ID:bgFuaqs0氏:てぶくろ

「はあ……」

手元の物体を見て、私は深くため息をついた。

両手にはそれぞれ一本ずつの編み物針。
そしてそこに絡まっている物は、乱雑に編まれた毛糸の塊。
一応、完成図は小物入れだったのだが……

まあ、一言で言うなら、私は編み物に失敗したところである。


十月半ば、季節はそろそろ秋風に鳥肌が立つ頃。
明日には、私にとって無視できない一大イベントがある。

あくまで私にとって、だ。他の人は気にも留めていないだろう──
というより、気に留めていてほしくない。

私の所属する3年C組。
その中にイベントの主要人物が居るのだが……

あなたの学生時代、クラスに一人は居なかっただろうか?
地味で目立たなくて、メガネかけてて。
しかし妙に絵の上手い、繊細そうな男子が。

私のクラスにも居る。ちなみにC組の副委員長だ。
私は委員長。委員会などで彼と話す機会が何度かあった。
彼はとてもシャイで、俗に言う草食系男子。
偶然にもラノベなどのことでよく話が合った。

そして話すうちに──私も男に免疫がないというのか──
うん。そういうことだ。

さて、それで明日何があるのかと言うと……彼の誕生日なわけだ。
多分、私と彼の友人の数人しか、その事を知らない。
女子に限定すれば、知っているのは私だけ、のはず。
何となく優越感?みたいな物を感じる。

それで、そのプレゼントとして──あわよくば、お付き合いの口実として?
手作りの編み物をあげよう、と思い立ったわけだ。


で、話は冒頭に戻るのだが。
針に絡む形容不可能な編み物の欠片。
本当に何これ。カーボン何とかって言う分子の模型?
何と呼べばいいのか分からないので、とりあえずこれを「物体A」と命名することにしよう。
多分、まつり姉さんあたりが見たら「うわーこれ何?ボロ布?」とでも……

「うわー何これ?雑巾?」
「うわっ!」

びっくりして物体Aが手からすっぽ抜けた。
突然目の前に顔を現すな!
というか、予想以上に酷い評価を下された。

「珍しいねー裁縫とか」
「まつり姉さん……まあ、ね」
「ふーん何で突然そんなの始めたのよ」

うーん何でしょうかそのビミョーな笑顔は。

「そんなこと聞かれても……」
「まずいんだ?」
「まずいって言うか……」
「……ふーん。ああね、うん、よく分かるよその気持ち」

おいぃ、ちょっと!そういう同情みたいな顔はやめろっつーの!

「いやー私も実はあるんだよねーそういうこと」
「え?嘘ぉー」
「いや嘘じゃないよ!ホントだって、ホント」

そう言うとまつり姉さんは何やら語りを始めた。



中学生のときね。中学二年だったんだけど、クラスにさあ、
すっごい運動も出来て勉強も出来て?とにかくすごい人が居てさー。
あ、もちろん男子ね。彼委員長もしてたんだけどね。
でまたいい人なのよねー。

で私もうそれはベタ惚れでさー。
で、秋ごろ、うん、丁度今の季節ぐらい。彼の誕生日が来るんだけどねー。
やっぱプレゼントとかして?告ったりもしたいじゃん。
そんで手編みの手袋を作ろうって思ってねー。
今のかがみみたいにさ。

でも私裁縫は苦手で。
かがみもそうっぽいけどねー。あ、ごめん。
まあ頑張って作って、一応それっぽい形にはなったんだけどね。
あ、手の形作るのメンドかったから指入れる部分まっ平らにしたんだけどね。
ミトンみたいに。

で、当日?いよいよだけどね。
私チョー早く来てね。学校。
んでその手袋をさ……彼の引き出しにこーっそり入れてさー。
もうそんだけでドキドキ。

でもさ、よく考えたら私手袋に名前も書いてなかったの。
これじゃ誰が差し出したかわかんないよね!?
それはもう彼にしてみたら、朝学校来て、引き出し開けたら
「うわっ何これ!?」だよねー。ウケる。ウケてる場合じゃないか。

で、朝礼の十分前になって彼登場。もう心臓バクバクよ。
彼がどんなリアクションするかね。それはもう。

そして彼が引き出し開けるじゃん。何て言ったと思う?

「あのー、これ誰の?」

だって!クラス中に向かって。手袋持って。皆に聞こえるような声でさ。

すんごいビックリしたわ。そんな、皆の前で告白とかできないじゃーん!って。
でもね、後で知ったんだけど、その時彼さ、あの手袋を落し物か何かと勘違いしてたみたいでー。
そんで「誰の落し物?」って意味で聞いただけだったんだってさー。

けど私にしてはもうドキドキ物じゃん。
「誰の?」っておい!って。そんなの言えるわけないじゃん!って。
いやーもう顔真っ赤っ赤で、あの時の私絶対挙動不審だったわ。
幸い誰も声掛けたりしてこなかったんだけどさー。

