ID:YLxe6ASO氏:狂った世界に救いに手を

「あー、またかぁ……」
 画面に映る『BAD END』の文字。さっきからずっとこの文字ばかり見てるわ。
 宿題を終え、ちょっとした息抜きにやり始めたこのゲーム。先日、こなたから借りた物で、タイトルは『運命の選択~デステニーヒーロー』と言う、聞いたこともない物だ。その名の通り、このゲームは、選択肢を選んでストーリーを進めていくRPGなのだが、その選択肢の数が尋常じゃないのだ。一つのイベントにある選択肢、その数10以上。
 どれが正しいのかなんて、最低5回はやらないと分かったもんじゃないわ。それでも私は、暇な時間にこつこつとゲームを進めて行き、今は最終面っぽい所まで来た。
 その最終面が、ちょっとね……。
 私はポチポチとマウスをクリックして、さっきダメだった選択肢まで進めていく。
「ふぅ……」
 さて、さっきはあれがダメだったから、今度は……よし、これね。
 ハッピーエンドを期待しながらマウスをクリックする。ふぅん、この選択だとヒロインがこうなって……。

 そして、画面に映る文字は『BAD END』。とまぁ、さっきからこんな調子で、ちっともクリア出来ないのよね。


「あー、もう……」
 仕方なく私は最後の手段を取ることにした。悔しいけど、あいつに聞くしかない。
 私は一旦ゲームを止め、携帯を開く。電話帳からあいつの番号を引っ張り出し、通話を押す。
 ……中々出ないわね。家電にかけ直そうかなー、なんて思ってると、ようやく繋がった。
 相変わらず携帯は手元に置いてない訳ね。
『11月26日? 5枚? 何のことです?』
「へ? あの……」
 うっそ、まさか番号間違えた? やだ、どうしよう。
「すみません、間違えちゃったみたいで――」
『いや、かがみん。私だよー』
 してやられた。
 あぁ、こいつのニヤニヤした面が容易に思い浮かべられるわ。
『で? どったのー?』
 呆気にとられ、何も言い返せない私は、用件は何なのかと急かされる。
 ったく、出鼻を挫いたのはアンタでしょうが!
「あのゲームの事なんだけどさ、あれ、どうやったら先に進めるのよ」
『あのゲーム? あー、選択肢があるでしょ? それのどれかを選択すれば、』
「その選択肢が多すぎて困ってるのよ。ざっと数えてみたけど選択肢50って何よ」
『ははは、それがそのゲームの面白さだよかがみん』
「確かに色々見れるのは面白いけどな、さっきからバッドエンドしか見れないのよ」
『ということは、もう終盤かー。早いね』
「早くはないと思うが……」
『で、そろそろハッピーエンドが見たい、と?』
「そ、だからアンタに電話したのよ。そーいう訳だから答え教えてよ」
『んー、しょうがないなぁ、じゃあヒントね』
 ヒントか、まぁ、こいつ並に楽しませようとしてるんだろう。だけど私はさっさとクリアしたい訳で……。

『そのゲームでウザい奴が鍵だよ』
 それを聞いたとき、私の小さな悩みは一瞬で消えた。
 こなた、それヒントになってないわ。
「ウザい……っていうと妹ね」
『あ、やっぱ分かっちゃったか。そ。その妹を殺すってのがハッピーエンドの道だよ』
 で、結局、答え教えてるし。つーか殺すのかよ。
「妹を殺せば良いの? まぁ確かにウザいけど」
『かがみはそやつにヤられた事を忘れたのかっ? あれは妹キャラとして過去最低レベルの位置だよ。制作者は妹に何か恨みでもあったのかーってくらい酷い顔だし』
「確かにね。いつも自分勝手で、都合の良いときだけ頼って来て、何でも泣けば良いみたいに思ってるし、おまけに人の恋路も邪魔してくる始末」
『はは、結構色んなルート行ったんだね』
「まぁ、ね。でも殺しちゃうのはちょっと気が引けるな……」
 脳裏につかさが浮かぶ。この妹とつかさは全然似ても似つかない存在だけど……。
『あー、かがみはリアルに妹が居るからね。このシスコンめ』
「誰がシスコンだ」
『でもこれはゲームだよ? ハッピーエンドが見たかったらサクッとヤッちまいなっ』
 まぁ、こなたの言う通りね。現実とゲームの区別も出来ない歳でもないし。
「……はぁ、分かったわ。でも今日はもう遅いし、明日殺すわ」
『おー、怖。なんだかんだでそのキャラに殺意が芽生えてるかがみ怖っ』
「うるさいわね。アンタも殺されたいの?」
『ひぇー! かがみに殺されちゃうっ』
「「あっははははは」」
 と、ここで何か違和感を覚えた。勘違いかな? 前にもこんな話をしたような気が……。
「ねぇ、ちょっと変な事聞くけどさ」
『変な事?』
「うん。前にも同じような会話した気がするんだけどさ」
『うーん、してないと思うよ』
「そうよねぇ……」
 私は何を言ってるんだろう。このゲームは今回、初めて借りた物なのに……。
 って、もうこんな時間か。長引くのは流石に悪いわね。


