らき☆すた殺人事件 ~愛憎の陵桜学園~

※ これを読む際は、先に『らき☆すた殺人事件 ~嵐の夜の惨劇~』を読んでから本編をお読みください。



FILE.1


「くさくってさー!」
「あはは、だよなー!」

あの、嵐の夜の惨劇から一ヶ月が経過した
たった一ヶ月でも、柊かがみと日下部みさお、二人での生活が日常となりつつあった

「柊の弁当って最近豪華になってね?」
「あ、いや、今まではだいたいつかさが作ってくれたけど、全部私が作らないといけなくなったから自然と、ね」
「……なんか、皮肉だな……」
「……そうね……」

それでも、心の傷はまだ癒えない
春の訪れとともに消えていくの雪のように、この悲しみも溶けてなくなってしまえばいいと、何度思ったことか……


・・・


「おう、お前ら」
「黒井先生!」

帰る直前、廊下で黒井ななこと出会った。あの事件後、授業以外では初めての会話である
去年までこなた達の担任で――今年も担任になるはずだった

「アイツらが死んで、もう一ヶ月になるんやな……」
「ですね……」

悲しげなその目を伏せ、黒井先生は続ける

「時間っちゅーもんは残酷やな……何が起こっても、絶対に止まらへんのやから……」
「……でも」

不意に、みさおが口を開いた

「時間が止まらないでくれてるから、私達はアイツらのぶんまで生きていけるんですよ」

その言葉を聞いた黒井先生は一瞬キョトンとし、小さく笑った

「なんや、もう大丈夫そうやな」
「まだ、寂しいことは寂しいですけどね」
「寂しいと思うことが出来るから、人は未来を切り開けるんやで。って、あるゲームの受け売りやがな。ほな、気ぃつけて帰り」
「「はい!」」

元気よく返事をすると、二人は廊下を歩いていった


――なんや、時間に取り残されとんのはウチだけなんか――


・・・


「あ、かがみ先輩」
「ゆたかちゃん、みなみちゃん。久しぶりね」

学校の玄関で、桃色の髪の小さな女の子と、緑色の髪の大人っぽい女の子の二人に出会った
みさおには見覚えがなかったが、二人が陵桜の生徒だということは制服からして明らかだった

「そうだ、日下部は初めてだったわよね? こなたの従妹、小早川ゆたかちゃんと、みゆきのご近所さん、岩崎みなみちゃんよ」
「あいつらの……」

かがみの説明を聞いたみさおの表情が曇る
あの事件で死んだ、こなたとみゆきをよく知る者だったからだ

「大丈夫ですよ。私はもう、吹っ切れましたから」
「私も……大丈夫です」

かがみが紹介したゆたかとみなみが口をそろえてそう言う
みさおはまだ不安だったが、本人が大丈夫だと言っている以上、追及する意味はない

「二人とも。こいつは私の親友の日下部みさおよ」
「よろしくな、二人とも」
『はい』

二人は返事が見事に揃ったのに驚き、顔を見合わせた

「あっはは。仲良いんだな、お前ら」
『……//』

ほのかに紅くなる頬。みさおには、この二人が可愛く見えた

「そういえばゆたかちゃん。こなたの家から陵桜に通うって言ってたけど、やっぱり、おじさんのところから?」

おじさんとは、こなたの実父、泉そうじろうのことである
死別した妻、かなたとそっくりなこなたを溺愛していたのだ
そのため、かがみも参列したこなたの葬儀の時には滝のような涙を流していたのだ

「はい。私達はアパートか何かを借りるつもりでしたけど、おじさんが『こなたの思い出が詰まったこの家に一人でいるのは辛過ぎる』って、お母さんにお願いしたそうです」
「……なんというか、本当にこなたを愛してたのね……」

その場の空気がすっかり重いものになってしまった
と、その時、この重い空気を引き裂く人物が現れた

「Hi! ドウしましタ? そんなDarkな空間を作り出しテ」
「そんなに落ち込んでちゃダメッスよ! 前を見ないといけないッス!」
「パトリシアさん!? それに田村さんまで!」

かがみは二人を見た瞬間、名前を叫んだ
実はかがみは、この二人をこなたから紹介されていたのだ
パトリシア――本名パトリシア=マーティン、通称パティはこなたのバイト仲間として
田村――本名田村ひよりはコミフェに行った時に同人誌サークルの人として

「かがみ先輩、小早川さんと岩崎さんとも知り合いだったんすか?」
「まあ、こなたとみゆきの葬儀の時にチラッと話しただけなんだけどね」

かがみがチラッと隣を見ると、パティに寄られて困っているみさおの姿があった

「お、おい、柊! お、お前たしか英語得意だったよな!?」
「いやいや、パトリシアさんは日本語喋れるぞ」
「ワッタシ、ニポンゴ、ワッカリマセ~ン!!」
「日本語わかんねぇって言ってるじゃないか! なんとかしてくれ~!!」

その掛け合いがあまりにも滑稽で、みさおを除く全員が腹を抱えて笑い転げた

FILE.2


「いらっしゃ……あ、かがみ先輩!」
「こんにちは、田村さん」
「来る途中で会ったので、連れてきちゃいました」

とある休日。ゆたかとみなみはひよりの家に招待されていた
ゆたかの言葉にある通り、暇を持て余していたかがみと出会い、連れてきたのだ

「ごめんね、いきなり押し掛けちゃって」
「いえいえ! どうぞ、上がってください!」

いきなりのかがみの来訪にも動じず、ひよりは三人を招き入れる


・・・


「部屋でくつろいでてください。すぐにお菓子か何か持ってくるっスから」

そう言って、部屋の主は出ていった
残された三人は部屋の中をキョロキョロと見回した

「うわ~、ノートがいっぱい……」
「そういえば田村さん、同人サークルでマンガを書いてるって言ってたわね。練習用のノートかしら」

ゆたかの目に留まったのは、たくさんのノートが入ったラックだった
その中にあるノートの一つを抜き『勝手に』見るかがみ
パラパラとページめくり、途中で手を止めたページには少女の笑顔が書かれていた

「あ、この子可愛いじゃない!」
「すごい……とても上手です……」
「ホント……」

咎める者はおらず、それどころかみんなでノートを覗いていた

(こなたがいたら……やっぱり、『萌え』とか言ったのかしら……)

そこまで考え、かがみは首を横に振った
こなたはもうこの世にはいないのだ。亡き人を想っても、何も変わりはしない
かつて、心に誓ったはずなのだ。過去に――亡き友、亡き妹との思い出には縛られないと
かがみは手に持っていたノートをラックに戻し、別のノートを取り出した

「あれ? これって……」
表紙には、仲良く歩いている二人の少女が描かれていた

「この二人、ゆたかちゃんと岩崎さんじゃない? 髪型とか目付きが似てる」
「あ、確かに……」
「田村さん、私達をよく見ていたと思ったらそういうことだったんだ」

その本のちょうど真ん中を開いたかがみの顔が一瞬で真っ赤になった

「な、ななな、何よコレ!」

横からそれを覗いた二人も顔を真っ赤にした。絶叫しなかったのが不思議なくらいだ
その本の内容は、ゆたかとみなみがえっちなことをし合う――いわゆる『百合本』である

「田村さん……友達をこんな風に描いて良いと思ってんの……!?」
「田村さんのところへ行きましょう……今すぐ!!」

二人が激昂し、部屋を飛び出そうとした時、

「待って!!」

ゆたかの大きな声が響き、二人は足を止めてゆたかに振り返った

「せっかく遊びに来てるのに、険悪なムードになるなんてイヤです。だから、今日は楽しみましょうよ。ね?」

この言葉に、かがみは心底驚嘆した
その本に書かれている人物のモデルは自分たちだというのに、ゆたかは怒る素振りすら見せなかった

「本のことはまた明日、私から話しておきます。書いてくれるのは嬉しいけど、あんなのは恥ずかしいですし……
 田村さんも、あんなものを書いてきっと後悔してるでしょうし」
「……そうね」
「優しいんだね、ゆたかは」

二人は微笑み、自分が先ほどまで座っていた場所に腰を落とした
とその時、部屋のドアノブが下りた

「Hi! コンニチワデ~ス!」
「パトリシアさんも来たっスよ~」

入ってきたのはお菓子やジュースの乗ったお盆を持ったひよりとパティだった

「呼ばれてナイけど遊びに来ました! 人は多イ方が楽しいデ~ス!」
「その通りね。みんなで楽しみましょう!」
『イエ~イ!!』

五人は、帰る時間になるまでひよりの部屋で目一杯楽しんだ
それが、最初で最後の団らんだとも知らずに――





翌日、お昼休み

「小早川と田村がいない?」

三年生教室に、みなみが訪ねてきていた

「はい。パトリシアさんは、トイレに行ったと言ってましたが……」
「何かあったのかしら……手分けして探しましょう!」

かがみがそう言ったのが十分前、しかしゆたかとひよりは一向に見つからない

「くっそ……もうすぐ授業始まっちまうじゃねぇか……」

みさおは一階廊下を歩きながら呟いた
メルアドは全員分交換した。教室に戻っていたら、誰かからメールが入るはずなのに

「ん、電話か……」

みさおの着メロが鳴り響く
ケータイを開いてみると『柊かがみ』の文字
みさおは直ぐ様電話に出た

「柊、どうした?」
『田村さんは見つかったわ。裏庭で花壇の手入れをしてたの』
「小早川の情報は?」
『トイレから出た後、花壇の手入れを忘れたからって別れてそれきりよ』
「そうか……もうすぐ授業始まっちまうから、早く見つけてやらなくちゃな」
『ええ、どこかで体調を崩してるかもしれないし。今、そっちに岩崎さんが行ったわ』
「ああ、わか……」

言い掛けて、みさおはケータイを落とした
彼女の目の前には『資料室』のプレートが掲げられた扉
その扉に付けられた窓の向こうにある、あまりにも凄惨な光景を目の当たりにしたからだ

「小早川!!」
『え!? な、何!? どうしたのよ、日下部!』

扉を勢いよく開け、中に踏み込んだ瞬間に血の匂いが鼻をつんざいた
そこで彼女が見たものは、頭から大量の血を流したうつぶせの少女……小早川ゆたか『だったモノ』の姿だった

