らき☆すた殺人事件~紅く染まる白銀の世界~FILE.3

みゆきの遺体は今、みゆきの部屋『だった』ところに『置いて』ある。
あのまま気を失ったみなみは、自室で眠り続けている。
いち早くショックから抜け出したあやのとパティは、みゆきが死にいたった原因を調べにゲレンデに出ていた。
他の人達は、みな大食堂に集まっている。

「う……ひっぐ……みゆきさん……えぅ……みゆきさぁぁん……!!」

その大食堂には、こなたの嗚咽のみが響いていた。
ひよりもゆたかも未だショックから抜け出せず、椅子に腰掛けたまま惚けていた。
人ひとりが死んだ。それを簡単に理解できるほど、二人は大人ではない。
と、その時。『ガチャリ』という音に振り返ると、あやのとパティがいた。ゲレンデから戻ってきたのだ。

「みねぎじ……さん……」
「泉ちゃん……。はい、これ」

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたこなたに、あやのは真っ白なハンカチを渡した。
それを手に取り、こなたは涙を拭く。しかし涙が止まる気配はない。このハンカチだけじゃ間に合わないかなと、あやのは苦笑した。

「峰岸先輩、パトリシアさん、どうでした……?」

ゆたかがおどおどした様子で問い掛けた。恐怖半分、興味半分といったところか。
するとパティが頭を書きながら、

「Hmm……何から言えばイイのでショウ……」
「結論から言うと……これは、事故なんかじゃないわ」
「え……?」

未だ涙を流し続けているこなたが顔を上げた。

「どういう……意味……?」
「ソレが……ピアノ線が、仕掛けらレていマシた……」
「ちょうど高良ちゃんの首もとにくるようにね……」

ピアノ線の強度はかなり高い。
スキーで、しかもスピードが出るシュテムターンでなら、人の首くらい簡単に切断できるだろう。

「問題なのハ、木の方デス。scar(傷痕)がホトンドありませんデシタ」
「つまり、前から仕掛けられていたわけじゃないの」
「じゃ、じゃあ……」

ひよりが、恐怖に怯えたように呟いた。

「私達の誰かが昨日、そのピアノ線を仕掛けたってことっスか……!?」

二人はその問に答えず、下を向いた。
しかし、それが「肯定」を意味していることは明らかだった。

「……うそ……でしょ……?」

そう震えた声で呟いたのは、こなただった。止まりかけていた涙が再び溢れだす。

「うそだ……うそだよ、そんなの……だって、私達……あんなに仲が良かったのに……。……う……うわあぁぁぁああ!!」
「……お姉ちゃん……」

親友が死んだ。『誰かが殺した』のだ。
事故ならまだ救いようがあったかもしれない。しかし、これはれっきとした殺人事件なのである。
加えて、容疑者は自分たちに絞られた。信じられるはずがないだろう。

「……あは……あははは……」

ゆたかがそう思っていた時。こなたが渇いた笑い声をあげて立ち上がった。

「わかった……私、わかっちゃったよ……」
「わかっちゃったって……」

ひよりの問には答えず、こなたはフラフラになりながら台所に入っていった。

「この中に……犯人がいるんだよね……? ……だったら……」
『!!!』

台所から出てきたこなたに、みんなは驚愕、あるいは戦慄した。
彼女の左手にあったのは、銀色に輝く包丁だった。

「いっ、泉ちゃん……!?」
「みんな殺しちゃえばいいんだ……。そうすれば……みゆきさんを殺した犯人も死ぬよね……?」

――イカれてる。
ゆたかが従姉に抱いた、率直な思いであった。
確かに、みゆきを殺した犯人はこの中にいるだろう。だが、関係のない人間まで巻き込むのは……
……いや、それ以前の問題か。復讐をするなんて、ダメに決まってる!

