ID:pWVKjDQ0氏 お母さんが来た日

「ねえ、こなちゃん。お母さんいなくて寂しいとか思ったことないの?」
 とある土曜日の帰り道。それは、つかさの唐突な一言から始まった。
「へ?…いやーないかなー。お父さんがあんなだから、賑やかさには事欠かないよ」
「そうなんだ…」
「まーでも、不便だとは思ったことはあるかな。こんな時お母さんがいたらなーって、何回か思ったことあるよ」
 それを聴いたつかさは、うんうんと頷いて、こう言った。
「じゃあさ、こなちゃん。お母さんがいる家庭っての、体験してみない?うちのお母さんで」
 一瞬にして沈黙があたりを支配する。その場にいる誰一人、つかさのその言葉が理解できなかった。
「あ、あの…つかささん、それはいったいどういう…」
 みゆきが恐る恐るつかさに聞く。
「だから、うちのお母さんを貸し出すの。こなちゃんの家に。明日と明後日の連休の間だけ」
「うちの母親はゲームかなんかかっ!?」
 あまりと言えばあまりなつかさの発言に、たまらずにかがみが突っ込む。
「ダメかなあ?」
「ダメに決まってるでしょうが…ってかお母さんが了承するわけ無いでしょうが」
「そうかなあ…」
 まだなにやら食い下がってるつかさを見ながら、こなたはなんともいえない顔をしていた。
「い、泉さん…つかささんはその…泉さんのためを思って…」
 そのこなたに、みゆきがとても自信なさげに話しかける。
「う、うん…それはわたしも分かるんだけど…なんでああいう方向に向かうんだか…恐ろしい子だよ…」
 まあ、明日になれば忘れてるような雑談だ。こなたはそう思っていた。


- お母さんが来た日 -


 ピンポーン、と泉家の呼び鈴が音を立てた。
「こなたー、ちょっと出てくれないか?」
「ほいほーい」
 そうじろうに頼まれ、こなたは玄関を開けて外に出た。
「はーい、どちらさまで………え?」
 そこで、こなたの動きがピタリと止まった。
「こんにちは、こなたちゃん。二日間よろしくね」
 そこにいた人物は、かがみとつかさの母親…柊みきだった。
「え?あ、あの…よろしくって…」
「あれ?つかさから聞いてないかしら?今日と明日、私がこなたちゃんのお母さんになるって」
「しょ、少々お待ちください…」
 こなたはみきにそう言うと、ダッシュで自分の部屋に飛び込み、ベッドの上に置きっぱなしの携帯に飛びついて、かがみに電話をかけた。
『…あー、こなた…』
「ちょっと、かがみ!どうなってんの!?みきさんがホントにお母さんになりに来てるんだけど!昨日のアレってマジだったの!?」
『…うん…なんかマジだったみたい…』
「と、止めてくれなかったの?」
『止めたわよ…わたしもまつり姉さんもいのり姉さんも…でも当の本人がなんでかノリノリだったから、どうしようもなかったのよ…』
 携帯の向こうから聞こえる、疲れた溜息。本当にどうしようもなかったということが、それで分かった。
『…こなたのお父さんが、ロリで女好きのオタク親父だとはとても言えなかったしね…』
「…わたしが言うのもなんだけど、えらい言われようだ…ってか、それ言ったら止まったのかな…」
『さあ…とにかく、行っちゃったのはもうどうしようもないから…せめて無事に終わらせて…お願い…』
「あー、うん…努力はするよ…」
 かがみの大きな溜息と共に携帯が切れる。沈黙した携帯を眺めながら、こなたも溜息をつく。
「どーすっかなー」
 とりえずこなたは、玄関に待たせているみきのところに向かった。

