ID:3SI > DjM0氏:命の輪の中へ

※長編「命の輪」の続編

 わたしねお母さんの声を聞いたよ
 お母さんの声なんて知らないんだけど
 お母さんだってちゃんと分かったよ

 お母さんにね頼まれたんだ
 『私の出来なかったことをあなたにして欲しい』って

 だからわたしちゃんと出来るよ
 この子の母親をちゃんとやれるよ

 …かがみ…なにその『うわ、コイツやっちゃったよ』って顔は



- 命の輪の中へ -




「ういーす、調子どう?」
 軽い挨拶をしながら、かがみはすっかり通いなれたこなたの病室に入った。
「あ、ほらかがみが来たよ。怖いねー」
「わたしはナマハゲか」
 自分の指を赤ん坊に遊ばせながら語りかけるこなたにツッコミを入れながら、かがみはいつものようにベッドの傍の椅子に座った。
「変なことを覚えささないでよね…この前はこの前で、ツンデレの事を教え込もうとしてたし」
「いやー、この時期の教育は大事かなと…ま、この頃の事なんて、多分覚えてないよ」
「まあね。わたしも赤ん坊の頃なんか全然覚えてないし…で、身体の調子はどうなの?」
「大分良くなったよ。来週の頭くらいには、退院できそうだってさ」
 赤ん坊は無事生まれ、こなたも命に別状はなかったものの、衰弱が著しくしばらくの入院を余儀なくされていた。
「そう…じゃ、退院祝いにパーッとやろうか」
「いいけど、お酒とかはやだよ?」
「あー、そっか授乳に悪いか…ってか」
 かがみはこなたの胸の辺りを見た。
「…出るのね。その胸で」
「なんて失礼な。よく見れかがみ」
 こなたはかがみに向かって胸を張ってみせる。こなたの胸は、小ぶりながらも服を押し上げるくらいの存在感があった。
「…なんか大きくなってるわね」
「どうよ、この母体の神秘」
「神秘と言うより、もはや奇跡の領域ね」
「なんて失礼な…あ、そうだかがみ。またこの子抱いてってよ」
 こなたは、思い出したようにそう言った。
「なんで来る度にわたしに抱かせようとするの?…いや、嫌じゃないんだけどね」
 言いながらかがみは、こなたから赤ん坊を受け取った。
「ほら、あれだよ。子どもが強く育ちますようにって、お相撲さんとかに抱いて貰う…」
「どういう意味だ、コラ!」
 思わず怒鳴ってしまってから、かがみは赤ん坊を抱いていることを思い出した。
「し、しまったー…」
「かがみ声大きいよ…この子がびっくりしちゃうよ」
「ご、ごめん…泣かれるかな、これ…」
 かがみは恐る恐る腕の中の赤ん坊を見た。
「………寝てるし」
 赤ん坊は泣くどころか、スヤスヤと寝息を立てていた。
「我が子ながら、肝の据わった子だね…」
「いや、据わりすぎだろ…ってか、乳児の反応じゃないだろ」
 かがみは呆れながら、こなたに赤ん坊を返した。



