「みさきちー、そっちの薬草取ってー」「あいよ、ちびっ子。ほら」「……」
翌朝。目が覚めたら元の世界に戻っていた、ということはなく、かがみはみさおとこなたに傷の手当てをされていた。身体中に巻かれた包帯を外し、薬草(と二人が言っていた草)を敷いてから新しく包帯を巻いていく。改めて身体を見てみると……傷は相当深いようだ。よく生きてるなと自分でも思うくらいだ。
「……ねえ、二人とも」「ん、なんだ?」「それが薬草っていうの……常識なの?」
当たり前のように身体に敷いていく草だが、かがみには見たこともない草。本当に治癒効果があるのかまったくわからないのだ。
「この【ドリカブト】を傷口に付けてるとね、傷の治りが早くなるんだよ」「中庭で高良が大量に栽培してるから、心配する必要はないゼ」
それだけ言って、また【ドリカブト】とやらをかがみの身体に敷いていく。毒々しい名前だが、とりあえずツッコまないでおく。なんだか話しにくい雰囲気となってしまったので、処置が終わるまで黙っていることにした。そして数分が経ち、包帯が巻き終わった。まだ安静にしろということなので、二人に服を着せられる形となる。
「よっしゃ、終わったゼ」「ドリカブトのおかげかな、傷の治りが結構早いや。あと二週間くらいで完治しそうだよ」
それでもそれだけの時間がかかるとは……本当に、自分はなぜこんな大ケガを負っているのだろう?こちらでの記憶が戻らない以上、それがわかる日は恐らく永遠に来ないのだろうが……
「よしちびっ子、アタシは中庭の掃除してくるわ」「おk、行ってらー」
大きな扉を開けて、みさおが部屋から出ていく。部屋に残されたかがみとこなた。かがみは【こっちの世界】のこなたが【あっちの世界】で言う2ch用語を普通に使っていることに疑問を感じていたりもした。
「……ねぇ、柊さん」「なに? こ……泉さん」
ここではこなたとは昨日会話を交わしたばかり。つまり初対面である。名字でこなたを呼ぶなんて、本当に初めて出会った時以来だった。
「名前で呼んでいいよ、柊さん。そっちは私のコト知ってるだろうしね」「え……」
ドキッとした。こなたの言うことが図星だったからだ。返事のないかがみに、こなたは続けて言う。
「だってさ、ミドルネームだけ知らないってことは『ミドルネームがない世界にいた』ってことだよね。 平行世界ってのがあることは、前に本で読んだことあるし」
自分でも信じられなかった、異世界へやってきたという事実。それを簡単に見抜き、そして認めてくれたこなた。自分をわかってくれる人ができて、かがみは心から喜んだ。
「……私とこなたは、向こうじゃ親友同士だったのよ。だからこなたも、かがみって呼んで」「うん、わかったよ、かがみ」
名前で呼んでくれただけなのに、感動して涙を流しそうになった。
「とゆーことはかがみ、この世界について知らないよね。説明してあげるよ」「あ、じゃあ書くものとかある? メモしておくから……ッ!」「大丈夫? 手伝うよ」
ゆっくりと身体を起こそうとするが、やはり傷が痛む。こなたの助けを借りて起き上がり、紙とペン(のようなもの)を受け取った。
「よし、まずはこの世界について教えてくれる?」「あ、その前に……」
こなたは目を輝かせながらかがみに『ずずい』と近寄った。
「後でいいから、かがみが今までいた世界について教えてくれない!?」「へ?」「平行世界の人間に会えるなんてびっくりだよ! だからお願い、そっちの世界について教えて!!」
この目の輝かせ方は、向こうではオタク話が展開されている時とまったく同じ。しかもよくよく考えてみたら、そんな非現実的なことをこなたは信じていたのだ。世界が違ってもこなたはオタクなのかと、かがみは若干落胆した。 第一章:異次元での生活、襲い来る認めがたき人物 1:世界を知り、理(ことわり)を知る 「――…ジェリウス人は体力が高く武器の扱いに長けている、と……」「ここではみさきちがそれにあたるよ」「じゃあ、日下部は何の武器使ってるの?」「んーん、何も使ってないよ」「体術ね。……よし」