「じゃあね、ちょっと長くなっちゃってごめんね。また明日」
『うん明日~。じゃ、おやすみ~。永遠にね』
「おいおい。ふふ、お休み~」
 通話が終わる。
 デジャヴってやつかしら? でも、確かに以前にも同じような話をした気がするんだけどな~。
 ま、考えても仕方ないか。明日も学校だし、もう寝よ。

 

「やめて、お姉ちゃんやめて」
「痛い、痛いよ……」
「どうして……」

 

 目が覚める。嫌な夢だ。昨日、あんな会話したからかな……。ゲームのやりすぎね、早くクリアしちゃおう。
 だけど、何でつかさだったの? ホント、最悪の夢だわ。
 あー、しかも目覚まし鳴る前に起きちゃったし……たかが数分とは言え、朝は貴重なのに。今日は朝からツイてないな。
 すっかり頭が冴えて来た私は、朝の仕度をするために洗面所へ向かった。途中でお母さんに会ったので「おはよう」と挨拶をする。すると、お母さんは何やら面持ちな顔で、挨拶を仕返して来た。
「何かあったの?」と私。
「ねぇ、かがみ。つかさと何かあった?」
「え? つかさと?」
 返って来た答えは、全く予想しないものだった。
 つかさと何か? 全然、身に覚えがないんだけど。
「別に何もないけど……つかさ、何かあったの?」
「実はね――」

 そこで聞いた内容は驚くべき事だった。


 珍しく、朝早くに起きたと思ったら、ご飯も食べないで、ここから逃げるように学校へ行ったというのだ。
 そして、どうやらそれは私絡みの事柄らしい。

「――という訳なのよ。かがみ、ホントに心当たりない?」
「そう言われても……」
 私がつかさに何かしたなんて事は、マジで心当たりなんて無いし、昨日だってつかさは普通だったし……。
 うーん、私が知らない間に傷付けちゃったのかなぁ?
「とにかく、つかさに直接会ってみないと分からないし、学校でなんとかする」
「そう、お願いね。もしかしたら私の勘違いかも知れないけど」
 そういうことで、朝のちょっとした騒ぎは一先ず終了した。
 そうこうしている内に、姉さん達も起きて来たみたい。部屋から出てくる姉さん達を尻目に、私は足早に洗面所へ向かう。
 朝のあそこは混むからね。

 そして、朝ご飯も食べ終わり、仕度を終え、つかさが何かある、という懸案事項を抱えて私は家を出た。
 そういえば、今日は皆、遅くなるって言ってたな。って、私も委員会があったんだった。


「かがみー」
 学校まで後少しという所で、こなたに会った。
「おはよう、こなた」
「おはよ。つかさは?」
 まぁ、そう来るわよね。
 うーん、こいつなら何か知ってるかも知れないし、話しても良いか。
「ねぇ、こなた」
「んにゃ?」
「私って、つかさに何かしたかな?」
 私がそう言うと、こなたは、いつものニヤニヤ顔になった。何故そこでその顔になる。
「さては、ケンカしたね~?」
「いや、まだケンカと決まった訳じゃ、」
「良いねぇ、姉妹のケンカ……萌えるっ」
 また訳の分からない事を。


「茶化さないで。真面目に聞いてるんだから」
「んー、私が見てる限りじゃ、二人とも何も無いように見えるけど?」
「やっぱそうよねぇ……」
 私がそう不安げに嘆いていると、こなたは笑顔でこう言った。
「大丈夫だよ。普段あれだけ仲良いんだからさ。ちょっとしたイザコザなんて直ぐに解決するよ~」
「そうだと良いんだけどね」
 でも、こいつの言うことも一理あるかな。今までだって、ケンカがそんなに長引いた試しが無いし、ましてや、今回の件は本当に私が絡んでいるかも、あやふやなのよね。
 こなたに話して良かった。少し気が楽になったわ。
 よし、うじうじ考えるのは止めだ。つかさに直接聞いてみよう。

 それから学校までは、こなたと他愛のない会話をしながら向かった。
 ったく、こいつは話のネタが尽きないわね。ほとんどオタク染みた内容だが、と私は苦笑する。
 そして、気付けばもう教室の前だった。