「あ、そうだ。これ渡すの忘れてた」
 そう言ってこなたは、ベッドの脇に置いてあった鞄から、一冊の本を取り出した。
「それってもしかして」
「そ、わたしのデビュー作。発売日前だけどね、かがみにもらって欲しくて」
 こなたはかがみの前にその本を差し出した。しかし、かがみはそれを受け取るのを少し躊躇った。
「な、なんか悪いわよ…発売されたらちゃんと買うからさ」
「悪くなんかないよ。かがみ、頑張ってくれたもん…わたしとこの子の為に、頑張ってくれたから」
「でも、それはわたしだけじゃ…」
「大丈夫、ほら」
 こなたは本を取り出した鞄の中をかがみに見せた。そこにはさらに数冊の本が入っていた。
「つかさとかみゆきさんとか…お世話になった人にはちゃんと配るつもりだよ」
「そっか…そういうことなら…」
 かがみはこなたから本を受け取った。友人の夢の一歩に、少しだけ感慨が湧いてくる…が、表紙をめくった瞬間に、その感慨は勢いよくしぼんでいった。
「…なに?この宇宙語は…」
「なんて失礼な。わたしのサインだよ」
「…サイン…サインなんだ…これ…」
 そこに書かれていたこなたの名前は、元々悪筆なのをサイン風に崩して書いたため、もはや宇宙語としか言いようのない文字になっていた。
 眉間に皴を寄せながら、こなたのサインを眺めていたかがみは、その近くにさらに二つのサインが書かれてあるのを見つけた。そちらの方は普通に読めるサインだった。
「あれ、これって…そうじろうさんと旦那さんの?」
「そだよ」
「なんでまた…」
「ふっふっふ」
 こなたは不敵に笑うと、誇らしげに胸を張り拳を握った。
「泉こなたのデビュー作!泉一家のサイン入り初版本!…プレミアつくよー」
「いやいやいや。つかないつかない」
「えー、つくかもしんないじゃん。二十年後くらいには貰っといて良かったーってなってるよ」
「その時はネットオークションにでも流して、生活費の足しにさせてもらうわ」
「うわひどっ」
 こなたは抱いていた赤ん坊に頬ずりしながら、演技丸出しの嘘泣きをした。
「ひどいよねー鬼だよねー。あなたはこんな友達作っちゃダメだよー」
「…やめいっちゅーに…本気でその子に怖がられたらどうすんのよ」
「はっはっは、まあ覚え…て…あれ?…」
 こなたの動きが急に止まった。目がどこか遠くを、ここでない遥か遠くを見ているようにかがみは思えた。
「ど、どうしたの、こなた?」
 こなたが視線を赤ん坊に戻す。先程までとはまるで違う、優しい母親の顔だった。
「…ごめん、やっぱ嘘。あなたもこういう友達を作ってね…良い事も悪い事も、なんだって言い合える友達をね」
「な、なによ急に…」
「かがみ、わたし覚えてたんだ」
「え?」
「ほら、この子が生まれたときにお母さんの声が聞こえたって、わたし言ったじゃん」
「うん、そうだけど…気のせいとかじゃなかったの?」
「違うよ。気のせいじゃない…でも、声が聞こえたわけでもない…思い出しただけなんだ」
 こなたがかがみの方を向く。かがみは黙って、こなたの次の言葉を待った。
「小さな…ホントに小さなわたしに、語りかけてくれたお母さんの声を…」
「覚えていたっての?そんな時の事」
「うん、私は覚えてたんだ。お母さんの声を、願いを。自分の出来なかったことを、わたしにして欲しいって…母親として、ちゃんと生きて欲しいって…」
 こなたの目に、演技ではない涙が浮かんできた。
「だからわたし、お母さんになれたんだ…ちゃんと思い出せたから…お母さんを、思い出せたから…わたし…」
 こなたは目を瞑った。ポロポロと涙が零れてくる…と、そのこなたの頬を、誰かがペチペチと叩いていた。こなたが目を開けると、抱いている赤ん坊がこなたの頬を叩いていた。
「…何?どうしたの?」
 こなたがそう聞くと、赤ん坊は嬉しそうに笑った。その光景を見ていたかがみが、こなたに言った。
「もしかしてその子、あんたを励まそうとしてるんじゃない?」
「…え、そうなの?」
 こなたが赤ん坊にそう聞くと、赤ん坊はまた嬉しそうに笑った。こなたもそれにつられて微笑んだ。
「そうなんだ…ありがとう」
「その子。将来とんでもない大物になるんじゃない?」
「かもね…でも、大物になんかならなくていいよ。ちゃんと生きてくれたら、それでいいよ…わたしの娘として、ちゃんと生きてくれたら…」
 また自分の指で遊び始めた赤ん坊を、こなたはいつまでも見つめ続けていた。



 五年後。

『おふぁよ~』
 眠そうな声が見事にハモッた挨拶をしながら、こなたとその娘がリビングに入ってきた。
「おはようじゃないでしょ、もう昼よ。日曜だからって、いつまでも寝てるんじゃないわよ」
 リビングで昼食の準備をしていたかがみが二人に答える。
「あれ?なんでかがみがご飯を?ダーリンは?」
「用事があるって出かけたわよ…で、こなた達のご飯を作っといてくれって頼まれたのよ…ってかなんでわたしが…」
 ぶつくさと文句を言いながらも、かがみは手際よく食事の準備を進めていた。
「なんだかんだ言いながら、ちゃんとしてくれるかがみおばさん萌え」
「…変な台詞を覚えるな。あと、おばさんはやめろ」
 かがみは、からかうように言うこなたの娘を睨みつける。
「わーこわっ」
 首をすくめてかがみから目を逸らす娘。しかし、顔は少しも怖がっていない。
「ホント、変なところばかり似てくるわね」
「まあ、そういう育て方してるからじゃないかな」
「いや、お前だ。育ててるのは」
 人事のようにのん気にのたまうこなたに、かがみが突っ込みを入れる。
「ほら、出来たわよ。さっさと食べてしまいなさい」
「ほーい。いただきまーす」
「いただきまーす……って、かがみおばさんも食べるんだ」
「当たり前よ、お昼食べてないんだから…ってかおばさんはやめろっちゅーに」



