ID:z.dYQ6Y0氏:ダメな子ってなんですか?

「お姉ちゃんとこなちゃんの分からず屋っ!」
「もうあんた達とはつきあってらんないわ!」
「それはこっちのセリフだよっ!」

 なんということでしょう。
 放課後の委員会の集まりを終えて教室に戻ってくると、泉さん達3人が教室で言い争いをしていました。
 私達以外は誰も教室に残っていないからでしょうか、お互いに遠慮なしといった雰囲気が感じられます。
 手こそ出していないものの、この様子を10人が見たらおそらく10人ともが本気の喧嘩だと判断するでしょう。
 いつもはおとなしいつかささんまでもが顔を真っ赤にして怒っているだなんて、これは非常事態です。
 普段と違う雰囲気に戸惑い、私が教室の入口で立ち竦んでいると、3人はそれぞれ声を掛けてきました。

「ゆきちゃん。ゆきちゃんは私の味方だよね?こんな乱暴な人達とは違うよね?」
「みゆき。こんなバカ達はほっといて帰りましょ。一緒にいるとこっちまでバカになっちゃうわよ?」
「みゆきさん。空気の読めない双子なんてどーでもいいから、私と一緒に遊びに行こうよ」

 ……どうやら今回は、簡単には仲直りが望めなさそうな様子です。
 仲良し4人組が空中分解してしまうことすら予想される程、ひどく険悪なムードが漂っています。
 しかし、そのような悲劇的な結末はなんとしても避けねばなりません。
 何故このような事態になったのかはわかりませんが、みなさんが仲直りできるように私もできる限りの事をしたいと思います。

 手始めに4人で一緒に帰ることを提案したのですが、これは無言の圧力で却下されてしまいます。
 私が誰か一人だけを選ぶつもりが無いと分かると、3人とも私にだけさよならの挨拶をして別々に教室から出て行ってしまいました。

 ☆

「ふぅ~」

 紅茶の入ったカップを手に溜息をひとつ。
 なんとか仲直りさせようと決意はしたものの、どうすれば良いかはなかなか思いつきません。
 家に着いてからも溜息が出るばかりで、たいしたアイディアは出てきません。
 みなさんに正面からぶつかって思いの丈を伝えるという手段もあるのですが、それは最後の手段にしたいところです。
 完全に私の力だけで解決してしまっては、これから先、私のいない場面で同じような事があった時に困ってしまうでしょう。
 なるべく、みなさんには自発的に仲直りしていただきたいのですが……

 そうして小一時間ほど悩んでいると、母がみなみさんのお宅から帰ってきました。

「おかえりなさい」
「ただいま~。少し遅くなっちゃった。今日の晩ご飯、出前でもいいわよね?何がいい?」
「はい。私はなんでもいいですよ?」
「じゃあ、お寿司にしましょ。お昼にTVで見てからずっと食べたかったのよね~」

 母のやわらかい雰囲気にあてられたためか、少しだけ気持ちが和らぎます。
 たまに思うのですが、これまでの人生において私が心を囚われる程に悩みこんでしまうことが無かったのは母のおかげかもしれません。
 どんなに深刻に思える悩み事も、母と話してみるとたいしたことでは無いように思えてしまうのですから不思議です。 

 出前の電話を済ませた母は向かいに座ると、お煎餅を食べ始めました。

「お、お母さん。これから晩ご飯なんですからお菓子は控えた方が……」
「だって食べたいんだも~ん。あら?あらあら?今日は少し暗い顔してるわね。何か悩み事でもあるの?」
「え?あ、はい。実は……」

 ……

「ふぅ~ん。あの子達でもケンカするのね~」
「はい。どうすればいいのか困ってしまって」

 母は少し困ったような顔をして私の話を聞いていましたが、すぐにいつものような笑顔に戻りました。

「ねえ、みゆき。夫婦円満の秘訣は子供にあるって話、聞いた事あるかしら?」
「ええっと。子はかすがい、という諺のことでしょうか」
「それそれ。その“菅井”のやつよ。どうしてだと思う?」
「“かすがい”です、お母さん。何故子供が夫婦円満に繋がるか、ですか?……かわいいから、ではないでしょうか?」

 先程の諺のどこをどう解釈すれば“すがい”がでてくるのでしょうか。
“すがい”を取ってしまうと残りは“子はか”だけになってしまいます。
 さすがに母も最初の“子”は子供の“子”である事はわかっているでしょうから……では“子はか”とは一体……?
 