「あっはは……まずは誰から殺してあげよっかなぁ……」
「ひぃっ!!」

そうは思ったのだが……充血しきっているうえに焦点が定まっていないこなたの瞳を見てしまい、恐怖で身体が動かなくなってしまった。

「そうだなぁ……まずはパティからかなぁ……」
「!!」

パティの方を向いてニタリと笑う。その顔が、パティには悪魔に見えた。
じわりじわりと歩み寄ってくるこなたに後退りをするが、すぐに壁に追い込まれてしまう。

「コ……コナタ……冗談……デスよネ……?」
「あはは……あはははははははははははは……!!」

ダメだ、まったく話を聞いていない。
他の人間に助けを呼ぼうにも、彼女達は完全に竦み上がっている。もう……終わりだ。
自分が刺される瞬間など見たいはずがない。パティは覚悟を決め、目を固く閉じた。
 
 
 
「……?」

いつまで経っても何かが起こる気配がしない。気になって、目を開けてみると……

「――!!」

パティが見たものは、床に落ちていく包丁、倒れゆくこなた、その後ろに立つみなみの姿だった。
その姿から見て、みなみがこなたに手刀を食らわせて気絶させたのであろう。
どう、という音を立ててこなたが床に沈むと同時に、みなみがパティに手を差し伸べた。

「ミ、ミナミ……」
「大丈夫? パトリシアさん」
「Yes……Thanksデース……」

みなみの手を握り返し、パティは命の恩人にお礼の言葉を言った。

「み、みなみちゃん、何時の間に……?」
「ちょっと前に気が付いて、食堂に出てきたら、泉先輩が……」

それから、みなみにあやの達が見てきたこと、この中にみゆきを殺した犯人がいるだろうということを話した。
耳を塞ぎたくなる衝動に駆られながらも、みなみはその全てを聞いた。

「……犯人を……見つけましょう……」

唇を噛みしめながら、みなみは言った。
冷静を装ってはいるのだろうが、彼女の怒りを読み取ることは容易であった。

「今、みんなと一緒に悲しんでいるけど、心の中ではニヤニヤ笑っているんでしょう……? そんなの……不公平です……!」

いつものみなみからは考えられないほど感情的なセリフである。それほど、犯人が憎いのだろう。
そんなみなみの言葉に、その場にいる全員が頷いた。異存はないということだろう。

「……アレっスよね」

そんなみんなを後方から見ていたひよりが、呟く。

「その犯人、名乗り出るつもりないみたいっスね……」

その通りだ。この中に犯人がいるということはほぼ確定している。
ここで名乗り出ずに、みんなと同じように頷いているのだ。自分が犯人であることを隠そうとしているのだろう。

「……コナタ、部屋に持って行きマス……」
「あ、私も……」

この空気に耐えきれなくなったのだろう、パティが自分からそう言って、こなたの体をおぶる。
そのまま食堂を出ていこうとするパティに、ゆたかが走ってついていった。

そして東館廊下……

「信じたくアリマセンね……murder(殺人)が起キてしまった、ナンテ……」
「……そう、だね……」

友達を疑うなんて、本当はしたくない。けれども、友達を疑わなければ、みゆきの魂が報われないのだ。
みゆきの、そしてみんなのためにも、犯人を見つけださなければ。

「but……コナタとミナミで、response(反応)が違いマシタね……」

そうだ。こなたは『犯人が友達の中にいる』と聞いた際に狂ってしまった。
しかしみなみは、幾分か感情的になりながらも自我を保っていたのだ。この差はどこからきたのだろう。

「……それは……」

自分の胸に手を当て、軽く目を伏せてからゆたかは話し始めた。

「こなたお姉ちゃん、いつもは気丈に振る舞っているけど……本当は、すっごく心が弱いんだ」
「that is(つまり)?」
「……お姉ちゃん、小中の頃にひどいいじめを受けてたんだって。友達もいなくって、人間不信に陥ったって、おじさんが……」
「……ひどい、過去だっタんデスネ……」

それだけで、こなたがあそこまで狂ってしまった理由は簡単にわかった。
高校に入ってようやく友達と呼べる人達ができた。絶対の信頼を置いていたに違いない。
それなのに、友達が友達を殺した……。その事実を受け入れたくなかったのだろう。
そう話しているうちに、こなたの部屋に着いた。ドアを開けて中に入る。
今朝起きた状態のままだろう、ゲームや着替えがぶちまけられている。

