ID:2e0HzxM0氏:田村ひよりの進路

田村ひよりの進路


「うぉりゃぁー!」
 ひよりは、気合の雄たけびを上げながら、机に向かっていた。
 握っているペンは、Gペンではなくシャープペン、目の前のにある紙も原稿用紙ではなく、問題集だった。
 高校生活最後のコミケは先月に終わっている。
 彼女は、大学受験に向けて、最後の追い込みとばかりに必死に勉強しているのだった。

「ひよりは、高校受験のときもこんなだったよなぁ」
 とは、兄の弁。
 追い込まれてから実力を発揮するというのは、同人誌を仕上げるときでも、受験勉強するときでも、変わりはしない。ひよりは、本質的にそういうタイプなのだ。

 なにせ、ひよりの目指す大学は、進路指導の先生に言わせれば「少し厳しいんちゃうか?」というレベルであり、寸暇を惜しんで学力向上に励まなければならなかった。
 なぜそんなレベルの高い大学を目指しているかといえば、それが親が出した条件だったから。その大学に合格できなれけば、ひよりの趣味は永久に封印される運命にあったのだ。高校受験のときと事情は同じである。
 当然、ひよりの気合の入り方は尋常ではなかった。



 学校でもその態度は変わらない。さすがに雄たけびを上げることはなかったが、受験に向けて授業の全日程が自習と化している中、ひよりは一心不乱に勉強していた。
 それは、友人のみなみやゆたかも変わらなかった。
 みなみの目指す大学は、同じ学年の生徒たちの中でも十数人しか志望してないトップクラスの大学だ。ちなみに、みなみの滑り止めのうちの最低レベルが、ひよりの志望大学である(学部は違うが)。
 みなみも余裕というほどではなかったが、第二志望に落ちることはないだろうとはいわれている。
 厳しいのは、ゆたかの方だった。志望大学はみなみとすべて同じ(学部は違う)だったが、学力的にみればみなみと同じ大学にいける可能性は低かった。
 みなみが合格した大学の中からゆたかが合格したのを選んで入学するというなら話は別だが、真面目なゆたかがそれを許すわけもない。
 それゆえ、ゆたかは一生懸命努力していた。
 誇大妄想を抱くには充分な話だったが、ひよりはそれすらも封印して、勉強に励んでいた。

 放課後、みなみやゆたかが帰ったあとも、ひよりは遅くまで教室に残っていた。自宅は何かと誘惑要素が多いので、学校で勉強してた方が効率的だからだ。
「おーす、ひよりん。気合入ってんなぁ」
 懐かしい声に振り向くとそこには、
「こうちゃん先輩」
 今は大学一年生であるかつての部活の先輩がいた。
 母校に遊びに来て、アニ研によったあと、ひよりを探してここにたどりついたといったところだろうか。
「気合入れるのはいいけど、適度に休まないと倒れちゃうぞ」
 こうはそういって、ひよりの肩を揉み始めた。
「恐縮っス」
「ひよりの受ける大学ってどこだっけ?」
「○○大学っスよ」
「うげっ。滅茶苦茶レベル高くねぇか? なんでまた、そんなところを? うちの大学ならもっと余裕あるのに」
「そうっスけど、親の出した条件がそれっスから」
「同人続けるにはそこに受かるしかないってわけか。なんだか本末転倒な話だな」
「私もそう思うっスけど、親に養われてる身じゃどうしようもないっスからね」
「分からないわけじゃないけど、もしかして、就職までそんな感じで決めるつもりじゃないよね?」
「……」
 こうの言葉に、ひよりは沈黙せざるをえなかった。
 目の前のことに夢中で、そこまでは全然考えてなかったのだ。
「まっ、それは大学受かってから考えればいいことだけどさ。あまり邪魔しちゃ悪いから私はこれで帰るよ」
 こうはそういうと教室を出ていった。

 ひよりは、その後の勉強がはかどらず、すぐに帰ることにした。
 帰る途中、ずっとこうの言葉が頭をめぐっていたけれども、結局は、今は目の前の受験を頑張るのみと結論づけるしかなかった。