 少し余計なことを考えてしまいました。
 今考えるべきは喧嘩してしまったみなさんを如何にして仲直りさせるかです。
 どうやら母は何かしら閃いたようですが……

「う~ん。それもあるけど、お母さんは子供ってとっても手が掛かるからだと思うの」
「手が掛かるから?」
「そう。子供の世話に手が掛かると、それだけ夫婦ゲンカをするヒマも無くなっちゃうでしょ?」
「それは確かにそうですけど……」

 つまり、母はみんなを何かに掛かりきりにさせて喧嘩する余裕を与えなければいい、と言いたいのでしょう。
 残念ながら、私も既にその案についてはひとしきり考えてみました。
 しかし、個性的な3人を一様に夢中にさせる何かについて思いつかなかったのです。
 ありがたいアドバイスではありますが、結局また最初から考え直し―

「だからね。明日一日の間、みゆきはダメな子になっちゃいなさい」
「え?ダメな子?……お母さん、それはどういう……???」
「どうって、そのままの意味よ?」

 丁度その時、インターホンが鳴りました。

「あら、お寿司が届いたみたいね。じゃあ、暗い話はこれでおしまい!」
「ええっ!?」

 ☆

「ふぅ~」

 教室に向かいながら溜息をひとつ。
 結局、昨日はお寿司のせいで母から全てを聞き出す事はできませんでした。
 いえ、お寿司が無くてもきっとあれ以上は聞き出す事はできなかったでしょう。
 あの時の母は全部伝えきってもう何も無いという顔をしていましたから。
 母の話を総合すると、みなさんが喧嘩する余裕を無くすくらい私が“ダメな子”になればいい、という事になります。
 他に何も思いつかない以上、母のアドバイスを信じてみるしか私に残された道はありません。

 それにしても、その“ダメな子”とはいったいどんな子の事なのでしょう?
 母から詳しい話が聞けなかったせいで、そこのところがよくわかりません。
 文字通り解釈するならば、ダメな事をする子。
 例えば、誰かを傷つけたり、万引きしたり……は違いますね。
 それでは犯罪者です。
 母の言う事ですから、もっと身近でソフトな感じなのでしょう。

 宿題をしない子、ということなら失礼ながら泉さんやつかささんがそれに近い気がします。
 よく怒られる子、ということなら失礼ながら泉さんやつかささんがそれに近い気がします。
 だらしのない子、ということなら失礼ながら泉さんやつかささんが……

 いえ、決して泉さんとつかささんがダメという訳では無くて。
 お2人ともいいところだってたくさんありますし。
 私にとっては泉さんもつかささんも、ダメでもなんでも無く最高の友人な訳ですから。

 わからない以上、選択肢は2つです。
 諦めて何もしないか、或いは、可能性のある行動を全て試してみるか。
 もちろん、私が選ぶのは、いえ、選んだのは後者な訳ですが。

 教室に入るとすぐに、つかささんが私の席までやって来て話し掛けてきました。
 泉さんは自分の机につっぷしていて、こちらの様子をちらりと一瞥だけすると完全に顔を隠してしまいます。
 どうやら今朝は2人で会話をしていなかったようですね。
 かがみさんの姿も無いとなると、仲直りまでの道のりは想像以上に遠そうです。

「おはよ~。珍しいね。ゆきちゃんが遅刻しそうになるなんて」
「おはようございます。そうですね、昨日は夜更かしをしてしまったものですから」
「へぇ~。ゆきちゃんでも夜更かしすることがあるんだね。何時まで起きてたの?」
「ええっと……11、いえ、明け方の3時くらいでしょうか」
「ええっ!!そんなに!?何してたの!?」
「そ、そうですね。その、少し考え事をしていましたら、いつの間にか」
「考え……ごと……?」

 つかささんが何か訝しげにこちらを見ています。
 さすがに考え事だけで3時まで、という設定には無理があったのでしょうか。
 普段そこまで起きていないものですから感覚がよくわかりません。
 考えてみれば、“ダメな子”なら考え事よりも遊びで起きていたという設定の方が良かったですね。
 例えば、ソリティアを夢中でしていたとか。

 早くもいろいろと失敗してしまいました。
 なんとか言い繕おうと口を開きかけた時、寝癖がついたままの黒井先生が教室に走りこんできました。

「ゆ、ゆきちゃん、また後でね」

 つかささんは足早に自分の席へと戻っていきます。
 ふと視線を感じて振り向くと、泉さんが少し驚いたような顔をしてこちらを見ていました。
 私がわかりやすい嘘をついたのが珍しかったのでしょうか?