「嘘、だろ……? こんな……こんな事って……」

あの時の、こなたの死に様がフラッシュバックしてくる
また……あの時のような惨劇が、起きてしまった

「ゆ……たか……?」
「!!」

驚いて振り返ったその視線の先には、顔面蒼白の岩崎みなみの姿だった

「ゆたかが……ゆたか、が……あは……あはははは……!!」
「し、しっかりしろ! 岩崎!!」

肩をつかんで頭をガクガクとシェイクするが、みなみは正気に戻らないまま気を失ってしまった
地面に力なく崩れ落ちるみなみの姿を見てみさおは歯を食い縛り、拳を壁に叩きつけ、怒りで身体を震わせた

「チクショウ……!」







「はあ……はあ……ち、違う……私のせいじゃない……私の、せいじゃ……」


FILE.3


――埼玉県○○市の陵桜学園の資料室で小早川ゆたかさんが殺された事件ですが、依然として犯人は見つかっていません
  凶器は資料室にあった石膏像と見られており、調べを進めています。また現場にはダイイングメッセージと見られる文字が残されており――


今朝――深夜と言った方が適切だろう――のニュースが、全国のお茶の間に向けて事件の様子等を伝えている
そのニュースを、みさおはリビングで頬杖をつきながら眺めていた
学校は事件が起きたせいでしばらく休校、自宅待機となったのだ
だが、だからといって黙っているみさおではない。警察に全てを任せるなんて、できるはずがないのだ
被害者遺族――泉そうじろうのインタビューVTRが始まったところでテレビの電源をOFFにし、呟いた

「……たく、報われねーよ……小早川も、チビッ子も……」

みさおは立ち上がって上着を羽織り、部屋にいるはずの兄に大声で伝えた

「兄貴ー! ちょっくら出かけてくるわー!!」
「おー、早く帰ってこいよー!」

『自宅待機』ということは兄も知ってるはずだった
だが、みさおと兄の性格ほぼ同じ。割りとすんなり行かせてくれることもわかっていた
いつもは対立ばかりだが、この時ばかりは兄に感謝である

(……待ってな、小早川……私が犯人、見つけてやっから……)


・・・


(さて……来たはいいけど、どうやって入ろうか……)

陵桜学園の校門は彼女の目の前にある
彼女は刑事に見つかるのを恐れて早朝の午前四時にやってきたのだ
だが、早朝なだけに校門は閉まっている。乗り越えようにも、足を引っ掛けるところがない

(……裏にまわってみるか……)

彼女は迂回し、陵桜の裏門に向かうことにした
裏門は忘れ物をした生徒のために常時開けてある。そこなら開いてるかもしれない
ただ、裏門が開いてるのは『常時』である。非常時である今は……

「くっそ……ここも閉まってんのか……」

彼女は思案した
塀は手は届くが、足を引っ掛けるところがない
表門も裏門も鍵が掛かっている。勝手口の類はない

「……壊すしかねーか、やっぱ……」

こんなこともあろうかと、彼女は家の物置から金づちを持ってきていた
できれば使いたくなかったが、背に腹はかえられない

「こら! 何してんねや!」
「のわっ!!」

金づちを大きく振りかぶった瞬間の怒鳴り声だったために、みさおは思いっきり転んでしまった

「あたた……」
「日下部じゃないの!」

腰をさするみさおの上から聞こえた馴染みの声
顔を上げると、そこにはかがみ、そして黒井先生の姿が

「ひ、柊……黒井先生まで……?」
「なんや、みんな考えとることは同じやったか」

みさおの頭に手を置いてかがみの方に顔を向ける

「ここに来る途中でね、先生と会ったの」
「警察に任せんのも癪やかんな、ウチも柊も自分たちで犯人捜ししよ思てたんや」
「なんだよ……ビックリさせないで欲しいゼ……」

パンパンと身体についた土を払い、みさおは立ち上がって黒井先生を見上げた

「この時間帯なら警察はおらへんからな。かと言って、自分たちだけじゃ指紋やらなんやらで情報不足や。せやから……」
「黒井さん、お待たせしました!」

かがみとみさおの後ろから、少し疲れているような声がした
振り返ると婦警さんが、自転車の上から挨拶してきた

「な、成実さん……」
「成実……?」

かがみが呟いたその名前に、みさおは聞き覚えがあった
確か……そう、小早川ゆたかの実姉、成実ゆいだったはずだ

「成実さん、思とったより早かったな」
「ええ、大急ぎで資料を集めて来ました。それより、手伝わせてしまってすみません」
「ええって。同じ目的を持った仲間同士やんか。こっちこそわざわざ持ってこさせてすまんな」

ゆいの言葉を裏付けるかのように、自転車のカゴの中にはたくさんのクリアファイルが詰め込まれた袋があった
捜査資料だろうと、みさおは確信した

「かがみちゃんも来てたんだ。えと……そちらはみさおちゃんだね。ゆたかから話は聞いてたよ」

聞いてた。あえて『過去形』で言うゆいに、みさおは少し心が傷んだ

「成実さん、なんでここに?」
「んぅ? もちろん犯人の手掛かりを探すためだよ。昨日は怖くて侵入できなかったから……黒井さんに同伴を求めたの」
「ウチも探すつもりやったしな。それにいろいろ情報も欲しかったから、成実さんに頼んで資料をコピってきてもらったんや」

そう言いながら、黒井先生は自転車のカゴから袋を持って肩越しに担ぎ上げる
その黒井先生の話を聞いて、かがみは小さく『犯罪じゃないの?』と呟いた

「んじゃ、行こか」
「あ、待ってください。鍵が……」
「ウチは職員やで? 鍵くらい持っとるっちゅーねん」

ひらひらと鍵を見せつけ、鍵穴に差し込む
ギギギという鈍い音を響かせながら裏門が開いた

「ほな、今度こそ行こか」
「「はい!!」」

先に行く黒井先生の背中をかがみとみさおが追い掛ける
その後ろで、ゆいは門を見つめたまま考え事をしていた

「成実さん、早くー!」
「はいはい、今行くねー!」

首を傾げながらも、三人の後を追い掛けた

(変だな……? 昨日入ろうとした時は確かに開いてたはずなのに……)



その頃、学校の近くを一人の少女が歩いていた
右手には携帯電話、左手には――

「……あ、もしもし?私。こんな時間にゴメンね。今から学校の方に来てくれないかな。……うん、うん、こっちからもそっちに向かうから。じゃあ、また後でね。
 あ、あと、あなたの家族は起きてる? ……わかった。じゃあ、起こさないようにこっそりね」

電話を切って、ポケットにしまう
ゆっくりと歩きだし、電話をしていた相手の家に向かう

「……殺してあげる。本当に、あなたが犯人なら……」

その声は、先ほどまでの声とはまるで違っていた
……殺意。今の彼女――岩崎みなみにあるのは、それだけだ



・・・


「ここ……よね……」

資料室のドアノブに手を出したまま、かがみの身体がピタッと止まる
当然といえば当然の反応である。惨劇が起きた現場など……みたいはずがない
加えて、一番初めに見た惨劇は、自らの……親友のものだったから
彼女の心の傷は、相当深い

「……」

そんな彼女の肩に何かが触れ、振り返る
真剣な眼差しをしたみさおが、かがみの瞳を見つめていた
『乗り越えなくちゃいけない』。そう伝えたいのだろう
かがみは小さく頷くと、覚悟を決め、資料室のドアを開け放った

時間が経過しているだけに、もはやゆたかの死体はなかった
司法解剖を行うために、ゆたかの死体は警察に持っていかれたのだ
現場にはゆたかの体勢を表すテープと血液だけが生々しく残されていた
日はまだ出ていないが、早朝ということもありそれなりに明るい
電灯を点けなくても識別できるのは良かったものの、薄暗がりで見るこの光景はかなり気持ちが悪い

「ここで……ゆたかが……」

口元を押さえたゆいの瞳からあふれ出てくる涙を、かがみがそっと拭う

「成実さん、今はまだ、悲しんでいる場合ではありません。早くゆたかちゃんを殺した犯人を見つけましょう」

みさおのおかげで立ち直ることができたかがみの言葉に説得力はあるかと問われたらなんとも言えないが、それでも励みにはなる
早く犯人を見つけなければ、ゆたかが報われない

「そうだったね……子供に教えられるなんて、お姉さんびっくりだ。たはは……」

覇気はなかったものの、幾分か元気を取り戻したようだった
その様子を見てから、みさおは部屋中を見渡す

「さて……この状況で捜査っつってもな……」

事件が起きてからすでに何日も経っている。証拠になりそうなものは全て鑑識が持っていっているだろう
第一、残されてるものは血液とテープのみ。捜査のしようがない

「そこで成実さんに持ってきてもろたコレや」

捜査資料の束を床にドサッと置く
一番うえにあったのは、ゆたかの死体を撮った写真だった

「そういえば、凶器はここの石膏像だったのよね」
「ああ。私が来た時には、そこらじゅうに破片が飛び散ってたよ」

彫刻の置いてある棚の一つ空いたスペースを見て、かがみが何気なく言った
たしかに、写真にも赤い血溜りの中に白い何かが写っている。これが石膏像の破片だろう

「死亡推定時刻は目撃証言から、お昼休みからみさおちゃんが発見するまでの数十分間」
「ふむ……死因は失血死やと。即死じゃないっちゅーことは、苦しみながら逝ったんやな、小早川は……」
「……ん……?」

ゆたかを撮った写真をパラパラとめくりながら、みさおが不思議そうに首を傾げた

「どした?」
「あ、いえ……ここがちょっと不自然だなって……」

そう言って写真を覗き込んだかがみにみさおが指差したのはゆたかの左手の部分だった
人差し指だけが不自然に伸びている。まるで、何か文字でも書いていたかのように

「日下部、テレビ見てないの? ゆたかちゃん、ダイイングメッセージ残したのよ?」
「マジか!?」

テレビは、見ていたことは見ていた
ただ、ボンヤリと眺めていただけだったので耳に入っていなかったのだ

「ここだよ」

ゆいが指差した場所には、確かに血液が文字とおぼしき形で残っていた
その文字とは……

「……『丸太』『R』?」

そう、ただ血で『丸太』、そして『R』書かれているだけだった

「ゆたかは刑事ドラマとかよく見ててね、こういうのを解くのは結構得意だったよ」
「じゃあ、このダイイングメッセージも……」
「うん、普通に考えたら解けないと思うよ」

ゆたかが残したダイイングメッセージを見ながら、みさおはあれこれ思案する
『R』がなにかの頭文字なのか? 『丸太』はどこかの丸太小屋でも差しているのか?
いろいろと考えるが、答えらしい答えが一向に出てこない