「……はい、パトリシアさん」
「thanks、ユタカ」

ベッドにかかっていた布団をゆたかが開け、パティがこなたの身体をベッドの中に入れる。
そこで二人は、担ぎ上げてから初めてこなたの顔を見た。

「う……ううん……誰か……誰か、助けてよぉ……」

苦しそうに、そればかり呟いている。昔の、辛かった過去の夢を見ているのだろう。

「もう……やだぁ……! 人間なんか……人間、なんか……!!」
「お姉ちゃん」
「……あ……」

ゆたかが、そっとこなたのおでこを撫でてやると、少しだけこなたの表情が和らいだ気がした。

「大丈夫。お姉ちゃんは、私が絶対に守るから。私はいつまでも、お姉ちゃんの味方だから……」

――こなたお姉ちゃんの本当の笑顔を取り戻すためにも、もうこれ以上、誰も殺させない。
今度は楽しかった頃の夢を見ているのだろうか、微笑んでいるこなたの顔を見て、ゆたかはそう決意した。

 

 ・・・


「戻りました~」

こなたを部屋に寝かせてから、ゆたかとパティは大食堂に戻ってきた。
だが顔を上げたのはあやののみで、みなみとひよりは俯いたままだった。

「二人とも。ちょっと話があるんだけど、いいかしら」
「yes、何デスカ?」

パティがそう返すと、ちょっと躊躇するように視線を泳がせる。
やがて意を決したように視線を上げ、

「パトリシアちゃんに小早川ちゃん、犯人捜しを手伝って欲しいの」

二人にそう伝えた。

「田村ちゃんと岩崎ちゃんにも言ったんだけどね? 二人とも嫌そうだから……」

二人が俯いている理由は、あやのが言った通りだろう。
犯人が友達の中にいるとわかっているからこそ、友達を疑いたくないからこそ、二人は乗り気ではないのだだとゆたかは考えた。
隣を見ると、同じようにパティが俯いていることに気が付いた。パティも犯人捜しをする気はないようだ。

「……ダメ、かしら。じゃあ、私一人で――」
「いいえ」

あやのの言葉をゆたかが遮った。
みんなが一斉にゆたかに振り向く。

「私が……お手伝いします。お手伝いさせてください」

彼女の瞳は、いつもの穏やかな表情からは想像できないほど真剣だった。
しかし、ゆたかの身体のことを考えると……

「ゆたか、大丈夫なの……?」
「うん。私はもう、誰にも死んでほしくないんだ。だから、頑張る」

みなみはゆたかの前に歩いて来て、じっとゆたかの瞳を見つめた。
怖くなって、ゆたかは顔を背けようとしたが、途中で思い直して、同じようにみなみの瞳を見つめる。
みなみは、自分を試しているのだろう。友達を疑う覚悟があるかどうか。

「……うん、今のゆたかなら大丈夫」

しきりに頷くと、みなみはゆたかの頭に手を乗せ、撫でてやる。

「守ってあげなきゃって思ってたけど、本当は私なんかよりもずっと強かったんだね」
「そ、そんなことは……」
「協力できることがあったら、なんでも言ってね。……無理、かもしれないけれど……」
「……ありがとう、みなみちゃん」

みゆきが殺されてから初めて、ゆたかは笑った。そしてひよりとパティがなにやら騒いでいることにも気付かず、ゆたかはその笑顔のままみなみに抱きついた。
今、みんなの顔から笑顔が消えている。それもこれも全部殺人が起きたせいだ。犯人を見つけだしさえすれば、少なくともこれ以上誰かが死ぬことはない。
みんなの――そしてこなたの笑顔を取り戻すためにも、自分はできるだけ笑顔でいなくちゃ……

「それで、どうするの?」

そのやり取りが終わったのを見て、あやのがゆたかに尋ねた。

「あの、まずは現場を見てみたいんです」
「わかったわ。行きましょう」

二人は頷くと、東西それぞれの扉から自室に戻り、外出の準備。他のみんなは自室で待機させることにした。
外で落ち合い、丸太小屋に行ってスキーをする格好に着替える。そうしなければ雪に足が埋まってしまい、動き辛くなるのだ。

