※長編「命の輪」の続編
わたしね幸せだったよ
まだやりたい事たくさんあるけど
後悔したこともたくさんあるけど
それでもわたしは幸せだったよ
ごめんねあなたとの幸せな時間が少なくて
ごめんねあなたより長生きできなくて
ごめんねみんなに最後まで心配かけて
ごめんねあなたのお母さんになれなくて
わたしは本当に幸せだった
幸せだったよ
それだけは何度でも言えるよ
何度でも
幸せだったよ
ありがとう
- 命の輪を受け継いで -
小雨のぱらつく中、かがみは一つの墓の前にいた。
「…あの時もこんな天気だったっけ」
墓の前にしゃがみこみ、その中に眠る親友に語りかける。
「今日はね、ちょっと報告したいことがあってね」
そして思い出す。迷い始めたあの日のことを。
告別式に集まった人の多さに、かがみは驚いていた。
高校時代の友人達。アルバイトをしていたコスプレ喫茶の同僚や常連客。ネットゲームのオフ会で知り合った人達。コミケで世話になっていたサークルのメンバー。こなたの作家デビューが決まっていた出版社の人達。よく利用していたアニメショップの店長なんて人もいた。
そして、その誰もが悲しんでいた。こなたを惜しんでいた。
愛されていたんだ。出会った人の誰からも。みんなこなたが好きだったんだ。
少しだけ、かがみはこなたの事が誇らしくなった。そして、それを本人に対して褒めることが出来ないことに、悲しみを覚えた。
少し向こうで、泣き崩れているつかさが見えた。それを支えようとして、一緒になって泣いているみゆきも。二人はずっと泣いていた。こなたが息を引取った時からずっと。
それとは対照的に、かがみは泣いていなかった。自分はもっと泣くんじゃないかと、かがみは思っていた。三日三晩くらいは、何も出来ないくらい泣き続けるんじゃないかと思っていた。涙一つこぼさない自分のことが、かがみは分からなくなっていた。
赤ん坊を抱きかかえた、こなたの旦那の姿が見えた。彼も泣いていない。こなたが入院していた頃からずっとそうだ。彼はいつも普通だった。そういうところに、こなたは信頼を寄せていたんじゃないかと、かがみには思えた。
「やあ、かがみちゃん」
後ろから声をかけられかがみが振り向くと、そうじろうがそこに立っていた。
「…おじさん」
彼もまた、泣いていない。それがかがみには不思議だった。恐らく、世界で一番こなたを愛していたこの人が、一粒の涙も見せていない。
「おじさんは泣かないんですね」
かがみは聞いてみることにした。この人がなかない理由を知れば、自分が泣けない理由も分かるのではないかと思った。
「俺は二回目だからね。みんなよりは我慢が効くんだ。それに…今はその時じゃないと思ってる」
「どういうことです?」
「かなたの時はホントにダメだったからね。今そんな姿見せてたら、こなたが安心していけなくなっちまう」
そうじろうは上を向いた。遥か空の先。そこには彼の愛した人がいて、愛した娘が向かおうとしている。
「こなたがちゃんとかなたのところについた時に、遠慮なく泣かせてもらうよ」
「…そう…ですか」
「でも、かがみちゃんは違うだろ?」
「…え?」
「かがみちゃんには、今がその時なんじゃ何ないかな」
かがみはそうじろうの方を見た、そうじろうもかがみの方を見ていた。
「我慢することはないんだよ」
「わたしは…我慢なんて…ただ…」
「ここはそういう場だし、今はそういう時だ…全部吐き出してしまえばいいんだよ」
頭では分かっているつもりだったのに、何もかも分かってるつもりだったのに…結局、ただ認めたくないだけだったんだ。
「…こなた…こなたは…」
「ちゃんと向き合ってやって欲しい…引き摺らないで欲しい…あいつもきっとそう思ってるよ」