「目撃者もゼロやからなあ……」
「田村さんも途中で別れたって言ってたし、犯人の手がかりはそれしか……」
「Rか……ローマ字だと十八番目だよね」

あれやこれやと知恵を持ち寄る三人だが、やはり答えになりそうなものは出てこない

「……なぁ、聞きたいことがあるんだけどさ」

それまでずっと文字を見つめていたみさおが振り向いた

「成実さん、指紋の方はどうなってるの?」
「え? ああ、破片についてた指紋ね。ちょっと遅れてて、まだ二・三年生の分しかできてないんだ」
「……指紋はまだないか……。じゃあ、黒井先生」

ゆいから黒井先生に向けて首を動かす
その黒井先生は、初めてみるみさおの真剣な表情に少し戸惑っているようだった

「生徒全員の名簿、見せてもらえないですか?」
「か、構へんけど……ちょっと待っとれや」

資料室を出て、職員室へと歩いていく黒井先生
それから三分後、大きめのファイルを三つ持って戻ってきた

「これが一年ので、こっちが二年。そっちが三年のや」
「ありがとうございます」

ためらいなど一切なく、みさおは一年生の名簿を見始める
数ページほどめくり、二年生の名簿へと手を伸ばす
そしてそれが終わった時、今度は三年生の名簿へと移っていく

「……そうか……やっぱり……」

名簿を閉じて、みさおは三人の方を向いた

「物的証拠はまだないけど……状況証拠やダイイングメッセージから推測すれば、犯人は……」


・・・


「こんな時間に、なんの用ですか?」

岩崎みなみの目の前に、一人の女性が立っていた
先ほど電話をしていた相手と合流したのである
もともと人通りの少ない通りなので、そこにいる人は二人しかいない

「……さっき、ゆたかの殺人現場に行ってきて、そして犯人がわかった」
「!!」

みなみの言葉に、女性の顔から血の気が引いていく

「ゆたかが残したダイイングメッセージを直接見て、閃いた。『丸太』と『R』……あれは、犯人の名前を示していた」

女性は何も言わず、ただ黙ってアスファルトの道路を見つめていた

「『R』とはローマ字の意味、そこでもう一つのダイイングメッセージ『丸太』をローマ字変換してMARUTAとする。この中のローマ字を入れ替えると……『TAMURA【田村】』」
「!!」

女性の額から脂汗がびっしりと浮かび上がってくる
目の焦点が合っておらず、間違いなく動揺していた

「だ、だからって、私が犯人だとは……」
「残念だけど……その言い逃れはできない」
「え……」
「あなたが犯人だとわかったのは、本当に偶然だった。さっき、陵桜の学生名簿を見てきたけれど……この学校に田村という名前の人間は……」

目一杯に溜めた後、みなみは左手の人差し指を突き付けた

「『田村ひより』さん、あなた以外にいなかったのよ」
「!?」

「……確かに、小早川さんを殺したのは私っス……」

観念したのか、ガックリと肩を落とすひより
そのひよりに向かって、みなみは静かに、しかし怒りに満ちた声を発した

「……どうして……? どうして……ゆたかを殺したの……!?」

瞳にうっすらと涙を浮かべてひよりに詰め寄る
だがそのひよりも、涙を流しながら逆ギレに近い感情に声を荒げた

「私のせいじゃないんっス!! 悪いのは……悪いのは小早川さんのせいっス!!」
「っ……!!」

憎い
自分の罪を否定して、その責任すべてをゆたかに押し付ける……
みなみは、誰かに対してこれほどまでの憎しみの感情を抱いたことはなかった
目の前の存在を殴りたい……そんな感情を押さえ込んで、みなみは言った

「……教えて、田村さん……どうして、ゆたかを殺したの……?」

呼吸を整えるように深く息を吸い込み、ひよりは語り始めた


・・・


――アンタなんか友達じゃない――

陵桜学園の合格発表の時に言われたこの言葉が、彼女が小早川ゆたかを殺したそもそもの原因だった
どこの高校に行くか迷っている時、友達が陵桜を受けるということだったので、ひよりもそこを受けることにした
そして合格発表の日……合格者の番号が貼られた掲示板に載っていたのは、ひよりの番号だけだった
これは、入学当初から陵桜を目指して頑張ってきた彼女のプライドをズタズタに引き裂いたのだ
その際に、ひよりは先ほどの言葉を言われ……彼女との友達関係は終わりを告げることとなる
『自分の行いのせいで友達が友達じゃなくなる』ということの恐怖が、彼女の心に刻まれた瞬間だった
それから数ヶ月後、ひよりは高校でも数人の友達ができた
もう二度と、友達を失いたくない。そう思ったからこそ、ひよりは友達を怒らせないよう頑張ってきたのだが……

「話ってなんスか? それも資料室なんかで」
「ちょっと、誰にも聞かれないところがいいかなって……」

そう言ってゆたかに連れられてきた場所は陵桜の一階の端、普段はめったに訪れない場所だ
確かに、誰もこんなところにはこないだろう
人差し指をツンツンさせながら、恥ずかしそうに頬を赤らめた

「あ、あのね? この前、田村さんの家で……読んじゃったんだ。私と岩崎さんが……えっちなことしてる本」
「!!」

ひよりの額からおびただしい量の脂汗がにじみ出る
それはひより作の漫画――いわゆる同人誌――であった。二人を見ていて、妄想が抑え切れなくなった産物である
友達を失わないためにも、二人には絶対に見せまいと思っていたのに、まさか見つけられてたなんて……

「私達を描いてくれたことは嬉しいんだけど、初めてそれを見た時、すっごく恥ずかしかったんだ。だから……」

後半から、ゆたかの声はひよりの耳に届いていなかった
ゆたか、そしてみなみとの友達関係は、今日で終わりを迎えようとしている
そう思った瞬間、あの時の言葉が頭の中に響いた

『アンタなんか友達じゃない』
「――!!」

ひよりの理性が、完全に失われた瞬間だった


「だから、ね? できれば次からは、もう少し……」
「うぁああああ!!」
「きゃ!?」

棚に置いてあった石膏像で、ゆたかの頭を何度も殴った

「た、田村さ……!?」
「うあああ! うわぁああああ!!」
「が……!」

破片が飛び散り、ひよりの身体に当たる。血しぶきを浴び、身体が赤く染まる。それでも尚、ひよりはゆたかを殴る

そして……ひよりが気付いた時には、ゆたかは床にうつ伏せで倒れていた
床はゆたかの血で赤く染められ、その海を石膏像の破片が泳いでいる

「はぁ……はあ……あ、ああああああ!!」

やってしまった

友達を……殺してしまった

「ち、違う……私の……私のせいじゃないっス!!」

叫んで、ひよりは資料室を飛び出した


・・・


「――…それから私は、更衣室に置いてあった予備の制服に着替えて、学校中を歩き回ってたんス……」

その話を聞いていたみなみは、ひよりの方を向いてはいなかった
ひよりの向こうの、どこか遠くを、唇を噛み締めながら

「わっ、私が悪いんじゃないっス! さ、三人が私の描いた同人誌を見付けなければこんなことには――」

突如、ストロボのような強い光が、ひよりの目の前で瞬いた
最初は何が起こったのかわからなかったが、右頬の痛みから推測すると……みなみが、自分の頬を殴ったようだった

「い……岩崎……さん……?」
「ゆたかが……そんなことを言う人間だと思う……!?」

そのみなみの目からは……大粒の涙が流れていた

「ゆたかは……あなたを許そうとしていた! それを……それを!!」
「……え……?」
「あの本を見付けて、私とかがみ先輩があなたのところへ怒鳴り込もうとした時、ゆたかが止めた!!出来心だろうからって、きっと田村さんも後悔してるだろうからって!!」

あの時、ゆたかが何を言おうとしていたのか、ひよりはようやく気が付いた

――できれば次からは、もう少し普通のがいいな。そうすれば、みなみちゃんも怒らないよ――

「じゃ、じゃあ……私は……か、勘違いで……小早川さんを……殺しちゃったんスか……!?」

みなみは、それには答えなかった
だが、声をあげて泣きながらガクリと膝を落とすみなみのその動きが、ひよりの推測が事実だということを物語っていた

「……っ……小早川さ……いや……いやああああ!!」
「ゆたか……えぐ……ゆたかぁ……!!」

深夜の街中に、二人の泣き声だけが響いていた


・・・


(あ……私……死んじゃうだ……)

ひよりが資料室を出ていった後。ゆたかはまだ死んではいなかった
だが、意識がはっきりしない。身体が動かない
死は、すぐ目の前に迫っていた

(田村さん……私が……誤解させるようなことを言っちゃったから……怖くなったんだね……ごめん……でも……)

ゆたかは最期の力を振り絞り、左手を動かした
悪いのは自分。だけれど、理由はどうあれ、ちゃんと罪を償う必要がある
だからこそ、ゆたかはダイイングメッセージを残そうとしたのだ

(田村さん……自首して……そうすれば……罪は、軽くなるはず……)

ダイイングメッセージに本名を書かなかったのは、ひよりに対し『少しでも刑が軽くなるように』と猶予を与えようとしたのだ
直接名前を書かないで、警察が捜査している間に自首してもらう。自首をすれば、普通に捕まるより刑期が短くなるはずだった
小早川ゆたか。最期の時でも、友達のことを想っていた……とても優しい女の子である

(もう……お別れ……みた……い……みなみちゃん……田村さん……パトリシアさん……さよなら……
 こなたお姉ちゃん……今から……そっち……へ……)





・・・




「……どこに行くの……?」

立ち上がって背中を見せるひよりに、みなみが声を震わせながら尋ねた

「警察に……自首してくるっス。私は……取り返しのつかないことをしてしまったんスから……」

その瞬間、みなみの中で何かが弾けた

「何を……言ってるの……?」
「え……ひっ!!」

みなみは背中に手をやり、服の下に忍ばせていた包丁を取り出した
その包丁を見て……否、みなみの恐ろしいほどに殺意剥き出しな顔を見て、ひよりは一歩後退りする

「い、岩崎さん……!?」
「この場合、『殺意はなかった』とみなされて傷害致死罪になる可能性が高いはず……そうなると、三年以上の有期懲役……」

ブツブツと呟きながらひよりに近づいていくみなみ
ジリジリと逃げていくひよりだったが……後ろには壁。逃げ場はもうない

「田村さんは未成年だから刑は軽減されるはず……それに法律的には『殺したのは一人』だから懲役三年が妥当……」

『くわっ』と目を見開いて、みなみは包丁を振りかぶった

「そんなの……私からゆたかを奪った罪にしては軽すぎる!!」
「っ……!!」

みなみが振りかぶった包丁は……ひよりの腹部に突き刺さった
痛みは感じない。だが、硬く冷たい異物が身体の中に入ってきたのはわかる
そっと手を当てると、どろりとした、生暖かい感触
自らの左手は鮮血に赤く染まり、ひよりは言い知れない恐怖を覚えた
その瞬間……そう、本当に一瞬だった