「……また着替えるのね……」
「あ、すみませんっ」
「いいのよ。私ももう一度見に行こうと思ってたし」

スキーウェアに着替え、スキー靴を履き、スキー板を装着してゲレンデへ。


「ここ、ですね……」

真っ白なゲレンデの一部が、みゆきの血液で紅く染められている。
昨日には響いていた笑い声もなく、ただ冷たい風が吹き抜けるばかりだ。

「ほら、ここ。ここにピアノ線があるの」

木の幹に指を差すあやの。しかし空中の一部分が紅く染まっているのがわかる。そこから辿れば一目瞭然であった。
確かに木の幹から森の方へとピアノ線が伸びている。

「……も、もしかしたら、む、無差別殺人なんじゃないですか……!?」
「え……?」

突然、ゆたかが頭を抱えてそう呟いた。あやのは意味がわからずに首を傾げている。

「だ、だって、スキーの順番なんかわかるわけないじゃないですか! 高良先輩を狙ったとは……!」
「あ……」

確かに。順番を操作なんかしたら怪しまれるのは確実。ということは、犯人の目的は「皆殺し」の可能性もある。

「……小早川ちゃん、気を確かにもって。今は恐がってる場合じゃないわ」
「は、はい……」

あやのに背中を叩かれ、なんとか恐怖心を拭うことができた。
そして周りを見渡し、

「峰岸先輩。昨日って、雪降ってましたっけ?」
「えと……あんまり降ってなかったわ。昨日のスキーの跡はもう隠れてたみたいだけど……」

なぜだろうか。どこか違和感を感じる。
それが何なのかはっきりとしないが、何かがおかしいのはわかっていた。
そして、自分達が登る際に着いたスキー板の跡を見て気が付いた。

「……証拠がなさすぎます」
「え?」
「昨日、このピアノ線を仕掛けたのなら、『間違いなく足跡は残るはず』なんです。だけどゲレンデには私達が今日つけたスキーの跡、みなみちゃんがつけた足跡しかありません」

そう。普通にこのゲレンデを歩くだけだと、かなり足が埋まってしまうのだ。
昨日、みなみが転んだ際に一度だけスキー板が外れたのだが、その時についたスキー靴の足跡はまだ残っている。

「……スキーよ!」
「え……あ!」

突然、何か閃いたように声をあげたあやの。
その言葉の意味が、ゆたかにもしっかりと伝わった。

「スキー板を使えば足跡は消せるわ。犯人は普通にピアノ線を仕掛けたわけじゃなくて、スキー板を履いて証拠を消そうとした」
「それに、スキー板がないと歩きにくいですからね」

スキーの跡に紛らわせておけば、例え今日まで残ったとしてもばれる可能性は少ない。
だが……犯人は決定的な証拠を残したはずだ!

「確か小屋には監視カメラが仕掛けてあったわよね」
「戻って監視カメラの内容を確認しましょう!」

二人はゲレンデを滑り降り、丸太小屋で着替えを開始。それと同時に監視カメラの位置をチェック。
監視カメラは全部で5つ、いずれも死角をフォローする形で仕掛けられていた。実際にスキー板を使っていたなら間違いなく映っているはずだ。
着替えを終えて屋敷に戻り、地図を確認して監視カメラをチェックできる部屋へ。

「ここね」
「モニターがたくさんありますね……」

西館の玄関から入ってすぐ左にそれはあった。屋敷全体は西洋風味で爽やかなのに、ここだけはとても物騒な空間である。
丸太小屋のモニター五台に加えて廊下や食堂にも監視カメラを仕掛けてあるようだった。
当然と言えば当然だが、部屋の中にまでは監視カメラは仕掛けていないようである。

「……これですね。見てみましょう」

ビデオテープを再生にし、昨日の夜から今朝にかけての記録を一つずつ見る。
五つもあるのだ。必ず誰かが映っているはずだと、二人は確信していた。
だが、不審なことは何一つ起こらず、五つ目のビデオが日の出を迎えてしまった……

「う、嘘でしょう……?」
「じゃあ……誰があれを仕掛けたんですか……!?」

二人の問は、誰が答えることもなく虚空へと消えていった。


・・・


「どういうことなのかしら……」

監視室の鍵を締めながら、あやのはそう呟いた。
スキーを使わなければ、間違いなく足跡が――証拠が残るはずなのだ。
その証拠がなくなった。消え失せていたのである。

「足跡を消した……ということでしょうか?」

証拠が残っていないのだから、そう考えることはごく自然だ。
だが、あやのはそれを否定した。

「スキーを使わないで普通に歩いていくなら、足跡はかなり深くなるはずよ。それを偽装するなんて至難の技だわ」

表面を誤魔化すことはできるだろうが、その上を歩けば例えスキーでも崩れてしまう。
偽装の線は薄くなった。だとすれば、一体どうやって……

「……私の部屋で、状況を整理しながら休みましょう。少し頭を使い過ぎなのかもしれないわ」
「……はい」

確かに、少し休んでリフレッシュした方が効率がいいかもしれない。
いち早く事件を解決したいゆたかだったが、あやのの言うことにも一理あると判断し、そのままあやのの部屋にお邪魔する。
ベッドに座るあやの、その前にゆたかは正座した。