で、その日はそれで終わって。

次の日、あ、もしかしたらその次の日だったかも。
忘れたけどさ。
偶然ね、学校に行く道で彼を見かけてさー。
見かけただけで話したりはできなかったんだけどー。

そしたらね、彼のカバンに何か付いてるの。
何だろうなーて思ってさ、彼に気付かれないようにね、そーっとカバンに近づいてさ。
それ見てみたの。そしたらー……

それが私があげた手袋なのよー。

カンペキただの物入れに使われてた。
手袋に見えなかったんだろうね。よく考えたらサイズめっちゃ小さかったし。

使ってくれてたのはともかくとしても?
気持ちは伝わんないしただの袋に使われてるしもうガックリだったなー。



「っていうオチでね」

へえ。さっきのはただの同情じゃなかったのか。
既に同じようなことをして失敗を犯した偉大なる人生の先輩なわけね。

「まあ、かがみはちゃんと自分の名前とか入れといた方がいいよー?」
「ふーん。意外ね。まつり姉さんの場合遠慮なく渡しちゃうと思ったけど」
「そんなー。私だってちゃんと乙女だって。ねっ?」
「そういうポーズは私にやっても意味なくない?」
「もー。ちょっとはノってよ」

そう言うとまつり姉さんはどっか行った。

手袋ねえ。これからの季節寒くなるし、それもありかな。
雑でもきっと喜んでもらえるだろう。
午後六時。微妙な時間だが、まあ出来なくはないだろう。多分。

私は先ほどの物体Aを拾い上げ、続きを編んでいった。



翌日。いよいよ本番。
私は手に黒い手袋を持って席についている。
今更ながら、黒はちょっと渋すぎたような。

……さて、どうやって渡すべきか。
今日は委員会はないし。
特に二人きりになれそうなタイミングもない。

……まつり姉さんみたいに机の中に入れておこうか。
でも、教室の中には既に数人の生徒。全員が静かに椅子に座っている。
彼の机まで立って歩いたりしたら目立ってしまってダメだ。

……
ああ、無為に時間だけが過ぎていく。

はあ、どうしようか。
日下部あたりが見たら、「意気地なし」って笑うんだろうなー……

ヒョイ

「!?」
「んーこれ手袋かぁ?」

日下部!勝手に人の手の中にある物を取るな!
つーか、何でこんな日に限って早く来る。

「ちょ、ちょっと何よ」
「今日そんな寒くなくねぇ?」
「ま、まあ……」
「ふーん?」

カポッ

「あ」
「おー結構ピッタリはまんな。いいじゃん」

あんたの手にジャストフィットしても意味ないっつーの!

「ちょ、……」
「あれ、柊の名前が入ってんじゃん」
「ん?う、うん」
「何だこれ、昔使ってたのか?」
「まあーーそんなとこね」
「へえー。でも使ってた割に汚れてなくねぇ?」
「ま、うーん。ほとんど使わなかったし」
「ふーん」

そう言うと日下部は手袋を外し、私の机に載せる。
まったく。これから彼にこれを渡すっていうのに……

……いつ渡そう。
臆病になってちゃダメよね……けどなあ。
いや大丈夫!のはず……
そもそも問題は……えーと、んっと!何かしら?
ああダメだこりゃ。えーっと……

心臓がバクバク鼓動を鳴らしている。私の体内がステレオ状態だ。
刻むぜ血液のビート!……じゃなくて!
ちょっともうどうするのこれ。ああもう……

「……ああああのさ、日下部」
「んん?」
「これ要る?」

わああ何を血迷ってるんだ私は。

「んー。まあ貰えるなら貰っとくか」

うわー貰われちゃった!あー……

「サンキュー柊。へへープレゼントいただき」

チクチョーいい笑顔してますなあ。本当に見たかったのはあんたの笑顔じゃないけどな。

「顔赤っけえなー柊。何そんな緊張してんだよ」

うるさい。

こうしてその後日下部家では「柊カガミ」の刺繍の入った手袋が使われるようになったという……
はあ。何やってんだ私。



「……っていうね、事がついこの前ね」

裁縫台で編み物針を持つ我が妹に、私は若干赤面しながらマル秘話を暴露した。
つかさは哀れむような顔。やめてほしい。

「あんたも明日はさ、ちゃんと渡してきなよ」
「うん、多分大丈夫……」
「まつり姉さんもダメ、私もダメで、まあ三度目の正直を祈るのみね」

それと同時に『二度あることは三度ある』という諺も頭をよぎったのだが。
前々から思っていたが、この二つって矛盾してないか?

「じゃ、お休み。明日ガンバレー」
「ありがと。お休みー」



翌朝、いつもより早く学校に到着した私達。
3年B組の教室の手前にて妹の肩を叩く。

「昨日も言ったけど、ちゃんとやるのよー」
「んーもう大丈夫だから。昨日も結構練習したし」
「何をよ?」
「何でもー」

そう言うとつかさは教室の後方にある自分の机へと早歩きしていった。

行ってらっしゃい。
つかさの成功を願うような、願わないような。


終わり
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