「あああああああああ!!」

途端に痛覚が回復し、想像を絶する痛みに思わず叫びだす
その叫びは食道を逆流してくる血液で止まり、地面に赤い水溜まりを作った
みなみはひよりの腹部から包丁を引き抜く
それと同時に血液が勢いよくあふれだし、また激痛に立っていることすらままならず、ひよりはゆっくりと倒れていった

「げほっ……いや、だ……まだ……死にたく……ないっス……」

瞳から涙を流すひよりに、またも激痛が走る
今度は、左の手のひらに包丁が突き立てられたのである

「死にたくない……? 勝手なこと言わないでよ……。ゆたかだって……死にたくなかったはずなのに……」
「そ……それ、は……」
「まだ殺さない……じっくりと痛み付けてから……それから殺してあげる……」

包丁を引き抜き、今度は右の太もも、右胸、脇腹に包丁を突き刺していく
それに合わせて、ひよりは小さく呻き声をあげた

「ぅ……ぁぁ……」
「ふふふ……じゃあね、タムラサン……」

不敵な笑みを浮かべ、虫の息と化したひよりの首筋に包丁を突き立てる
それまで発していた呻き声は止まり、ひよりはぴくりとも動かなくなった

「ふ、ふふふ……ゆたか……恨みは晴らしたよ……あはははは……!!」

涙を流しながら、みなみは不気味に笑う
心の中の空虚がそうさせていることを、みなみは知る由もなかった


・・・


翌朝、かがみとみさおはひよりの家を訪れた
昨日の推理で、小早川ゆたか殺害の犯人である可能性が一番高いだろうひよりに話を聞くためである
インターホンを押し、しばらくすると二人が知らない男がドアを開けた

「えっと……どちら様で?」
「あ、あの、ひよりちゃんの友達なんですが……」
「ああ、ひよりならいないよ。起きた時にはいなくなってたし」
「Oh……ヒヨリはいないデスか……」

突然、二人の後ろから声がして振り返ると、青白い顔をしたパティがそこにいた

「ぱ、パトリシア……大丈夫か?」
「Meは大丈夫デス……ただ、嫌な予感がしまス……」
「嫌な予感……?」
「Yes……早くヒヨリを見つけないと……テオクレになるかもしれまセン……」

身体をガタガタと震わせている。これは……気のせいで済むのだろうか?
とにかく、早くひよりを見つけて、パティを安心させなければ……

「パトリシアさん、動ける?」
「Sure……私も、ヒヨリを捜さなくてはいけないデスから……気合いでGoodMorning……!!」

両頬をパチンと叩いて自分に喝を入れる
外国人らしからぬ行動だが、パティが日本人の文化や行動をよく観察してるからなのだろう

それから、先ほど扉を開けた男性(ひよりの兄であった)と、手分けして町中を捜しまわる
だが、手がかりは一切なし。道行く人達に聞き込みもしたのだが、一向に見つからない
かがみとパティの二人にいたっては陵桜学園にまで走っていったが、ひよりの痕跡は見つからなかった

「ダメよ、日下部。そっちは?」
『こっちもダメだ。全っ然見つからねーよ』
「そっか……」
「カガミ! こっちにside road発見デス!」
「わかった、今行く! 日下部、また後で連絡するわ!」
『ああ! 見つけたら連絡しろよ!!』

みさおとの電話を切り、パティがいる方向へと走りだす
そこは裏道の更に裏道、車一台がやっとのことで通れる程度。inside roadと言った方が適切なようだが、そんな英熟語は存在しない

「ここら辺で見てないのはここだけね……」
「行きまショウ!!」

パティが走りだし、その後をかがみが追う
突き当たりはT字路になっていて、それ以前には異常はない
パティがT字路に着き、左右を確認した瞬間――

「あいた!!」

突然立ち止まったパティにかがみは激突。しりもちを着いてお尻を強打した

「いたた……パトリシアさん……いきなり止まら――」

お尻を擦りながら、パティが向いている方向に目をやると……そこには、凄惨な光景が広がっていた
アスファルトと塀が、ある一点を中心として赤く染まっている
その中心にいるのは、今しがた自分たちが捜索していた……田村ひよりその人であった

「う……おぇぇ……」

あまりに凄惨な光景に、かがみは叫ぶよりも早くもどしてしまった
気分を害する方がいるかもしれないので詳しく明記はしないものの……ひよりの様は、一言では言い表わせないほどに凄まじかった


「ヒ……ヒヨリ……」

よろめきながらひよりに歩いていくパティに気付いて、かがみは慌てて彼女を押し倒した

「パトリシアさん! 気持ちはわかるけどダメ!!」
「離してくだサイ! ヒヨリが! ヒヨリがぁ!!」

半狂乱になって、必死にひよりへと手を伸ばす

「パトリシアさん、落ち着いて! 今ここで田村さんに触ったら、犯人の手掛かりが消えちゃうかもしれないのよ!?」
「!!」

かがみの言葉に、パティは抵抗を止める

「……Blast it……!!」

パティは怒りと歯痒さから唇を噛み締め、涙を流した





※「Blast it」=「畜生」

警察の捜査は難航を極めていた
田村ひよりの殺害現場から、証拠となりえるものが何一つ見つからなかったからだ
指紋は元より、足跡、犯人が残していった遺留品、頭髪や体液もまったくない
人通りも少なく――ほとんどと言った方が適切だろうが――目撃証言すら見つけだせない
『容疑者は?』と聞かれても、『この町の誰か』とまでしか言えないのだ
見ず知らずの彼女をメッタ刺しにするのはありえないので、おそらく知り合いなのだろうが……情報が少なすぎるだけに、警察は動けないでいる

もともとその裏路地が人通りがほとんどないところだと、みなみは知っていた
家に帰って血のついた服を処理。切り刻んで細切れにし、排水溝に流す
それから服を着替え、殺害現場まで戻って血液が固まったのを確認すると、辺りの掃除を始めた
自らの髪の毛や靴についていたであろう泥を掃いていく
『殺害現場の周りだけが綺麗では怪しまれるだろう』ということまで予測し、近くの通りも掃除する念の入れよう
汗とかだけはどうにもならないと諦めたが、実際にそれらは検出されなかったようだ
それは犯人であるみなみにとっては、喜ばしいことであるはずが……
彼女の心は今、別の感情に支配されていた

「……ゆたか……」

そう、『最愛の友を失った』という虚無感である
これから自分たちには、輝かしい未来が待ってくれていたはずだった
辛いことがあったとしても、ゆたかがいるからそれも乗り越えられるだろうと、そう思っていたのに
それをタムラヒヨリなどという得体のしれない女性に奪われてしまうなんて……
今や彼女の中では『田村ひより』という人物は友達の欄からデリートされている

「みなみー。日下部さんがいらしたわよー」
「!」

日下部みさお。学校の先輩であり、今となってはたった三人となってしまった、みなみの友達の一人だ
この来訪が、どれだけみなみの心を救ったかは言うまでもない

「よぉ、岩崎」
「こんにちは、日下部先輩。ちなみに……この家の人はみんな岩崎ですよ?」
「あっはは! 違いねぇや!」

みさおが来ただけなのに冗談を言えるまで回復した
ゆたかはいないけれども、この人達となら悲しみを乗り越えられそうな気がした

「岩崎……大丈夫か?」

瞬間、みさおがえらく暗い声で聞いてきた
正直、先ほどまでまったく大丈夫ではなかったのだが……

「日下部先輩が来てくれなかったら……どうなってたか……」
「……そうか。やっぱり、相当ショックだったんだな。二人が殺されて……」

ドロリと、黒い感情が、みなみの心に溢れてきた
『二人じゃなくて一人だ』と叫びたくなる衝動を抑えて、みなみは頷いた

「……私な、最初は田村が小早川を殺した犯人だと思ってたんだ」
「え……」
「けど、そりゃ間違いだったみたいだな。田村に……悪いことしちまったよ」

違う
犯人は……田村ひよりで間違いない
だから……あんなヤツに謝らないで
ドス黒い感情が、みなみの中で更に大きくなる

「あの……お茶をお持ちしますね」
「あ、悪いな」
「いえ。日下部先輩は、大事なお客様なので」

そう言って、みなみは部屋を出る
扉にもたれかかりながら、みなみは唇を噛み締めた
わかってる。日下部先輩に悪気はないことは
だが……どうしても気持ちが収まらない
そんな自分が悔しくて壁を叩きつけた
 
 
・・・
 
 
「岩崎、絶対に自殺なんかすんじゃねぇぞ」
「わかってます。二人の分まで……私は生きなくてはいけませんから」

本音と建前、とはよく言ったものだ
本当は田村ひよりの……殺人者の分まで生きるつもりは毛頭なかった

「あ、そうだ。学校は……」
「はい、三日後からですよね。校内の事件ではなかったので休校が延長することはなかった、と聞いています」
「しっかり準備しとけよ。じゃあな」

玄関の扉を開けて、岩崎家から出ていくみさお
そんなみさおに、みなみは扉が閉まるまで手を振り続けていた

「……本当……いい、先輩だな……」

わざわざ自分のために家まで訪ねてきてくれる
自分も将来、あんな先輩になりたいなと思いながら、部屋に戻って三日後の準備をする
時間割は現代文、数学1、体育、英語、五・六時間目は調理実習。机の引き出しを開けて教科書を出す

「あ……」

机の角に置いてある鍵。ゆたかを殺した犯人を突き止めようとみなみが陵桜に侵入した際に使用した鍵だ
鍵の管理をしている教頭からこっそり『盗んだ』のだが、返すのをすっかり忘れていた

「……」

自宅に家宅捜索が入るわけでもない。返す必要もないとは思うが……念のため、学校が始まったら教頭に返しておこう
みなみは『ハンカチ』でそれを包み、小さな袋に入れた
……そういえば、四時間目の英語は小テストがあったはず。英語の教科書を開いて勉強を始めた


