ID:G6SHmJM0氏:命の輪

※長編「とある聖夜の一幕」の続きのような話

「赤ちゃん産むとね、わたし死んじゃうかもしれないんだってさ」
 何気なく言われたその一言に、かがみは身が凍るような気がした。
「何?…何の冗談よ…またあんた、変なゲームの…」
「冗談でもバーチャルでもないよ。出産時にわたしの身体が持たないかも知れないんだって」
 かがみは随分と大きくなったこなたのお腹を見た。もう後戻り出来ないところまで来ている。
「なんでそんなこと…もっと早くに…」
「言ったらかがみ、反対したでしょ?」
「当たり前…じゃない…」
「わたしは産みたいよ。だから誰にも止めて欲しくなかった…ちょっとズルみたいなやり方だけどね」
 こなたはなんのよどみも無く言う。まるでこれから起こることなど、なんでも無いかのように。
「かもしれない…でしょ?上手くいく可能性だって、あるのよね?」
 かがみはすがるように、こなたにそう聞いた。少しでも希望が欲しかった。
「そうだね」
 こなたはそう答えた。


- 命の輪 -


 出産予定日が近づくにつれ、こなたが弱っていくのがはっきりと分かった。
 かがみは無理矢理にでも暇な時間を作り、ほぼ毎日のようにこなたの病室に顔を出していた。
 自分に何か出来ることは無いか。そう思ってはいるのだが、少しばかり話し相手になる以外に、出来ることは思いつかなかった。

「うーす、来たわよ」
 かがみは軽くあいさつをして、病室に入った。
「いらっしゃい」
 ベッドに横たわったままこなたが答える。その声にかつての元気がまるで無いことに、かがみは寂しさを覚えた。
「今日も旦那、来てないの?」
 かがみはこなたのベッドの傍にある椅子に腰掛け、そう聞いた。父であるそうじろうには先程廊下で会ったが、旦那は見当たらなかった。
「うん…ちょっと忙しいみたい」
「いくら忙しいからって、顔ぐらい出せるでしょうに…夫失格ね」
「そんなこと言わないで欲しいな…」
 否定する声にも力が無い。かがみは込み上げてくるモノをこらえ、別の話題を振ることにした。
「そういえば、さっきおじさんに聞いたんだけど。デビュー作、決まったんだって?」
 父親のような作家になりたい。そう言って頑張り続けたこなたは、つい先日夢への一歩目を踏み出した。
「うん…入院する前に書いたのがね。やっと少しだけお父さんに近づけたよ」
「そうね…これからよね…これから…なのに…」
 踏み出したはずなのに。
「なんでこんな…こなた、ごめん…う…」
 かがみは堪えきれなくなって、泣き出していた。
「…ごめん…こんなんじゃダメなのに…わたし、こんなつもりじゃ…ごめん…こなた、ごめんなさい…」
 ベッドに突っ伏して、謝りながら泣き続けるかがみ。こなたの力になろうとし、失敗しては泣き崩れる。最近は見舞いに来るたびに、こうなってしまっていた。
「いいよ、いいんだよ…ありがとう、かがみ」
 そのかがみの背中を、こなたは優しく撫でてあげた。

