ID:tfXNXkk0氏:longing for you

「死体洗いのバイトって本当にあるの?」

泉さんからそんな電話がかかってきたのはずいぶん久しぶりのことでした。

「そう言えば久しぶりだね。いきなりこんなこと聞いてごめんね」
「いえ、かまいませんよ。そのアルバイトの話ですが、そう言った話は大学でも聞いたことがありませんね。ただ解剖用ではないご遺体を洗うアルバイトは、湯灌(ゆかん)と言って存在するそうです」
「さすがみwikiさん、詳しいね。他にもいろいろ聞きたいことあるんだけど近々会えないかなぁ」

こうして私は泉さんと久しぶりに会うことになりました。
久しぶりに会った泉さんは、よくいえば落ち着いてるというか、少し元気のないように見えました。

「お忙しい中わざわざ私の大学近くまで来ていただいてすみません」
「いいよ。どうせ暇だしね」

泉さんとは大学の授業が終わった後に大学近くの喫茶店で落ち合いました。
その喫茶店で私たち二人は、高校の懐かしい話をして盛り上がりました。
話が一息ついたころ私は泉さんに尋ねました。

「それで、聞きたいことってなんですか?」

それを聞いたとたん、それまで饒舌だった泉さんの言葉が止まりました。
二人の間にばつの悪い沈黙が流れました。
しばらくして泉さんが口を開きました。

「ごめん…別に聞きたいことってなかったんだよね…ただ久しぶりにみゆきさんと話したくなってさ…忙しいのに呼び出してくだらない話につき合わせてごめんね」

私もう帰るね、と言って泉さんが席を立とうとしました。

「ちょっと待ってください。私、久しぶりに泉さんとお話できて楽しかったですよ。それに今日は私も暇だったんです」
「ありがとう。みゆきさんは優しいね」
「本音ですよ……何か悩みがあるんですか?」
「なんでそんなことまで聞いてくれるの?それが将来の仕事だから?」

その言い方に少しだけカチンときました。
なんというか、しばらく会わない間に泉さんが私に対して他人行儀になったというか、距離を置いているように感じたからです。
私と泉さんは確かに付き合った年月としては3年間という短い期間だったかもしれません。
でも、そこで育んだ友情は、誰にも負けないと思っていました。
たとえつかささんや、かがみさんや、他の友人の方たちに比べても決して劣るものではない…そう思っていたからこそ少しきつい口調になってしまいました。

「仕事だからとかじゃありません。親友として心配しているだけです」

泉さんは座りなおして下を向いたまま黙ってしまいました。
しばらくしてかろうじて聞き取れるくらいの声で、

「ありがとう…」

と言うのが聞こえました。それからゆっくりと泉さんは話し始めました。

「最近…すごく不安になることがあるんだよね。つかさもかがみもみゆきさんも、ちゃんとした目標を持って大学とか専門学校に行ってて、それなのに私はただなんとなく大学に通ってて。将来やりたいこととかも見つからないし、それなのに時間はどんどん過ぎてっちゃって…みんなはどんどん先に行ってるのに私何やってんのかなって。生きてる意味あるのかなって考えちゃったり…」

私は意外の感に打たれました。
高校時代はいつも自信満々で、今が楽しければいいというか、楽観的な考えを持っていた泉さんの新たな一面を見た思いでした。
一方で、そのような悩みを私に打ち明けてくれたことに嬉しさを感じていました。

「私も…不安に思うこと、ありますよ」

そう言うと目の前の泉さんがハッと顔をあげました。
私は泉さんに笑いかけて続けました。

「将来、自分が何の科に進んで、どんな医者になるのかとか。大きな失敗をして命にかかわるようなことがあったらどうしようとか。心配で夜眠れなくなることもあるんですよ。お恥ずかしながら」
「みゆきさんもそうなんだ…」
「ええ。それにつかささんやかがみさんも多かれ少なかれ、将来に不安を抱えていると思いますよ。それに…」
「それに?」
「私は、泉さんのこと憧れというか、うらやましいと思っていましたよ」
「え…?」

少し唐突だったかもしれません。
でも今の泉さんに今日どうしてもこれだけは伝えたいという気持ちがありました。

「高校の時、泉さんは自分の好きなアニメやゲームのことになるとすごいエネルギーを発揮されて、周りからどう見られていてもおかまいなしで。そんな風に好きなものがあるっていうことがうらやましかったんです」

かがみさんにどんなに呆れられようと、自分の思うままに進む泉さんは私の憧れでした。
好きなアニメやゲームの話をするときの笑顔はとてもまぶしくて素敵でした。
いつか私もそんな風に熱中できるものに出会いたいと思えたんです。
だから…

「だから、生きてる意味がないとか、そんな悲しいことは言わないでください」

私の言葉を聞いた泉さんは今度は下を向かずに私の目を見据えてはっきり言いました。

「うん、ありがとう」

そのあとしばらく雑談をして私たちは喫茶店を出ました。
私たちの家は最寄りの駅から同じプラットフォームの反対方向でした。
高校時代と同じだね、と泉さんが笑ってつぶやきました。
みゆきさんが上りで私が下りなのも同じだよ…

「今日は楽しかったね。ありがとう」
「私も楽しかったですよ。ありがとうございました」
「またこんな風に会おうね」
「そうですね。今度はつかささんやかがみさんともお会いしたいですね」
「そうだね」

そのとき泉さんのホームに電車が到着しました。

「じゃあまたね」
「はい、また会いましょう」

電車に乗っていく泉さんの後ろ姿は、今日はじめに会った時よりも少しだけ大きく見えました。
電車の中から泉さんが手を振り、私もそれに応えて手を振りました。
高校時代のように明るい笑顔を浮かべる泉さんが見えなくなるまで、私は手を振り続けていました。



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