「やー、珍しいね。かがみが私に相談事なんて。しかも、わざわざ家に訪ねてくるとは」
「ん、学校ではちょっと話し辛い内容だったから。……で、これが悩みの原因」
「ラブレター? かがみにもようやく春が来たんだねぇ。今日は相談と称した惚気話かなー」
「……差出人の名前を見たら、たぶん、同じことは言えなくなるわよ」
「ええっと………あれ、女の子……から?」
「だから困ってるのよ。どうすれば傷つけないで断れるのか、わからなくて」
「付き合ってもいいんじゃないの? ほら、減るもんじゃないし」
「それはつまり……こなたは、女の子同士でも恋愛感情は成立しておかしくないと、そう思ってる?」
「え。いや、私は興味ないけど。そういう人たちもいるでしょ、普通に」
「…………自分は違うけど、か。なんかずるいよね。その言い方」
「かがみ……?」
「同性愛に理解を示しているようで、受け入れないと宣言してる。それは認めてないのと同じだよ」
「急にどうしたのさ。ていうか、そもそも断る理由を探していたんじゃ……」
「ううん、もういい。そろそろ帰るね」
「あ、かがみ!」
息が切れた頃にたどり着いた公園で、私は跳ねる鼓動を抑えるために足を止めた。
夕日で赤く染まった公園には、ベンチに座る自分を除いて誰もいない。
「バカだな、私。確認なんてしないでも、わかってた事じゃない」
そう。わざわざ尋ねなくてもわかっている。
異常なのはこなたを好きな自分のほうで、同性愛を否定するこなたのほうが普通に間違いない。
だから――その声は聞こえるはずがなかった。
「かがみ」
世界で一番聞きたい声で、今は一番聞きたくない声。
それでも身体は自然に反応してしまい、振り向いた先にいた背の低い同級生の少女と目が合った。
「…………なんで、なんで追いかけてくるのよ。放っておいてよ!」
「嫌だよ。私は、かがみのことが好きだから」
好き。そんな簡単な言葉で、全力疾走していたとき以上に身体に熱が帯びる。
「好きだなんて、軽い気持ちで言わないで! もう友達としては見れないくらいに好きになってるのに」
「……それなら問題ないよ。私も、同じ意味での『好き』だから」
「うそ。だって、興味ないって言ってたじゃない」
「あれはかがみが、告白してきたのが女の子だから困ってるみたいに言うから、そう言うしか」
「それは……同性だからっていう理由を、こなたに否定して欲しくて……それで」
「…………」
「……えっと、つまり私たちは両思い……で、いいのよね?」
「うん。もちろん」
私たちは夜に近づいていく公園の中で、大きな声で笑った。
互いの臆病から生まれた誤解がおかしくて。
理由もなく楽しくて。
いや――好きな人が隣にいるというのは、十分すぎる理由だろうか。
「そういえば、あの子には悪いことしたわね」
「あの子?」
「ラブレターを送ってきた人よ。こなたの気持ちを確かめるためとはいえ、他人に読ませちゃったから」
「……他人が読んだわけじゃないけどね」
「え?」
思わず隣を見ると、こなたの手には見覚えのある可愛らしい封筒があった。
「って……まさかあんたが?」
「かがみの気持ちを知るための小道具としてね。ちょっと予定は狂ったけど」
「はあ……あ、でも誰かに代筆を頼んだの?」
「いやいや私だって、丁寧に書けばこれくらいの字に出来るんだよ。それで、これは修正版」
私はこなたから、再び手紙を受け取る。
封筒の裏に書かれた送り主の名前には二重線が引かれ、本文と同じ筆跡で『泉こなた』と直されていた。
「でも、ラブレターを手渡すのって意味ないよね。知り合いじゃないなら、顔を見せる必要があるけど」
「別にいいんじゃない。伝えたい事を整理して届けられるし、渡されたほうもずっと持っておけるしね」
「そうだね」
偽物のラブレターは、こうして本物へと変化した。
最終更新:2007年06月20日 22:15