「ホントに、どうしようもないのかしら…」
 大学に入ると同時に始めた一人暮らし。その自分の部屋に戻ってきたかがみは、疲れきった声でそう呟くとテーブルに突っ伏した。頭の中がグルグルと回るだけで、なにひとつ考えがまとまらない。
 何もする気が起きず、しばらくそのままでいると、玄関のチャイムが鳴った。かがみはのろのろと立ち上がり、ドアを開ける。
「こんばんは、かがみさん」
「お姉ちゃん…」
 そこにいたのは、みゆきとつかさだった。かがみは黙って二人を招き入れると、また先程と同じようにテーブルに突っ伏した。
「かがみさん、今日も泉さんのお見舞いに行かれたのですか?」
 その横にみゆきが座りそう聞いた。
「うん…それくらいしか、すること思いつかないから…」
「あまり無理をされますと、かがみさんの方がまいってしまいますよ?」
 みゆきはそう言って、かがみの正面に座り心配そうに姉を見ているつかさの方をチラッと見た。
「…つかささんも、それを心配されて…」
「わたしのことはどうでもいいの」
 みゆきの言葉をかがみが遮る。
「こなたはもっと辛いんだから…」
「で、でもお姉ちゃん…やっぱり少しはちゃんと休まないと…」
「わたしのことはいいって言ってるでしょ!」
 思わず上げた怒鳴り声。かがみが顔を上げると、怯えた表情のつかさがいた。
「かがみさん、もう自分を追い詰めないでください」
 そう言いながら、みゆきはかがみの手を握った。
「そんなことしてない。わたしはただこなたが…」
「それが、泉さんの迷惑になっているのが分かりませんか?」
 かがみは、みゆきの方に顔を向けた。
「なによそれ…迷惑?…なんで…」
「あなたが病室に顔を出すことが、泉さんの負担になっているんです」
「…そんなこと…ない…」
「その疲れた姿を見せて、何もできずに帰って…それを泉さんが何も感じないと思っているのですか?」
「じゃあ、どうしろって言うのよ!?他に何をしろって言うのよ!?」
 かがみは、みゆきに掴みかかっていた。
「他に何にもできないから、せめてこなたの側にいてあげようとしてるんじゃない!それをこなたが迷惑だなんて思うはずない!」
 みゆきは肩を掴むかがみの手に、自分の手を重ねた。
「…あなた一人が…」
「…え?」
「あなた一人が泉さんの友達のつもりですか!?」
「なっ!?」
「自分一人が泉さんを理解してるとでも思っているのですか!?自分一人が泉さんの支えだとでも思っているのですか!?」
「なによそれ!?わたしはそんなつもりじゃないわよ!」
「なら、どういうつもりだと言うのですか!?」
「わたしは、ただこなたの…!」
「結局、何もできていないじゃないですか!」
「だったらあんたは何ができるって言うのよ!」
「少なくとも、泉さんの負担になるようなことはしません!」
「それって何もしないのと同じでしょ!?そんなの…そんなの!」
「もうやめてよ!」
 それまで黙っていたつかさが、二人の間に無理矢理割って入ってきた。
「お姉ちゃんもゆきちゃんもおかしいよ…なんでこんなことになってるの…ゆきちゃん、こんなことしに来たわけじゃないでしょ?」
「…すいません、つかささん…」
 みゆきは立ち上がり、玄関に向かった。
「ゆ、ゆきちゃん…」
 つかさがその後を追う。かがみは惚けたようにその場に座り込み、二人が出て行くのを眺めていた。ドアが閉まる前、みゆきがかがみに向かって深く頭を下げるのが見えた。
「…ほんとに…おかしいよ…」
 かがみは閉まったドアに向かって、ポツリと呟いた。
「わたしたちって、こんなじゃなかったでしょ?…なんでこんなことに…」
 かがみの頭の中に、こなたの顔が浮かぶ。
「あいつのせいだ…あいつが悪いんだ…無理に子どもを産むだなんて、言い出さなきゃ…」
 その考えに涙が出てきた。
「…わたし、何考えてんのよ…なんでこなたのせいにしようとしてるのよ…」
 涙が止まらない。
「もうやだ…逃げたいよ…こんなのやだ…何でこうなっちゃうのよ…」
 かがみは声をあげて泣き始めた。もう、そうすることしか出来ることは思いつかなかった。

 翌日もかがみは、こなたの病室に向かっていた。自分が本当にこなたの負担になっているのか、それを聞いてみたかったのだ。
 かがみは病室の前に立ったものの、ドアを開けるを躊躇った。本当に自分がこなたの負担になっているのなら、これからどうすればいいのか…急にこなたの気持ちを知るのが怖くなったのだ。
「あれ、かがみさん?今日は早いんだね」
 不意にドアが開き、こなたの旦那が出てきた。
「こなた、今日は身体の調子が良いみたいなんだ。俺はちょっと買出ししてくるから」
 かがみが何を言う間もなく、旦那は廊下を歩いていった。
「…なんであんなに普通なのよ…」
 のん気なのか大物なのか。かがみは普通でいられる旦那が、少しだけ羨ましくなった。

「…こなた」
「なんか話し声してると思ったら、やっぱかがみだったんだ。いらっさい」
 旦那の言った通り、こなたの調子は良さそうだった。いつもは寝ているこなたが、ベッドの上に座って本を読んでいた。
 かがみはいつも通りにベッドの横の椅子に座ると、早々に本題に入ることにした。少しでも先に延ばせば、聞くことが出来なくなりそうだったからだ。
「ねえ、こなた…わたし、迷惑かな」
「…どういうこと?」
「わたし、あんたの負担になってるんじゃないかなって…無理に押しかけてきてさ、急に泣いたりして…ごめん、よく考えたら迷惑だよね、わたし…ごめん」
「んー…」
 こなたは少し目を瞑って考え込んだ後、かがみの顔を覗き込むようにして言った。
「かがみ、疲れてる?」
「そうね…そうかもね」
「なんだったら、少しここで寝てく?わたしが添い寝してあげるよ」
 ポンポンと、ベッドの自分の横の少し空いたスペースを叩きながら、こなたはそう言った。
「なんで、あんたといい旦那といい…そんな普通なのよ…わたし達が馬鹿みたいじゃないの…」
「へ?」
 涙がまた溢れてくる。ダメだとわかっていても、止めることが出来なかった。
「あちゃ、逆効果だったかな…」
 こなたが困った顔で、頭をポリポリと掻いている。なんとかしないと、結局また負担をかけることになる。かがみはそう思ったが、どうにもならなかった。
「んー…ねえ、かがみ。ひとつ頼みごとがあるんだけどいいかな?」
「…え?」
 かがみは驚いてこなたの顔を見た。こなたが頼み事をするのは、入院してから初めてだった。
「なに?わたしに出来ることなら、なんだって聞くわ」
 かがみは少しだけ気が楽になった。こなたが自分を必要としてくれてることが分かったからだ。そして、こなたのために出来ることがある…それが分かったからだ。
「うん、多分かがみが一番適任じゃないかなと…えっとね…」