 教室に入ると、直ぐにつかさを確認できた。つかさは机に向かって座っており、どこと無く、話しかけづらそうな雰囲気を漂わせていた。しかし、こなたはそんなの関係ないようで、普通に挨拶をしていた。
「おはよー、こなちゃん」
 つかさがこなたに振り向いた際は笑顔だった。
 ふむ、見た目はいつも通りね。しかし、
「つかさ」と私が声を掛けると、その笑顔は一瞬で消えてしまった。
 な、何よこの温度差は……。これじゃあ本当に私が何かしたって事じゃない。
 私は恐る恐る聞いてみることにした。


「ねぇ、つかさ……私、何かした?」
 私がそう言うと、つかさは「え?」と生返事をした。
 明らかに動揺してるわね。うーん、何て言ったら良いのかしら。
「べ、別に……」
 何よ、聞こえてるじゃない。てか、別にって……。
「嘘よ。お母さんに聞いたわ。つかさの様子が変だって」
「普通だ、よ」
「じゃあ、なんでそんなにぎこちないのよ」
「そんなことないよ」
 ……あぁ~、つかさの態度に思わず攻撃的になっちゃったわ。どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに、気まずくなっちゃったわ……。
「あれ? つかさ、これって昨日の宿題?」
 と、すっかり存在を忘れていたこなたが言った。
 こなたなりに、場を和らげようとして言ったのだとしても、少し空気を読んでほしいと、私は思った。
「あ、それは……」
「殆どやってないじゃん。って私もだ、やっばー」
「宿題?」
 私がそう聞くと、つかさは「うん。実は……」と、何やら説明し始めた。

 つかさの説明によると、昨日出された宿題のプリントを教室に忘れたらしく、早く学校へ行ってやれば、なんとか間に合うかもしれない、との事。
 筋は通っているわね。しかし……。
「私もそろそろ、お姉ちゃんに頼ってばかりじゃダメかな、と思って、一人で頑張ってみようとして、何でコソコソとやってるのかっていうと、見てないところで私も出来るんだよって事を知ってもらいたかったから……」
 この慌て振り……咄嗟に思い付いた嘘にしか聞こえないが。


「……本当にそれだけ?」
「うん」
 これ以上の詮索は今は止めておこう。もうすぐホームルームも始まることだし。ここは、
「……はぁ、余計な心配して朝から疲れちゃったわ」と、濁しておこう。
「ごめん」
「ま、良いわ。宿題、頑張んなさいよ?」
 私はつかさの頭を、そっと撫でて、教室を出ようとする。
「待ってよかがみ~。宿題、教えてー」
 すると、案の定こなたがお決まりの台詞を吐きなら私の後をつけてきた。
「自分でやれ。あ、そうだ」
 私は鞄からお弁当を取り出す。
「かがみ、早弁にしては早過ぎ、」
「ちげぇよっ」
 からかうこなたを軽くあしらって、私はつかさの元へ踵を返す。
「はい、お弁当。購買で買うとお金掛かるでしょ」
 私がそう言って渡すと、つかさは心底驚いた感じで、
「わ、ありがとう。作って来てくれたんだ……」と、若干、嬉しさ混じりの返答をした。
「元々、今日は私の当番だったからね。じゃあ」
「うん」
 そして私は、今度こそ教室を後にした。
 それにしても……私がお弁当、作って来ないと思ったのかしら? まぁ、喜んでたから良いんだけど……なんかすっきりしないわね。
 とりあえず、これ以上は、つかさから何か言ってくれるまで手は出さない方が良いのかな? 何か言いづらそうだったしね。

 とは思ったものの、その後の授業は、つかさの事ばかり考えていて、内容が全くと言っていい程、頭に入らなかった。
 イカンな……、もうすぐ期末だというのに。こなたの言う通り、私ってシスコンなのかも。

 そんなこんなで、お昼休み。つかさの様子が気になってしょうがない私は、授業が終わると同時に、つかさが居るであろう教室に向かった。
 ……別に走ったとかじゃないからね。

 