「で、今日はどんな愚痴をこぼしに来たの?」
 昼食を終えた後、こなたとかがみは二人でお茶を飲んでいた。
「ちょっと近くに来たから寄っただけよ…そう何度も愚痴りに来るほど、うまくいってない訳じゃないわよ」
「かがみも旦那さんも、変なところで真面目だからねえ。噛み合う時とそうでない時の落差が大いんだろうね」
「分かってるわよ、それくらい」
「…っていうか、かがみといいみゆきさんといい、どうしてわたしのところに愚痴りに来るんだろうね」
「みゆきが?愚痴りに?」
「うん。驚くよね。あのみゆきさんが人に文句言うなんてね」
「いや、まあ…ねえ…」
 かがみは頬をかきながら、こなたから少し目線を逸らした。こなたが妊娠してたときの、自分に突っかかってきたみゆきを思い出したのだ。
「…どったの、かがみ?」
「いや、なんでもないわよ…ってことは、こなたのところに愚痴りに来てないのは、つかさだけか」
「つかさは愚痴る代わりに、相談に来たよ…『子供を作りたいんだけど、どうしたらいいのかな?』って」
 ゴンッと鈍い音を立てて、かがみはテーブルに額を打ち付けた。
「…妹よ…そう言う事は旦那に相談しなさい…」
「だよねー…とりあえず、気分を盛り上げるために裸エプロンで誘ってみたらどうかって提案してみたけど、凄い勢いで嫌がられたよ」
「…台詞は『ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し(はーと)』とか?」
「そうそう」
「そりゃ嫌がって当たり前だ…ってかそんな痛いことリアルでする奴がいるとは思えん」
 それを聞いたこなたが、かがみから視線を逸らした。頬に一筋の汗が流れている。
「…おい、あんたまさか」
「いやー…若さゆえの過ちといいますか…愛ゆえに人は悲しまねばなるといいますか…」
「やったのか」
「やっちゃいました」
「よく恥ずかしくないな、そんなこと…」
「いえ、予想以上に恥ずかしかったです」
「で、旦那の反応は?」
「…ものっそ平然としてました」
「…相変わらず動じない人だな」
 かがみはカップに残っている紅茶を飲み干すと、大きく溜息をついた。
「あんたは、人生楽しんでるわね…」
「…ちなみに」
「ん?」
「その時にあの子が出来ました…」
「………マジでか」



「ホントに寄っただけなんだ」
 玄関で靴を履いているかがみに、こなたがそう声をかけた。
「そう言ったでしょ」
「ふーん…」
「…なによ?」
 なにか言いたげなこなたにかがみはそう聞いたが、こなたは何も答えなかった。
「まあ、いいけど…じゃ、帰るわね」
「…かがみが思ってるほど怖くないよ」
 ドアノブに手をかけたかがみに、こなたがそう言った。
「どういう意味よ?」
「そのまんまの意味だよ」
 かがみはそれ以上は何も言わず、玄関のドアを開け泉家を後にした。

「こなたはいつ…ってかどうやって気がついたのかしら」
 かがみは自分のお腹を撫でながら、そう呟いた。
「怖くない…か」
 そこに宿った命を産むことを、かがみが怖がっていた。こなたの様な事があったら、自分は耐えれるだろうかという不安があった。
「…あんたは産まれたいよね」
 ふと、かがみはみゆきが言った言葉を思い出した。
「命の輪を繋いでいくのは人の役割…」
 ならば、今ここにある命の輪を繋ぐのは自分の役割だ。
「そうね、怖いことなんかないわよね」
 かがみは強く頷くと、少し歩く速度を速めた。
 繋がり続け、託され続ける命の輪。今、かがみはその中に入ろうとしている自分を感じていた。


- 終 -




以下、余談。

乳児が掴まれないほど胸が平たいと授乳が困難になり、搾乳に頼らざるを得ないということになる可能性があるそうです。
頑張れ、みなみちゃん。
あと、母親が取った栄養は母乳に優先して回されるため、栄養価の高い食事を取らないと母親が急激に痩せてしまったりするそうです。
母乳に含まれる栄養が不足する可能性もありますので、ダイエットに利用しちゃダメですよ、かがみさん。
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