 旦那がこなたの病室の前に来たときに、その怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけないでよ!あんた何言ってるか分かってるの!?」
 あまりに大きなかがみの声に、旦那は驚いて病室に飛び込んだ。
「そんなこと出来るわけ無いじゃない!あんた、わたしをからかってるの!?」
 中では、かがみがベッドの上に座っているこなたの胸倉を掴んで、責め立てていた。
「お、おちついてよかがみ…そんな大きな声出したら、隣の部屋の人とかに迷惑だよ」
「あんたが変な事言うからでしょうが!」
 旦那はとりあえず、かがみをなだめることにした。こなたからかがみを引き剥がして、自分の方を向かせる。
「かがみさん、ホントに少し落ち着こう。それで、良かったらわけを聞かせてくれないか?」
「わけも何も、こいつが…」
 かがみは再びこなたの方を向いた。そして、その動きが固まった。
「………」
 こなたがベッドの上でうずくまっていた。顔を真っ青にしながら、何かに耐えているように見えた。
「…な、なに?…どうしたの、こなた?」
「…い、いたい…」
 かろうじて、その言葉だけを絞り出すこなた。何が起こったのかまるで理解できずに、かがみが立ちすくんでいると、旦那がナースコールのボタンを押した。そしてこなたの身体を包むように抱きしめた。
「陣痛だよ。始まったのかもしれない」
「な、何が…?」
 何人かの看護士が部屋に入ってきた。そして苦しむこなたを担架に乗せて、運び出す。旦那がその後について行った。
「もしかして、お産が…?」
 かがみは少しの間、そこに立ち尽くしていた。

「かがみさん…泉さんは?」
 廊下に備え付けられた長椅子に座るかがみの側に、みゆきがやってきた。その後ろにはつかさもいる。
「…この奥の分娩室」
「そうですか…」
 みゆきがかがみに右隣に座った。その反対側につかさが座る。
「かがみさん。昨日はすいませんでした…」
「なによ、こんなときに」
「あんなことを言うつもりはなかったんです…ただ、かがみさんに出来ることを伝えよう…そう思っていたはずなのに、何故かあんなことに…」
「…そう」
 みゆきも疲れていたんだ。かがみはそう思った。
「それで、わたしに出来ることって?」
「祈ることです…わたしにはそれしか思いつきませんでした」
「…それはやったわよ。何度も祈ったわ…これでも神社の娘だもの」
 そう言うかがみに、つかさが首を振って見せた。
「お姉ちゃん。ゆきちゃんはそうじゃないって…神様に祈るんじゃないって」
「…え?」
「はい、今は神様に祈るときではありません」
「じゃ、何に?」
「人に…自分の全てを賭けて新しい命を産もうとしている泉さんと、産まれてくるその命に」
 言いながら、みゆきは目を瞑った。手は合わせない。それは神様に祈るときの動作だからだ。
「そのきっかけを作るのが神様であったとしても、命の輪を繋いでいくのは、人の役割ですから」
「…一理あるわね」
 かがみとつかさが、みゆきに倣い目を瞑る。
 そして、唯一つのことを強く祈った。大切な親友とその子どもとなる命に『頑張れ』と。


 その声に、かがみは目を開けた。つかさとみゆきも気付いたのか、目を開けて分娩室の方を見ている。
「お姉ちゃん、今の…」
「うん、つかさも聞こえたのね」
「産声…ですよね」
 お産が終わった。赤ん坊は無事のようだ。
「こなたは!?」
 かがみが立ち上がると同時に、分娩室のドアが開いた。そして、中からこなたの従姉妹のゆたかが顔を出した。
「あの、みなさん…入ってください。こなたお姉ちゃんが言いたいことがあるって…」

 かがみ達が部屋に入ると、産まれたばかりの赤ん坊に笑いかけるこなたの姿が見えた。元気そうな親友の姿に、かがみは心底安堵した。
「あ、かがみ…つかさにみゆきさんも…じゃあ、みんな揃ったし、ちょっと聞いてもらっていいかな?」
「もったいつけないで、早く話しなさい」

「うん、あのね…わたしね…」


- 続く -


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