「おーっす」
「やぁ、かがみん」
 こなた達はいつも通り、机をくっつけて待機していた。ん? 待機?
「あれ? つかさは?」
「トイレだよ。我慢してたみたい。萌えるね~」
「変態め」
 トイレということは直ぐに戻って来るわね。なら、今の内につかさの様子はどうだったか聞いておくか。
「あ、そだ、かがみ」
 先手を取られた。まぁ、いっか。聞くよりも直接見た方が良いし。
「何?」
「どんな殺し方するの?」
 しばしの沈黙。何を言ってるんだこいつは。
「え? 何よ急に」
「ほら、例のアレ」
 殺し? 例の? って事は、あのゲームの事か。
「……あぁ、アレね。どんな、って?」
「あ、言ってなかったね。『殺す』の後の選択肢に殺し方の選択肢もあるんだよ」
 どうやら、私はとんでもないゲームをやらされていたらしい。
「マジか……あんまグロいのは嫌ね」
 例えゲームでも、そーゆーのはあんまり見たくないし……何て思ってると、
「かがみって、意外とお子様だね」と言われてしまった。
 こ、こいつにだけは言われたくない台詞を……! なので私も反論し、
「悪かったな。てかそれが“普通”だろ」と、少し見下して言ってやった。
「はいはい、どーせ私は普通じゃないですよ~」
「で? どんなのがあるのよ」
 話が脱線しそうなので、戻してやる。原因はこいつなのだが。
「ん~、めった刺しやら撲殺やらあるけど……」
「マジかよ」
「まぁ、グロいの嫌いなら毒殺かな」

 

「毒殺?」
 毒殺といえば、食べ物に毒を盛って――ぐらいしか思い付かんな。
「そ、毒殺。数秒で逝っちゃうから」
「ふーん、ならそれにしよっかな」
 苦しむ姿はあれど、血を見るよりはマシよね?
「何やら物騒な話をしていますね」
 私とこなたの会話をずっと横で聞いていたみゆきが、ようやく口を開いた。ようやく。
「あぁ、みゆき。ちょっとこいつから変なゲーム借りちゃってさ、その話」
「そうでしたか。ですがお二人とも」
 そう前置きしたみゆきの顔は、普段のニコニコ顔でなく、あまり見ない真剣な顔だった。
「例え、ゲームの話でも女の子が軽々しく“殺す”なんて事は言わない方が良いですよ?」
「それに、何も知らない他人が聞いたら、誤解してしまう可能性もありますから」
 みゆきの言うことは尤もだ。年頃の女子が、誰かを殺すだの端から見たら危険窮まりない。ここは素直に受け止めておくか。
「そうね。以後気をつけるわ。ごめん」
「いえ、私も少しきつめな口調で言ってしまって……」
「かがみさん。野蛮な発言は控えた方がよろしくてよ?」
 こなたはいつかのお嬢様口調で私をおちょくる。そんなこなたの頬を私は軽く引っ張るのだった。
「わひー」
 そんなこんなしていると、後ろに誰かの気配を感じた。振り返るとそれはつかさだった。
「あ、つかさ来たよ」
 こなたのその合図で、お弁当を広げ始める私達。
 こなたは相変わらずのチョココロネ。みゆきは見た目も豪華な貴族弁当。それに比べ、私は至って普通なお弁当。こりゃまたこなたにからかわれるかな?
 うーん、つかさの様に上手く作りたいけど……今度教えてもらおうかしら?


 まぁ、とりあえずはつかさも来たことだし、
「じゃあ食べましょうか」と言っておく。
 しかし、つかさは何故か座ろうとはしなかった。それどころか、食べ始める皆を無視してつかさは自分の机に掛けてある鞄を取った。
「つかさ?」
 私が疑問を含めてそう聞くと、返って来た言葉は、またしても予想だにしない言葉だった。
「ごめん。ちょっと具合が悪くて早退する……」
 そう言うつかさの顔は、具合が悪いというよりも、どこかふて腐れているように感じとれた。
「本当に? 大丈夫なの?」
 私が心配してそう言うと、つかさはチラッとこちらを見た後、そっぽを向いてしまった。
 つかさの心情に何か変化があったに違いない。とは言っても、今日は始業前以外のつかさは見てないし……あぁ~、こなたが余計な話を持ってこなければ少しは対処出来たかも知れないのに!
 やむを得ず、私は単刀直入に言うしかなかった。
「……ねぇ、もしかして、やっぱり私が何かしたの?」
 席を立ち、立ち去るつかさの肩に触れようと手を伸ばした。
 しかしつかさに、
「本当に具合が悪いだけだから……お姉ちゃん気にしすぎだよ」と言われたあげく、目で『来ないで』と訴えられた私につかさを引き止める力は残されていなかった。
 そして、つかさは教室から出てしまった。
「つかさ……」
 私はつかさの出て行った教室のドアを、ただ茫然と見つめていた。
「つかさ、どうしちゃったんだろう?」
「何か事情がおありの様子でしたが……」
 その時、私は昨日みたいな違和感を覚えた。
 前にも似たような事があった気がする。なんだろう。スッキリしない……。
「ねぇ、前にも似たような事ってあっ――」
 っな、何!? 急に頭が……。
 頭に激痛が走った私は、床に膝を付いてしまう。


「かがみ!?」
「かがみさん!?」
 直ぐに二人が駆け付けてくれるが、今はそれどころじゃなかった。
 何? 何か……脳裏に浮かんで……!