・・・


「どうだった? 日下部」
「……すんごいモン発見したよ」

かがみの部屋にやってきたみさおはデジカメをいじり始めた

今回の事件、無惨な殺され方からして、怨恨以外に動機はなさそうだった
田村ひよりが小早川ゆたか殺しの犯人であることは指紋から確定している(公表はされてないが)
だとしたら……『田村ひよりが小早川ゆたかを殺した犯人であると突き止め、敵討ちをした』というところが妥当であろう
これらの話を警察官であるゆいから聞いたみさおは、ゆたかに一番近かった人物『岩崎みなみ』が犯人だろうと推測した
先ほどみさおがみなみのところに行ったのも、激励のためではない。『みなみが犯人である』という証拠を見つけるためだった
ひよりが犯人ではないだろうという言葉もわざとで、もし犯人だとしたらボロを出すかもしれない、と思って口にしたのだ
反応はしたものの、彼女はいたって冷静そうだった

「おお、コレだコレ」
「え、コレって……」

その写真に写っていたのは鍵だった
かがみには、その鍵に見覚えがあった。深夜の陵桜に侵入した際に黒井先生が見せた――陵桜の裏門の鍵である

「な、なんでコレが岩崎さんの家に……?」
「教頭が鍵を無くしたって言ってたな。落としたのを拾ったか、あるいは盗んだか」

ゆいに聞いたところ、自分たちが侵入する前日は陵桜の裏門に鍵はかかってなかったという
鍵の管理をしている教頭に確認すると、事件が起きてから鍵を開けてはいないらしい
ということは『侵入前日から直前まで、紛失した鍵を使って自分たち以外の誰かが侵入していた』ということになる

「う~ん……これだけで犯人って決め付けるのには不充分ね」

落ちていたところを拾った、と言われたらそれまでになってしまう
決定的な証拠……とは言えない

「とりあえず、三日後だな。教頭に返せば拾ったって確率が格段に高くなる。返さなきゃ……返す必要がないと思ってるってことだ」
「でも、ただ単に忘れてるって可能性も……」
「忘れ物率ゼロの岩崎がか?」

やはりそれも状況証拠に過ぎないが……それでも『拾ったことを忘れていた』という確率は限りなく低くなるだろう

「でも、ゆたかちゃんを殺されたショックで」
「……柊」

底冷えするような声で、みさおは言った
以前の事件で、犯人である妹のつかさを庇い続けていたかがみ。そんなかがみを怒鳴る直前にも、このような声を出していた

「友達を疑うのが嫌なら、無理に手伝ってくれなくてもいい。けどな……誰かが誰かを疑わなきゃ、この話は終わらねぇんだ」
「!」

しばらく、沈黙が辺りを包み込む
自分の胸に手を当てて考えるかがみ。そして、目を瞑った

「……ごめん、日下部。目が覚めたわ」

次にみさおが見たかがみの瞳は、しっかりと前を向いていた

「現実から逃げてばかりじゃダメね。誰が犯人だろうと、しっかり受け取めなきゃ……殺された二人がうかばれないわ」

その言葉を聞いて、みさおは胸を撫で下ろした
『無理に手伝ってくれなくてもいい』と言ったが、実際はかがみの力を借りなければいけないだろうと思っていたのだ
彼女の一か八かの賭けは、成功した

今、証拠になりそうなものはこの鍵。しかも決定的な証拠とはいえない。それでも大きな指針にはなる
学校が始まってから、岩崎みなみがどう動くか……全ては三日後、明らかとなる





・・・


「むぅ……鍵は一体どこに行ったのやら……」

生徒達でにぎわう陵桜学園の廊下で、中年の男性は困ったように行ったり来たりしていた
彼は陵桜学園の教頭、そして陵桜の鍵を管理している人物である
あの日から三日が経過していた。一時間目を終えて、二時間目との休み時間

「教頭先生ー」
「……お? おお、日下部さんじゃないか」

そんな教頭に、みさおが声をかけた

「鍵、見つかりましたか?」
「いや、まだだが……」

『みなみが持っていた』とは言わない。無理に聞き出そうとしても、口を割らないことが多いからだ
前回の事件で警察にも知り合いができ、いろいろと捜査のノウハウを教えてもらったのである

「あの……」
「お、岩崎。何か用か?」

そんな会話をする二人のもとに、みなみが遠慮がちに口を挟んだ
そして教頭に向けて左手を差し出す

「……!!」
「あの、事件が起きる直前に、学校の敷地内で見つけたんです。早く返しておけばよかったんですが、すっかり忘れてしまって……」
「おお、私がなくした鍵だ! わざわざありがとう」

みなみが教頭に差し出したのは、半透明の小さな袋
その中には、確かに陵桜の裏門の鍵が入っていた

「いえ……では、失礼します」

その場から立ち去るみなみを、みさおは呆然と見送った
みさおは、みなみが犯人だと半ば決め付けていた。だから、鍵を返しには来ないだろうと踏んでいたのに
これでみなみが犯人である可能性はぐっと減った。(警察でもなんでもないのに)また調べ直しかと肩を落とした、その時だった

「しかし……なんでわざわざ袋なんかに入れとるんだ? 手渡しでもいいのに……」
「!!」

その教頭の言葉を聞いた時、みさおの顔があがった

「……教頭先生。その鍵を貸してもらっていいですか?」
「なに?」
「その鍵には、ここ最近の事件の犯人に繋がる手掛かりがあると思います。帰りに知り合いの警察に渡してくるので、貸してください」

教頭は顎に手をやって考えた
やっと返ってきた鍵を貸し出すというのは忍びないが……みさおは以前の事件を解決した人間。勘違いではないだろう
それに……犯人を捕まえるのに協力できるのなら、安いものだ

「わかった。ただし、なくすんじゃないぞ」
「ありがとうございます」

みさおは袋のまま鍵を受け取ると、そのまま教室へと帰っていった



「……あり?」

教室には、なぜか誰もいなかった
おかしい。まだ休み時間なのに、なぜ誰も教室にいないのだろう?
気になって時間割を見てみると……

「やっば! 二、三時間目は調理実習かよ!!」

みさおは鍵を忘れないように筆箱に突っ込むと、エプロンと三角巾を持って家庭科室へと急いだ
廊下を全力疾走していく。曲がり角で女子生徒とぶつかりそうになったが、際どいところでそれをパスする

「はぁ……はぁ……せ、セーフ……」
「遅いじゃないのよ、日下部! 早く着替えちゃいなさい!」
「わかってるよ!」

一番後ろがみさおの班。先に来ていたかがみに急かされ、急いで着替える
三角巾を頭に巻いたところでチャイムが鳴り響いた

「あ……あぶねぇ……」
「まったく。次から気を付けなさいよ?」

チャイムと同時に先生が入ってきて、調理実習の準備をするように指示
二人の班は、かがみがまな板を、みさおが包丁を取りに行くことになった

「えーっと、ここだよな。包丁、包丁……」

みさおは一番後ろの戸棚を開け、中から包丁を幾つか取り出す
と、左端のものを手に取った時点でみさおの動きが止まった

「何やってるのよ?」

その様子を見たかがみが呆れながらみさおに近付く
そのみさおはというと、包丁の匂いを嗅いでいた

「……血なまぐせぇ」
「え?」
「ほら、柊も」

包丁を渡され、戸惑いながら鼻を近付けると……

「……! 本当、微かだけど血の匂いがする」
「だろ?」

本当に微かな匂いだった。周りの人間も鼻を近付けるが、まったくわからない
それは、みさおとかがみが何度も血の匂いを嗅いできたからであろう
一生身につけたくない特技を身につけてしまい、かがみは落胆した

「もしかしたら……」

みさおはすぐさま包丁を専用ケースの中にしまい、マジックで大きく『使用禁止』と書いて家庭科室の隅に置いた

「ちょ、何やってるの!?」

騒ぎを聞き付けた教師が走ってくる
その教師に右手の手のひらを向け、

「これは、小早川と田村を殺した犯人の大事な証拠なんです。先生は黙っててください」
「警察でもなんでもないアナタが何を言ってるの!」

瞬間、みさおが目を見開いて、その教師に向かって声を張り上げた

「今はそんなこと言ってる場合じゃないんです! 犯人に可能性のあるものは全部私が警察に持っていく!! それでいいですね!?」
「日下部……」

早く犯人を見つけたいというみさおの想いが、かがみにも伝わってきた
どうでもいいことで、見つかるはずの犯人が見つからなくなる……怒りだして当然だろう

「先生、私からもお願いします」
「柊さんまで!」
「日下部は、前の事件でちゃんと犯人を追い詰めたんです。ですから……日下部に賭けてやってください!」

床に正座し、そのまま教師に頭を下げる。いわゆる土下座である

「……仕方ないわね。日下部さんを信頼しましょう」
「それじゃあ!」
「ただし」

目を輝かせて見つめてくるみさおに、教師は人差し指を突き付けた

「絶対に犯人を捕まえること。小早川さんと田村さんに……約束できるわね?」
「もちろんです!」

みさおは元気よく返事をして頭を下げる
そしてそれからは何事もなかったかのように調理実習は進み、みんなでおいしい料理をいただいた
 
 
・・・
 
 
「……」

みなみは包丁を見つめたまま、立ち尽くしていた
その包丁は、『自分が田村ひよりを殺した包丁』そのもの
実はこの包丁、みなみは指紋を消すことができなかったのだ
ひよりの死体の周りを掃除しているうちに空が明るくなってきて、そこでようやく凶器の包丁を処理していないことに気が付いた
家から指紋を拭き取るためのタオルを持ってくる時間はない。ハンカチはすでに血でまみれている。どうしようかと、みなみは思案した
そこで、思い出した。休校明けの初日に調理実習があることを
だからみなみは、わかりやすいよう戸棚の左端に凶器の包丁を置いた
初日から調理実習など、おそらく自分のクラスだけ。包丁を先に使われて位置が変わることもないだろう
これで……完全に自分の証拠はなくなっただろう

(ゆたか……私、頑張る。ゆたかの分まで……しっかり生きていくから……)

胸に手を当て、遠い親友に想いを馳せる
とその時、肩を誰かに叩かれ、みなみは慌てて振り向いた

「ミナミ、大丈夫ですカ?」

パティだった。今では、同級生最後の友達だ

「う、うん、大丈夫。ただ、田村さんがこういうので殺されたのかって……」
「Oh……確カに……惜しい人を亡くしまシタ……」

悲しそうに目を伏せ、首を左右に振る
みなみは、友達に殺意を覚えた自分を恥じた
そう、みんなは知らないだけ。悪い人はいない……
みなみがそう思っていると、パティがいきなり明るい顔になった