かがみはそうじろうに抱きついていた。誰かにすがりつきたかった。そうしないと、崩れてしまいそうだった。どうして自分はこんな簡単なことも認めなかったんだろうか。
そうだ、こなたは死んだんだ。
かがみは泣いた。今まで生きてきた中で、一番大きな声で。何も考えずに、ただ悲しいままに。
「…こなたぁ…こなたぁっ!…」
泣きながらかがみは、こなたと出会った時からの事を思い出していた。
友達だった。ずっと友達だった。最後の瞬間まで友達だった。今もまだ友達だ。これからもずっと友達なんだ。
だから、止まらない。涙と悲しみが。全部なんて出し切れない。あの小さな親友は、それほどまでに自分の中で大きくなっていたんだ。
泣き続ける中で、かがみは思い出していた。こなたが自分に言った頼み事を。自分にそんな事が出来る自信はない。でも、それがこなたの望んだことなら、こなたに出来る唯一の事だとすれば…。
「あれから一年、ずっと迷ってたわ」
こなたが眠る墓を、優しく撫でる。
「本当にそれが正しいことかはまだ分からないけど、それでもわたしに出来ることをやってみたい…あんたがわたしを信頼してあのことを頼んだんだって、今はそう思えるわ」
こなたの頼みごとは、今でもはっきりと覚えてる。あの日の病室で、いつもと変わらない感じで、自分に託した頼み事を。
『わたしにもしものことがあったら、この子の母親になってあげて欲しいんだ』
『…は?…なにそれ。あの人の再婚相手にでもなれって言うの?』
『んー…まあ、結果的にはそうなるかなぁ…』
「あの時は思い切り怒鳴ったっけ…」
かがみは立ち上がった。
「あんたのお願い、聞いてあげることにしたわ。今日はそれを言いにきたの…それじゃ、またね」
墓を離れ、少し歩いたところでかがみは振り返った。こういう時に相応しい言葉があったはずだ。
「…別にあんたのためにやるんじゃないからね。勘違いしないでよ」
言ってはみたものの、何か違うような気がして、かがみは声を出して笑った。
五年後。
とある日曜日の泉家。
「おはよう。お母さん」
「うん、おはよう」
朝の挨拶をしながらリビングに入ってきた娘に、かがみは挨拶を返した。
「お父さんはー?」
「もう出たわよ」
「またお仕事?つまんないなぁ」
「しょうがないでしょ。忙しい時期なんだから…ご飯にするから、そうじろうさん起こしてきて」
「はーい」
娘が出て行ったリビングで、かがみは朝食の準備を始めた。
しばらくして、そうじろうがリビングに入ってきた。
「…おはよう」
「おはようございます、お養父さん…眠そうですね」
「あー…まあ、ちょっとね」
「娘の前では止めてくださいよ?色々悪影響受けそうですから」
「…きびしいなぁ」
そうじろうはテーブルの自分の席に着いた。
「あの子が起こしに行きませんでした?」
「ん、ああ…こなたと話してるよ」
「…そうですか」
そうじろうの部屋にある仏壇。そこにあるこなたの遺影に語りかけるのは、娘の日課の様なものだった。
「あれから、もう五年か…かがみちゃんは、後悔とかしてないか?」
そう聞くそうじろうに、かがみは呆れたような声で答えた。
「何を今さら…」
「いや、かがみちゃんにもやりたいこととか、あったんじゃないかなって思ってね」
「そうですね…進路は決めていましたけど、自分に出来そうなことを選んだってだけで、夢を追いかけていたとかそういう感じじゃなかったですね」
「そうか…」
「それに、今の生活も自分としては楽しんでるつもりですよ」
「それなら、いいんだけど」
話しながらもかがみは朝食の準備を終えていた。
「あの子、まだ話してるのかしら…呼んできますね」
「ああ」
かがみはリビングを出てそうじろうの部屋に向かった。眩しいくらいに明るい廊下。今日は洗濯物がよく乾きそうだと、かがみは思った。
- 終 -
最終更新:2010年07月21日 22:25