ID:vBR30WM0氏:柊かがみ法律事務所──裁判員制度

柊かがみ法律事務所──裁判員制度

「おーす、柊」
「あら、日下部じゃない。久しぶりね」
「ホント久しぶりだな。今、忙しいか?」
「忙しいといえば年中忙しいけど、少しぐらいなら時間は空けられるわ」
「すまねぇな」
 向かい合って座る。
「実は、こんなのが来たんだ」
 日下部が、一通の封筒を差し出した。
 裁判員候補者名簿記載通知書だった。
「赤紙が来たのね」
「アカガミ?」
「裁判員制度に批判的な人たちの間での隠語よ。徴兵制の召集令状になぞらえてるわけ」
「よくわかんねぇけど、柊のとこには来たことあるのか?」
「ないわよ。弁護士は、裁判員にはなれないことになってるから」
「なんかずるいな」
「弁護士は裁判の当事者だもの。公平性を損なわないために、そういう人間は裁判員にはなれないように定められてるのよ」
「そうなのか? よくわかんねぇな」
「で、よくわかんないから、私のところに来たってわけね」
「そうなんだけどさ」
「いっとくけど、実際に呼び出しを受けてから以降は、私のところに相談に来たりしちゃ駄目よ。職務上知り得た秘密を漏らしたってことであんたはお縄になるし、私は裁判員に不適切な関与をしたってことで弁護士会から懲戒くらっておまんま食い上げになっちゃうから」
「うぇ。なんか厳しいな」
「結局のところ、裁判官とほぼ同じ義務が課されるのが裁判員だもの。仕方ないわよ」
 かがみは、ここでいったん言葉を切った。
 そして、ゆっくりと語りだす。

「私情にも私欲にも惑わされず、良心と法に従い、被告人のすべての権利を擁護し、真実のみを見い出し、ただの一人も冤罪者を出さず、かつ、罰せられるべき者を一人残らず罰し、下す罰は過大でも過小でもあってはならず、さらに犯罪者を確実に更生させ再犯を防止し、もって正義の実現と社会利益の最大化を図る」
「……」
「こんなの、聖人じゃなきゃ務まらない役目だわ。そんな聖人たる義務を課される犠牲者は、その覚悟と能力がある少数の者だけでいいのよ。だから、私は裁判員制度には反対」
「うう……なんか憂鬱になってきたぞ」
「そりゃそうでしょうね。ご愁傷様」
「柊は、相変わらず冷たいなぁ」
「ごめん。親身になってあげたいとこなんだけどさ。さっきもいったとおり、それやっちゃうとまずいから」
「いや、こっちこそ、邪魔して悪かったな。忙しそうだから、さっさと退散するぜ」
 日下部が立ち上がる。
「一つだけアドバイスしとくわ」
 日下部が立ち止まった。
「殺人事件だったら、被告人が本当に被害者を殺したのかどうか。そこのところだけ真剣に考えること。あとの判断は、裁判官にまかせちゃいなさい。法令の適用も量刑も、素人が手を出すもんじゃないわ」
「分かったぜ。ありがとな」

終わり
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