警察の取調室。机をはさんで向かい合う男女。事情聴取。
刑事ドラマの取調シーンなんかでよくある光景だ。
よくある光景と違う点がひとつ。ここで向かい合っている男女はどちらも警察官だ。
「まさか、同僚の事情聴取をすることになるとは思わなかったぞ、俺は」
「まさか、こんなことになっちゃうとはねぇ。いや~、お恥ずかしい」
「事件性が無いとはいえ、いろんな人に迷惑かけたんだ。お叱りくらいは覚悟しとけよ」
「そうだよねー。やっぱ、叱られちゃうよねー。はぁー」
「しかし、成実。オマエ、いったい何やってこんな事になったんだよ」
「いや、それがね。夕方にさー、従姉妹んトコに遊びにいったんだけどね・・・」
☆
「あっそびに来たよ~!!・・・って、あれ?」
「お、ゆいちゃん。こなたならまだ帰ってきてないぞ」
「ゆたかはー?」
「んー、確か、友達の家に寄ってくるとか言ってたなぁ」
「ありゃ。はずしたか」
「まあ、こなたの方はすぐ帰ってくると思うよ」
「ふむ。じゃあ、部屋で待ってようかなぁ・・・あ!?」
ぴこーん!お姉さんひらめいちゃったよ!
これは、前回失敗したこなたへのドッキリをリベンジするチャンスだね!!
こういうこともあろうかと、いろいろ用意してあるのだ。
作戦名は・・・“びっくり!こたつの中で血反吐を吐くお姉さん!”
『死んじゃうよー』と助けを求めながら、口から血をだらり。
これは成功しない訳がない!今度は前のようにはいかないよー、こなた!
前回の教訓を生かし、こたつの中に隠れるのは、こなたが帰ったのを確認してからとする。
さすがの私も、何十分もこたつの中に閉じこもるのはもうこりごりなのだ。
適当に漫画を読みながら待つこと20分。どうやら標的が帰ってきたようだ。
「お父さん、ただいまー」
こなたの声を確認すると、すぐにコタツに潜る。
ふっふっふ。今日こそびっくりさせてあげるよ、こなた。
エンターテイナーゆいちゃんをなめてもらっては困るのだ!
こたつに潜んでから、5分・・・10分・・・なかなか来ないね。ふぅぅ、暑いよ~。
今か今かと待ちわびて、さらに5分程たった頃、部屋に人が入ってくる気配を感じた。
トタトタと近づいてくる足音を聞き、血糊を口に含む。準備万端だ。
トスンと腰を掛ける音に続いて、いつもこなたが座る側から足が伸びてきて・・・よし、今だ!
「ばぁ~。お姉さん、死んjy」
「ひゃあっ!」
バキッ!!
「うぎゅっ!!」
「きゃあっ!!」
ツインテールの少女はすばやくこたつから出ると、逃げるように部屋から出ていく。
「あ。・・・ま、待って・・・」
ううう、作戦失敗だよ。い、今のは確か、こなたのお友達の・・・か・・・あ、世界が白くなって・・・がくっ。
反撃など予想していなかった私は、顔に一発いいのをもらい、こたつから這い出したところで力尽きた。
☆
こなたの家を飛び出してから、無我夢中で走り続けた。
どれだけ走っただろう、気がつくと見慣れぬ公園まで来ていた。
体が走ることに疲れ、また、気持ちの方もだんだんと落ち着いてきたこともあって、足を止める。
とりあえず目に付いたベンチに体をあずけ、まずは息を整える。
そして、このような状況に陥る原因となった出来事を思い出してみる。
・・・おそらく、あの人はドッキリのつもりでコタツに隠れていたのだろう。
言ってみれば、軽い冗談。私だって、幼い頃つかさに似たようなことをした。
私はそれを、思いっきり殴ってしまった。
それも、相手が血を吐くほど思いっきり。
「・・・どうしよう。こなたのお姉さんに、大変なコトしちゃった」
そう。私が殴った相手は血を吐いて倒れてしまった。これはとても大変な事だ。
あまりに大変すぎて、裸足のまま逃げ出してきてしまったほどだ。
「・・・やっぱり、戻るべきよね」
戻って謝るのが道理だ。それは理解している。しかし、戻るのが怖い。
―もし、あの人が死にそうになっていたら。或いは、死んでいたら・・・。
もちろん、それがバカバカしい考えだというのはわかる。
私が拳で殴ったくらいで、人が死ぬなんてことはありえない。
さっきも考えたようにあれはたぶんドッキリ。単なる冗談なのだ。
―でも、もし、ドッキリなんかじゃなかったら?
あの人は言おうとしていたはず。『死んじゃう』と。
よくよく思い出してみると、あの人が血を吐いたタイミングは私が殴るより前だ。
もしかして、助けを求めようとしていた?
でも、なんでこたつの中にいたんだろうか?