「…と、いう訳なんだけど」
 玄関に戻ったこなたは、みきをリビングまで連れて行き、とりあえずそうじろうに事情を話した。
「…えーっと、リアルだよなこれ?人妻もののエロゲとかじゃないよな?」
 長い絶句の後、そうじろうはそう呟いた。
「うん、間違いなくリアルだから。お客さんの前でエロゲとか言うのやめようよ」
 そのやり取りを聞いていたみきは、不満そうな顔をした。
「お客さんだなんて…今日と明日は、あなたの母親ですよ?」
「突っ込むのそっちですか…」
 こなたが珍客とも言うべきみきをどう扱おうか迷っていると、みきは立ち上がりこう言った。
「お昼は済みました?」
「あ、はい。さっき済ませましたが…」
 戸惑い気味にそうじろうがそう答えると、みきは少し口を尖らせた。
「そういう他人行儀な口調はやめてくださいな。こなたの母親ということは、あなたの妻なんですから」
 みきがそう言うと、そうじろうは少しの間硬直し、テーブルに突っ伏して頭を抱えた。
「…すまん、かなた…一瞬イイとか思ってしまった…」
 その様子をみていたみきはクスリと笑うと、立ち上がり部屋を出て行こうとした。
「あ、どこに…」
 こなたがそう聞くと、みきは顔だけをこなたの方に向けて答えた。
「とりあえず、お掃除でもしとくから、何かあったら遠慮なく言ってね」
 そう言ってみきはドアを開け、立ち止まって再びこなたの方を向いた。
「そうそう、お掃除の道具はどこかしら?」
「い、一階の階段を下りたところの物置に…」
「わかったわ、ありがとう」
 今度こそ部屋を出て行くみきを、こなたは惚けたように見送った。
「…掃除とかさせてるだけじゃ、お母さんと言うよりメイドさんだよね」
 こなたの頭に、メイド服姿で掃除にいそしむみきの姿が一瞬浮かび、そうじろうの隣で同じように頭を抱えた。
「友達の母親で何想像してるんだよ、わたしはー…」
 親子揃ってしばらく悶絶し…そして、同時に勢いよく顔を上げた。
「掃除って…!」
「掃除だと…!」
 二人は部屋に出しっぱなしの色々アレな物を思い出していた。
『掃除はまずいって!』
 そして、同時に叫んでいた。

「みきさんちょっとタンマー!」
 こなたは大声でそう言いながら、勢いよく自分の部屋のドアを開けた。中で散らかった本やらナニやらの整理をしていたらしいみきは、飛び込んできたこなたに微笑んだ。
「お母さんって言って欲しいな」
「…そこはこだわるんだ」
 あくまでも母親として振舞おうとするみきに、こなたは少しだけ覚悟を決めることにした。
「えーと、お…お母さん」
「なに、こなた?」
 口に出したときのあまりの気恥ずかしさに、こなたはまた頭を抱えて悶絶しかかったが、かろうじてこらえる。
「ちょ、ちょっと見られたくないものもあるから、掃除はまた今度にでもと…」
 こなたがそう言うと、みきは手に持っていた箱をこなたに見せた。
「見られたくないものって、これかしら?」
 やたら肌色の多いCGと十八禁のシールが目に眩しい、PCゲームのパッケージ。こなたの顔色が、一気に青ざめる。
「こなたはいくつだったかしら?」
「じゅ、十七です…」
「こういうのは早いと思うし、そもそも女の子のするゲームじゃ無いと思うんだけど?」
「ご、ごもっともで…」
 なんとなくかがみに怒られているような気分になったが、かがみ以上に抗い難い何かをこなたは感じていた。
「それじゃ、これは没収しとくわね」
「マジですか…」
 箱をもって部屋を出て行くみき。それを見送ったこなたは、パソコンのディスクドライブの中を確認した。
「…箱だけ持って行っても没収にはならないんだよ、みきさん」
 少し抜けている辺りがつかさに受け継がれたのか…と、こなたは思った。


 こなたがリビングに戻ると、そうじろうがいた。なにやら真っ白に燃え尽きたような感じで椅子に座り込んでいる。
「お父さんも没収されたんだね…」
「…ロリ趣味丸出しのエロゲーを…」
「…もしかして、このまえ買ったヤツ?」
「…ああ…」
「…それは、没収するほうもされるほうもきっついね…」
 こなたがそうじろうの隣に座り、そして二人同時に大きく溜息をつく。
「…こなた…なんでまたこんなことに…」
「いや、わたしに聞かれても…」
 もう一度二人揃って溜息をついたところで、みきが入ってきた。
「そろそろ、晩御飯のお買いものに行こうと思うんだけど…こなた、手伝ってもらえる?」
「え、あー…う、うん」
 少し躊躇しながらも、こなたは承諾した。
「あなたもどうかしら?」
 みきがそうじろうにも誘いを向けると、そうじろうは慌しそうに席を立った。
「お、俺はちょっと済ませたい仕事があるから…二人で行っておいで」
 こなたの『裏切り者め』という視線を背中に突き刺しながら、そうじろうは自分の部屋へと戻った。