「……二日目の最初、スキーの復習をすると言って岩崎ちゃんと泉ちゃんに先に行かせた。
 高良ちゃんは岩崎ちゃんを助けるためにスキーで滑って、死んでしまった。
 そして、これは事故なんかじゃなく、れっきとした殺人」

しばらくの沈黙の後で、あやのが呟くように言った。

「それは、木の幹についた傷が証拠ですね」
「そう。そしておそらく、昨日のスキーが終わった時から今日の朝にかけて、誰かがピアノ線を仕掛けた」

ゆたかの問に答え、具体的な犯行時間を示した。
だとすると、次に二人がすべきことは……この時間帯のアリバイを調べること。

「……でも、アリバイなんて誰にもありませんよね」
「そう、そこが問題なのよ……」

アリバイによって犯人がしぼられてくれば、まだマシなのだ。
だがこの事件については証拠はおろかアリバイすら誰にもない。全員に犯人の可能性があるのだ。

「しかも、スキーで滑る順番を決めたのは高良ちゃん。誰から滑るかなんてわからない」
「多分、皆殺し、です」

『自分も殺されてしまう可能性がある』ということ。
ゆたかはそれを、『自分達も殺される可能性がある』ことを認めた。
彼女をよく知る人間が聞いていたなら、彼女の成長を心から喜んだだろう。
それからあやのは、躊躇っているように視線を泳がせ……やがて決意したようにゆたかの瞳を見つめ、小さな声で言った。

「……私ね、この事件は泉ちゃんと岩崎ちゃんの共犯だと思うの」
「――!!?」

それはゆたかにとって、あまりにも残酷なものだった。
あやのの言う通りだ。みゆきよりも先に滑り、無傷だったことを考えれば……二人が犯人だという答えを出すのはむしろ当たり前。
しかしゆたかの心は、それを認めようとはしなかった。

「ち、違います! だって、みなみちゃんもこなたお姉ちゃんもあんなに悲しんでたじゃないですか!!」
「しー! しー!」
「むぐっ……」

あわててベッドから飛び降りてゆたかの口を塞ぐ。

「……聞こえなかったかしら……」
「あ……すみません」

そう言って、ゆたかとは反対側の壁に振り返る。
隣は確かみなみの部屋。壁一枚を隔てた先にあるだけ。
だからあやのは声を小さくしたのかとゆたかは自分の失言を素直に謝った。

「……ねぇ、小早川ちゃ――ううん、『ゆたかちゃん』」

いきなり名前で呼ばれて、ドキッとした。
それにはなんらかの意図があると確信し、あやのの姿をまじまじと見つめる。

「犯人を捜す立場にある私達が『犯人でない』可能性を拾っちゃダメよ。それを覚悟の上で立候補した。違うの?」

はっとして、自分の胸に手を当てる。
そうだ、自分は間違っていた。この家の中にいる限り、全ての人間が容疑者なのだ。
それを、『自分の大切な人だから』という理由で容疑者から外すというのは、あまりにもひどすぎる。

「……わかりました」
「ふふ、それでいいのよ。小早川ちゃん」

呼び名がもとに戻った。
名前で呼んだのは、ゆたかにわからせるためだったのだろう。
いつの間にか忘れていた数時間前の自分を思い出させ、しかもそれをもう忘れないように釘を差した……そんなところだろう。
だが、あやのの問に肯定を示したものの、ゆたかは『二人は犯人であってほしくない』と願っていた。
個人的な、望みとして。

「……」
「……」

沈黙が部屋を支配する。それ以上の情報が何もないこともあるのだが。

実を言うとゆたかは、あやののことを監視するという目的で『協力する』と言ったのだ。
もしもあやのが犯人なら、『捜査する』という名目で証拠を隠滅することができるからだ。
無論、あやのも内心ではゆたかを疑っているにちがいない。『捜査協力』という名目で証拠を回収……そんなことも考えられる。
お互いに、相手の腹を探りあっているといったところか。

