ID:XTO6u6k0氏:名探偵です。お恥ずかしながら……。

高良みゆきは頭が良かった。
それに加えて知識が豊富であったため、彼女の言葉は必ず真実であるとさえ、友人達は考えていた。
あるとき彼女は死体を見た。それは誤解だったのだが、間違いに気がついたのは叫び声をあげた後だった。
みゆきの指の先を追ったこなた達は、電柱にもたれ掛かった人影を見て息を呑んだ。
それはどこから見てもマネキンでしかなかったが、こなた達には本物の人だとしか思えなかった。
「どうしよう。警察? 救急車?」
「こなちゃん。もう死んでいるんだから警察だよ」
携帯を片手に、今にも通報をしそうな二人に対して、みゆきは慌てて制止をかけた。
「待ってください。まだ生きている可能性もありますから、ひとまず確かめてみましょう」
みゆきはそう言ってマネキンに近づこうとしたが、それまで無関心という様子だったかがみが口を開いた。
「待ちなさいよ。一応、みゆきが第一発見者なんでしょ? だったら、違う人に調べさせなさいよ」
残念なことに、どれだけ学業での成績が良かったとしても、かがみはつかさの姉だった。
かがみは三人の視線を浴びながらゆっくりと歩いていき、そっとマネキンの首に手を当てた。
「……脈は無いわね。それに冷え切っている」
当然である。しかし、みゆき以外の二人は再び大騒ぎを始めた。
「やばい。やばいよ。死体を見つけたって事は、犯人から狙われるんじゃないの」
「ええっ。そんなの嫌だよ。早く通報して、それでここから逃げようよ」
戸惑う二人と作り物の人体とを交互に見て、かがみは大きく溜息をついた。
「馬鹿ね、あんた達」
みゆきは期待に満ちた眼差しで、かがみが言葉を続けるのを待った。
「こなた。従姉妹に警察官がいるんだから、こういう時の対処法くらいはわかるでしょ。まずは現場確保よ」
「いやいや、ゆい姉さんは交通課だから」
こなたがツッコミをいれる。
「あの……交通課でも、事故現場で死体を見る機会があるのではないかと」
思わず口を挟んでしまってから、みゆきは激しく後悔をした。
「うん、そうよね。ほら、みゆきもこう言っているじゃない」
推理物のラノベを読んだばかりなのか、それから後はかがみの指示によって処置が施された。
もちろん、それらは見当違いの行いばかりで、発見状態の保存というよりは証拠隠滅と呼ぶべきものだったが。
「さてと」手のひらを打ち合わせて、汚れを落としながらかがみが言った。
「ねえ、みゆき。もしかして、既に推理をして犯人に目星をつけているんじゃない?」
つかさが驚いて声を出す。こなたも目を丸くしながらみゆきを見た。
「そうなの?」
「いえ。どのような業種の方々がここに運んで捨てていったのかは想像できますが、それ以上のことは……」
よくある不法投棄の一種だという事しかわからず、みゆきは困ったように呟く。
期待を裏切ってしまったと感じた彼女は、自分の責任でもないのに申し訳なさそうに俯いた。
しかし、その言葉に含まれる重要な語群について、かがみ達は聞き逃さなかった。
「犯人の職業は想像がついている」
「方々っていう事は、複数犯で――」
「運んできた、つまりは犯行現場がここじゃないという事もわかっているのね」
みゆきの背筋に悪寒が走った。
落胆されるよりも、遥かに重く心に圧し掛かるような期待の眼差しが、みゆきに向けられていた。
「すごいよ。みゆきさん!」
「うん。まるで名探偵みたい」
「そうね。新たな名探偵の誕生よ。これからはどんな事件が起こっても安心ね」
口々に褒め称える言葉が飛び出し、それを聞かされるみゆきは笑うしかなかった。

その後、みゆきは一人で市役所に連絡を入れて、不法投棄された物は片付けられた。
だが、みゆきの名声は同じように消えてなくなる事はなかった。
友人達から名探偵として扱われる少女。高良みゆき。
彼女がこれから数日後に本当の事件に巻き込まれるなどと、このときは誰も想像していなかった。



「探偵が犯人の小説ですか。それは面白そうですね」
「冒頭に伏線が貼ってあったらしいんだけど、叙述とっくりって言うんだっけ? すごいよね」
「トリックよ、つかさ。その間違いはいくらなんでも……」
夏休みを間近に控えた月曜日の放課後。みゆき達が談笑する教室に岩崎みなみが現れた。
「みなみさん、どうかしましたか?」
扉の傍に立つみなみを見つけたみゆきは、立ち上がって声をかけた。
みなみは口を開きかけたかと思うと、顔を下げ、何も言わずに立ち去ろうとした。
しかし、その動作は逃げるには遅すぎた。
「何か用があるんでしょ。もし相談事なら、私達にも聞かせてくれない?」
「みなみちゃんの悩みはゆーちゃんの悩み。だから私にも教えてもらう権利があるよね」
事件の臭いを嗅ぎつけたかがみとこなたが、みなみの行く先に回りこんで立ちはだかっていた。