「今日の晩御飯はどうするつもりだったの?」
「チキンカレーにしようかと…」
「そう。じゃあ、それにしましょうか」
 家を出てから、いつも利用しているスーパーまでの道のり。交わした会話はたったのそれだけだった。
 あまりの居心地の悪さに、こなたは全力で逃げてしまおうかとも思ったが、この辺りには不慣れだと言うみきを放っておく訳にもいかなかった。そんなことをすれば、明後日の学校でかがみにどれだけ怒られるか分かったものじゃなかったからだ。
 こなたは隣を嬉しそうに…本当に嬉しそうに、家から持参してきたらしい買い物カゴを、ぶらぶらさせながら歩くみきをチラチラと見ながら考えていた。いくら娘の友達とはいえ、どうしてこんなに躊躇なく母親代わりなどできるのだろうか。
 しかも、普通の家ではなく自他共に認めるディープなオタク親子だ。普通なら父親どころか年頃の娘の部屋に、エロゲの箱なんかあった日には思い切り引いて、何かと理由をつけて逃げてしまうだろう。
 それなのに、この人は…と、横目にうかがってるのに気付いたのか、みきがこなたの方を見ていた。こなたは慌てて視線を前に戻す。それを見ていたみきは、クスクスと笑っていた。

 みきが買い物を済ませている間、こなたは何気なく食玩コーナーを覗いていた。
「…あ、これ」
 前に来たときには無かった、集めている食玩が入荷されてるのを見つけた。
 こなたは、手に取ろうとして躊躇した。よく考えたら財布を持って来ていない。諦めてその場を離れようとした時に、後ろから声がかかった。
「こなた、それが欲しいの?」
「え?…あ…」
 こなたがどう答えようか迷っていると、みきはこなたが見ていた食玩の中から適当に一つ抜き出すと、買い物籠の中に放り込んだ。
「い、いいの…?」
 そのままレジに向かおうとするみきにこなたがそう言うと、みきは悪戯っぽく笑った。
「お父さんには、内緒よ?」

 帰り道の間、ずっとこなたは不思議なくすぐったさを感じていた。よく考えたら、食玩の一つや二つ内緒にする必要など何もない。それでも内緒にしようとみきは言った。母との秘密の共有。今までになかった感覚を、こなたは持て余していた。
「こなたは、今幸せ?」
 唐突にみきがそう言った。
「え…あ…た、多分…」
 こなたは返す言葉が見つからずに、曖昧に返した。そのこなたを、みきは嬉しそうに微笑みながら見ていた。

 コンコンッと控えめなノックの音がした。
「開いてるよ」
 そうじろうが答えると、みきがドアを開けて入ってきた。
「お疲れ様です。お茶、飲みます?」
「ああ、ありがとう」
 そうじろうはノートパソコンの画面から目を離すと、大きく伸びをした。
「奥さん…なんですよね?」
 お茶を飲みながら休憩しているそうじろうに、みきがそう聞いた。視線の先には、仏壇に飾られたかなたの写真があった。
「…うん」
 そうじろうがうなずく。しばらくの沈黙の後、みきが口を開いた。
「せっかくですし、耳掃除でもします?」
「…は?」