 

「危ないじゃない! 何するのよ!」
「何で避けるの? お姉ちゃんも、こんな私が居る世界、嫌でしょ?」
「あんた、何言って――」

 何? この映像?

「ちょ、つかさどうしちゃったの? 冗談はやめて!」
「……冗談? お姉ちゃんはいつまで白を切るつもりなの?」
「な、何の事よ」
「しらばっくれないでよ。私、知ってるんだよ? お姉ちゃんとこなちゃんが私を殺そうとしてる事」
「殺そうとって……!? あんたまさか!?」

 これは……この記憶は一体……?

「やっぱり。私は正しかったんだ……」
「あんた、昨日の会話――」
「そうだよ。聞いちゃったんだよ。お姉ちゃんが私の事、ウザイから殺すって会話!」

 つかさ、何を言ってるの? それは違う!

「それが今日のお昼休み。今度は私を殺す方法を話してた。毒殺だって。そう、お姉ちゃんが朝にくれたお弁当には毒が入ってたんだ」

 違う。違う! 毒なんて入れてない!

「もう嫌になった。だから終わらせようと思った。私がもっとしっかりしてればウザイなんて言われないと思った。だからこの世界を終わらせて新しい世界に行くんだよ? でも私一人はやっぱり嫌。お姉ちゃんも一緒に行こうよ!」

 待って! 話を聞いて! あれはゲームの事なのよ!

「今度は上手くやるから!」
「つかさ! あんた勘違――」
「先に行ってて。私も直ぐに行くから」


「つかさは!? つかさは何処!?」
「つかさは……」

 “死んじゃった”

 

 

「かがみ!」
「かがみさん!」
「――ッ!?」
 い、今のは……。そうか……私は……。
「かがみ大丈夫? 辛そうだよ?」
「立てますか? 保健室へ行きましょう」
 私は、あの記憶を知っている。私にもよく分からないけど、知っている。
 なら、今私がやることは一つだ。
「みゆき、こなた、心配かけてごめん。もう大丈夫だから」
 私が自力で立ち上がると、二人はまだ心配そうにこちらを見ていた。
「本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それに、こんな事している場合じゃないの」
「かがみさん、どちらへ?」
「私も早退する。悪いけど先生に言っておいて」
「早退? なんで?」
「決まってるでしょ」
 私は一呼吸置いて、こう言い放った。
「つかさを探しに行くの」

 


 つかさはまだ、そう遠くへは行ってないはず。バスに乗る前に見つけないと!
 注意すべきはバスの時刻表。普段使用しているバスなんて、朝と夕方にしか使わないから、昼の時間が分からない。もし既に出発してしまっていたら、かなりの遅れをとってしまう。それだけは避けないと、お願い間に合って!
 しかし、そんな願いも虚しく、私がバス停に辿り着いたときには、バスは既に出発した後だった。前方に見える徐々に小さくなっていくバスを見て、私はその場に立ち尽くしてしまう。
 一足遅かった、つかさは恐らくあのバスに……。
 時刻表を見る。すると、次にバスが来るのは一時間後との事。遅すぎる。
「待ってなんかいられないわ」
 そう自分に言い聞かせ、私は走りだした。駅まで数十キロあるわけじゃないんだ。このくらい!


 とは言ったものの、流石に走りっぱなしはきついわ……。
 息も絶え絶えになり、もう歩くのも限界だった。でも、つかさはもっと苦しんでるんだ! この程度でへばるな! 私の足よ、動け! 帰ったらいっぱい休んであげるから!
「くぅ……」
 ダメだ……いくら強く念ったって身体は正直ね。
 と、私が半ば諦めかけていたときだった。
「あー、やっぱりかがみちゃんだ」
 歩道沿いに一時停車してきた車から聞こえてきた、その声は……。
「こんな所でどうしたの? 学校は?」
「成実さん……」
 天は私を見放さなかった。
「成実さん、お願いします! 私を家まで乗っけてって下さい!」
 無理は承知。成実さんにも用事があるだろうし、言わばこれは最初で最後の賭け!
 もし断られたら、自力で帰ることは出来るけど、時間が掛かりすぎてしまう。
 あの記憶からして、つかさ崩壊の時間制限は無いと思う。だけどつかさは、今も悩み苦しんでいるのよ。悠長な事は言ってられないの!
「……何か訳ありみたいだね」
 私の目から、そう感じ取ったのか、成実さんはドアのロックを外した。
「さぁ、乗って! 道案内よろしくね!」
「は、はい! ありがとうございます!」


