ID:WETwHVo0氏:母親会談

 ある日の夕方、柊家。

「お母さん、ただいま~」
「お帰りなさい、つかさ」
「あ、お母さん。ちょうど良かった。見て欲しいものがあるんだ~」
「見て欲しいもの?何かしら?」
「うん。これなんだけど」

 そう言ってつかさはごそごそと鞄の中をあさり、銀色に光るコンパクトな物体を取り出した。
 こなちゃんから借りてきたんだよ~、などと説明を加えながら、それを嬉しそうに掲げてみせる。
 
「それは……デジカメ、よね?それがどうかしたの?」
「えっとね、この写真なんだけど……あれ?ちょ、ちょっと待ってね。えっと、ここをこうやって……」

 2・3度ボタンを押すも思い通りの操作ができず、つかさは玄関先でデジカメとの格闘を始める。
 とりあえず家にあがったらどうかというみきの提案を、もう少しだからすぐだからと拒否すること20分、何とか操作を完了させるに至った。
 操作が上手くいったからか、つかさはやや誇らしげな感じでデジカメの画面をみきに見せる。

「あら、こなたちゃんとおじさんの写真ね。とっても仲がよさそうだわ」
「うん。2人とも羨ましくなるぐらいとっても仲がいいんだよ~」
「つかさも家族で写真が撮りたいの?」
「あっ、そうじゃなくて。この写真のここのところに影みたいなのがあるでしょ?」
「あら、ホント」

 中央やや左寄りにこなたが、その右側にそうじろうが満面の笑顔で写っているツーショット写真。
 つかさが指差しているのは、その写真のこなたの左後ろあたりの空間。 
 そこには、壁の模様の具合とか、機械の調子とかでは説明がつかない、黒いもやのような何かが写りこんでいた。

「これが何かの霊とかなんじゃないかな、ってこなちゃんが悩んでて」
「う~ん、たしかに何かしらの思念を感じるわね」
「やっぱり!それでね、怖いからお焚き上げとかして欲しい、ってこなちゃんが言ってるんだけど」
「いいわよ。それじゃあ、お母さんからお父さんに頼んでおいてあげるわ」
「ありがとう、お母さん。あっ、それとおじさんも、ちゃんとお金は払うからよろしくお願いします、って言ってたから」
「はいはい。それじゃあカメラを借りるわね……つかさ?」

 みきは差し出されたデジカメを受け取ろうと手を伸ばすが、触れるか触れないかのところでつかさはそれを引っ込めてしまう。
 さらには、まるで誰にも奪われまいと護るかのようにしっかりと胸に抱きしめる。
 
「……あげ……ないで……願い……」
「つかさ、どうしたの?」
「焚きあげ……ないで、お願い……」
「つかさ!?しっかりしなさい、つかさ!」

 焦点の定まらない目をして呟き始めたつかさに声を掛けながら、肩をつかんでがくがくと強くゆする。
 つかさはみきの手を振り払うようにしながら声を上げた。

「お、お願いです!お願いしますから、お焚き上げだけはやめて下さい!」

 はっきりとした声をだしたつかさは、目の焦点も定まりはしたが、みきはその瞳の奥に異質なモノを感じとった。
 つかさの纏う雰囲気がいつもと違うものに変わってしまった。
 それは、家族以外の者にはわからないくらいの微妙な違和感。

「あなた、つかさじゃないわね……さっきの写真に写っていた影ね?いったい誰なのかしら?何が目的?」

 みきは鋭い視線をつかさに、つかさの中にいるであろうモノにむける。
 みきは身体を霊に支配されてしまった人間と相対した経験はあるが、だからこそ、今この状況ではこの事態に対処しきれないことがわかっていた。
 家の玄関先で、しかも何の道具も持ち合わせていない状態では、まったく何もできないのだ。   
 かといって、愛する娘の身体が好き勝手に操られるのを見ているだけという訳にはいかない。
 多少の無茶は承知で物理的な拘束を試みようとみきが身構えたその時、意外な台詞が何とも緊張感の無い感じでつかさの口からでてきた。

「あっ、す、すみません、申し送れました。えっと、泉かなたです。いつもこなたがお世話になっております」
「えっ?ええっと、泉……さん?ということは、あの、娘の友達の……こなたちゃんの、お母さん……ですか?」
「は、はい。すみません、つかさちゃんの体を突然お借りしちゃって」

 低姿勢な発言をしながらぺこぺこと頭を下げる、つかさの身体をしたかなた。
 意外な展開に緊張の糸が強制切断されてしまったみきだが、軽く溜息をつくと、再び厳しい表情に戻って話し始める。

「はぁ、とんだ怪談だわ……かなたさん、どのような理由があるとしても、死者が生者の、しかも私の娘の体に憑く事を私は良しとはできません」
「は、はい、わかっています。本当にすみません」
「でしたら、すぐにつかさの体から出て行ってください。さもなくば、祓わせていただくことになりますよ」
「あの、ま、待って!待ってください!せめて話だけでも!」
「いいえ、待てません。残念ですけど、一時の情をもって理を曲げることはまかりなりません」
「えっと、そこをなんとか……娘さんの体をお借りする代わりといってはなんですが、柊さんの願いとかを叶えるというのではどうでしょうか」