「痛くないですか?」
「あ、ああ…」
 最初は断ろうとしていたそうじろうだったが、膝枕で耳掃除の誘惑には逆らい難く、結局耳掃除をして貰っていた。
「奥さんと比べてどうです?」
「ずいぶんとまた、意地悪な質問を…」
 そうじろうが返事に困っていると、クスクスと押し殺した笑い声が聞こえてきた。
「冗談ですよ」
「まったく…」
 少し不機嫌な声を出したものの、そうじろうは悪い気はしていなかった。
「…かなたに耳掃除をして貰ったのは、一回だけだよ。その時に、足が痛いからもうやらないって言われてそれっきりだ」
 ふと頭を過ぎった思い出を、口に出していた。
「そうだったんですか」
「あいつは人一倍身体が小さかったからな。何をするにしても大変そうにしてたよ」
 それでも、とりあえずは頑張ってみようと小さな身体を精一杯伸ばすかなたを、そうじろうはずっと愛おしいと思っていた。
「…たまに思うんだ。苦労かけ通しで、あいつは本当に幸せだったのか?…て」
 耳掃除の手が止まる。
「あ…す、すまない。変なこと言ったね…」
 そうじろうは慌てて誤った。今日あったばかりの人に言う様な事じゃない。流石に気を悪くしたんじゃないかと、みきの方に顔を向けると…みきは微笑んでいた。
「あなたは、幸せでしたか?」
 唐突にみきがそう聞いて来た。
「…え?」 
 そうじろうは、どう答えていいか分からなかった。
「かなたさんと居て、あなたは幸せでしたか?」
 答えないそうじろうに、みきがもう一度聞いた。そうじろうはしばらく考えた後、口を開いた。
「そんなことは考えたことも無かったな…いや、考えるまでも無いな。かなたと居て、俺が幸せでないはずが無い」
 そうじろうの答えに、みきは満足そうにうなずいた。
「きっと…それが答えですよ」
「…そう…そうか」
「はい」
 そうじろうは、少しだけ満足した気分になった。
「さ、続きをしましょう」
 みきに促されて、そうじろうは体勢を元に戻した。

 その頃のこなたの部屋。
「うぁ~シークレットだ~…」
 内緒の約束に阻まれて、父に思い切り自慢できないことに苦悶するこなたがいた。

「それじゃ、私はこれで」
 次の日。意外に早く、昼頃にみきは自分の家に帰っていった。その背中を見送った後、こなたは小さな溜息をついた。
「なんだこなた。寂しいのか?」
 茶化すように言うそうじろうに、こなたはムッとして答えた。
「そんなんじゃないよ。ただ…」
「ただ?」
「…お母さんだったんだなって。みきさんはわたしのお母さんじゃないけど、本物のお母さんなんだなって…うー…うまく言えないや…」
 なにやら苦悶してるこなたの背中を、そうじろうは軽く叩いた。
「そう言うのは無理に言葉にしなくていいぞ」
 そう言って、そうじろうは家の中に戻ろうと、玄関のドアを開いた。
「え?…あ、待ってよお父さん。それってどういうこと?」
 そうじろうの後を追って、こなたも玄関のドアをくぐった。

 少しだけ、こなたはお母さんに興味が湧いていた。


 更に次の日。昼休みの教室で半分寝かけながら、こなたはチョココロネを頬張っていた。
「…連休明けの割りに、眠そうねー」
 そのこなたに、かがみが呆れたように言う。
「昨日みきさんが帰った後、思いっきりゲームしてたからねー…」
「一応、お母さんがいた時には自重してたんだ」
「んー、まーねー…おかげで色々溜まって…って…あぁぁぁぁぁぁっ!!」
「な、どうしたの急に…びっくりするじゃない」
「世界史の宿題!すっかり忘れてた!どうしよう!?」
 ワタワタと手を動かして慌てるこなた、眠気は既に吹き飛んでいた。
「いや、どうしようって言われても…」
「かがみー!写させて!たしか、かがみのところも宿題出てたでしょ!?」
「そういうことは覚えてるのかよ…ってか間に合うのか?」
「昼休み全部使えば何とかなるから!お願い!」
「つーか、自業自得だろ…たまには大人しく怒られなさい」
「そんな意地悪言わないで助けてよ!お母さん!」
 ピシッと音を立てて、場の空気が固まった。
「…あ、いや…ちが…その…かがみ…」
 しばらく沈黙が続く。かがみの「誰がお母さんか!」というような突っ込みが来ると思っていたこなたは、拍子抜けしてかがみの方を向いた。
「へー。お母さんかー。ふーん」
 そこには、いままでに見たこと無いほどニヤついた顔をしたかがみがいた。
「…な、なんだよー…」
「いやー思わずってやつ?こなたも結構甘えんぼさんなんだなーって」
「う、うううううるさいなー!そんなんじゃないよ!」
 こなたの顔がみるみる真っ赤になっていく。それを見たかがみの顔が更にニヤついていった。
「はいはい、そういうことにしときましょうねー」
「あーもう!だから違んだってお母さ…じゃなくてかがみ!」
 慌てるほどに墓穴を掘るこなたと、それをからかい続けるかがみ。結局それは昼休みの終りまで続き、こなたは宿題が出来ずに黒井先生に怒られることとなった。


- おわり -
ツールボックス

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