 運転中、成実さんは、道案内以外に特に聞いてこなかった。気を使ってくれたのかもしれない。私も、聞かれたらどう説明したら良いか分からなかった為、成実さんの好意はもの凄くありがたかった。
「さ、着いたよ」
 流石、交通課だけあって安全運転だ。以前、海に行くときがアレだったから少し驚く。
「普段は普通だよ~」
「え? あっ、ごめんなさい」
 見透かされていた。読心術でも使えるのかこの人は?
「えっと、忙しい中ありがとうございました! お礼は必ず、」
「良いって良いって、ほら行きなよ。急いでるんでしょ?」
「本当にありがとうございました!」
「何があったかは知らないけど、頑張ってね~」
 そう言い残して、成実さんを乗せた車は走り出した。
 成実ゆいさんか、良い人ね。お礼は絶対しますから。

 ……さて、追い付いたわね。つかさはもう部屋に居るのかしら?
 どう切り出すべきか……。とにかく、家に入らないと。

 玄関に入り、先ず確認することは、つかさの靴。
 ……無い。いや、それ以前に家の鍵が開いているということは……。
「あら? かがみじゃない。どうしたの?」
 やはり、お母さんが居たか。あの記憶が正しければ、あの時、家には私とつかさしか居なかった筈。今のつかさは多分だけど、誰とも会いたくないんじゃないかしら?
 つかさは家に誰も居ないタイミングを狙ってると思う。私がつかさの立場ならそうするだろう。そうでなければ、今つかさが家に居ないのはおかしい。私より先に帰ったんだからね。でも念のため……。
「お母さん、つかさは?」
「え? 居ないけど……」
 思った通りだ。とするとつかさは、家に誰も居なくなるまで何処かで時間を潰している筈よね。この辺でつかさが行きそうな場所は……。
「かがみ、学校は? つかさに何かあったの? やっぱり朝の、」
「ごめん、後で話すから!」
「待ちなさい! かが――」
 私は外へ駆け出した。つかさが居る場所は恐らくあそこだ!

 

「つかさー! つかさー!」

「つか……やっぱりここに居た」
「お姉ちゃん……」
「ほら、帰るわよ」
「……」
「もう怒ってないから」
「本当に?」
「怒ってたら来ないわよ」
「うぅ……」
「その、ごめんね? 」
「うん、私も……ごめんなさい」
「よし、じゃあ仲直りね。みんな心配してるから、早く帰りましょ」
「うんっ」

「お腹空いたでしょ? お母さんが、今日はシチューだって」
「わぁい、早く帰ろーよ」
「ふふ」


 ふと、昔の事を思い出してしまった。小さい頃、つかさは嫌な事があった時は、よくあの公園に居ることが多かったのよね。だから今回ももしかしたら……。
 信号を渡り、少し行ったところに、その公園はある。この時間帯では、交通量も人通りも少ない。
 だから直ぐに見つけられた。公園のベンチに一人ぽつんと座っているつかさを。
「やっぱりここに居たのね……つかさ!」
 私がつかさの名を叫ぶと、つかさは周りをキョロキョロし始めた。
 大声を出したのは失敗だったのかもしれない……つかさは私を見つけるや否や、後ずさっていくのが分かる。
 つかさと私の距離は僅か数メートル。ここは面倒な事になる前に距離を詰めておいた方が良い――って!?


「ちょっと!」
 先手を取られた。そんなに慌てて逃げなくたって良いじゃない!
 でも、無理ないか。今のつかさにとって私は、つかさを殺しにやってきた姉に見えてるのよね……。うぅ、悲しい。
「待ちなさい! つかさ!」
 逃げるつかさを私も必死に追う。
「つかさ! 話を聞いて!」
 喋りながら走るのはきついわね。でも着実に距離は縮まってきている。つかさまで後2~3メートルってとこかしら? もう少しで……!?
「つかさ! ダメ! そっちは!!」
 公園を飛び出したつかさの先に、猛スピードで走ってくる車が見えた。このままじゃ……。
「え?」
 つかさもそれに気付き、足を止めてしまった。馬鹿! 止まっちゃダメよ!


“つかさは死んだの! 事故で!”


 あんな思いは、もう……!
「うわあぁぁあぁぁっ!」
 私は最後の力を振り絞って、つかさを突き飛ばした。
「きゃっ!?」
 これでつかさが轢かれることは無くなった。私も早くここから――。
「っ!?」
 遅かったか……。身体全身に激しい衝撃が伝わった。咄嗟に腕でガードしてみたけど、意味無いわね……。ったく、今頃ブレーキ踏んでんじゃないわよ……遅いっつーの……。
「お姉ちゃん!」


