上からでも分かるデカイ胸。
 最初はここの在校生かと思ったけど、制服が全然違う。受験生の身内のおねーさんなんだろうか。
「あ、あの…気を落とさないでください!」
 はい?
「今回はダメでも、ここで人生が終わるわけではありませんから…また来年がありますから!」
 今起こったことをありのまま話すと、『入試に合格したと思ったら、見知らぬボインねーちゃんに不合格にされていた』…何を言っているのか自分でも分からないけど以下略。
「あ、来年と言うのはおかしいですよね…え、えっと、第二志望には必ず合格していますから…その…」
「えーっとさ、わたし合格してるんだけど」
「…え?」
 なんとかポルナレフ状態から脱したわたしが過ちを指摘すると、ねーちゃんは目を点にした。
「合格してるの。名前ちゃんとあったよ」
「え?あれ?でも、今泣いてて…」
「嬉し泣き」
 説明するのは無理そうなので、そうとだけ言っておいた。
「え…あ…その…ご…ごめんなさい!ごめんなさい!すいません!わたしてっきり…あの…その…とにかくすいません!おめでとうございます!」
 謝罪と祝福が同時に飛んできて、とりあえずどうしていいか分からない。
「わ、わたしも合格しましたんで、ご学友と言う事ですね…その…お互い頑張りましょう!失礼しました!」
 わたしが何か言う間もなく、ねーちゃんはものすごい勢いで頭を下げて、もの凄い速度で走り去った。相当恥ずかしかったらしい。
 って、ちょっとまって…わたしも合格しました?ご学友?
「…同い年かよー」
 思わず自分の胸をペタペタと触る。不公平極まりない。
 わたしは目の端に残っていた涙を拭うと、立ち上がりお尻に付いた砂を払った。
 今ので気分はだいぶ楽になっていた。不合格扱いにはちょっとアレだけど、さっきの人にはちょっと感謝。


「うわぁぁぁぁぁん!」
 ボードを離れ、校門に向かって歩いていたわたしの耳に、もの凄い音量の泣き声が飛び込んできた。
「ほらもう、いい加減泣き止みなさいよ。みんな見てるでしょ?」
「だって…お姉ちゃん…だって…わぁぁぁぁぁぁん!」
 号泣している、大きな黄色いリボンを付けた女の子を、髪をツインテールに束ねた女の子が困りきった顔でなだめていた。
 あの制服は見覚えがある。隣町の中学のだ。
 流石にこれは不合格者なのだろう。わたしは心の中で手を合わせた。
「そんなに泣いてたら、不合格だったって思われるでしょ?ちゃんと合格したんだから、もっと堂々としなさいよ」
「だってぇぇぇ…うぇぇぇぇぇぇん!」
 合格者かよ。


 校門を出たところで、ため息を一つつく。
 レベルの高い進学校だから、バリバリのがり勉ばかり来てるのかと思ってたけど、結構面白そうな人もいそうだ。
 もう一度、ここで新しい理由を見つけられるだろうか。
 そんな都合のいい考えが頭に浮かぶ。
 さっきのリボンの子なんか引っかけやすそうだ。上手くいけばツインテの子も紹介して貰えるかもしれない。眼鏡のボインちゃんは、個人的に凄く興味がある。
 今度は、どういうきっかけを作ろうか。個人的には悪人に襲われているところを、わたしが颯爽と助けに入るってのが熱そうだ。
 わたしは気合を入れるように頬をペシペシと叩いた。
 頑張ろう。そして、楽しもう。
 新しい理由を見つけよう。友達を作ろう。
 あの子のことを忘れるわけじゃない。遠くへ行っても、いなくなるわけじゃない。理由じゃなくなるわけじゃない。
 わたしが前に進んでいけば、あの子もきっと前に進んでいける。
 離れていても、魔法はかけあえる。お互いを理由にしあえる。

 この同じ空の下。
 そんな、ありきたりのフレーズで。


- おしまい -

ツールボックス

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