こなたから一通り説明をうけたかがみは、こなたに質問をしていた。ここはシャナンという世界で、自分がいる場所はシャナンの南《エスペランザ高原》。その中央に建つ《高良家》だそうだ。この世界での常識は『体術使い以外は、外出する際は必ず武器を携帯する』ことと『できるだけ複数で移動する』ということ。魔物や大型動物がうろちょろしているため、外は危険なのである。物騒な世界に来てしまったモンだ。
「ザッパーアイン人は、体力とか腕力が低いけど魔法が使える……。……魔法、ねぇ……」
かがみは自分で書いたメモを怪訝そうに眺めた。
「どしたの?」「いや、私がいた世界じゃ魔法なんて物語の話だからさ……信じられなくて……」
ただでさえ魔物とか魔法のない世界にいたのだ。加えて、かがみはそれらの存在を全否定していた。いくら異世界に来たとはいえ、容易に受け入れられはしない。
「……じゃあ、見せてあげる」
窓を開け放ち、その向こうを見つめながら腕にはめていたグローブを外した。そんなこなたの左手の甲には、白い色の宝石があった。
「それが……」「そ、【クリスタル・コア】。これがあるから、私達は魔法が使えるんだよ。見ててね」「……!」
立て掛けてあった、上部が湾曲している一般的な杖を手に取り、下部を床に突き立てた瞬間、こなたの足元に赤い魔方陣が現れた。それと同時に、左手のクリスタル・コアが赤く輝きはじめる。目を瞑り、ボソボソと何かを呟いている。向こうの世界にあるゲームの魔法と同じだ。
「えいっ、ファイヤボール!」
窓の外に杖の先を向けると、そこから燃え盛る火球が発生して飛んでいった。
「……本当に、使った……」「これが魔法だよ。信じてくれた?」
実物を目の前で見せられたんじゃ、疑うことなどできやしない。しぶしぶ……というわけでもないが、かがみは頭を縦に振ってからペンをはしらせた。
「ふと思ったんだけどさ、二つ人種があるじゃない。混血児とかはいないの?」
向こうの世界でも、外国人とのハーフは結局多かった。この世界にも、ジェリウス人とザッパーアイン人の混血児はいるはずだ。
「混血児はジェリウス人並の体力があるのに魔法が使えるんだ。みゆきさんがその混血児だよ」「一応魔法は使えるんでしょ? 何属性?」「闇の派生系の特殊な魔法で“血属性”って言ってたけど……みゆきさん、クリスタル・コアがないんだよねぇ……」
ペンをはしらせていたかがみの手がピタッと止まる。
「……血って、地面とかのじゃなくて?」「うん。血液の方の血」「クリスタル・コアもないのに魔法が使えるの?」「みゆきさんはそう言ってたけど」
“地属性”ならゲームであったのだが……血液の方とは、一体どんな魔法なのか?それに、クリスタル・コアもないのに魔法が使えるなんて……
「……まあ、そのうち聞いてみましょ」「そだね。ところでさ、かがみは?」
そう言われ、はっとした。魂こそ向こうのものだけれど、身体そのものはこっちの世界のものだということを忘れていたのだ。自分はどっちなのか、おそるおそる(自分もつけていた)手袋を外す。すると左手の甲に、こなたと同じクリスタル・コアが付いていた。
「……私は、ザッパーアイン人か混血児なのか……」「う~ん……」
かがみの頭をまじまじと見つめ、首を傾げるこなた。頭のアホ毛も同じく斜めになる。
「なんかさ、同じ人種だとオーラみたいなのでわかるんだよね。でも、かがみのは私と違う気がするんだ。みゆきさんみたいな……」「じゃあ、私は混血児ってことね」
その事実をメモしたところで、こなたからもらった紙一枚を全て書き入れた。ペンを置き、紙をざっと読み返してからゆっくりと身体をベッドにうずめた。
「ふう……ありがとね、こなた。これでなんとかこの世界で生きていけそうよ」「いやぁ、誉められるようなことはしてないよ」
かがみの心に、冷たい風が吹き抜けたようだった。向こうのこなただったなら、『これくらいどんどん聞きたまへ~』と偉そうに言ってくるはず。向こうの自分を知ってる者はいない。世界から取り残されてしまったと思うと、心が押し潰されそうだった。
