泉こなたは、対人関係においては非常に淡白な人間だが、特に恋愛関係においては淡白以前の問題だった。
なぜなら、彼女は、リアルでは、プラス方向のみならずマイナス方向においても恋愛感情を持つことが全くなかったから。
とある日曜日。
柊かがみは、泉こなたの家を訪れた。
「おーす、こなた」
「いらっしゃい」
かがみが部屋に入ると、こなたが格ゲーで対戦プレイをしていた。
相手は歳が同じぐらいの男性。
「うぁ、やられた!」
「ハッハッハッ、もっと修行してくれたまへ~」
かがみがちらりとこなたの方を見ると、
「こちらは、新しい担当さんだよ」
こなたは、男性をそう紹介した。
ラノベ作家のこなたには、担当編集者が常に二人はついている。だいたいは男女一組だ。女性の方は八坂こうから岩崎みなみに交代になって以降はずっと固定されているが、男性の方は結構頻繁に交代していた。
ちなみに、こうは編集長に昇格している。
「○○です。よろしくお願いします」
「柊かがみです。よろしく」
「まあ、仲良くやってくれたまへ」
「で、さっそくあんたの趣味に引きずりこんだわけね」
「ゲーム友達が増えて嬉しいね。ちょっと、飲み物用意してくるから、かがみ相手してて」
こなたは、そういって部屋を出ていった。
かがみは、ゲームコントローラを手に取った。
かがみも、こなたとの長年の付き合いで相当鍛えられている。素人も同然の相手に負けるわけもなかった。手加減なし、速攻でKOをとる。
「○○さんは、こなたのゲーム友達で終わる気はないんでしょう?」
かがみは、唐突にそう質問した。
「ええ……まあ、そうですね。はっきりとそう告白したのですが……」
「『リアルでの恋愛には興味ないから』の一言で、ばっさり切られた?」
こなたは、自分を主体とするリアルでの恋愛には(男が相手であっても、女が相手であっても)全く興味を示さない人間だ。オタク女子の完成形ともいえる存在だった。
彼女にとって、恋愛とは幻想(ファンタジー)として楽しむものであって、リアルに追及するようなものではない。ぜいぜいジョークのタネにするぐらいのものでしかない。
そういう意味では、泉そうじろうのオタク英才教育は完璧な成功を収めていた。
かがみは、長年の付き合いからこなたのそういうところをよく知っていた。
「……はい。よくお分かりになりましたね」
「犠牲者は○○さんが最初ってわけでもないしね。まったく残酷よね、あいつも。悪気がないだけ余計にね」
「僕は諦める気はありません」
「で、まずは友達からってわけね」
「ええ、幸いなことに友人関係は拒絶されませんでしたから」
こなたは、友人関係については、男女を問わず、来る者拒まずの姿勢だ。その反面、去る者追わずでもあるのだが。
かがみは、いつだったか何気ない世間話の中でこなたが言っていた言葉を思い出していた。
友情が恋愛感情に変わるなんて二次元の世界だけだから──こなたは、はっきりとそう言った。
かがみは、それを彼に告げるような残酷なことはしなかった。
こなたが戻ってきた。
「お待たせー。かがみの好きなチョコも持ってきたよ。これでかがみんの体重も2、3キロアップ」
「おまえ、そんなに私を太らせたいか」
「結局食べるくせに」
「あんたと違って仕事で頭使ってるから、カロリー消費するのよ。これぐらいで太りはしないわよ」
「とかいって、あとで体重計に乗ってへこむかがみんであった」
「うるさい!」
その後は、三人で順繰りにゲーム対戦しながら、一日を過ごした。
それから、数ヵ月後……。
「おーす、こなた」
「やふー、かがみん」
二人で部屋に入る。
「そういえば、最近、あの担当さん見かけないわね」
「みなみちゃんから聞いたんだけど、なんかメンタルがなんだかで入院したってさ。やっぱり、編集さんっていろいろとストレスたまるのかね」
それはおまえのせいだと突っ込みたいところだったが、かがみは喉まで出かかったその言葉を飲み込んだ。
彼は、こなたから恋愛感情(プラス方向のみならず、マイナス方向のそれも)など微塵も含まれてない純粋なる友情を示され続けて、精神的に耐えられなくなったのだろう。
過去の犠牲者には、発狂した者や自殺した者までいる。
そして、こなたは、友人として心配したり悲しんだりはしたが、それらの真の原因についてはまるで理解してないようだった。
「見舞いに行きたいとこだけど、こういうのって専門家以外の人間が不用意に関わるとよくないみたいだしね。みゆきさんがそう言ってたよ」
こなたは、そう続けた。
もちろん、その言葉は友人を心配するものであって、恋愛感情など欠片も含まれていない。
「そうね。そういうのは、専門家に任せた方がいいわよね」
かがみは、適当にそう受け流しとく。
こなたの恋愛「無」感情のせいで世の男性にどれほどの犠牲が出ようとも、そこに罪はない。
どんなに残酷であったとしても、そこには罪はないのだ。
こなたが地獄の閻魔様の裁判を受けることになったら、かがみは躊躇なくこなたの弁護につくだろう。
かがみはゲームソフトを取り出した。
「今日はクイズゲームで勝負よ」
「なんでもかかってきたまへ~」
かがみは、自分が女であることを天に感謝した。
女であるからこそ、友情が恋愛感情に変わることなど全く心配せずに、こなたとの友情を育むことができるのだから。
泉こなた。
彼女は、恋愛感情的な意味においてリアルな世界の誰かを好きになったり嫌いになったりすることは、生涯一度たりともなかった。
終わり
最終更新:2009年02月25日 00:48