 これは、死者が生ある者を惑わす手段としてよく用いられる裏取引のようなものだ。
 取引といっても、大抵は罠に過ぎない。
 死者の企みに気付かずこの誘惑に負けた場合、周囲をも巻き込んで不幸な末路をたどることになるのがオチだ。
 ただ、かなたの場合は特に他意は無く、純粋に話をする猶予をもらうための交換条件として今の自分に唯一できることを提案したに過ぎない。
 みきも、かなたが悪意をもって発言したのでは無いと勘付きはしたが、神職に就く者としてその発言を許すことができなかった。

「戯言を!私が自分の欲望のために、世の理を、何より愛する娘の体を――」
「あわわわ。は、肌年齢を若干若返らせるとかもできますけど、やっぱりそんなのじゃダメですよね。す、すみませんでしたっ!」

 みきの動きがぴたりと止まる。
 謝罪の意を込めて深く勢いよく頭を下げたかなたが、そっと上目遣いで様子を窺う頃には、みきはいつもの穏やかな調子に戻っていた。

「かなたさん、でしたか?とりあえずお茶にでもしましょう。さ、こちらへどうぞ」
「え?ええ?……は、はい。では、お邪魔します」


 ☆


 柊家の居間では不思議な光景が展開されていた。
 みきがつかさにお客様用の湯飲みでお茶をだし、つかさがそれに恐縮しながら敬語で応じる。
 しかし、つかさの中にかなたがいるとわかれば不思議の無い光景――いや、もっと不思議か。
 みきとかなたはお茶を飲み飲み、多少の雑談も交えながら写真の件についての話を終えた。

「なるほど。つまり、この写真の影はかなたさんなんですね?」
「はい。さっき説明させていただいたとおり、そう君、いえ、主人とこなたと一緒の写真に写りたかったものですから」
「わかりました。そういう事でしたら、お焚き上げはやめておきます」
「すみません。本当にありがとうございます」
「こなたちゃんには、守護霊のようなものだと説明しておきます。あながち嘘でもありませんしね」
「恐れ入ります。柊さんのところには、娘ともども本当にお世話になりっぱなしで……」
「いえいえ、こちらこそ。かがみもつかさも、こなたちゃんにはお世話になりっぱなしですから。お互い様ですよ」

 お互い同じ歳の娘をもち、しかもそれが仲の良い友人同士ということもあって、死者と生者の垣根を超えてわりと話のはずむ2人。
 本来なら有無を言わさず即刻お祓いするのが筋なのだが、かなたの性格の良さも相まって滞在時間はずるずると伸びてゆく。

「そう言っていただけると嬉しいです。こなたがご迷惑をかけてるんじゃないかって心配でしたから」
「迷惑だなんて、そんな」
「こなたは、その、とても趣味が偏っていますから……かがみちゃん達に悪影響を与えているんじゃないかって心配で心配で」

 こなたのほとんど全てを把握しているかなたは、父親同様に偏った娘の趣味にはいまひとつ自信が持てなくて俯いてしまう。
 もちろん愛する娘の性格自体にはそれなりの自信を持ってはいるのだが、さすがに一部の趣味は内容が内容だ。 

「趣味については詳しく知りませんけど、私は、こなたちゃんは娘達にいい影響を与えてくれたと思っていますよ?」
「そうでしょうか。そうだといいんですけど」
「例えば、かがみはほんの少しですが素直になることを覚えましたし、つかさもお姉ちゃん離れというか、いくらか自信を持つようになりました」
「でもそれは、こなたは関係無く、かがみちゃん達自身の成長によるものではないんでしょうか?」
「そうかもしれませんね。でも、娘の会話を聞いている限りでは、私はこなたちゃんの影響は結構大きいと思うんです」
「そうであってくれたら、本当に嬉しいんですけど」

 少し困ったように、でも本当に嬉しそうにかなたは微笑む。
 みきはそれを見て、ああ、この人も娘のことを心の底から愛しているのだな、と思わざるを得なかった。
 そして、お祓いなどせず、こうしてゆっくり話をすることができて本当に良かったと思った。

「お茶、もう一杯いかがですか?」
「いえ、あまり長居するわけにもいきませんし。気持ちだけ、いただいておきます」

 そう言いながら遠慮がちに笑うかなたを見て、みきは同じ娘を愛する親としてどうしてもある事を聞きたくなってしまう。
 その問いに対する答えによっては、みきは神罰を受けてでもかなたのために行動する覚悟すらあった。

「そうですか……かなたさん、私がこんな事を言うのもなんですけど……この機会に娘さんに、こなたちゃんに、会っていかれないのですか?」
「……会った方がいいと、柊さんはそう思われますか?」
「……でも、かなたさんご自身は会いたいのでしょう?せめて、ひと目だけでも会っていかれてはどうですか?」
「会いたくないと言えば嘘になりますけど、会えば別れが辛くなりますから。それに、柊さんの言葉を借りれば、世の理に反することになりますから」

