ID:gGJSjhAB0氏:こなたの残したもの

「こなたの残したもの」

 蝉の鳴く暑い夜だった。
 その一本の電話は、蝉が短い命を、簡単に終えるように、こなたの死を教えた。
 いつもひょうきんだったこなたのお父さんの声が嫌に暗くって、それでも信じられなくて、冗談ですよね、って震えながら聞き返した。
「本当だよ、今までこなたと仲良くしてくれて、どうもありがとう」
 嘘だよ、ごめんね、って言われた方が、どんなに良かっただろう。
 その蝉が鳴く暑い夜、こなたは死んだ。



「私明日から入院するんだ」
 最初は何かの冗談だと思った。実際、そういうこなたの顔はいつもと同じように、笑っていた。だから私もいつものように笑いながら何の冗談よ、って返した。
「ごめんねかがみん、嘘じゃないんだ。ごめんね」
 いつもごめんねなんて言わないのに、こなたはそう繰り返して、顔を伏せた。それでも顔は笑っていたから、私はまだわからなかった。だけど笑えなくなって、
口は間抜けに開いた。
 少ししてから、つかさがか細い声で訊いた。本当なの? こなたはやっぱり笑ったまま、うん、本当だよ、って言った。その声は、今まで聞いたことがない、こ
なたの声だった。何で? って、私もつかさも訊けなかった。
 次の日から、こなたは学校に来なくなった。誰も座っていないこなたの机を見て、私はようやく、こなたの体のことがわかった。本当に、遅かった。
 つかさも、みゆきも、あまり笑わなくなった。冗談を言えば笑ってくれたけど、瞳の奥は笑っていなかった。きっと私もそうなんだろうと、二人のぎこちない笑
顔を見ていつも思った。
 皆意図していた訳じゃないけど、何故だか会話の内容は昔話が多くなった。楽しかった思い出を、反芻するみたいに、私たちは話をした。誰も、こなた死んじゃ
うわけじゃないんだから、何て言えなかった。重い顔で教壇に立ち、こなたの長期入院を告げた先生の様子で、皆何となくわかっていた。


 眠れない夜が続いていた。そんな夜はいつも、こなたの夢を見た。薄く、瞼を開けると、いつもの小生意気なこなたの笑顔が見えた。最後に見たこなたの、不自然なほど綺麗な笑顔が脳裏に過ぎった。
 こなたがお見舞いに来てくれたことを思い出していた。私が、風邪をひいたときだ。
 あのときは憎まれ口を叩いていたけど、本当はすごく嬉しかった。何でもっと素直になれなかったんだろうって、楽しい思い出を二度と忘れてしまわないようにと、心に描いていくより、その気持ちの
方が心を塗りつぶしていた。
「何だか、こなちゃんがいないと静かだね」
 バスを待ちながらつかさが言った。おどけて見せるような口調だったけど、ひどく違和感があって、皆無理していた。私はうん、としか言えなかった。
 今にも、こなたが学校に登校してくるんじゃないかって思ってた。皆と海に行ったこととか、お祭りに行ったこととか話してて、後ろから不意に「呼んだ?」ってこなたが現れるのを待っていた。それがただの願望だって、気づく
のに少し時間がかかった。
 蝉が落ちて、命を消すたび、嫌な想像が過ぎって、胸が破裂しそうなほど苦しくなった。そんなことは絶対にないって、自分で否定するんだけど、それでも涙が勝手に溢れた。
「かがみん、愛してるよっ」
 いつかこなたがふざけて言った言葉がずっと忘れられなかった。ふざけたこと言ってんじゃないわよ、ってそのときは笑い飛ばした。


 受話器を置こうとしたら、手は震えていて、かたかたと、上手く置けなかった。びっくりするくらい、そのときは何も考えられなかった。涙は出なかった。
 居間に戻って、テレビをぼんやりと見ていたつかさに言った。
「こなた、死んだって」
 言葉にして発すると、ようやく理解できた。それでも涙は出なかった。私の言葉を聞いても、つかさはさっきの私と同じように、何も考えられていない風だ
った。こんなところは双子だな、ってぼんやり思った。
 そのまま、ぼうっと居間から出て、自分の部屋に行った。襖を閉めるとき、つかさは、え? と焦点の合わない瞳で呟いていた。答えないで、襖を完全に閉
めた。
 自分の部屋の扉をぱたんと閉めると、静寂と混ざった蝉の鳴き声が聞こえてきた。遠くのほうで鳴いているように聞こえたけど、本当はすぐそこで蝉は鳴い
ていた。
「最後まで、一緒のクラスになれなかったんだ」
 ぽつりと言った言葉が、部屋に余韻を残して、すぐに蝉の声にかき消された。それから気づくと、私は机のなかを探っていた。
 がたがたと、机の中を探って、何を探しているのか自分でもよくわからなかった。けど必死で、探していた。今にも掻き消えてしまいそうな蝋燭の火を、消
えないでって守るように、机の中をあさった。蝋燭の火は、とっくに消えているのに。
 やがて机の奥から、一枚の写真が出てきた。それは、皆と一緒に撮った写真だった。色あせた思い出の中の、一枚の写真。
 その写真の中で、こなたはいつものように、笑っていた。
『ごめんねかがみん。ごめんね……』
 最後に見たこなたの笑顔は、泣いていた。
 せき止められてたみたいな涙が、その瞬間溢れて、顔をぐしゃぐしゃに濡らした。死んでしまいそうなほど胸が苦しくて、呼吸がうまくできなくなった。け
ほけほと咳き込みながら、こなたはもっと苦しかったんだろうなぁって考えた。涙はまた心を削りながら流れた。
「こなたぁ……」
 嗚咽混じりのか細い声は、蝉の声と混ざって消えた。
 蝉の鳴く夜、蝉がその短い刹那の命を終えるように、こなたも、短すぎる生涯を終えた。
 私たちに、残酷な絶望と、美しい笑顔を残して。



『――かがみん、愛してるよ』
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