 つかさが私に駆け寄ってくる。結構飛ばされたんだ、私。運転手は……最低、轢き逃げかよ。
「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」
 良かった、つかさは無事ね……。さっきはごめん。痛かったよね?
「嫌だよ……お姉ちゃん!」
「つかさ……」
「何?」
 意識があるうちに、これだけは言っておかないと……。
「私は……あんたを殺したりなんか……しない、よ」
「分かってた、分かってたのに……! 私は……最後まで信じることが出来なくて……うぅぅうぅっ」
 あぁ、ダメだ。もう限界みたい……意識が、遠退いて………………。

 


「ん……」
 気がつくと私はベッドで寝ていた。外はもう真っ暗で、周りも静かだった。微かに薬品の匂いもする。
 ここは、病院かしら? 私、生きてたんだ。
「すぅー……すぅー……」
 ふと、足の方から何やら可愛らしい寝息が聞こえてきた。上半身をなんとか起こして見ると、そこには身体半分をベッドに預けたつかさが寝ていた。
 あの記憶とは違う……そう思った私は、嬉しさのあまり目から涙が出て来ていた。
「つかさ……」
 腕を伸ばし、そっと頭を撫でる。すると「むぁ」っとこれまた可愛らしい寝起き声を吐いた。


「え? あれ? お姉ちゃ……ん?」
「おはよ、つかさ」
「お……お……お姉ちゃぁぁん!」
「ちょ! 痛い痛い! つかさ強い」
「あ、ごめん」
 つかさが私に抱き着いてきたんだけど、まだ怪我が完治していない私にとってそれは激痛ものだった。抱き着いてきたこと事態は嬉しかったけど。
 つかさはもと居た椅子に座り直し、こう切り出した。
「お姉ちゃん、私ね、こなちゃんに聞いてみたんだ」
 私はそれを黙って聞く事にした。
「そして全部分かったの。全部、ゲームの事だったんだってね……」
「私……馬鹿だよね? お姉ちゃんが……うっ、私を……殺ず訳なんがないのに」
「最後の最後までぇ……疑うように逃げたりしてさ……お姉ちゃんにこんな、」
「――つかさ」
 見るに耐えられなくなった私は、つかさの言葉を遮る。
「おいで」
「……?」
 そして、つかさを優しく抱きしめた。つかさの温もりは、なんだか凄い久し振りのような気がした。
 終わったんだ。全部。
「ごめんね? 怖い思いをさせて……苦しかったよね?」
「私だって、わだじだって……お姉ちゃんにこんなに怪我させて」
「もう終わった事よ。気にしてないわ」
「うぅぅうぅうぅ……ごめんなさいお姉ちゃぁぁん」
「よしよし。もう泣かないの」

 こうして、私達の長い一日は終わった。一日? いや、もしかしたら二日かも知れない。突然、私の中に入り込んで来たあの記憶……あれは多分、別の世界の私が、同じ過ちを繰り返させないために送って来たものかも知れない。いや、知れないじゃなくて、そうなんだろう。
 ならば私も、向こうの私に、今やるべき事はなんなのかを伝えよう。伝わるかどうかは分からないけど、向こうの私に、これだけは伝えなくちゃいけない……。


「? お姉ちゃんどうしたの?」
「ん、なんでもないよ。あ、そうだ。つかさ」
「なぁに?」
「愛してるわよ」
 私がそう言うと、つかさは見る見るうちに顔が赤くなってきた。
「わ、わ……」
 そして恥ずかしくなったのか、私の胸に顔をうずくめた。
 こうしてつかさが居るのも、あの記憶があったおかげよね……ありがとう。この世界に救いの手を差し延べてくれて。
 窓に映る私を見つめると、その私が少し微笑んだ気がした。

 


 その後の話を少しするわね。
 自分では大きな事故だと思っていたが、全治二週間という意外に軽傷で済んだ私は、退院して直ぐにこなたの元へ向かった。
 何の為にかって? そんなの決まってるじゃない。

「はい、これ」
「あ……」
 私が差し出したのは、こなたに借りていた例のゲーム。それを見たこなたは、しゅんとなってしまった。
「本当にごめんね。私のせいでさ」
「それはもう何回も病室で聞いたわよ。それに、こなたのせいだなんて思ってないから」
「ありがと。で、それはそうと……クリアした?」
 何を言い出すんだこいつは。クリアするわけないだろーが。
「あ、ごめんごめん。そうだよね。でもエンディング見たかったんじゃ……」
「もういいわよ別に。それに」
「それに?」
 例えゲームでも、妹を殺すなんてどうかしてる。私には出来ない……って言おうとしたけどやめた。またシスコンだのなんだのと言われかねんからね。
「なんでもなーい」
「えぇーっ! なんでもないのかい?」
「何だそれ」
「マスオさん」

 で、その後聞いた話なんだけど、どうやらこなたはあのゲーム売ったみたい。こなたにもゆたかちゃんという妹的存在が居るから、私の気持ちが分かったのかな? そうだったら少し嬉しい、なんて。

