幼い頃に一度だけかくれんぼをやった事があった。
最後まで見つからず、そのまま夜になり、心配した母が迎えに来るまで、わたしは隠れ続けていた。
隠れるのが上手かったわけじゃない。誰も見つけてくれなかったんだ。
見つかるのが怖くて、『もういいよ』ってわたしが言わなかったから。
- かくれんぼ -
人と話をするのが苦手で、ずっと本ばかり読んでいたわたしは、小さなころから友達は少なかった。中学になる頃には、まともに会話できるのはずっと慕っていた近所のお姉さんだけになっていた。
家から遠い稜桜学園に入学しようと思ったのは、そのお姉さんが通っているからという理由もあったけど、わたしの中学からそこに進学する生徒が少なかったからだ。
わたしはきっと、あのかくれんぼをした日からずっと隠れ続けてるんだ。誰にも見つからないように、声を殺して。
試験の日に一人の女の子と出会った。体調を崩したらしく、トイレの洗面台で苦しそうにしていた。
わたしはその子にハンカチを貸して、保健室まで連れて行ってあげた。
試験を受けに来た誰かの妹か何かだと思っていたわたしは、その子とはそれっきりだと勝手に決めつけていた。
わたしの思いとは裏腹に、入学説明会の日にその子と再会した。
「また、会えてよかったです。ずっとハンカチを返したいと思ってましたから」
戻ってきた、あげたつもりのハンカチ。本当はわたしと同学年だった小さな子。この小さな体でわたしを探していたのだろうか。
…なんのために?
決まってる、ハンカチを返しに。それ以外に無いはず。
少しだけ過ぎった期待を振り払うために、その子とバス停で別れた。家の車で来てるからと、嘘までついて。
「これから三年間、よろしくお願いします!」
その子は別れ際にそう言った。
…三年間?わたしとずっと?
もう見えない、その子のいた場所をわたしは振り返った。
ふと、あの日のかくれんぼの事が頭を過ぎった。
見つけてくれたのだ。あの子はわたしを。『もういいよ』と言わないで、声を殺して隠れていたわたしを。
わたしはもう隠れ続けなくていいのだろうか。あの子と友達になっていいのだろうか。
そこまで考えて、あの子の名前を知らない事に気がついた。わたしの名前も伝えていない。
でも、あの子ならまたわたしを見つけてくれる。その時に名前をきこう。わたしの名前を教えよう。
…いや、そうじゃない。
わたしは自分の考えを否定した。わたしは今日、あの子に見つかったんだ。だったら、次はわたしがあの子を見つける番だ。
周囲を見渡して、誰もいない事を確認する。そして、大きく息を吸って、
「もーいーかいっ!」
春の空に大きく声を放った。
あの子に届かなくてもいい。返事をしなくてもいい。
あの子がわたしを見つけたように、きっとわたしもあの子を見つけることができるから。
最終更新:2008年11月21日 19:09