「……あ」

今ごろになって、『部屋で待機してて』とみんなに言ったのを後悔した。
誰も他の人の動向をチェックできない。犯人に自由な時間を与えてしまっている……

「峰岸先輩、みんなを一旦食堂に集めましょう。一人でいる時を与えて、犯人に好き勝手されては困りますから」
「あ、小早川ちゃんも同じ考えだったのね。私もそうしようとしてたわ」

ゆたかが立ち上がると同時にあやのも立ち上がる。
同じ考え……。だとすれば、あやのが犯人であるという線も薄くなった。『あやのが口から出任せを言っていない』限りは。

西館にいるみなみとパティに事の次第を説明し、一緒に食堂まで来てもらうことに。
最初こそ躊躇っていたものの、それで事件が起きないのなら、と了承してくれた。

「……あれ?」

食堂の扉を開いてすぐに、四人の耳にトントンというリズミカルな音が聞こえてきた。
それに加えて、いい匂いが漂ってくる。誰かが台所で食事を作っているようだ。
しかし、誰が?
西館の人間はみんなこの場にいる。だとすれば残るは東館のひよりとこなた。
ひよりは料理はあまり得意ではないと前に言っていた。だとすれば……
扉に手を掛け、開きながら、ゆたかは従姉の名を呼んだ。

「こなたお姉ちゃん……?」
「あ、ゆーちゃん……それにみんなも……」

案の定、部屋で寝ていたはずのこなただった。お玉を持って、味噌汁の味見をしている。
台所の端に、親子丼を盛ったお椀その他のおかずが置いてある。これらをこなた一人で作ったのか。
しかし瞼は完全に開いていない。ただでさえ半眼なのだが、今は一段とひどい。
頭のてっぺんから元気に生えていたアホ毛も、今ではすっかりしおれてしまった。

「お姉ちゃん、いつ起きたの……?」
「んと……一時間くらい前かな。ひよりんからゆーちゃんと峰岸さんが頑張ってるって聞いて、いてもたってもいられなくて……」

味噌汁を人数分――みゆきを加えた七人分のお碗にそそぐ。
それに口を挟む人は誰もいなかった。

「私特製のお味噌汁だよ。これで頑張ってね」

本当は辛いはずなのに、精一杯の笑顔を自分達に向けてくる。
こなたの努力に心から感謝しながら、ゆたかは東館に残るひよりを呼びに台所を出た。


・・・


「ふ~、おいしかった」

こなたが作った料理を皆が平らげる。味もピカイチだったし、なにより『残したらこなたがどうなるか』……
ちょっとした恐怖も感じながらの食事であった。

「……それで、これからどうするの? 犯人探しは……」

こなたが心配しているような声で尋ねてきた。
確かに一日中働きっぱなしではよくない。もう遅くなってきたし、今日は休んだ方がいいかもしれない。

「そういえば泉ちゃんと田村ちゃんには言ってなかったけれど、夜までみんなにここにいてもらうことにしたわ。お互いがお互いを監視するって意味も込めて」
「同じ理由で、お風呂もみんなで入りましょう。それからここに戻ってきて、誰かが『眠りたい』と言った時に一斉に解散。これならもう誰も死なないはずだよ」
「Hmm……lockを忘れないヨウにしなくテハ……」

そう。この作戦は、部屋に戻った際に鍵を締め忘れた瞬間に効力を失う。それだけは忘れないで、と二人はみんなに釘を差した。

「鍵、どうするっスか? 高良先輩は自分で持ってたんスよね」

みゆきが寝る前には必ずしていたという食堂の施錠。防犯のことも考えて、鍵は掛けておいた方がいいのだろうが……
みゆき亡き今、テーブルの上にあるこのマスターキーを管理する人間が必要なのだ。

「私がするね。その方がいいと思うし」

それに反論する者は誰もいなかった。
それから六人は、常に明るくいようと心がけた。
こなたお得意のオタク談義が炸裂し、約三名が頭からどでかいクエスチョンマークを出したり。
ひよりの妄想に火が点いたのか、みなみとゆたか、あやのとこなたに姉妹役をやってもらってデッサンをしたり。
そうこうしてるうちにいい時間となり、六人での入浴を済ませ、また雑談。時間はあっという間に過ぎていった。