 ともかく、これからは隙の無いように“ダメな子”を演じなくてはなりません。
 そんなことを考えながらホームルームの号令をかけました。

 ……

「高良。おい、高良。まさかとは思うが寝ようとしてへんよな?今は授業中やで」
「いえ、すみません。実は先程から寝ようとしていました」
「そ、そうなんか。体調が悪いんやったら、遠慮せんと保健室に行ったらええからな?」
「せ、先生っ!私がゆきちゃんを保健室まで連れて行きます!」
「あ、いえ、そういう訳では……ちょっとダメな感じなだけですから……」
「頼むわ柊。高良、頑張りたい気持ちは分かるが良うなるまでベッドで大人しゅうしとき」

 ……

「すみません、かがみさん。教科書を貸していただきたいのですが」
「へー、珍しいわね。みゆきが忘れ物なんて」
「それと、お恥ずかしながら、宿題をするのも忘れてしまったので見せていただけませんか?」
「ええっ!?どど、どうしちゃったのよ、みゆき!?」
「重ねて申し訳ないのですが、黒井先生の授業のノートも後で貸していただけますでしょうか?」
「ちょ、ちょっと。本当にどうしちゃったのよ。どこか体の調子でも悪いの?」
「あ、いえ、そういう訳では……ちょっとダメな感じなだけですから……」

 ……

「ありゃ?みゆきさん、お昼食べないの?」
「それが、お弁当を持ってくるのを忘れてしまいまして」
「そ、そうなんだ。じゃあ、一緒に学食にでも行こうよ」
「すみません。財布を持ってくるのも忘れてしまいまして」
「め、珍しいねー。大丈夫だよ、私がお金貸したげるからさ」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきますね」
「……ねえ、みゆきさん。何か悩み事でもあるの?」
「あ、いえ、そういう訳では……ちょっとダメな感じなだけですから……」

 ……

「ふぅ~」

 放課後、今日一日のことを溜息交じりに思い返してみました。
 思いつく限りの“ダメな子”像を演じてみなさんの手を煩わせてみましたが、これで良かったのでしょうか。
 確かに、みなさんが喧嘩をする機会をいくらか無くすことに貢献できた気はします。
 しかし、よくよく考えてみれば、同時に仲直りする機会も無くさせてしまっているような……
 結果として単にいろいろな人に迷惑をかけてしまっただけのような気がします。

「みゆきさん、ちょっといいかな?」

 私が自分の席に座ったまま深い溜息をついていると、驚いたことに泉さん達が3人揃ってやってきました。
 3人ともばつの悪そうな表情をしていますが、昨日のような険悪なムードはもうありません。

 ……どうやらいつの間にか仲直りをしたようですね。
 そして、そのことを報告に来てくれたのでしょう。

 私が変な気をまわしてジタバタしなくても、本当の友人というものはこうして自然と元の鞘に収まるものなのでしょう。
 私は本当に今日一日、何をしていたのでしょうか。
 嘘までついていろいろな人に迷惑をかけて……
 ああ、本当になんて浅はかで、なんて恥ずかしいことを―

「ごめんね、みゆきさん」
「ゆきちゃん、ごめんなさい」
「悪かったと思ってるわ」

「えっ?」

 3人とも私に向かって頭を下げています。
 何が起こったのか理解できず暫くぼーっと見ていたら、かがみさんは顔を赤らめてそっぽを向いてしまいました。
 意外な事に、みなさんは仲直りの報告ではなく謝罪するために私のところへ来たようでした。
 今日一日みなさんに迷惑を掛けたのは私ですから、本来謝罪するべきなのは私の方なのですが。

「みなさん、どうして私に謝っているのですか?」
「だって、私達のせいでゆきちゃんがおかしくなっちゃったから……」
「私が、みなさんのせいでおかしく、ですか?そのようなことは……」
「でもっ!……だって……ぐすっ……」

 つかささんはいまにも泣き出しそうな様子で目に涙をいっぱいに溜めています。
 そんな状態のつかささんでは話が進まないと判断されたのでしょうか、かがみさんが会話に割り込んできました。

「みゆき。こなたとつかさから聞いたわよ。今日は授業中も休み時間もずっと調子がおかしかったんですってね?」
「あ。はい。それは、そうなのですが……」
「もう分かってるのよ。本当は何か悩んでたんでしょ?その何かって何よ?」
「ええっと……それは、その……」