「デモ、くよくよシテても始まりまセン! 二人の分まで、シッカリhave to liveデース!!」

have to live……『生きなくてはならない』。英語と日本語が変なふうに混ざるパティに、みなみは思わずくすりと笑った

「by the way、ミナミ。ミナミは料理は得意ですカ?」
「う、ううん……あまり、得意では……」
「OK、なら二人でショージンしまショー。二人でdeliciousな料理を作って、二人の墓前に供えるデス!」
「!」

パティは、本気で言っているようだった。笑顔がとてもまぶしい
彼女はたまに誰も思いつかないような発想をする。お供え物をすぐに持ち帰ることは知っているだろうが、その発想はなかった

「……そうだね。その時は、冷めても美味しいものを持っていこう」
「ハイ!!」

凍り付いた心が溶かされるような、そんな心地よい感覚
友達の偉大さを噛み締めながら、みなみはじゃがいもの皮を剥き始めた


・・・


「……!!」

数日後の昼休み。それにいち早く気が付いたのは、みさおだった
何気なく寄った1―Dのクラスの掃除用具箱の中に、『あってはならないもの』を見つけたのだ
そしてその掃除用具箱に一番近い席の人を見て……絶句した

「……どうしたの? 日下部」

一緒に1―Dに来ていたかがみが話し掛けると、みさおは静かに言い放った

「柊。桜庭先生に、次の授業は抜けるって言っておいてくれ。私は黒井先生に、次の1―Dの授業は中止にしてくれって言ってくる」
「はあ?」
「もう時間がないんだってヴぁ! 今日、五時間目で……この事件にケリをつける!!」
「!」



※〔〕書きは英語


〔――…そう、元気してるんだ。……うん、うん……あ、もうすぐ授業だから……うん、それじゃ〕

同じクラスの女子生徒――辻さくらと共に廊下を歩いていたパティはケータイを切り、ポケットにしまった

「あれ? パトリシアさん、ケータイ変えたんだね」
「Yes! 新機種が出たのデ乗り換えてみましタ!」
「乗り換えてって……」

教室のドアを開けると、教壇には三年生のかがみが立っていた

「あれ、柊先輩」
「ドウかしましタ? もうすぐChime鳴るデスよ?」
「ええ、ちょっとね。二人も座ってちょうだい」

言われた通り、自分の席につこうとするが、なぜかそこには別の生徒が座っていた
ゆたかとひよりの席には、担任教師と黒井先生がついている

「カガミ、コレは?」
「私が座る席を決めてるの。さくらさんはそっち、パトリシアさんはその隣ね」

てきぱきと席を決めていくかがみ
さくらは最後列右端。例の掃除用具箱に一番近い席で、パティはその隣だ

「……」
「よし、みんな揃ったわね。それじゃ、チャイムが鳴るまで待機してて」

そう言うと、席の近い者同士が雑談をはじめた
その中にはかがみに対する罵倒も聞こえたが……無視しておくことにする
やがて校舎中にチャイムが鳴り響き――
静かになったところで、かがみが口を開いた

「さて、そろそろいいかしらね」
「柊先輩、今から何をするんですか?」

一人の生徒が質問をしてきた
かがみはぐるりと教室を見回し、言い放った

「単刀直入に言うわ。小早川ゆたかちゃん、田村ひよりちゃんを殺した犯人が……このクラスの中にいる」
『!!』

教室中がどよめき、隣同士の人達で『マジかよ!?』だのと話している

「ちょっと待っテくだサイ! イキナリ言われても困りマス!!」

パティが机をバンと叩き、立ち上がる

「動かないで! 動いた人は犯人と見なすわよ!」

教室中がしん、と静まる。パティはそのままゆっくりと着席した

「犯人と見なすっつってもなあ……柊先輩にそんな権限「あるぜ」

生徒の言葉を遮り、教室に入ってきたのはみさおだった
その後ろにはゆいがいて、一緒に教室に入ってくる

「日下部! どうだった?」
「ああ、証拠もバッチリだったよ」
「埼玉県警の成実だよー。今からみんなにはみさおちゃんとかがみちゃんの言うことを聞いてもらうらねー」

その会話を聞いていた、犯人であるみなみの顔にはびっしりと脂汗が浮き出ていた
証拠は何もないはずなのに、なぜこんな事態になっているのか……
もし本当に証拠を握られているのであれば……一巻の終わりだ

「ところで、なんで交通安全課の成実さんがいるの?」
「知らねぇ。『警察官一人ついてきて欲しい』って言ったっけ成実さんが来た」
「……てゆーかあんた、警察に可愛がられてるような気がするんだが……?」
「ああ、親父は埼玉県警の警視監だからな。言ってなかったっけか?」
「マジかよ!?」
「……お前ら、はよ話進めんかい……」

黒井先生に諭され、軽く咳払いをしてからかがみが言った

「まず犯人を特定する前に、やっておかなきゃいけないことがあるの」
「やっておかなきゃいけないこと……?」
「ああ」

生徒の言葉に、かがみの代わりにみさおが答える
ざっと教室を見渡してから、

「犯人の他に、この中に更なる過ちを犯そうとしている奴がいる。そいつを見つけてからだ」

その時、みなみは気が付いた
自分の右後ろに座っているパティの身体が震えていることに
その過ちを犯そうとしている奴とは、もしかしたら……

「で、それは誰なんですか?」
「それは……時間が解決してくれるよ。何もしなくてもな」

それきり誰も何も発しなくなり、教室が静寂に包まれる
それからどのくらいの時間が流れただろうか、みさおが腕時計を見て、

「……5、4、3」

突然、カウントダウンをはじめたのだ
なんのことだかわからず、生徒達はただみさおを見つめるばかり
そうしなかったのはパティと、その様子を見ていたみなみだけだった

「2」

時が止まることはなく、みさおのカウントダウンも続いていく
そして、

「1」

……みさおがそう宣言した瞬間だった
パティが隣のさくらの腕を引き、自らの方へ抱き寄せたのだ

「0」

大きな風切り音と、何かに何かが刺さるような音が、教室後方から響いた
何事かと振り向いてみると、さくらが今まで座っていた前の席の背もたれに矢が刺さっていたのだ
そして、パティがさくらの身体を抱き寄せている姿を、教室中の誰もが目にした

「サクラ……ケガはないデスか……?」
「う、うん……ありがとう、パトリシアさん……」

さくらを抱き締める手を緩め、解放する
そして、気が付いた。目の前に、みさおの姿があることに

「……パトリシア、これ仕掛けたの、お前だろ」

おもむろに掃除用具箱を開けると、なんとそこにはハンティング用のボーガンが仕込んであった
その横には一つの携帯電話がある。さくらにも、みさおにも、みなみにも見慣れた、携帯だった

「そ、それ……パトリシアさんの前のケータイ……」
「ケータイのバイブがスイッチになって、ボーガンから矢が発射される時限式の装置よ。つかさも、こういうのを……いえ、なんでもないわ」
「悪いな、辻。身代わりにしちまって」
「いえ。もしパトリシアさんが来なかったら、自分から逃げてましたから」

実は、さくらはみさお達とグルだった
全てを説明してから、さくらにはパトリシアを連れてチャイムが鳴る直前まで教室に戻ってこないようにしたのだ

「ちなみにここは岩崎の席だ。パトリシア、本当は岩崎を殺すつもりだったんだろ?」

みさおがパティに詰め寄る
上手く説明できないみさおに代わり、かがみが前で装置の解説。正にナイスコンビネーションである

「……That's rightデース……」

悲しげに顔を伏せるパティ。携帯電話がある以上、言い逃れはできないと判断したのだろう

「ぱ、パトリシアさん……どうして……?」

普通に授業が始まっていたら、このボーガンによって殺されていたであろうみなみは、戸惑いながらも尋ねた

〔……一緒に死んでほしかった……〕
「え……!?」

日本語で話すことを忘れたパティが自分のカバンから取り出したのは、小型のナイフだった
言葉の内容からすると、パティは……

〔ゆたかもひよりもいない生活は、私にとって地獄のようだった! 辛かった!
 だから、みなみを殺して、私も死ぬつもりだった!! 向こうでみんな再会できるように!! うわああぁあぁぁあああぁ!!〕

最後は机に突っ伏して、大きな声で泣き出してしまった
だが、会話の内容がわからなかった人達は、完全にポカンとしている

〔……パトリシアさん〕

日本語での会話は無理だと判断したのだろう、会話の内容を理解したかがみが英語でパティに話し掛けた

〔私も、そうだった。こなたにみゆきにつかさに峰岸。みんな逝っちゃって……本当に死にたかった〕
〔かがみ……〕
〔だけど、死んだら何ができる? 何もできないでしょ?
 だから……パティちゃん、ゆたかちゃんとひよりちゃんの分まで生きなくちゃダメよ。私も、日下部も、岩崎さんも、それにさくらちゃんだって友達でしょ?〕
〔あ……〕
〔貴女にはまだたくさん友達がいるじゃない。貴女は一人じゃないの。わかる?〕
〔……かが、み……あり、が……〕
〔よしよし、淋しかったんだね……〕

自分の胸にすがりついてくるパティを、かがみは優しく抱き締めた
そして顔をあげ、みさおとゆいの方を向く

「日下部、成実さん。これって不起訴確実よね?」
「ああ。会話の内容はあんまりわかんなかったけど……」
「この件は本部の方には伏せておくよー」

職権乱用な気もするが、この好意がかがみにとって何よりも嬉しかった
パティがこんなことをしでかしたのは……他ならぬ、この事件の犯人なのだ。パティはなにも悪くない

「……さて。それじゃあ移ろうか。『田村ひより殺害の犯人捜し』にな」

涙の収まらないパティは一度置いておいて、みさおは言い放った

「ん……ちょっと待ってください」

生徒の一人がおもむろに手を挙げ、みさおに質問する

「その言い方……小早川と田村を殺した犯人は、別人だってことですか……?」
「鋭いな、その通りだよ」

今度はみなみが震える番だった
ゆたかを殺したのはひより。だがみさおは、前に自分の部屋に来た時『ひよりは犯人じゃなかったみたい』と言っていたはず
ということは……あれは真っ赤な嘘!