「知らないところにいる辛さっていうの、私も知ってるからさ」「へ……」
椅子に腰掛けながら、こなたは窓の向こうを眺める。その瞳は……どこか憂いを含んでいるようだった。
「ここ来たの3年前なんだけどさ、私、記憶喪失になってたんだ」「!!」「自分の名前しか覚えてなかったの。さっきの説明だって、みゆきさんに教えてもらっただけだし」
なんて勘違いをしていたんだろうか。全ての記憶を失ったこなたに比べたら、違う世界に来てしまったという自分なんて、可哀想でもなんでもない。向こうの世界と根本的に違わないのなら……本当は寂しがりやであるこなたのこと。きっと心に大きな傷を負っているにちがいない。
「……まぁでも」「え?」「3年前に比べたら、今の生活って良くなってるでしょ? こういう場合、そう考えなきゃ身が保たないわよ」「……うん、そうだね」
自分の胸に手を当て、数回頭を縦に振る。やはり、辛い思いをしてきたのだろう。世界こそ違うけども、親友を助けられたことでかがみは胸いっぱいになっていた。
「じゃ、今度はかがみの番だよ」「は?」「いやだからそっちの世界についてだって。約束したよね?」
そうだった。すっかり忘れていた。オタクであることについては、向こうとなんら変わらないこなた。なにもかもが違うわけではないと、かがみは少しだけ安堵した。
「柊! そっちに逃げたってヴぁ!」「わかったわ!」
みさおの方向から、小型の猪が駆けてくる。そこを待ち構えていたかがみが、左手に持つ剣を一閃!小型の猪は切り口から血を噴出させ、短く悲鳴をあげて絶命した。剣にこびりついた血を振り払い、かがみは鞘に収めた。
「ふう……血にもだいぶ慣れてきたわね」「それにしても柊ぃ、二週間くらいしか経ってねぇのにメキメキ上達していくな」「ええ。身体が覚えてたってやつかしら」
かがみの意識がこの世界に来てから1ヶ月が経過した。かがみのケガが治ったのは二週間もかからず、10日ほどで完治した。それからかがみは、みさおとともに、高良家の近くにある《エリゼの森》へ行くようになった。この世界、外に出ればいつ襲われるかわからない。もともと剣を武器として使用していたらしいが、剣術についてはまったくのシロートとなってしまったかがみ。その剣術を学ぶためにも、この森で修行を行っているのである。
「よっしゃ、今日は久しぶりの猪肉だ! 豪華な晩飯になるゼ~」「……あ……」
向こうのみさおでは、絶対にあり得ない言葉である。そう思った時、思い出してしまった。みんなと一緒に笑い合い、ふざけ合ったりもした、あの頃の、平和な日常を……
「……柊? 何泣いて……」「えぐ……帰りたい……帰りたいよぉ……」
こなたから全てを聞いていたみさおは、いたたまれない気持ちになった。みさおは向こうの世界をまったく知らないが、魔物のいない平和な世界であることは聞いている。その世界の人間が、いきなり剣と魔法の――争いだらけの世界に放り込まれたら、こうなるのはむしろ当たり前だろう。しかも、もう1ヶ月も経ったのだ。どれだけ時間が経ったとしても、かがみが元の世界に帰れるという保証はどこにもない。
「……柊ぃ、帰ろうゼ。家の中なら、平和だってヴぁ」「う、うん……」
みさおはかがみの肩を叩き、猪を引きずりながら、元来た道を歩き始めた。 2、蘇る記憶、唐突の来訪者 そこから数百m離れた高良家。みゆきはサンサへの買い物に出掛けていて、そこにいるのはこなた一人だった。
「らららこっぺぱん、らららこっぺぱん♪」
作詞:泉こなた。曲を募集してるそうだ。ちなみに、この世界にもしっかり歌とかが存在している。作詞作曲者や楽器など、多少の違いこそあるが。それはさておき。こなたは今、歌を歌いながら庭の掃除をしている。他にやることがないからだ。高良家の庭は結構広大、それだけで時間を潰せるために暇な人間はたいていここで掃除をする。ザッパーアイン人であるために体力のないこなたは狩りに行けず、留守番を命じられ、暇なのである。
「よし、庭の掃除は完了、と……。次は中庭に行こうかな」