 

 話は飛んで、今日は七月七日。そう、私達の誕生日だ。
 あの事件以来、私達姉妹の仲は、より一層深まった。特につかさは、以前よりも私にべったりだ。それは嬉しいが、つかさに私を傷付けたという心の傷が残ってなければ良いんだけど……。
「うわぁ、凄いじゃないこのケーキ」
「えへへ、今回はたっぷり時間を掛けて頑張ったんだよ。愛するお姉ちゃんのために」
「愛する、って」
「も~、お姉ちゃんが先に告白したんだよ?」
 告白……あの時のか!
 ど、どうやら何も心配はいらないみたいね。何か変な方向へ向かってる気がするけど……。
 というか、こんな大きいケーキ、こなた達が来ても食べ切れないんじゃあ……。
「いぃっぱい食べてね」
「あったりまえじゃない。折角つかさが頑張って作ったんだからね」
 あぁ、言ってしまった。その笑顔は反則よ! ここはこなたやみゆきを上手く煽って頑張ってもらうしかないわね。
 ……しばらくダイエットの日々が続きそうだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。今日で私たち十八歳だね」
「ん、そうね」
「これからも仲良くしてくれる?」
「そんなの言わなくても分かるでしょ?」
「えへへ、お姉ちゃん」
「んー?」
「大好き」
「……私もよ。つかさ」
「ちょ、お二人さん!?」
「なんだか微笑ましいですね」
 なんというタイミングで現れるんだ、この二人は。
 ま、今は何も考えず、この誕生日会を楽しむとしますか。つかさ特製のこのケーキで……。

 

 

 

 


 “これから先、色々大変だとは思う。でもあなたは生きて。死んでしまったつかさの分も、あなたは生きなくちゃ!
 私だって、もしあなたの立場なら、そのまま死にたいと思うわ。けどね、あなたにまで死なれたら、こなた達やお母さん達は更に悲しむ。
 特に、こなたが真実を知ってしまったらどうなるか……あなたなら分かるでしょ? これ以上、悲しみの連鎖は作っちゃいけないの。あなたで食い止めて!
 幸せになってしまった私からの意見なんて胸糞悪いかも知れない、けど幸せになったからこそ言えるのよ。
 そしてこの幸せは、あなたのおかげで掴み取れたんだら!
 頑張れ私! 私も、この幸せを手放さないよう頑張るから! 負けちゃダメよ?”

 生きて、か……。夢の中の私は随分と辛い事を言うのね。
 でも、そうね。私の言う通りだわ。これ以上、皆が悲しむのは確かに嫌。それに、私がここで死んでしまったら、つかさに人殺しの刻印を刻んでしまう事になる。
 生きよう。つかさの分も。向こうの私に負けないくらい幸せになろう。
 その為には先ず、目を覚まさなきゃね。
 おーい、起きろー私ー。いつまでも寝てる場合じゃないだろー。

 ……。
 …………。


「……お母さん」
「え? ……かがみ、かがみ!」
「その、ごめ――」
「かがみ!」
「わぁっ」
「ホントに……心配したんだから!」
「……ごめん」
「良いのよ、もう良いの。かがみが無事ならそれで良い……」
「お母さん、私ね? 夢を見てたの」
「夢?」
「うん。夢の中の私がね、私に生きろって言うのよ」
「……」
「だからね? 私、生きる事にした。つかさの分まで」
「そう……」
「私、負けないよ。これから先、どんな困難が待っていても」
「ふふ、その夢の中のかがみに感謝しなくちゃいけないわね」
「うん。ねぇ、お母さん」
「何?」
「つかさに会いたい。“コレ”納めに行かなくちゃ」
「……そうね。つかさもずっとかがみを待ってると思うわ」
「うん」
 もう一人の私へ、最後にこれだけは伝えておくわ。約束して。
 何があっても、つかさを守る事!
 そして、その幸せを絶対に手放さない事!
 私に出来ないことが、あなたには出来るんだから、この約束は守ってよ?
「――かがみ? ボーッとしてるけど大丈夫なの?」
「あ、うんうん。大丈夫よ」
 いかんいかん。まだ病み上がりなんだから心配かけないようにしないと……。あ、そうそう。これも言っておかないとね。

 私を救ってくれてありがとう。

 


 二つの世界で全く別の道を進んだ少女。
 一人は絶望から這い上がる道へ。
 一人は幸せを守り抜く道へ。
 しかし、お互いの記憶を共有した二人なら、これから先、弱音を吐くなんて事はないだろう。
 どんなに険しい道になろうとも、支えてくれる“私”が居る。彼女は一人ではないのだから。

 

 


          おわり

 

 

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