「ここで情報を整理していこう」

前にいたみさおは、教室の中をゆっくりと歩いていく

「小早川を殺した犯人は、田村だ。警察の指紋認証でそれは確定してる」

どよめく教室をよそに、みさおは黒井先生の席を通り……

「そして田村は、殺された。小早川を殺した犯人が田村だといち早く気付いた人間に。傷口が半端ねぇことから、恨みによる犯行とみてほぼ間違いねぇ」

担任教師の席を通り……

「ただ……田村が殺された現場には、犯人に繋がる物的証拠が何一つ見つからなかった。証拠を隠したんだろう。なかなか頭のいい犯人だぜ」

さくらの席を通り……

「だけどな、犯人は最後の最後でボロを出した。運も手伝ってくれたおかげで、証拠は見つかった」

かがみとパティの席を曲がり……

「小早川ゆたか殺しの犯人、田村ひよりを殺した人物。それは……」

そして、みさおはある席の前で立ち止まった

「岩崎みなみ……あんただよ」
「!」
「友達の仇を討った……そんなところだろ?」

みなみは何も言わず、ただ黙って机の中心を見つめるだけだった
これ以上問い詰めても無駄だと判断し、みさおは前の方へと歩いていく

「私と柊、そして黒井先生と成実さん。私達四人は、田村が殺された日の早朝に陵桜に行ったんだ。犯人に繋がる手がかりを探すために
 そして、私達は田村が犯人であることを突き止め、夜が明けてから田村の家に行ったんだ。そんときゃもう、死んでたみたいだがな……」

教卓にもたれかかり、みなみの方を見ながら、自分の推理を発表していく
教室中の人間――涙の止まったパティ含む――はみさおと同じくみなみを見つめていた

「ちなみに裏門から入ったんだ。鍵を黒井先生に開けてもらってな。だけど、後から先生に話を聞いてみたら、『裏門は事件が起きた後も鍵を開けていた』んだそうだ」
「!!」

ごそごそと腰の辺りに手を突っ込み、出したものは小さな袋に入った鍵だった

「それは?」
「裏門の鍵だよ。学校が始まった時、岩崎が教頭に返しにきたやつ。で、教頭が呟くまで気付かなかったけどな、その鍵はこんなふうに袋に入ってたんだ
 それで岩崎は、『拾ったものだ』と言って鍵を教頭に渡した。拾ったものなのにわざわざ袋に入れている……。その理由は一つ、本当は拾ったものじゃないからだ
  万が一、鍵が調べられても大丈夫なよう、指紋が付かないように袋に入れたをだろう」

みさおは袋を投げると、見事にみなみの机に着地し、止まった
わなわなと震える手で拾い上げ……みなみはそれを見つめる

「私の推理はこうだ。岩崎は、休校になるまえに鍵を盗みだした。そして私達が陵桜に入るちょっと前に、岩崎が侵入していた
 そして岩崎は小早川が殺された現場に行き、田村が犯人だと突き止め、私達がくる前に陵桜を後にした
 入る際は鍵が開いてたっていうのに、わざわざ鍵を閉めてな……」

みなみがしでかしたミスその一である
みなみは陵桜を出るとき、相当に興奮していた。そのため、『鍵は閉まっていなかった』という事実を忘れていたのだ

「そ、それは……じ、事件に関係のある物かもしれなかったから……」
「『事件』、ねぇ。それってどっちのかしら?」
「え、あ……!」
「言えるわけねーよな。どっちでもねーんだから」

みなみのミス、その二。必要以上に証拠を残さないようにしたこと
最初の事件が起きる前だと言えば、『なんの事件の前だった?』と疑われる
二つ目の事件の場合、何のために学校へ行ったかわからないのだ
しかも、みなみは二つ目の事件から学校が始まるまで一度も外出していない。それは母親に聞けばわかることだ
迂濶だった。もはや言い逃れは不可能……
いや、まだ策はある!

「……まだですよ、先輩」
「なに?」
「それだけの証拠で私を犯人扱いできませんよ。まだ、私が犯人だという決定的な証拠が出ていないんですから……」

そう。今までのはすべて『状況証拠』。みなみが犯人だという『確固たる証拠』にはならない
凶器の包丁についた指紋も問題はない。学校が始まったあの日に、しっかりと自分の指紋を付けてきたのだから
何より、こんな大人数の指紋が付いてしまうところの包丁など調べるはずが……

「――あるぜ」
「!!」

みさおがゆいに顔を向けると、持ってきたバッグから包丁の写真を取り出した

「さすがに本物は無理だから、写真だけだよ」
「いいえ、構いませんよ」

その写真を手に取り、みんなの方へと向けた

「これは学校が始まった初日に『私達のクラスであった二・三時間目の調理実習』の時に見つけたんだ」
「!!」

これがみなみが冒した最大のミスであった
一日に調理実習が二回もあるなんて予想もしていなかった。しかもよりによってみさおのクラスであったとは

「たまたま手に取った包丁が血なまぐさくてな、もしかしたらと思って警察に調べてもらったよ
 そしたら……案の定、私の指紋の下に『岩崎の指紋』と、『田村の血液』が見つかった
 ちなみに今年は私達の授業が一番最初の調理実習だった。なのに家庭科室に入ったこともない『一年の』岩崎の指紋が、私よりも先についたことになる
 これが意味することは、『この包丁は岩崎が田村を殺した際に使った凶器』に他ならない。もう言い逃れはできないぜ」

みなみは燃え尽きたかのように無表情で天井を見つめ、

「……フフッ、捕まらない自信はあったのにな……」

みなみは音もなく立ち上がると、教室を意味もなく歩いていった

「日下部先輩の推理通りですよ。私が田村さんを殺したんです
 あの包丁は……丁寧に洗う時間がなかったんです。どうしようか悩んでいたとき、初日の午後に調理実習があることを思い出した
 その時に使うことで、指紋や血を洗い流すことができる。そう思ってたんですけどね」

前の方に歩いて行きみさおの顔を見る
その顔からは……なぜだか、清々しさが感じられた
みなみはゆいの脇を抜け、窓際へと歩いて遠くを見つめる

「田村さん、勘違いでゆたかを殺したんだらしいんです。でも、例え勘違いだとしても、ゆたかを殺したことに変わりはない……
 だから私は、田村さんを殺した。ゆたかの仇を取るために。後悔は……してません」

そこでみなみの言葉は途切れ、しばらくの間、静寂が教室を包み込んでいた
そして、言いたいことはそれだけだろうと思い、みさおがゆいに言った

「……成実さん、手錠を」
「オッケー。……ん?」

ごそごそと腰の辺りをまさぐるゆいだが、なにかに気付いたのか動かしていた手を止めた

「どうしました? 成実さん」
「ん、いや、拳銃が見つからないなーって……」
 
 
 
その異変に、最初に気が付いたのはかがみだった
前で交わされた会話のやり取りを聞いていたが、さっき見たとき、ゆいの腰のホルスターには確かに拳銃が収まっていたはずだった
そして、見た。みなみのスカートのポケットが異様に膨らんでいるのを
次の瞬間、みなみは神業とも言えるスピードでポケットに手を突っ込み、中にあった『黒い塊』を引き抜くと、身体を反転してそれをみさおに向けた
間違いなく……『ゆいから奪った拳銃』であった

「日下部!! 危な――」

その警告は、遅すぎた
 
耳をつんざくような巨大な音が教室中に響き渡る
みなみが撃った弾丸が、みさおの左胸を貫通し……
穿たれた穴から鮮血が塊となって飛び散り、また口から大量の血を吐き出し、それらはそのまま床へと落ちる

「……う……そ……?」

教室にいる誰もが、ゆっくりと後ろに倒れていくみさおを、ただただ見つめることしかできなかった
ある者は、その惨劇に、叫びだしそうなくらいの衝動を抑えるかのように口を両手で塞ぎ、またある者は、あまりのショックに気を失った

「くっ……日下部ぇぇええぇぇぇえぇえええ!!」


かがみは絶叫し、みさおに駆け寄る

「日下部、しっかりしてよ! 日下部!!」

自分の制服が汚れるのにもかまわず、みさおの身体を抱き起こし、何度も揺するが……反応はない
あたりまえだろう。心臓のある左胸を撃たれたのだから
おそらく……『即死』

「そんな……いや……いやああああぁぁああぁ!!」

かがみの流した涙が頬を伝い、みさおの顔に落ちる
それでも、みさおは一切の反応を示さなかった

「あれ、右胸を狙ったはずなのに……。やっぱり早撃ちは無理だったか」
「岩崎!! 何のマネや!!」
「動かないで。動くと先生も撃ちますよ」
「ッ……!」

誰一人として動くことができない
次は自分が殺される……そう考えると、黙っているしかできなかった

「ふ、ふふ……あは、あはははははははははは!!」

天井を仰ぎ、狂ったように笑い出すみなみ
こんなの……みんなが知っている『岩崎みなみ』などではない!

「み、ミナミ! さっきregretしなかっタって言ってたじゃないデスか!!」
「後悔はしてないよ、パトリシアさん。だけど……私には、やるべきことがあるんだ」
「!」

そう言うとみなみは、今度は銃口をゆいに向けた

「私はゆたかの分まで生きなくちゃならない。こんなところで捕まることは許されない
 殺人の時効は二十五年……。その二十五年を逃げ切り、ゆたかの代わりに普通の生活を取り戻す義務がある。だから成実さん、どいてくれるよね?」
「はっ……『ゆたかの分まで生きなくちゃならない』だぁ……? 笑わせるぜ……」

突然響いた声に、みんなの視線は一斉に前方へと移動する
その声を出したのは、なんと左胸を――心臓を貫かれたはずのみさおだった
息も絶え絶え、霞む視界の中、かがみの助力にすがって必死に立ち上がる

「く、日下部……あんた、左胸を撃たれたのに、なんで……!?」
「心臓……ちょっと外したんだよ……かはっ!!」

みさおが激しく咳き込むと同時に口から血液が溢れだしてくる
確かに心臓は外しているようだが……肺はやられているだろう

「日下部! 無理しちゃダメ!!」
「そう、言われてもなぁ……この、馬鹿に……言ってやらなきゃ……気が済まねぇんだよ……!」

口から、左胸から溢れる血が、彼女が言葉を発すると同時に量を増す
だが、みさおはそれらをことごとく無視。あまりの激痛にかすれる声で、みなみに言い放った

「岩崎……お、お前が今までやってきたこと……ホントに小早川のためだったのか……?」
「な……」
「お前なら! ……小早川の一番近くにいたお前なら……わかるじゃねぇか……! 小早川が……復讐を望むような人間じゃねぇってよ!!」
「!」

