ID:DW0K9nkc氏:ーみなみとゆたかとサンバ旅行ー

先輩達が学園を去り、私達は2年に進級した。
田村さんやパティとは別れてしまったけれど、幸い、ゆたかとは同じクラスになる事が出来た。
クラスが別れても、私達の関係は1年前とまるで変わらなかった。
休み時間になればお互いのクラスを行き来し、日によってはみんなで食堂まで足を運んだりと、
私達の生活はあの頃の延長そのものだった。
2人がいない時は、大抵は私はゆたかと行動を共にした。
どちらからと言うでもなく、私達はいつも一緒だった。
ゆたかは気づいていなかったかも知れないけれど、私に関しての訝しげな噂が一部で囁かれていた。
それは今に始まった事ではなかった。一年の頃から度々耳にしていた、私とゆたかの噂。
私とゆたかは恋仲の関係だとか、私達はレズビアン、私達がいかがわしいお店に入って行くのを見た……
上げてみればキリがないほどの爛れた噂の数々。噂は人伝えにじわじわと、まるで伝染病が蔓延するかの様に広がっていく。
クラスの誰かからまた別のクラスの誰かへ、その誰かから見知らぬ同級生、
それとも先輩、後輩、誰彼構わず様々な噂が校内を駆け巡っていた。
噂を直接聞いてくる生徒はいなかった。
囁きを聞いた私が振り向くと、話し合っていた人達はまるで恐ろしいものでも見たかのように顔を強張らせ、
蒼白させた顔をわなわなと震わせて逃げ出したり、その場に立ち尽くしていたりした。
もしかしたら私は、彼らを睨みつけていたのかも知れない。
その噂にかこつけて、漫研の生徒がいやらしい漫画を描いたと話を耳にしたけれど、実際見た事がないから本当の事なのかはわからない。
部員の田村さんに聞いても
「わ、わ、私は何も聞いてないッス。し、知らないっス」
そう返されるだけで、真偽の確かめようがない。もう一押しな気もするけど、それができるほど私は非情じゃない。
その話が本当なら、一度は目を通してみたい、どんな風に私達が描かれているのか、興味はある。
私は知っている。恐らくそれは、同人誌と言う物。個人で作って、売ったり配ったりする、自費出版の本の事。
……場合によっては財布の紐を緩めてもいい……と言ったら間違いなく本物かと思われてしまう。
だから、そんな事は口が裂けても言わない。言えない。私、自重。

夏休み、私達は海辺の町へ旅行に出かけた。
発起人はパティだった。その町で開かれる夏祭りに、是非とも参加したい、と言うのがパティの弁で、
特に予定もなく、といったわけではなかったけれど、私達はパティの誘いを受け入れた。
「岩崎さん、案外別荘なんて持ってたりしないんスか」
田村さんに聞かれたけど、残念。うちの別荘はこの国にはない。
旅行前日、私はゆたかと電話でお喋りをした。
「明日楽しみだね」「明日雨だったらどうしよう」
お互い明日が楽しみで、気がついたらいつもゆたかが寝る時間を過ぎてしまっていた。
私が
「ゆたか、続きは明日にしようか」
そう話を切り出さなければ、私達の会話はもっと遅くまで続いていたのかもしれない。
集合は朝の9時。私は目覚ましを6時にセットして、蛍光灯の明かりを緩めた。

集合場所の駅に私が着くと、既にパティも田村さんも来ていて、異様にテンションの高いパティに対して田村さんは半分寝ている様だった。
「大丈夫?」と田村さんに聞いても、酔っ払った人がそうするようにふらふらして、まるで大丈夫とは思えない。
横から
「ひよりん、締め切り間近で徹夜していたそうです」
パティが説明してくれて、私はようやくいつもの事と理解することができた。
「も……申し訳……ないっス」
強い日差しが更に田村さんにダメージを与えているように思えた。