こなたはホウキにまたがると、そのホウキごと空中にふわふわと浮かびだした。これは魔法の応用で【舞空術】と呼ばれるもの。ザッパーアイン人なら誰でもできる、というものではなく、限られた人間にしか使えないのだ。魔法の属性などには共通点はないため、ザッパーアイン人であるならば誰でも使える可能性があるらしい。かがみに初めてこの力を見せた時にものすごい反応をしたのを思い出して、こなたは小さく笑った。
(……そういえば……向こうの私って強かったんだよね……)
中庭へと向かう途中、かがみに言われた言葉を思い出していた。【アイキドウ】という武術を習っていて、腕相撲ではかがみが適わなかったほど強かったらしいが……こちらの世界のこなたは、サンサにいる12歳の女友達にすら適わないのだ。
(……ま、平行世界の話だし。まったく同じってことじゃないもんネ)
その世界に住む人物は自分とほとんど同じ。ただし例外はある。男女の性別が変わっているとか、それ以前に、世界そのものや歴史も。かがみはその世界も歴史もなにもかもが違う平行世界からやってきたのだ。こういう違いもあって当然だろう。こなたは考えるのをやめ、高度をあげた。……と、言っても、たかだか2m程度である。ところで、高良家の中庭へは一度屋敷の中へ入る必要がある。正面玄関から中へと入り、正面の階段の踊り場にある扉を通る。こなたが唯一知っているルートだ。他にもルートがあるらしいが……少なくともこなたはこのルートしか知らない。
「あれ?」
その玄関の前で、一人の少女がうろうろしていた。マントを羽織っているところを見ると、旅人だろう。やや癖のあるライトパープルのショートヘア、頭には黄色いリボン。どことなくかがみに似ており、しかし目元はつり目なかがみと違ってたれ目である。身長こそこなたより上だが、年は自分とそう変わらないだろう。大きな弓を背負っていることから、彼女はアーチャーであることがうかがえる。
「どしたの?」
空中に浮かんだまま、少女に話し掛ける。向こうもこっちに気付いた様子、顔を上げてこなたを見上げた。
「え……浮かんで……る……?」
顔を見合わせて、こなたはしまったと思った。この地域ではザッパーアイン人が迫害されるようなことはないのだが……他の地域から来た旅人ではそうはいかない。しかもこの少女の手にはクリスタル・コアがついてない。おそらくジェリウス人だろう。自分に明らかな嫌悪感を向けてくるに違いないと、そう思っていたのだが。
「……あ、そっか、ザッパーアイン人の中には空を飛べる人もいるんだったっけ」
見当違いな言葉に、こなたはまっ逆さまに墜落した。
「はわわっ!! 大丈夫!?」「いたた……忘れてただけなのね……」
頭に巨大なたんこぶができていた。服についた土を払って、こなたは立ち上がる。ホウキは無事だ。
「で、私達の家になにか用だったの?」「う……そ、その……王様の命令である人を捜してたら、道に迷っちゃって……それで、やっと道を見つけて道なりに進んでたら、ここに……」
村に行くつもりが反対側のここに来てしまったらしい。なんともかわいらしいミスだが、本人にとっては大打撃なのだろう。西の空を見てみると、すでに日が暮れはじめている。このまま引き返しても、村に着くのは夜になってしまうだろう。夜は凶暴な動物や魔物が現れる。それを考えると……追い返すことはできない。しかも『王様の命令』と言っていた。つまりこの少女は国王の側近か、もしくは軍隊の人間。実力があるからこそ女の一人旅が認められたのだろうが、凶悪な魔物の群れに襲われたりしたらひとたまりもない。
「じゃあ泊まっていきなよ。他のみんなには私から言っておくから」
タメ口で話せたのは、少女の雰囲気がのほほんとしてるからだった。
「ホント? ありがとう!」
ニコッと笑い、こなたに感謝の言葉を述べる。改めてその顔を見ると……
「……萌え♪」「?」「あっ……と……名前は?」「つかさ。あなたは?」「私はこなた。よろしくね」「うん! よろしくね、こなちゃん!」 その頃、森の中では悲鳴が飛びかっていた。