「・・・どっちにしろ戻らなきゃ、ね」
戻ってみなければ何もわからない。何も解決しない。
意を決して立ち上がり、私は来た道をゆっくりと戻り始めた。
☆
「さっきの叫び声は、もしかしなくてもかがみだよねぇ・・・」
悲鳴のようだったし騒がしかったけど、大丈夫だよね。もしかして“G”との遭遇?
すぐにでも確認して助けてあげたかったが、今は手も目も放せない。
日々の宿題のお礼としてかがみに振舞う、特製プリンの仕上げをしているからだ。
昨日の晩から準備をし、ついに今、製作工程は最終段階に入っていた。
こなた特製ソースが焦げてしまわないよう、火加減と真剣勝負の最中なのだ。
ま、何かあったらお父さんもいるしね。今は集中、集中っと。
コンロの火とにらめっこをしながら、ソースをぐいぐいとかき混ぜる。
「ただいまー」
あ、ゆーちゃんが帰ってきた。
おっと、そろそろ火を止めなきゃ・・・
「きゃああああああああああっ!!」
「なっ!?ゆ、ゆーちゃん!?」
かがみだけでなく、ゆーちゃんまで悲鳴を!?これは、ただ事じゃない!!
私はすぐに居間へと飛び込む。お父さんも血相を変えてやってきた。
「・・・いったい、何が・・・!?」
そこで私が見たものは、血を吐き涙を流しながら、ゆたかを抱えるゆい姉さんの姿だった。
☆
「なんで・・・?なんで、救急車がいるのよ・・・」
重い足取りでこなたの家まで戻ってくると、玄関の辺りには救急車と野次馬。
救急車が必要な事態といえば・・・いや、そんなまさか。
遠巻きに様子を窺っていると携帯が鳴った。こなたからだ。
「もしもし!!かがみ!?かがみだよね!?」
「な、何よ。えらい剣幕じゃない」
「今どこにいるの!?大丈夫!?」
「べ、別に大丈夫よ。あんたの家の近くにいるわ」
「そう、よかったぁ。何も言わずにいなくなってるから、心配したよぉ」
「あ、・・・ごめん」
こなたが私のことを心配してくれたのは嬉しかったが、今はそれどころではない。
とりあえず、さっきから気になっている事について尋ねてみる。
「ねえ、こなた。きゅ、救急車が来てるみたいだけど?」
「うん・・・そうなんだよ。実はさ、ちょっと今、大変な事になっててさ・・・」
大変なこと?やはり、あの人が・・・。
「まぁ、救急車はもう必要ないんだけど・・・。かがみ、落ち着いて聞いてね?」
救急車が必要ない?それってまさか、あの人はもう・・・!?
最悪の考えが頭をよぎる。
「・・・さっき、ゆーちゃんが帰ってきて見つけちゃったんだよね。ゆーちゃん、ショックを受けて倒れちゃって・・・」
「な、何を!?」
「えっ?かがみも見たんじゃないの?てっきり、それで出て行ったのかと・・・」
「わ、私のことはいいから!ゆたかちゃんは、何を見つけたの!?」
「あ、うん・・・こたつの中でさ、ゆい姉さんが死んd」
聞きたくない単語が出てきた瞬間、思わず携帯を切ってしまった。
詳しい原因はわからないが、状況から察するに、どうやら私が殴ったあの人は死んでしまったようだ。
ゆーちゃんが倒れてしまうほどショックを受けるのも当然だ。帰ってきたら、姉が死んでいたのだから。
やはりあの時、あの人は最期の力で私に助けを求めてきたのではないか。
それなのに私は、救いの手を差し伸べるどころかとどめをさしてしまった。
「・・・ごめん・・・ごめんなさい・・・さよなら、こなた」
再びこなたからの電話を着信して鳴りはじめた携帯は、私の手をすりぬけて地面に落ちる。
そして私は、今の自分にふさわしい場所へと向かって、ふらふらと歩みを進めた。
☆
「こたつの中でさ、ゆい姉さんが死んだふりをし・・・って、あれ?もしもし?もしもーし?」
その後、何回電話してもかがみは出てくれなかった。
あまりの事態に呆れちゃったのかな?
ゆい姉さんの悪ふざけのせいで、ゆーちゃんは倒れるは、救急車は来るは・・・。
かがみが出て行ったのもゆい姉さんが原因なんだろうなぁ。
かがみ、やっぱ怒ってるのかな。
もしかして、これ以上関わりあいたくないとか思われてないよねぇ?
