誰かを傷つけても瞬時に再生されてしまうため、死後の世界では殺人も無く常に平和だった。しかし、あるとき殺人不可能のルールに例外を見つけた者がいた。三途の川で溺れ死んだ場合、二度と浮かんでこないのである。この話は殺人願望を持った死者たちの間に、瞬く間にに広まった。今まで出来なかったことが可能になったとわかると、試してみたくなるものである。生前に殺人鬼として名を馳せた者たちは、あの手この手を使って死者を川まで誘い出した。
「あの川を長時間覗き込んでいると、お盆以外の時期でも稀に、あっちの世界が映るらしいぞ」「本当ですか? 実は、向こうに残してきた家族のことが気になって……」「川の中間くらいが一番はっきりと見えるらしいからな、俺が船で連れて行ってやるよ」
このようにして、騙された泉かなたも三途の川へと向かい、そこで溺死させられた。
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「あら?」
息が出来ない苦しさにかなたが目を閉じた後、再び目を開くと明るい世界があった。呼吸も出来る、そしてあの世には無かった太陽がさんさんと輝いているという事実にかなたは驚いた。自身の手のひらを見つめ、白いワンピースを着ていることを確かめ、彼女は首をかしげた。ここはいったいどこなのか。つい先ほど船から川に突き落とされて死んだはずなのに、どういうわけか生きている。疑問は尽きることが無かったが、賑やかに歩き回る人たちを見て、かなたは懐かしい気分になった。かなたが生きていた頃も、こんな風に活気に満ちた人々が街に溢れていた。
「お母さん……?」「えっ?」「ごめん、かがみ達は先に帰ってて。ねえ、お母さんなんでしょ?」
ふらふらと彷徨っていたかなたは、ゲームショップの前で自分に声をかけてきた人物を見て目を丸くした。『ドッペルゲンガー』そんな言葉を思い出すほど、瓜二つな顔がそこにあった。それは、かなたがお盆に帰ったときにも確認した我が子の姿だった。予想外の邂逅に、かなたは質問に答えることも忘れて立ち尽くしていた。こなたに手を引かれ、かなたは何も考えられずに自宅にまで案内される。
死後の世界で殺されて、また現世に戻ってきてしまったかなた。彼女は未だ、娘に母親だと名乗るべきかわからずにいた。
「わわっ。こなたお姉ちゃんが二人いる!?」「ゆーちゃん、何言ってるの?」「私が二人いるなんて、そんなわけないじゃん」「でも、でも……」ゆたかの部屋を訪ねた二人は、まるで周りに誰もいないかのように振舞った。狼狽するゆたかに満足したこなたは、ひとしきりからかった後、自分のそっくりさんを紹介することにした。「ふふっ、はじめまして。ゆたかちゃん。美水かがみです」「はじめまして。……あれ? その名前って」「そうなんだよ。私もあまりの偶然に驚いてて」
名乗り終えた後、かなたは二人が話すのを笑顔で眺めていた。そうじろうが外出中だと知ったとき、かなたは正体を隠すことに決めた。死後の世界から簡単に戻ってこられるとわかれば、生命倫理は崩壊する。しかし、何度でも蘇ることができたとしても命は大切にしてもらいたいと考えたのもあるが、かなたが偽りの素性を告げた理由はもう一つあった。戻ってきたことの報告は、一番愛する人に最初にしたかったのだ。こなた達に真実を語るのは、それまで我慢しようとかなたは考えていた。
「ねえ、かがみさん。よかったらウチでご飯を食べていかない?」「うん。おじさんを吃驚させちゃおうよ」断る理由は何も無い。自分にとって都合の良い提案をされたかなたは、二つ返事で了承した。移動中、食べさせてもらうだけでは悪いからと、一品だけでも自分が作るとかなたは言った。かなたは台所の場所を覚えていたが、怪しまれないようにこなたの後を追って歩く。成長したこなたのために、母親らしいことをしてやれる。そのことへの喜びが、かなたを浮かれさせていた。扉を開き、三人で使うには大きすぎるテーブルの部屋に入ると、物悲しい音楽の音がテレビから流れていた。電源の切られていなかったテレビはニュースを流しており、そこでは、死んだはずの人間が次々に蘇っていると説明されていた。復活した故人は混乱を引き起こしただけではなく、殺人などの凶悪犯罪を行なっているケースもあり、注意するようにと呼びかけられている。知人がすべて死んでしまっている復活者は自殺を、誰かに殺された者は復讐を、あるいは裁かれなかった犯罪者や悪徳政治家に正義の鉄槌をくだそうと考えて事件は起きているのだろうとかなたは想像した。
「死人が蘇るなんてゾンビみたいだね」
食い入るようにテレビを見ていたかなたは、背後のにいるゆたかの呟きにはっとして振り返った。そして、こなたと目が合う。『やっぱり本当はお母さんなんでしょう?』こなたの眼は、そんな期待をかなたに向けていた。かなたがその問いかけにどう答えるべきか迷っていると、大きな音と共に窓ガラスが砕け散った。人がひとり通れるだけの穴を斧で開けて現れたのは、こなたとゆたかもニュースで見た覚えのある死刑囚、あの世でかなたを殺した殺人鬼だった。男は三人の顔を順繰りに見回した後、かなたの顔と服装を確かめて表情を歪めた。
「なんだ。どっかで見た顔だと思ったら、あっちで殺した奴じゃねえか」
その言葉を聞いて自分の推測が外れていないと確信したこなたは、母親を庇うために前に出ようとしたが、かなたはそれを遮って男の前に立ちはだかった。二人は絶対に自分が守る。かなたはその決意だけで震える身体を支え、男と対峙していた。だが、どんなに強い願いを持っていても、それだけで狂人を止められるはずもない。
男が斧を振り下ろす瞬間、かなたは窓の外にそうじろうの姿を見たような気がした。
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