「ぬああぁぁあぁあああぁああぁあああ!!」「な、なんなのよ、こいつは~~~!!」『ブモオオォ~~~!!』
かがみとみさおは、今度は逆に巨大な猪に追い掛けられていた。かがみが狩った猪ははるか昔、この猪と出会った瞬間に置いてきている。
「多分、さっきの猪の親だ!」「ってことは、どうにかしないと永遠に追ってくるってことじゃない!」
先ほどから木の入り組んだ場所をジグザグに走っているが、巨大猪は木を薙ぎ倒して追い掛けてきている。これでは走れば走るほど距離が縮まるばかりだ!かがみは剣を抜き放ち、振り向いて巨大猪が近づくのを待つ。
「ヴァカ! まだ未熟だっつーのに、適うわけねぇだろ!!」「どうせ死ぬなら最後まで抵抗するわよ! 今までの成果を見せてやるわ!」
そうは言っても、実際は恐怖に押し潰されそうになっていた。やってもやらなくても結果は同じ。それならやれるだけやってみるさ!と意気込んだはいいが……
『ブモォ!!』「……」
近付くにつれて次第に大きくなっていく巨大猪を見て、かがみは悟った。今の自分には、初めから勝ち目なんか1%もなかったのだということを。
「柊、逃げろー!!」
もう遅かった。蛇に睨まれたカエルがごとく、かがみは身動き一つできなかった。
(……いったい……なんだったのかしら……)
涙を流しながら、かがみは思う。
(なんのために……私はここに連れてこられたのよ……。こんなところで死ぬためじゃないでしょ……!?)
まだ死ねない。ここでやらなければならない使命があったからこそ、自分はここに連れてこられたはずなのだ。
「それを果たすまで……私はまだ死ねないのよ!!」
そう叫んだ瞬間だった。何かが、かがみの頭の中に流れ込んできたのだ。
「はあ!」「!?」
かがみの身体は、自分の意思とは無関係に動き始めた。通常ではあり得ないほど高く跳躍。その高さは巨大猪の頭をも越えている。そしてかがみの真下に、巨大猪の頭が来た瞬間だった。
「襲爪――」
かがみが言うと同時に、振り上げた剣の先から真下に雷が落ちる!それが巨大猪に直撃し、身体の動きが止まった。だが、それで終わりではない。
「――雷斬!!」
振り上げた剣を今度は真下に向ける。かがみの身体が重力により自由落下を開始、そのまま剣は巨大猪の脳天に突き刺さり……雷で痺れていたせいか悲鳴をあげることもなく、巨大猪は絶命した。ズズンと音を立てて地面に落ちた巨大猪から一瞬で剣を抜き、飛び降りる。
「はあ……! はあ……!」
見事に着地はしたが、ガクンと膝から崩れ落ちた。今までにしたこともない動作に、体力が追い付かなかったのだろう。
「柊! 大丈夫か!?」「え、ええ……」
みさおの呼び掛けに応えるも、かがみにはそれしかできなかった。体力の消耗が激しい。これでは立ち上がることも歩くこともできないだろう。
「……仕方ねぇな」
みさおはかがみの身体を背負い、巨大猪の牙を持って引きずりながら森の出口へ歩いていく。こんなところはちゃっかりしてるなと、かがみは半ば呆れていた。 (……私は……)
少しだけ、思い出した。魔法や剣術はもとより、こっちでの昔の自分や、昔に起きた出来事を。自分は、何か知ってはいけないことを知ってしまったため、どこかの軍隊と思われる人間達に攻撃されたのだ。だが、その知ってはいけないことの内容までは思い出せていない。なんとも中途半端な話だが、少しでもそれを思い出せて良かったと思いながらみさおの背で眠りについた。
「いらっしゃ~い」「わぁ……」こなたに招き入れられたつかさは思わず感嘆の声を洩らした。広い、広すぎる。玄関ホールだけで何十人が寝られるだろうか?ワルキュリア城のホールのさらに上を行く広さかもしれないとつかさは思った。「私も居候の身だからね~、みんなが帰ってくるまでここで待っててよ」「うん!」言うが早いか、つかさはホールの隅にあった甲冑(かっちゅう)に向けて走りだした。みゆきが買い物に出たのはまだ太陽が高い位置にある時。つかさが飽きる前には帰ってこれるだろう。フと、こなたはあることを思い出した。それを聞き出すため、つかさの方へ歩いていく。「ねえ、人を捜してるって言ってたよね」「あ、うん。