「ゆいちゃん、やっていい冗談と悪い冗談があってだね・・・」
「ごめんなさい」
居間ではお父さんがゆい姉さんを説教している。
「ほんとにびっくりしたんだからね!もう!」
「反省してます」
ゆーちゃんもご立腹だ。びっくりし過ぎて気絶までしてしまったのだから当然だ。
ちなみに、救急車を呼んだのはゆい姉さんだった。
ゆーちゃんの悲鳴で目を覚ました姉さんは、目の前でゆーちゃんが泡を吹いて倒れているのを見つけた。
まさか自分のせいで倒れたのだとは思いもせず、悪い病気か何かで倒れたのではないかと考えたのだそうだ。
「心臓が止まっちゃうかと思ったよ!もう、しばらく口きいてあげないんだから!」
「悪気があったわけじゃないんだよー。許しておくれよー」
「簡単には許せないヨ。私もゆい姉さんのせいでソース焦がしちゃったんだからね!かがみにも呆れられるし・・・」
「ごめんってばー。頼むから、もう許しておくれよぅ」
「ゆいちゃん、謝って済む事と済まない事があってだね・・・」
ゆい姉さんへの総攻撃が1時間近く続いたところで電話が鳴り、お父さんが席をはずす。
説教が中断されたためか、ホッとした顔をするゆい姉さん。本当に反省してるのかなぁ?
「姉さん、後でかがみにもちゃんと謝ってよね」
「ううぅ。わかってるよぅ。迷惑かけちゃったからね」
ゆい姉さんに釘をさしていると、お父さんがバタバタと戻ってくる。
「ゆいちゃん、すぐに出かけるぞ!こなたもついて来なさい!」
「ふぇ?どったの?」
「かがみちゃんが、大変なことになってるらしい」
☆
「まったく、恥ずかしいったらないわ」
「まあまあ、かがみん。結果オーライってやつだよ」
「どこが結果オーライだっ!携帯も失くすし、最悪よ・・・」
「えー。でも、携帯は自分で捨てたんでしょ?」
「ああーもうっ!うるさいわねっ!!そうよ!だったらどうだっていうのよっ!?」
「ちょ。落ち着こうよ、かがみ。イタタ、痛いって。HA☆NA☆SE!」
「あ・・・悪かったわ。あんたにあたってもしょうがないのにね」
「ふぅ~、やれやれ。ま、気持ちはわかるけどネ~」
何をどう勘違いしたのか、かがみは警察に自首した。ゆい姉さん殺しの犯人として。
女子高生が警官を殺したと言ってきたわけだから、警察は一時騒然となったようだ。
もちろん、すぐにゆい姉さんは死んでいないとわかって、かがみも開放されたのだが。
今は、かがみの代わりにゆい姉さんが事情聴取をされている。
警察が関係者からも話を聞きたいと言ったので、お父さんが別室で事情を説明することになった。
それが終われば、かがみと一緒に帰る予定だ。
かがみは自動販売機で買ったジュースを飲み干し、大きな溜息を漏らす。
「はぁー。なんでこんな事になったのかしら」
「うーん。あの時、電話で私の話を最後まで聞かなかったからじゃない?」
「・・・そうね。というか、常識で考えたらありえない話なのよね。どうかしてたわ」
「そんなに落ち込まなくても、いずれ笑い話になるって。」
「もう2度と思い出したくないわ、こんな大失態。誰にも話す気はないわよ」
「えー。もったいない。こんなネタはなかなかないよ?」
「人の人生の汚点をネタ呼ばわりすんなっ!」
「まま、帰ったら約束どおり特製プリンをごちそうするからさ。元気だしてよ」
「・・・その特製プリンに釣られて、あんたの家に行ったのが失敗の始まりなのよね。はぁー」
「むふふ。ダイエット中なのに甘いものに釣られ、あげく騒動に巻き込まれるかがみん、萌え」
「・・・もう、何とでも言うがいいわ」
☆
翌日、私は我慢しきれず、この極上のネタをつかさとみゆきさんにしゃべってしまった。
昨日の夜、かがみから誰にも話さないようにとお願いされ、了解していたにもかかわらずだ。
この2人になら話してしまっても許してくれるだろう。そんな甘い考えをもっていたのだ。
そして、そのことは大きな失敗だったと言わざるを得ない。
「ねえ、ゆきちゃん。さっきのお姉ちゃんすっごく怖かったね~」
「ええ。近くで見ていただけですが・・・私も・・・気を失うかと・・・怖かったです」
「・・・ガクガクブルブル・・・カガミサマ、ゴメンナサイ、カガミサマ、ゴメンナサイ・・・」
「どうしよう。こなちゃんが壊れちゃったよ~><」
「恐怖のあまりですね、わかります」
結果として、私はリミッターを解除したかがみ様の真の怖ろしさを身をもって知る事となった。
後で知った事だが、この後うかつにちょっかいを出したみさきちも、大変な目にあったそうだ。
この日、陵桜学園には“柊狂暴伝説”が刻まれた。
☆
「あれ?こんだけいろんな人を騒動に巻き込んだんだから、私のドッキリって実は大成功じゃね?」
「成実。オマエ、長生きするよ・・・。とりあえず、顛末書はそのノリで書くなよ?」
最終更新:2008年09月23日 10:49