 それから数ヵ月後。
 それぞれにそれぞれの春がやってきた。
 みなみとひよりは、第一志望に合格。ゆたかは、残念ながら、第一志望は落第し、第二志望の大学に通うことになった。
 こうして、みんなの進路はバラバラになってしまった。
 そういうわけで、卒業式の日は、三人とも泣きに泣いた。あのクールなみなみの泣き顔という貴重な光景がそこにあったが、そんなことに気をかける余裕がないほどひよりも泣きじゃくっていた。
 もちろん、三人の友情がこの日を境に消えてなくなるわけではない。しかし、毎日顔を合わせることがなくなるというのは、やはり寂しかった。



 そして、大学の入学式。
 大講堂での式を終え、ひよりは、これから四年間は通うことになる大学構内を歩いていた。うららかな日差しが心地よい。

「ハーイ、ひよりん、お久しぶりデース」

 唐突に背後から降りかかってきた聞き覚えのある声に振り向くとそこには、
「えっ? パッ、パティ!? な、なんでここに!?」
「私もここに受かりマシタ」
 パティはVサインをしながら、そう宣言した。
 ショック状態から立ち直ったひよりは、とりあえず、パティをつれて学食に入った。
 買った飲み物のストローに口をつけながら、パティから事情を聞きだす。というか、聞き出すまでもなくパティがペラペラとしゃべってくれた。

 日本の文化をもっと学びたいと思ったパティは、ハイスクールを卒業したら日本の大学に留学することを決意した。
 さすがの両親も、四年間も娘を日本にいかせることには反対で、大喧嘩になったそうだ。
 でも、パティの決意は揺るがず、昔からパティにいろいろとよくしてくれていた母方のおじさんの資金援助をとりつけて、日本に乗り込んできた。身元引受人もおじさんのつてで何とかなったという。
 そして、いくつかの大学を受けて見事に合格。晴れて留学ビザをもぎとってきたというわけだ。
 ちなみに、学部の中での受験成績はトップ5であり、授業料免除の特待生になったという。

 なんというか、パワフルなパティらしい話であった。
「なんで、そこまでして……」
「私のやりたいことは、日本にあるからデス」
 パティは何の迷いもなくそう断言した。

 ひよりは、ここで唐突にあのときのこうの言葉を思い出した。
 パティは両親の反対を押し切ってまで、自分の意思で進路を選んだ。
 それに対して、ひよりは親の決めたことに流されているばかりだ。
 目の前のパティのことが、羨ましくてたまらなくなった。

「ひよりん、どうかシマシタカ?」
 ひよりは、今思ったことを正直に話した。
「フーム。でも、ひよりんにもまだまだ将来がアリマス。今までできなかったことも、これから頑張ればいいのデス」
 パティにそういわれると、元気づけられる思いだった。
 そうだ。今までがどうであれ、これから変えていけばいい。
 四年後、就職するときには、親がなんと言おうとも、自分の意思で、自分の納得できる選択を。
 まず、自分がやれること、やりたいことを見つけ出さなきゃならないけど、そのために必要な時間は充分にある。
「ありがとう、パティ」
「礼には及びマセン。ところで、ゆたかとみなみんの連絡先は知ってマスカ?」
「知ってるけど」
 ひよりが携帯電話を取り出すと、パティがそれをひょいと取り上げた。
「では、四人で同窓会をやりマショウ」
 パティは、練達の指裁きで携帯の電話帳を検索して、通話ボタンを押した。
 ひよりが何かをいう間もなく、電話が通じて、
「ハーイ、ゆたか。パトリシア・マーティン デス」
 電話口からの叫び声がひよりのところまで聞こえてきた。
 ゆたかの驚く表情がありありと想像できる。
 パティは、あっという間に待ち合わせ場所と時間の段取りをつけて、電話を切った。
「みなみんへの連絡はゆたかがつけてくれるそうデス。さっそく行きマショウ」

 こうして、ひよりは、パティに引きずられるように、オタクの聖地アキバへと行くことになった。
 そこでは、ゆたかとみなみも待ってるはずだ。
 四人で集まるのは久しぶり。きっと、積もりに積もりまくった話でおおいに盛り上がることだろう。


終わり
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