「――事件が起きたわけではないんです。ただ、最近視線を感じるような気がして」
みなみは教室内の適当な椅子に座って話を始めた。
「男子達が私を見て『今の子、ネットで見た奴じゃ?』と話しているのを、廊下ですれ違った時に聞きました」
「なによそれ。盗撮写真が出回っているってこと?」
かがみの質問にみなみは首を振って答えた。
「わかりません。カメラが仕掛けてありそうな場所は何度も調べてみましたが、何も見つけられなくて」
「そっか。それで、名探偵のゆきちゃんを頼ってきたってわけだね」
みなみは首を傾げて、つかさの言葉の意味を訊ねた。
「あの、名探偵というのは……?」
「気にしないでください。ただの冗談ですから。さあ、話を続けましょう」
みゆきに誤魔化されたわけではないが、みなみは曖昧に頷くと再び口を開いた。
「私の誤解かもしれないので、警察に連絡をするべきなのか迷っていて……」
彼女はそこで言葉を切った。みゆきの意見を待っているのだろう。
「さて、そろそろ推理タイムかな?」
ふざけた調子でこなたが言う。それに笑ったのはつかさだけで、かがみは真剣な表情をしていた。
「そうね。みゆきなら真相にたどり着いているかもしれない」
ありえない、とみゆきは思った。たったこれだけのヒントで事件を解決できるはずがなかった。
この時点で真実を知っているとしたら、自分が犯人であるという場合しか考えられなかった。
「ゴルディオスの結び目って知ってる? 複雑に絡み合ってほどけなかった結び目を、剣で断ち切った逸話」
「なるほど。理屈っぽく考えないで、手順を無視してざっくり行ったほうが上手くいくかもしれないね」
みゆきは大きく溜息をつくと、すがるような目で見てくるみなみのために思案することにした。
「それでは……自信は無いですが、少し考えてみますね。
 まず、私達の知らない人間は犯人ではないと仮定して話を進めます。これはいいですよね?
 私達がアリバイを確かめることの出来ない人を疑っても、まったくの無駄だからです。
 手口もわからず、犯人の手がかりを見つけられない以上、別の方法で犯人を探すしかありません。
 疑う対象が知人ならば、心理的に追い詰めて自供させられる可能性があります。
 そうですね、小早川さんは除外するとして、まずは田村さんから試してみるべきでしょうか」

みゆきの語りを、四人は小さく口を開けて聞いていた。
理屈っぽく考えないで、と言ったこなたを完全に無視してしまったと思ったが、仕方が無い。
それでも謝るべきだろうかとみゆきが考えていると、みなみが立ち上がった。
椅子と床が擦れて大きな音を立て、視線が彼女へと集中した。
「……確かめてきます」
苦しそうに呟くみなみを心配して、つかさが声をかけた。
「大丈夫? 私たちも一緒に行こうか?」
しかし、みなみは黙って首を振り、そのまま教室を出て行った。
彼女の友人がいるはずの部室に向かったのだろうと全員が考えたが、追う人間は一人としていなかった。
いつの間にか、教室には四人を除いて誰も存在しなくなっていた。
「みなみちゃんをモデルに絵を描いただけだったりしてね」
重い静寂に耐え切れず、こなたが願望に近い推測を口にしたが返事は無かった。
かがみは既に犯人が確定したも同然だと考えていたし、つかさも他に容疑者がいるとは想像できなかった。
みゆきだけが自分の推理を疑っていたが、それを言うわけにはいかなかった。
本当の犯人が誰であるにしても、みなみに友人を疑わせたのはみゆきだ。
その責任として、ひよりが犯人ではなかった場合には、長く伸ばした髪を切ってでも謝ろうと彼女は考えた。
「そろそろ帰るね。今日は見たいアニメがあるから、帰るのが遅くなると困るんだ」
三人はこなたの嘘を見破ろうとはせず、みなみを待たずに帰宅することを選んだ。


自分は正しいことをしたのか。探偵気取りで、人を傷つけることを言ってしまったのではないか。
みゆきは後悔の念に押しつぶされそうになりながら自宅の扉を開いた。
「ただいま戻りました……」
みゆきは鞄を部屋に置き、喉にまとわりつく粘り気を洗い流そうと、水を飲みにキッチンに向かった。
「あら、おかえりなさい」
キッチンとつながるリビングでは、みゆきの母がノートパソコンを触っていた。
みゆきはグラスに水を注ぎながら、何をしているのかとゆかりに訊ねると、彼女はいつもの様に笑って答えた。
「うふふ。みなみちゃんの新しい写真をホームページに載せてるの。昨日、遊びに来たでしょう?」
ああ、そんな事もあったとみゆきは思い返した。
水を飲み干す。
――そして、すべてを理解した。

「お母さん。あなたが犯人です」


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