“泉”っていう名字の人を捜してるんだ」こなたのまぶたが、ほんのちょっとだけ動いた。泉……それはこなたの名字でもある。つまりはこなたも国王が捜してる人間の一人なのだ。こなたは記憶を無くしている。もしかしたら、記憶を無くす以前に、自分が何か重大なことをしでかしたのではないか?「私も泉って名字だよ。『泉・Spring・こなた』って言うんだけど」おそるおそるつかさに伝えてみる。するとつかさは勢いよく振り向いてこなたを見つめた。「こなちゃんも……泉なの……?」「う、うん……」こなたが首を縦に振った瞬間、つかさはこなたを軽く飛び越えてホールの中心に着地……しようとして失敗、激しくコケた。こなたが近付こうとした瞬間に飛び起き、振り返った途端に背中の弓を手に取り、矢を構えてこなたに向けた。「ど、どういうこと!?」「ごめんね、こなちゃん。国王からはこう言われてるんだ。『泉という名字の人間を見つけたら、半殺しにして連れてこい』って」 3:少女達の死闘、柊かがみの決意先ほどまでとはまったく違う態度に、こなたは半ば戦慄した。つかさは左手で弓の弦を目一杯引くと、「ごめんね、こなちゃん! 破弓!!」身の危険を感じたこなたがホウキにまたがるのとほぼ同時にその左手を放した。猛スピードでやってくる矢を空中に逃げ回避。矢はこなたの後ろにあった甲冑に当たる。折れるどころか、鉄でできているはずの甲冑をやすやすと貫いている!「あっぶな! あんなの当たってたらひとたまりもないよ!」ただただボーゼンと甲冑を見つめるしかできなかった。確か、みさおが強さを証明しようと甲冑を殴った時、へこみすらできなかったはずなのだ。この甲冑は相当硬いはずなのに……「ふう……当たらなくてよかった……」「え?」「あ、と……て、抵抗しないんだったら、半殺しにはしないよ?」なるほど、そういうことか。こなたは一人納得し、意地の悪い笑みをたっぷりと浮かべて言い放った。「イ・ヤ♪」つかさは恐らく、この命令にちゃんと従っていない。いや、従えない。下手をすれば人を殺してしまうのだ。このような少女が殺人を簡単にできるとは考えにくい。もしかしたら、血を見るのも嫌なのかもしれない。そう考えたこなたはおちょくってみることにした。
「もう……私だって友達を襲いたくないんだよ……!」まだ出会って少しも経ってないのに友達とは……嬉しいことは嬉しいが、逆につかさのこれからが心配でならない。簡単に騙されてしまいそうだ。「嫌なら辞退すればよかったのに……」「そういうわけにもいかないの! 私は、もっと知らなきゃいけないことがある。それを知るためには、地位をあげることが一番なんだ!」背中から矢を取り出して、構える。なんだかよくわからないが、つかさはただ地位をあげるためではなく、別の使命がある様子。だが、そのためだけに命を差し出すのはごめんだ!「って言っても……」次々と放たれる矢を、こなたはかわすことしかできない。近付こうものなら返り討ちにあい、止まって魔法を使おうものなら『どうぞ狙ってください』と言っているに等しい。(アレしかないか……疲れるからイヤなんだけどな……)背中の杖を左手に持って何かを呟き始める。すると、こなたの真下の床に赤い魔方陣が現れた。通常、魔法を使う際は集中が必要なためにその場から動くことができないが、今はホウキに舞空術の力を宿してある。そのため、こなたは魔法を詠唱しているのにもかかわらず移動が可能なのだ。ただ、両方を扱うのには多大な魔力が必要。今のこなたは、舞空術を使っている状態では一回しか魔法が使えないのだ。「えいっ! えいっ!!」つかさが何度矢を放とうが、それがこなたに当たることはない。こなたの足元の魔方陣がひときわ強く光を放つ。