今のみさおには、みなみの顔はぼやけてしか見えていない
だが、自分の言葉で、みなみが動揺していると直感した
現に、みなみは明らかに動揺していた。拳銃を持つ手は震え、呼吸が荒くなっていく

「小早川なら……復讐なんか望まない…! 例え友達が犯人であろうと……アイツは罪を償ってもらうことを望むはずだ!!許すっていう選択肢は……お前の中になかったのか!?」

みさおの、命を賭した説得は、みなみの心に揺さぶりをかける
しかし、みなみの心は、まだ折れなかった。歯を食い縛り、みさおに負けないくらいの大声で叫んだ

「うるさい! 私は……私はゆたかを思って行動したんだ!! それをゆたかが否定するなんて、ありえない!!」
「なんでもかんでも自分の都合がいいようにねじ曲げるなよ!
 お前は何をした!? 人ひとりの命を奪ってそれで『ゆたかのため』だぁ!? ふざけるのもいい加減にしろ!!お前がやったことは、ただの『自己満足』じゃねぇか!!」

その時だった

“みなみちゃん……”
「え……?」

みなみの耳に、二度と聞くことができないと思っていた声が聞こえてきた
ゆっくりと振り返ると、涙目になりながら、みなみのスカートの裾を持つゆたかの姿があった
だが、それは他の人間には見えていない。みさおの思いが見せた幻覚か、もしくは……
何にしろ、その出来事は、みなみの凍り付いた心を溶かすこととなった

「ゆたか……私……私……!!」

手から拳銃を落とし、みなみは涙を流しながら膝をついた
その行動を見て、ゆいはみなみにゆっくりと近づき、拳銃を拾ってからみなみに語り掛けた

「みなみちゃん……そりゃ、みなみちゃんも悲しかっただろうけど……みなみちゃんがしたことで、たくさんの人が、無意味な死で悲しんだんだよ……?
 罪を償って……ゆたかとひよりちゃんに謝る必要がある。だから、みなみちゃん……悪い子は、逮捕だ」

腰から手錠を取り出し、みなみの手を拘束した
それに抗う様子もなく、みなみはただ涙を流し続けていた

「……終わった……か……」
「日下部!?」

その様子を見届けた瞬間、みさおの頭がガクンと下がった
床には、尋常ではないほど大量の血液が広がっている

「あかん! このままじゃ出血多量で死んでまう!」
「だ、誰か! 誰か救急車を!!」
「大丈夫だ! さっき呼んだから、もうすぐ来るはずだ!」

1―D担任教師の声と同時に扉が開き、数名の救急隊員が担架を持って入ってきた

「○○病院です! ケガ人は……ってうわ!?」
「こりゃ相当ひどい……早く病院に運ばなきゃ、手遅れになるかもしれない!」

救急隊員はみさおの身体を素早く持ち上げ、担架に運ぶと、全速力で元来た道を走っていく

「あの!!」
「わかってる。ついてきなさい」

かがみの呼び掛けにそう答えると、最後の救急隊員も教室を飛び出していく
その後を追うように、かがみも全速力で廊下を駆け抜けた
学校を出、校庭を抜けると目の前に救急車があり、みさおを運ぶ担架が入れられる直前だった
救急隊員の許可を得て、かがみは救急車に乗り込んだ

「日下部、大丈夫よ! すぐ病院に着くから!」
「は、はは……」

かがみが元気付けようと言った言葉を、みさおは乾いた笑いで切り捨てた

「多分、間に合わねぇよ……病院まで……な……」
「そんなことわからないじゃない!」
「わかる、よ……私の、身体、だから……」

かがみの頬を伝う涙を、みさおが拭った
しかし、もう限界が近いのだろう。その手は力なく落ちていった

「柊……悪い……みんなの分、まで……一緒に生きるって……約束、したのに……守れそう、もない……」
「……っ……」

かがみは、勝手に洩れ出てくる嗚咽を堪えながら、みさおの声に耳を傾ける

「だから……柊……最期に、約束してくれ……絶対に……私の、後を追うなよ……」
「うん……えぐ……わかってる、わ……」
「はは……よかったよ……」

みさおは長い息を吐き出し……
涙でくしゃくしゃになりながらも、笑いながらかがみに言った

「じゃあな……ひい、らぎ……元気で……いろ……よ……」

そう言うと、みさおは笑顔のまま目を閉じ……
そのまま、動かなくなった

「……っ……くさ……かべぇ……」

それを見届けたかがみは、子供のように泣きじゃくった



みさおが撃たれてから一週間が経過した
学校は休校になったが、明日から始まる手筈となっている
かがみは自室で、翌日の授業の準備をしていた
その顔に、憂いはない

「……ふう、完了。休校ばっかりだったけど、ちゃんと授業についていけるかな……」

かがみの今の悩みは、今までまったく勉強ができなかったこと。志望校に受かるかどうかが問題なのだ

ふと、机の上の写真に目が行った
写真の中にいるかがみとみさおが、こちらに笑顔を向けている
一ヶ月前にみさおと遊びに行った時に撮った、最初で最後の、二人だけの写真である

「……日下部……」

みさおは今、病院の集中治療室で眠り続けている
生命維持装置によって、かろうじて命を繋ぎ止めているのだ
かがみはみさおが病院に担ぎ込まれた日以来、お見舞いに行っていない
それが、自分の――みさおのためだと信じているから

(……日下部……私、もう大丈夫。一人は確かに寂しいけど……新しい友達も作る。だから、心配しないで……安らかに眠ってね)

かがみは胸に手を当て、未だ眠り続ける友へ祈った
目覚まし時計をセットして、ベッドに潜り込む

「……おやすみ……」

誰にともなく、かがみは呟いた

・・・


「はぁ……黒井先生、前の授業内容忘れるとか信じらんない……」

あれから更に二週間。今日の授業を終えたかがみは一人きりの下校をしていた
たった一人での下校……それは、かがみにとっては拷問に等しいことである

「……ん、電話だ」

かつてこなたから勧められた着メロが鳴り響く
手に取り、開いてみると、電話の主は姉の柊まつりだった

「もしもし、姉さん?」
『かがみ!? い、今なにしてるの!?』

なぜか焦りまくっているまつり
戸惑いながら、ありのままを伝える

「か、帰ってる途中だけど……」
『ならすぐ病院に行って! 日下部ちゃんが……日下部ちゃんが!!』
「!!」

その宣告に、危うくケータイを落としそうになった
かがみは一方的に電話を切り、病院へと駆け出した!

(……日下部……もう『その時』なの……!?)



一ヶ月が経過した今も、みさおは眠り続けている
まつりのあの慌てよう、おそらくみさおの容態が急変したのだろう
最期くらいは看取ってやろうと、そう思っていたのに!
せめて……せめて自分が病院に着くまで!!

(間に合ってよ……日下部……!!)


・・・


病院に到着し、受付のナースにみさおの居場所を確認した
みさおは集中治療室から出て個室に移動したということを聞き、全速力でみさおの病室を目指した
お見舞いに来た人間や患者にぶつかりそうになりながら、際どいところでそれをパスする
以前のみさおとまったく一緒だが……かがみはそれを知らない
そして、受付で言われた病室の前に到着すると、乱暴にドアを開け放った

「日下部!!」

そこにいたのは……生命維持装置を外された、みさおの姿だった

「そ……そんな……」

みさおは仰向けに横たわったまま、ぴくりとも動かない
その光景を見たかがみは、持っていた通学カバンを床に落とした


――間に合わなかった

涙を流しながら、フラフラになりながら、かがみはみさおが眠るベッドへ歩いていき、みさおの手を握る
反応は……ない

「日下部……もうちょっと……待っててくれてもいいじゃないのよぉ……!!」

絶望にも似た感情が、かがみの心を支配していく
かがみの流した涙が頬を伝い、みさおの顔に落ちた
 
 
 
 
 
「ふぁあっ!!」
「え!?」

その瞬間、みさおが飛び跳ねた
かがみの涙が落ちたところを何度も拭っている

「あーびっくりした……おかげで計画が台無しじゃねぇか……」
「く……くさか……べ……?」

明らかにピンピンしている。一ヶ月前、死の淵にいた人間とは思えない
いや、それよりもなによりも……

「日下部……どういう……ことよ……」
「悪いな柊、ちょっとからかってみたんだ。お前の姉ちゃんに協力してもらってな。本当は昨日、意識を取り戻してたんだ」

みさおは手のひらをかがみに向けて身体を引かせると、何事もなかったかのように上半身を起こした

「傷はもう大丈夫だ、あと一週間くらいで退院できるってよ。医者は『傷の治りが早すぎる』って驚いてたけどな」

なんと、みさおはすでに健康そのものになっていた
自分はもう大丈夫だとでも言わんばかりに立ち上がり、スクワットを何回かする

「……の……か……」
「へ?」

かがみが呟いた声にスクワットの動きを止め、キョトンとした顔でかがみを見つめた

「この……バカーーーーーーーーーーーー!!」
「のわっ!」

突然のかがみの怒鳴り声にみさおはひっくり返った

「あんた、私がどれだけ悲しんだかわかってるの!? 姉さんから電話を受けた時、本っっっ当に怖かったんだから!!」

あまりの迫力に、みさおは反論できないでいた
いや、それだけでない。今になって、相当の罪悪感を感じていた
みさおにとっては軽い冗談のつもりだった。だがそれが、かがみをここまで怒らせることになるなんて……

「……でも……」
「へ?」
「えぐ……生き返ってくれて……くっ……本当に……良かった……うあぁぁあぁあああ……!!」

かがみの瞳から、滝のように……とまではいかないが、大量の涙が溢れだしてくる
何度拭っても、涙が止まることはない

「……柊……」

みさおはゆっくりかがみに歩み寄ると、震える身体を力強く抱き締めた
みさおもまた……かがみと同じく、泣いていた

「私もだ……! 私も……柊のとこに帰ってこられて……本当に良かった……!」
「日下部……!!」
「柊……!!」

二人は、お互いの身体を抱き締めながら、日が暮れる泣き続けた
そして涙が止まった時、身体を少しだけ離して相手の目を見つめた

「……っはは……柊の目ぇ真っ赤じゃねぇか……」
「ふふ……日下部だって……おんなじよ……」

涙でくしゃくしゃになりながら、みさおは満面の笑みで言った

「柊」
「なに?」
「……ただいま」
「……おかえり、日下部……」
 
 
 
そして、二人の人生は、再び動きだした

~Fin~
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