9時30分を回ってもゆたかは集合場所に現れなかった。電話も携帯にもでない。
おじさんに送ってもらってるのかな、おじさんも先輩も用事があって家にいないのかな、
ゆたか、必死になってこっちに向かってきているのかな、そんな事を思っていると、私の携帯が鳴り出した。
表示された番号は見覚えのないもの。
「もしもし」
私が出ると、返ってきたのは聞き覚えのある声だった。
『あ、もしもし?みなみちゃん?私、ゆ~ちゃんの姉のこなたです』
泉先輩だった。
『こんな時間になっちゃってごめんね。ゆ~ちゃんなんだけどさ……』
嫌な予感がした。
『急に身体壊しちゃってさ、ごめんね。今日、そっちにいけそうにないんだ……』
「あの、ゆたかの容態は」
『うん。今は落ち着いてるよ。……みんなにごめんなさいって、ゆ~ちゃん……』
「そう……ですか」
『あ、そう、それでね、旅行は3人で楽しんできてって、ゆ~ちゃんから』
どう答えるべきか、私は迷ってしまった。
今からゆたかの許へお見舞いに行きたいと、私は思っていた
『ゆ~ちゃんなら大丈夫だからさ。……みんなのお土産話聞いたら、すぐ良くなると思うよ、ゆ~ちゃん。だから、ね』
先輩に諭される様に言われ、私は頷いた。

予定より幾許か遅れて私達は目的の街に付いた。
昼食を終え、旅館までの道をとぼとぼ歩いていると、先を歩いていたパティが急に戻ってきて、私の背中を叩いてきた。
「ゆたかの分までエンジョイ&エキサイティング!みなみ」
「……うん」
ゆたかを想うあまり私は気づいていなかった。横で田村さんが心配そうに私を見ていた事を。
「ゆ~ちゃんの事なら大丈夫っスよ。私達ができることはゆ~ちゃんの無事を祈る事と、ゆ~ちゃんの分まで楽しむ事っス」
そう言って田村さんは鞄から小瓶を取り出した。
「みなみちゃんもどぞ!ファイト1発っス」
それはゆたかを待ってる時に田村さんが飲んでいたのと同じ栄養ドリンクだった。
「みなみちゃん、お昼もあまり食べてなかったでしょ?ささ、コレを飲めば」
「東京タワーも吹っ飛ばせます!」
テンション高くパティが叫んだ。なぜ東京タワー?と思って後で聞いてみたら、そんな映画があったとか何だとか……。
「ありがとう、パティ、田村さん」
それを受け取り、私はキャップを捻った。
受験生だった頃に飲んだ事のあるその味は、私には少し刺激が強過ぎるような気がした。

2日目、夏祭り当日。パティのテンションは益々昂っていった。
いてもたってもいられないと言った具合に旅館の部屋ではしゃいでいる。
そんな姿に見かねてか、
「少し早いですが、もう行ってみますか?」
田村さんが言ってきた
お祭りは夕方からで、今はようやくお昼を過ぎたあたり。
露天も準備に勤しんでいる最中で、行ってもあまり楽しめないかもしれない、
けれど、待ってましたと言わんばかりに、パティは部屋を飛び出した。
やれやれと苦笑いをする私と田村さん。私達はパティを追って部屋を後にした。

「?」
玄関から片足を出すと、私の手に何かが触れてきた。誰かが私の手を握っている、そんな感触。
横を見ると、そこには誰もいない。その手の側には戸があって、当然人の入り込めるスペースなんて存在しなかった。
「どうしたんスか?みなみちゃん?」
ほんの少しぼうっとしていると、前にいた田村さんに声をかけられた。
気がついたら手の感触は消えていた。

祭り散策といってもやっぱりどこも準備中で、早出の子供御輿を見れた以外はそれらしい物は見ることはできなかった。
会場となる大通りも交通規制はかけられておらず、いつもの町並みといった具合にひっきりなしに車が行き来を繰り返している。
しばらく歩いていると、私達はいつの間にか砂浜にやって来ていた。
「おぅ……」
海原を見て、パティは悔しそうに眉を顰めた。
「スイカ……忘れましたです……。しょうがない!2人とも、泳ぎましょう!」
私達の返事も待たず、パティは着ている物を脱ぎだした。
「ちょ!?パティ!?」
田村さんが止めるより早く、パティはその準備を済ませていた。パティは服の下に水着を着ていたのだった。
生憎私達は水着の準備をしてきてはいかった。
「そのままでも大丈夫です!」
パティは言うけれど、薄着の私にそんな勇気はなかった。
田村さんは更衣室に、私は2人の荷物持ちにと言った具合に、私はパティから渡されたシートを砂浜に敷いて、そこに腰を下ろした。
ふぅっと一息つくと、私の膝に何かが乗るような感触がやってきた。重くはないけれど、かといって不快でもない。
何だろう……、そう考えていると、私の許にスイカ模様のゴムボールがやってきた。
それを追って、田村さんが駆けてきた。田村さんは私の目の前でしゃがみこむと
「みなみちゃんもどうっスか?ビーチバレー」
そう言って手を差し出してきた。膝の感触は、旅館を出る時と同じ様に、もう消えていた。
「うん」
私は田村さんの手を借りて立ち上がると、ボールをパティに向かって投げた。