 自分より若いはずのかなたが、とても深い輝きを湛えた瞳でふっと微笑むのを見て、みきは全てを悟った。
 この人は、どうしようもないくらいに家族を愛しているが故に――

「そうですね。ごめんなさい、変な事を聞きました」
「いいんです。写真のことだけでも、だいぶん甘えさせてもらってますから」
「お強いんですね」
「いえ、そんなことないですよ。単に今の境遇に慣れてしまっているだけなのかもしれません」

 予想外の言葉に、みきはきょとんとした面持ちで聞き返す。

「慣れ、ですか?その、今の、境遇に?」
「変ですかね?」
「ええ。とっても」

 みきはくすりと笑い、かなたは自分の感覚のズレを認識して顔をやや赤く染める。 
 もっとも、この程度の感覚のズレは生じていても無理は無い。
 死者と生者。
 2人は本来なら決して交わる事の無い線上に位置しているのだから。
 改めて通常では有り得ないこの不思議なやり取りを認識し、そしてその中でお互い何か心が通じ合った気がして、2人は顔を見合わせて微笑む。

「お茶、もう一杯だけ淹れますね」
「はい、いただきます。飲み終わったら失礼させていただきますね」
「なんのおかまいも出来ませんで」
「いえ、お話できて楽しかったです」

 ここにきて、みきはもうひとつだけどうしても聞いておきたいことがあった。

「……ところで、かなたさん。その、肌年齢の件なんですけど」
「あっ、心配しないで下さい。約束はちゃんと守りますから。こちら側の規定どおり滞在時間に応じて願いを――」
「ちょ、ちょっと待ってください。『滞在時間に応じて』ですって?」
「は、はい。滞在時間が長ければ長いほど、つまりこちらの世界にご迷惑をかければかけた分だけ、願いの効果も大きく――」
「かなたさん!もしよろしければ、いえ、よろしくなくっても是非晩ご飯を一緒に食べていっていただけませんか!?」
「え、ええっ?でも、世の理が――」
「それは大丈夫です!心配いりません!今さらそんな固いこと言わず、ゆっくりしていってください!」
「そ、そうなんですか?でも、つかさちゃんの体が――」
「それも大丈夫です!私が保証します!まだまだお話したいこともたくさんありますから、ご遠慮なく!」
「え、え~っと、じゃあ、もう少しだけ」


 ☆


 空に月が昇り星が輝き始める頃、かがみは友人達と帰宅途中だった。
 時刻は8時過ぎだというのに晩ご飯をまだ食べていないので、機嫌が少々どころではなく悪い。

「まったく、もう!日下部が怠けるから、すっかり遅くなっちゃったじゃないの!」
「まーまー、そんな怒んなよ。なんとか無事に終わったからいいじゃん」
「みさちゃん、今日ばっかりは少しくらい反省した方がいいと思うけど」
「なんだよ、あやのまで……お?携帯鳴ってんぞ、ひいらぎ」
「あ、ホントだ。ちょっとごめんね」

 かがみの鞄の中からマナーモード特有のブーッという振動音がしていた。
 先程まで図書館にいたので着信音を消していたのだ。
 さっと携帯をとりだして画面を確認すると、自宅からかかってきたものであるとわかる。
 まだ家に連絡していないことを思い出し、かがみはばつの悪い思いで電話にでる。

「もしもし?……ああ、お母さん?ごめんなさい、連絡もせずに遅くなって……はぁ!?つかさが家出!?こんな時間に!?……うん……うん……わかった、みんなにも聞いてみる」

 いくらか情報のやりとりをしてからかがみが電話を切ると、そのただ事ではない様子にみさお達が早速質問をする。

「おいおい。どういうことだよ、ひいらぎ?」
「妹ちゃんが家出、って聞こえたけど?」
「あ、うん。でも、たぶん大丈夫よ。どうせ、こなたかみゆきの所ぐらいしか行くあてが無いでしょうし、すぐに見つけられると思うわ」
「それならいいんだけど……あれ?柊ちゃん、また鳴ってるよ?」
「おっと。たびたび悪いわね、2人とも」

 自宅からの続報、ともすればつかさが戻ってきたという報ではないかと思い、相手も確認せずに慌ててでるかがみ。

「もしもし?……つかさ!?ちょっと、今どこにいるのよ!……えっ?こなたのお母さんが?つかさも意識があって?裏取引で肌年齢に負けた?……何言ってんのかわかんないわよ」

 しかし、電話の相手は泣きじゃくる妹だった。
 要領を得ない妹との会話にイライラしながら電話口で声を荒げるかがみの姿を、その口から時折飛び出す不可思議なキーワードを聞きながら友人達は生暖かい目で見守る。

「なぁ、あやの。よくわかんねーけど、なんか大変そーだな」
「う~ん……柊ちゃん家にもいろいろあるのよ、きっと」



 かがみがなんとかつかさを連れて家に戻った時、玄関まで迎えに出て来たみきの肌はいつもよりつやつやしていたという。
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