 私が答えかねていると、見るに見かねたと言った様子で今度は泉さんが会話に割り込んできました。

「ちょっと、かがみ。そんな言い方しちゃダメじゃん。悪いのは私らのほうなんだからさ」
「あ。……そうよね。ごめん、みゆき」
「3人で考えてみたんだけどさ、みゆきさんの調子が悪かったのは私達がケンカしちゃったのが原因なんでしょ?」
「ええっと……何と言いますか……」
「隠さなくていいって。私達のことが心配で何も手につかなくなっちゃったんだよね。例えば夜も寝られないほどに」
「ええ、まあ、そんなところではありますが……」
「やっぱり。でね、私達反省したんだ。くだらない事でケンカするのは止めて、みゆきさんの為にも仲直りしようって」

 ……どうやら、私の頑張りも全くの無駄では無かったようですね。
 ともあれ、私をきっかけとしてみなさんが自発的に仲直りしてくれて本当によかったと思います。
 私の下手な演技を信じてここまで心配されてしまうと心苦しくはありますが。
 少しばかりの謝罪の意味も込め、心配そうな顔で見つめている3人に私は心からの笑顔で答えました。

「ありがとうございます。仲直りしていただけて、とても嬉しいです」

 そして私は4人で一緒に帰ることを提案しました。 

 ☆

「ねえ、みゆき。晩ご飯、今日も出前でいいかしら?何がいい?」
「はい。私はなんでもいいですよ?」
「あら?あらあら?今日はいい顔してるのね。悩み事が解決したの?」
「はい。そうなんです」

 母に今日の出来事を話しながら、思わず笑顔がこぼれます。
 無事に仲直りをしていただけたのはもちろんのことですが、もうひとつ嬉しい事があったからです。

 あの後“ダメな子”を演じて迷惑をかけてしまった事をきちんと謝ろうと思って、帰りのバスの中で私はみなさんに全てを話しました。
 私の異状が試行錯誤の末の演技だったとわかると、泉さんは爆笑し、かがみさんは唖然とし、つかささんは安堵のあまり涙を流してしまいました。
 てっきり怒られてしまうものとばかり思っていたのですが。

『私達のせいでゆきちゃんがおかしくなったんじゃなくて本当に良かった』
『ああいうみゆきが見れたのは、ある意味、新鮮で面白かった』
『私からみればそれも萌え要素だヨ。みゆきさん、ぐっじょぶ』

 などと三者三様に笑顔で私のことを許してくれたのです。
 こんなに嬉しい事はありません。
 母も自分の事のように嬉しいのか、私の話を聞くとより一層の笑顔になって―

「じゃあ、今日はお寿司にしましょ。こういうおめでたいときには、やっぱりお寿司よね~」
「ええっ。お、お母さん。昨日もお寿司だったような気がするのですが……」
「だって食べたいんだも~ん」

 パタパタと電話の方へ歩いていく母の姿を見送りながら、私は別れ際の泉さんの言葉を思い出しました。

『失礼を承知で言うとさ、“ダメな子”は案外みゆきさんのすぐ傍にもいるかもよ?』

 母は出前の電話を済ませると、私の向かいに座ってお煎餅を食べ始めます。
 昨日とまったく同じように。
 仕方なく、私も昨日と同じように食前のお菓子は控えるようにと母に注意をします。
 母から返ってくる答えはやはり昨日と同じで……

 ああ、なるほど。
 泉さんの言いたかった事がなんとなく理解できたような気がします。
 私の傍にいる“ダメな子”というのは、つまり―

「どうしたの、みゆき?さっきからずっとこっちを見てるけど……お煎餅欲しいの?」
「えっ!?い、いえ、なんでもありません」

 今回の出来事を通してわかったことがあります。
 どうやら“ダメな子”というのは悪い意味だけを持つ言葉ではない、ということ。
 見ていると放っておけないというか、母性本能をくすぐるような愛らしさを持つ子、といったニュアンスも含んでいるのではないでしょうか。
 そう考えると、母が“子はかすがい”の諺から“ダメな子”を閃いたのも頷けます。泉さんが私の母のことを“ダメな子”と表現したことも。
 とても勉強になりました。

 言葉の面白さについて思いをめぐらせていると、お寿司が届いたのでしょうか、インターホンが鳴りました。
 母は嬉々として玄関に向かいます。
 私は戯れに、その後姿に向かってそっと親指をたててみました。
 泉さんの言葉を借りるなら、萌え要素グッジョブ、といったところでしょうか。

 もっとも“萌え要素”の意味はよくわからないのですが。
 私もまだまだ勉強不足ですね。

ツールボックス

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