「ふぁ……」
「ゆたか……眠いの……?」

小さくあくびをしたゆたかを見て、みなみがそう口にする。
ゆたかは普段から寝るのが早いうえに、今日はかなり頑張ったのだ。無理もないだろう。

「もう今日はお開きにする? あまり無理したら、ゆーちゃんが倒れちゃうもん」

『倒れそうなのはアンタだ』とツッコめる人間は誰もおらず。そのままスルーすることにした。

「うん……ごめんね、みんな……」

実際、彼女が悪いわけではないのだが、これが彼女の性格だということはみんなが知っていた。
気が利いて、思いやりがあって、時にはドジっちゃうこともあるけれど、とてもしっかりした女の子。それが、小早川ゆたかという人間。
自ら犯人探しを引き受けた、心優しき小さな探偵さん。そんなゆたかを責めるような人間は、ここにはいないのだ。
だが、船を漕ぎはじめているこの状態でマスターキーを預けるのはいささか不安だ。

「あー……じゃあ、部屋までは私が持ってくっス。途中で落とされちゃ困るから」
「OK、デハ頼みましたデース」

左右それぞれの扉から三人ずつ出て、鍵を締める音を最後に食堂は静寂で満たされた。
 
 
 
「じゃあ、鍵はちゃんと掛けてねー」
「うん……おやすみ……」

微妙に噛み合っていない会話をしながら、ひよりはマスターキーを机に置き、ゆたかの部屋を出ていった。
それを見届けると、ゆたかは寝呆け眼で鍵を締めてベッドに飛び込んだ。

「……」

異様なまでに眠い。ここまで眠くなったのは久しぶりだ。
例えるなら、病気になった時、病院でもらった薬を飲んだ後のような……
……薬?

(……まさ……か……)

その結論を弾き出した時、ゆたかの意識は夢の中へと誘われていった。

 

(……犯人の見当がまったくつかないわ……)

ところかわって西館、あやのは部屋の中を行ったり来たりしていた。
犯人の可能性が一番高いのはこなたとみなみ。それは揺るぎない。
だが、それ以上でも以下でもないのだ。犯人の証拠があるわけでも、他に容疑者が上がったわけでもない。

(せめて……せめてあのピアノ線を仕掛けた方法がわかれば……)

それさえわかれば犯人を絞るのもおのずと楽になっていく。
しかしいくら考えても答えは見つからない。

「……はぁ……」

小さくため息をつき、室内の空気を入れ替えるために窓を開けた。
外はちらほらと雪が降り始めている。あんな惨事が起こらなければ、とてもキレイに見えていただろうに……

「……雪……足跡……」

自室から漏れ出た光のおかげで僅かに見える雪を見ながらぶつぶつと呟く。
何かが閃きそうなのだ。見落としていたかもしれない、何かを……

「……わかったわ! それならアレも頷ける……!!」

ポンと手を打ってから、窓を閉めて部屋の中央へと戻ってきた。

「だとすると……犯人は『あの二人』のどちらか、もしくは共犯……。……そうだわ。立証させるためにも、明日頼んでみ……」

その時だった。

「ッ!!?」

頭に鈍い痛みが走った。立っていることすらままならなくなり、地面に方膝をつく。
犯人の顔を見ようと振り返り……驚愕した。

「や、やっぱり……! やっぱり、『アナタ』が犯人だったのね!? そ、それよりも……『ドコ』から入って来たの!?」

その問に答えることなく、持っていたハンマーで更にあやのの頭を殴る。
いくら血が飛び散っても、いくらあやのが悲鳴をあげても、ただひたすらに殴り続ける。

「……お、願イ……どうシて……こんナ……こト……を……」

虫の息となりかけたあやのの耳の口元を近付け、ぼそりと何かを呟く。
その言葉の意味を理解した瞬間、あやのは目を見開いた。

「そン、な……!? そんな……理由……で……」

言い切るが早いか、ハンマーの一撃が彼女を襲った。
何かが潰れたような嫌な音が響き、その部屋にいる『生きた』人間は一人となった。

「……あは……あはは……あははははははははははははは!!」
 
 
 
狂気が宿る彼女の瞳は、それとは裏腹に、うっすらと濡れていた。
それが目の中から溢れだし、頬を伝って事切れたあやのに墜ちていく。
 
 
流した涙は、懺悔か。それとも、怨恨か……

 

 

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