「燃えちゃえ! バーナ!」「!」こなたの足元にあった魔方陣が今度はつかさの足元に出現。危険だと判断したつかさは後ろへと飛び退いた。次の瞬間、魔方陣の中心から炎が噴き上げた!「うわっ」あのままあの場にいたらと思うと……つかさの背筋が震えた。と、ホウキにまたがるこなたの肩が上下していることに気が付いた。こなたの内にある魔力が尽きてきているのだ。「はぁ……はぁ……」なぜ疲れているのか、その理由はつかさにはわからない。が、今なら動きが鈍っているはず。チャンスだ。つかさは大量の矢を抜き、こなたに向けた。「これなら絶対に避けられないよね! 震展!」大量の矢が展開、こなたの視界をたくさんの矢が埋め尽くす。いくらなんでもこれを回避するなんて不可能だ!「うわぁあぁああ!!」恐怖で目をつぶり、両手で顔と胸を隠すが、それで防ぎ切れるわけがないことはわかっていた。万事休すか……!?「ブラッディ・ウォール!」そう思った、矢先の出来事であった。聞き慣れた声に目を開けると、そこには左手にメイスを持った、桃色の髪の女性……みゆきがいた。前には赤く薄っぺらい塊がある。おそらく、みゆきが魔法で作り出した壁。「大丈夫ですか? 泉さん」「う、うん……ありがとう、みゆきさん……」こなたを乗せたホウキはゆっくりと地面に近付いていく。もう舞空術すら使えなくなっているようだ。ホウキから飛び降り、みゆきの裏に回る。「メイス……じゃあ、勝ち目はないみたいだね」つかさは弓を背中にしまう(?)と玄関へ歩いて行った。本当に勝てないと判断したのか、それとも、それを口実にして攻撃するのをやめたか。どちらにしろ、もうつかさからは闘志は感じられない。
「待ってください。あなたは……」「詳しくはこなちゃんに聞いて。だいたい教えたから。……っと、そうだ」つかさは振り返ると、胸の前で拝むようにして手を合わせた。次の瞬間、なんとつかさの足元に魔方陣が現れた。こなたは、つかさが『ジェリウス人である』と思い込んでいたので、これには驚いた。「チャージ!」つかさの手のひらがこなたの方へ向けられる。するとその手のひらから光の塊が出現、こなたの方にゆっくり飛んでくる。ザッパーアイン人であるこなたと、その血が流れているみゆきには、それが『混じり気のない純粋な魔力』であることがわかった。魔力の塊がこなたの服を、皮膚を抜けて中へと入って行く。そう思った時には、こなたは自分の身体が軽くなったように感じた。つかさが自分の魔力を、こなたに分け与えたのだ。「やっぱり私、こういった救護の方がいいみたい。帰ったら衛生班に回してもらおうっと」「あ、ちょっと待って! 外は……」地平線の向こうにある日は、もう半分くらいまで沈んでいる。もうそろそろで魔物の動きが活発になる。つかさはこのまま帰るようだが、サンサまでは到底たどり着けない。「大丈夫。これ持ってるから」そう言ってつかさが懐から出したのは、縦に細長い正八面体のクリスタル。魔力が詰められていることには気付いたが……「なに、それ?」「あら、見たことありませんか? 【結界石】と言って、魔物や動物が寄り付かなくなる石なんです」「あんまり強い魔物とかには効果ないんだけど、ここに出てくるのはそこまで強くないから大丈夫なんだ。確かサンサにも売ってたはずだよ」みゆきとつかさ、二人から説明を受ける。こなたが買い物に行く時は、ほとんど食材屋と友人のところにしか行かないので、知らないのも無理はないだろう。『さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えないくらい平和な空気だな』と、こなたは小さく笑った。「こなちゃんのこと、上には伝えないでおくよ。それじゃ」つかさは玄関のドアを開け、屋敷から立ち去った。そして入れ代わりでかがみを背負ったみさおが屋敷に帰ってきた。
