春昼の二人

「私は……まあお茶でいいかな」
 そんなことを呟きながら、私は自販機のボタンを押した。即座にガコン、という音とともに緑茶のペットボトルが吐き出される。それを手に持ってから、私は友人の待つ中庭へと移動した。
 私のペットボトルを持っていないほうの手には、缶の紅茶も握られている。これは、今から会いに行く友人のために買ったものだった。
「買ってきたわよー」
「あ、ありがとうございます」
 中庭に行くと、軽やかな声が私を迎えた。彼女こそ、私の新しい友人、高良みゆきだ。品行方正、文武両道、そして学年委員長を務めるなど非のつけどころがない。
 何よりその整った顔立ちに柔らかな髪、それに調和のとれた身体は、同性の私から見てもきれいで、私は内心羨ましかった。
「はい、これ紅茶」
 私はみゆきに紅茶の缶を渡した。みゆきは手を差し出して、その缶を受け取ろうとしたが、缶の熱さを想定していなかったらしく、缶を受け取るやいなや、小さな悲鳴をあげてのけぞってしまった。
 傍から見れば大変だが、その動作が子供っぽく、私は思わずくすりと笑ってしまった。
「あ、あわわ、すみません」
 当のみゆきは、姿勢を正してから、顔を真っ赤にしてしきりに頭を下げた。別に謝ることでもないのに、みゆきはすぐ謝る。謝るべきはこちらだというのに。
 それだけ純真で人がいい証拠なのだろうけど―――。
「いいのよ、別に。ほら、座りましょう?」
 私はそう言って、そばにあるベンチを指差した。
「あ、はい。失礼します……」
 私に促されるがままにみゆきはベンチに座った。それに続き、私もみゆきの隣に座る。
 座ってから私はペットボトルをあけ、緑茶に口をつけた。平凡な味だが、放課後に疲れた身体のこの私にはよく沁みる。隣を見てみれば、みゆきもおいしそうに紅茶を飲んでいる。その飲む姿も、どこか無邪気で、そして優雅だった。思わず見てるこちらがほほえましくなるくらいに。
 本当に羨ましいと、心の底からそう思う。私は昔から何かと頼りにされるタチだったから「かわいい」とかいう単語とは全く無関係な人生を送ってきた。中学校のとき、同性の後輩に「柊先輩はかっこいいですね」と言われたが、この言葉こそ真髄を衝いていると思う。
 そんなわけだから、私はこの女の子らしい、そしてどこかふわふわとした雰囲気を持つ、この高良みゆきが羨ましかった。そして、何となく好きだった。いや、何となくといったら語弊があるだろうけど―――うまく、言葉にできないのだ。でも、私が高良みゆきという人物に対し、好意を抱いていることは間違いない。ああ、勿論恋愛感情とかそういうのじゃなくてね。
 そんなことを考えてから、私はふと左肩にかかる圧力に気付いた。何だろう、と左を見てみると、その正体はすぐに分かった。みゆきが睡魔に襲われ、私に寄りかかってきていたのだ。
 その無防備な寝顔はやはり無邪気だった。
「みゆきー。みゆきー?」
 そのまま寝顔を見ていても良かったが、何となく罪悪感に襲われたので、私はみゆきを揺り起こすことにした。
 みゆきはすぐには反応を見せなかったが、暫くしてようやく反応があった。
「あ、はい……?」
 目をわずかに開けさせ、みゆきはとろんとした顔を見せた。
「大丈夫?」
 顔を覗き込みながら、私がそう問いかけてやると、ようやくみゆきも状況がわかったようで、目を急に見開かせると、
「あ、あわわ、あわわ。す、すみません!」
 顔を真っ赤にしながら弁解した。
「あー、ほらほら。いいから、いいから。気にしてないわよ?」
 顔を赤くしてうつむくみゆきに、なるたけ優しく私は声をかけた。
 私の声に、みゆきはゆっくりと顔を上げた。それでもやはり顔は赤い。
「で、でも御迷惑をおかけしたのでは……」
「だーいじょうぶよ。……でも、何だか、あんたはつかさに似てるわね」
 そう言って、私はポンポンとみゆきの頭を軽く撫でた。
 どこか間の抜けた行動や言動、それに恥じらいのあるかわいい女の子―――。そんなところが、妹であるつかさの姿と重なって見えた。そして、そんなみゆきがとても愛おしく思えた。
「本当に、面目ないです……。柊さんに御迷惑をおかけして……」
「あー。私の事はかがみでいいわよー? 私、双子だから、柊だと、なんかね」
「そ、そうなんですか? で、では……かがみさん、でよろしいんですね?」
 戦々恐々とした言い方でみゆきは言った。そんなこわごわとしなくても。
「そうよ、みゆき」
「み、みゆきですか……」
 みゆきは目を丸くして、言葉を詰まらせた。どこかその言葉をゆっくりと咀嚼しているように感じる。
「……そうですね。これからどうぞよろしくお願いします、かがみさん」
 暫くしてから、ゆっくりとした口調で、みゆきはそう言い、穏やかに笑った。
「こちらこそ」
 私も微笑んで、言葉を返した。
 さて、これからどんな話をしようか―――と思い、私は何気なく空を見上げた。空は雲ひとつない晴れ晴れとしたものだった。まるで世界中の青空を埼玉に持ってきたかのように感じる。
 だから、私はこんな友人の隣に座って、青空を眺めながらゆっくりと流れる時を楽しむのも悪くないな、と思った。それに、時間はたっぷりある。今日もある。明日もある。そして、これからも―――。
 春風が、私とみゆきの頬を撫でた。
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