夕方5時を廻る頃、大通りの車の通行は規制され、代表委員の開催の宣言を皮切りに祭りが始まった。
開始から終了時刻まで様々なサンバ隊が大通りを練歩く、いわゆるサンバパレード。
パティはこれが見たかったらしく、通りの一角で時を待つ間も、パティは落ち着かず身を弾ませていた。
いつの頃か、私の手にあの時の感触があった。ぎゅっと手を握る感触。横に人はいるけれど、その人の手じゃない。
なんとなくわかっていた。だから私も、私の手の中にある小さな手の感触を、ぎゅっと握り返した。
手の感触は、祭り中ずっとそこにあって、その手もまた祭りを楽しんでいるように私には思えた。
そのせいで私は気付かなかったのかもしれない。仕切り用のロープを抜けて、パティがパレードに参加していたことを。

翌日、私達4人は海でしばらく遊んだ後、その町を後にした。
パティはこれからバイト、田村さんも家の用事があるということで、私はゆたかのいきつけの病院へと足を運んだ。
受付でゆたかの事を聞くと、やはりゆたかはそこで入院していた。
エスカレーターを上がってゆたかの病室の前までやってくると、急にドアが開かれた。
出てきたのは看護婦さんだった。彼女にお辞儀をすると、異様な雰囲気の室内が目に入った。
大勢の人が一角を囲んでいる。お見舞いのようだけれど、ゆたかを励ましに来たと言うより、皆、
声を押し殺して、泣いている様に思えてならなかった。
その人々の中で、ふと私と目の会う者があった。それは最初の日、私の携帯に連絡をくれた泉先輩だった。
泉先輩はふらこらとよろめきながら私のところへやって来ると、私の腕をつかんで、
「ゆ~ちゃんが~、ゆ~ちゃんが~」
と嗚咽を漏らし始めた。泉先輩に次いでゆたかのお姉さん、ゆいさんが目を腫らしながらこっちへやってくる。
彼女も泉先輩同様泣いていた。
私の手から、花束がずり落ちていた。
「うそ……」
私はゆたかがいるであろうベッドへ足を運んだ。そこにゆたかはいた。
ゆたかの状態を備え付けの機械が知らせている。あるはずの隆起はなく、ただ1本の線がモニターに刻まれている。
ドラマでしか見たことのない状況が、今、起きていた。

気がついたら私は、ベッドの上にいた。
私の上では、ゆたかが静かな寝息を立てていた。
私が起きたのに気付いてか、ゆたかも目を覚ました。
「……ゆたか?」
わけがわからなかった。
「みなみちゃん」
「え……」
「手、ぎゅってしてくれて、ありがとう」
そう言ってゆたかは話してくれた。
ずっとみんなと旅行している夢を見ていた。
目が覚めたら何か大変なことになっていて、お見舞いに来た私がショックで気絶してしまった……。
「ずっと前もね、こんな事があったの。独りぼっちで、寂しくて、そしたら旅行に行った夢を見たの。そしたら、ね。
 あ、あのみんなには内緒にしてほしいな。気持ち悪がられちゃうから。……あ」
ゆたかは不安そうに私を見た。
「大丈夫だよ」
私はにっこりゆたかに微笑んだ。
「うん」
「……ゆたか」
「何?みなみちゃん」
「海で私の膝に、頭のせた?」
「えへへ、だってみなみちゃんのお膝、身持ち良いんだもん」
あれはゆたかの生霊だったのだろうか?
壁一面真っ白な病室は、まるでここは天国なのではと思えるくらいで、もしそうならこのゆたかは天使様なのだろうか?
それとも私は実はどこかで死んでいて、ゆたかは私を迎えに来た死神なのかも知れない……。
「ゆたか?」
「ん?」
「もう少しだけ寝させてもらって、いいかな?」
異様に眠い。答えは、目が覚めればわかるだろう。
「うん。おやすみなさい、みなみちゃん」
おやすみ……ゆたか……

ーおわりー
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