「あ、みさきち、お帰りー。って、かがみ大丈夫?」みさおの背中にかがみがいることに気付き、こなたはおそるおそる尋ねた。「ん? ああ。疲れて眠ってるだけだから。すぐに起きると思うゼ」魔物や動物に襲われ、ケガをしたわけではないと知り、こなたは少しだけ安堵した。みさおは開いたままの扉の向こう側を見て、「さっきの柊に似た奴、誰だ?」「かがみが起きてから説明するよ。もしかしたら知ってるかもしれないし」「とりあえず柊を寝かせてくるわ。外に狩ってきた猪いるから、メシにでも使ってくれ」みさおはそう言うと、かがみを背負ったままホールを歩いていった。こなたとみゆきは言われた通り玄関に出て、その大きさに圧倒されながらも屋敷の中に運び込んだ。 早朝。時計というものがないこの世界で時間を知るには、星や太陽などから推測するしかない。夜の闇が徐々に消え、遠くの山々が見えるまでに明るくなった今、向こうで言う午前三時だろうとかがみは推測した。そんなかがみがいる場所は――外。高良家をこっそり抜け出したのだ。昨日、こなたやみゆきから聞いた、『つかさ』という名の襲撃者の容姿。自分によく似ていて、ドジっ子で、黄色いリボンを頭にしていて……かがみの双子の妹『柊つかさ』だった。みゆきに似顔絵まで書いてもらって確認したのだ。例え一ヶ月経とうと……最愛の妹の顔を忘れるわけがない。そのつかさを追い掛けるべく、かがみは高良家をこっそり抜け出したのだ。妹と再開を果たすため、そしてなぜ泉という名字の人間を捜していたのか聞き出すために。ちなみにこなたも似顔絵を書いたのだが、こっちのこなたもかなりの悪筆。かろうじてつかさだと判別できる程度だった。「ふう……」おそらくこの旅は過酷なものになる。そう思い、かがみは他のみんなを置いてきた。書き置きも残してきたし、忘れ物はない。お城に行けば、とりあえずつかさに会えるだろう。そろそろ行こうか、と歩きだしたその時である。「どこへ行く気ですか?」「!!」突然の声に振り返ると、そこにはみゆきとみさお、そしてみさおの背中で眠るこなたの姿があった。皆寝る時の格好ではなく、外へ出る時の格好だ。「みんな、どうして!」「ちびっ子が言ってたんだよ。『かがみはつかさを知ってるみたいだった。もしかしたらつかさを追いかけるためにこっそり抜け出すかもしれない』ってな」「ですから、私達は陰でかがみさんの動向をチェックしていたんです。かがみさんお一人だけで旅をさせないように」「ちびっ子はダウンしちまったけどな」みさおはかがみに背中を向け、眠っているこなたを見せた。このこなたは夜中まで起きている理由がないせいか、夜にめっぽう弱い。頑張って夜まで起きていたのだろう。眠ってしまった時は背負ってでも連れていくよう、二人に頼んで……
「それに……」みゆきが自分の胸に手を当て、一歩前に出た。「一ヶ月前、かがみさんが傷だらけで帰ってきた時、すごく後悔したんです。私もついていけば、かがみさんはこんな状態にはならなかったのかもしれない、って…… ですから、それを防ぐためにも、私達にも旅のお手伝いさせてください」もともとはみんなを危険な目に合わせないようにと、一人での旅を決意したかがみ。しかし……その代わりに、みんなをとても悲しませてしまうということにやっと気が付いた。それに、途中で死んでしまったらどうだ? みんなは、永遠に帰ってこない自分を永遠に待ち続ける羽目になる。最初は気が付かなかったが……一人旅というものには、何も良いことはない。「……わかったわ。一緒に行きましょう」「よっしゃ、決まりだな。ちょっと早ぇけど早速行くか。この時間なら魔物は出ねぇだろうし」「そうですね。荷物もちゃんと持ってきてますし」こなたは向こうで言うリュックサックを背負っていて、みゆきは腰にちょっと大きめの袋を携えている。みさおは……荷物そのものがないのだろう、特に何も持っていない。「それじゃ、行くわよ! 目指すはワルキュリア城!」『おー!!』四人の旅が、今、始まった―― 「ところでみゆき、お金はどれくらい持ってきたの?」「そうですね、50万ラキほどでしょうか?」(……この、ブルジョアめ……!)
「なぁに? 話って」
「んあ……その……」
「なによ。ちゃんと言わなきゃ、わからないじゃない」
「あ、ああ。……」
「……」
「……結婚しよう」
「!! ……でも……」
「確かに俺とお前は、人種こそ違う。けど、愛し合っていくことに人種なんか関係ないだろ?」
「……そう、ね。じゃあ、これからお世話になります」
「ああ、改めて……宜しくな」
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: