~prologue~――どれくらいの期間、ここで過ごしてきただろう――雲一つない空を見ながら、そう考えてみる。ただ、雲一つないと言ってはちょっと語弊があるかもしれない。なぜなら、私『達』が歩いているところが雲でできているからだ。空に浮かんでいるはずの、綿菓子みたいにふわふわだと小さい頃に思っていた、あの雲。あれが『大気中の水分が冷えてできたもの』って知ってから、ツチノコとかそういう物を一切信じなくなったな。まあ、今私が歩いている雲と上で言った雲とは成分が違うんだろうけど。それにしても、皮肉なものね。私が全く信じていなかった死後の世界――天国を、私が歩いているなんて…… 【さようなら Best Friends】~episode.1~最初の思考に話を戻すと、天国には昼とか夜がない。だから時間の経過がわからなくてこまる。しかも下界――生者が住み暮らす世界とは時間の流れが違うらしいから、余計にワケがわからなくなる。「……どうしようか……」天国に来た者は、天国で暮らすか、記憶を更新して新しい人間として生まれ変わるか、選ばなくてはいけないらしい。初めてその話を聞いた時、私は悩みに悩んだ。確かに新しい人生を送りたいという気持ちはある。でもそうなると前世の――みんなと過ごした記憶は消えてしまう。天国で生活するのは……疲れないし、これ以上、悲しい思いをすることもないけれど、独りきりで生活をするなんて耐えられない。結局ズルズルと引きずって、今の今まで決めかねている。
「……あら?」その時、とても見慣れた姿が私の目に映った。青く長い髪が腰にまで届いている。あの後ろ姿は……こなたにそっくりだ。一瞬、私の後を追ったのかと驚いたが、どうやらあの女性はこなたではないようだった。こなたと違うのは、頭のてっぺんから飛び出ているはずのアホ毛がないところ。アレはかなり頑固で、テープとかで固定しないとどうしても立ってしまうんだそうだ。だが、こなたはそれを人前で気にするような人じゃない。テープで固定したのも、高校の面接の日にやったきりだったみたいだし。ということは、あのこなたにそっくりな女性は……あの人しかいない。「あの」女性に声をかけると、キョトンとした様子で私を見てきた。そう、本来なら、私はまだここに来るには早すぎる年齢だから。「かがみ……ちゃん?」「はじめまして、かなたさん。こなたの同級生の柊かがみです」・・・それは、4月に入ってまだ間もない頃だった。こなたと一緒に買い物をしている時、私は急に苦しくなって、気が付いたら救急車の中にいた。「こな……た……ごめん……ね……? 一緒、に……卒業……でき……そうも……ない……」今にも泣き出しそうなこなたに弱々しい声で呟く。死ぬ。漠然とした感覚ではあったが、それだけは間違いないと悟った。
「イヤだ! そんなこと言わないで、みんなで一緒に卒業しようよ!!」「こなた……」「かがみは……かがみは私なとって大事な人なんだよ! だから死なないで、かがみ!!」救急隊員の制止を振り切って、私の身体を激しく揺さ振るこなた。だけど……その感覚を感じることはできなかった。「私……だって……死にたくない……わよ……でも……抗えない……のよ……」「……かがみ、あと一年もないんだよ? なのに……無理なの……?」「……こなた……笑ってよ……アンタに……涙……は……似合わ……な……」「!? かがみ!?」こなたの瞳の涙を拭おうと手を伸ばして……届く前に、私の身体から魂だけが抜け出た。ぱたりとベッドに落ちる私の手を、私にしがみつくこなたの姿を、私は上から眺めていた。「……イヤだよ……どうして……どうして私の大切な人ばっかりいなくなっちゃうのさ……!? かがみ……かがみぃ……!!」・・・「……本当に、突然のことだったから……自分がなんで死んだのか……わからないんです……」「……そう……」ここに来るまでの経緯を、かなたさんに全て話した。ちなみにかなたさんはここに残って、大天使とかいう重要な役職に就いてるらしい。「……私達は、まだ幸せな方なのよね」「はい?」かなたさんの言ってることが、理解できなかった。死に別れるというのに、幸せも何もないじゃない……「交通事故とかで、思いを伝えることもできずに、ここに来る人もいるのよ」「あ……」「だから……死ぬ前に、自分が一番大切に思ってる人と話せるっていうのは、ものすごく幸せなことなのよ」そうか……そうよね……確かに死に別れは悲しいことだけれど……ソレ以上に悲しい思いをしてる人もいるのね……
「あの……今、下界はどんな状況ですか?」「今日は確か……陵桜の卒業式じゃなかったかしら」「!!」卒業式……もう、そんな時期なのね……私はスカートの裾をぎゅっと握り締め、かなたさんに詰め寄った。「かなたさん、下界に行かせてくれませんか?」「え……」「あなたなら、可能ですよね。お願いします、行かせてください!!」~episode.2~「もう卒業か~。早かったネ」「ホント。もう3年が経ったんだよな~」かなたさんに連れられて下界にやってきた私は、さっそくこなた達を見つけた。今、私達がいる場所は……こなたがつかさを助けたという桜並木。私達の関係が始まった――出会いの桜並木だ。「みんな希望の大学に入れてよかったね」「つかささんは有名パティシエに弟子入りですものね。凄いですよ」「柊ちゃんも、きっと向こうで喜んでるわよ」「えへへ……」つかさ……私がいなくても、頑張ってるのね……「一番びっくりしたのはこなちゃんだよね~」「ああ。まさか柊の後を継いで法学部を目指すとはな~」……へ?「一年間は短すぎたけどね。ゲーム封印した甲斐があったよ」「最初は『無謀だ』と思っていましたが……しっかり合格できて良かったですね」「おやおや? みゆきさん、私が落ちると思ってた?」「ふぇ!? い、いえ! 決してそういう意味ではなく……!」「あはは、そんなにあわてなくてもわかってるよ」こなた……私のために……
「せっかくだし、写真でも撮ろうよ。私のお父さんのポラだけどね」「いいわね」「せっかくだし、この桜をバックにしようや。綺麗じゃね?」「そうしましょうか。誰が撮ります?」「う~ん……あ、セバスチャン!」「え、俺!?」白石君に走っていくつかさを見てる時、かなたさんが私の肩に手を置いた。『写ってきなさい』……目が、そう言っていた。「じゃ、撮りますねー!」白石君がポラロイドカメラをこっちに向けた時、各々がポーズをとる。私は、こなたに抱きつくように立った。みんなに私の姿が見えてないってことは多分、私は写真に写らないのだろうけれど……それでも、一緒に写ったことには変わらないのだから。「はい、チーズ!」白石君が言った瞬間、フラッシュがこっちに向かって放たれた。白石君に駆け寄ってカメラを返してもらうつかさ。真っ黒な状態で写真が出てきて、みんなは風景が写るまでワクワクしながら写真を見つめている。私もその中の一人だったりする。そして、だんだんと色が付き始めた時……みんなから悲鳴があがった。「こ、これ……」「し、心霊写真!?」そう、私が写っているはずの場所に影が写っていた。中途半端な写り方ね……驚かすつもりはなかったのに……かなたさんも困ったように私の方を見つめてくる。想像してなかったのね……「お、お焚き挙げした方がいいんじゃないか!?」「わわわ、私のお父さんに頼んで――」「いいよ、このままで」みんなが慌てる中で……こなただけが冷静に、みんなに言った。「多分、悪霊とかじゃないよ、それ」「そ、そうなのか?」「うん。鳥か何かの陰だと思う」「びっくりしたわ……」ふう……こなたのおかげでお焚き挙げは避けられたはね……
「おっ、もう時間だな。早く高良の家に行こうぜ」「私、パーティーなんて初めてだよ~」パーティー……卒業のかしら……? さすがみゆき……「あ、ごめん。私、忘れ物があるから先に行ってて」「わかりました。では、行きましょう」そう言って、こなたを除いた四人がこの場所から離れていく。卒業式に忘れ物って……こなた、おっちょこちょい過ぎ……「かがみ」………………え?「かがみ、いるんでしょ?」何……何でわかるの……?「この影、かがみのでしょ。見えないけど、私にはわかるよ」振り返って、こっちを見るこなたは……笑っていた。目の焦点からして、やっぱり私の姿は見えてないのだろうけど……「かがみ、私は今まで頑張ってきたよ。最期にかがみが言ったみたいに、私はあれから一度も泣いてない。 それから私、オタクはやめたよ。かがみが目指してた弁護士を目指すようになって、それからは勉強の毎日だったな。 ……ごめんね、私がかがみの夢を目指すなんて、なんかおかしいよね」……ううん……おかしくなんかない……それに、すごくうれしかった……「かがみ。私はかがみとお別れする時、ホントーに辛かった。けど、私はかがみの最期の言葉があったから、泣かないでここまで来ることができた。でも……」こなたの笑顔がだんだんと崩れていって……こなたの瞳から、大粒の涙が流れた。「でも……今日くらい……我慢しなくてもいいよね……? かがみ……かがみぃ……!!」自分の体を抱くようにして、私の名前を何度も叫びながら大泣きするこなた。それにつられて……私も、こなたの名前をつぶやきながら大泣きした。それは、かなたさんにしか届いてなかったのだろうけど……私には、こなたにも届いているように思えた。
「……かがみ。遅くなるかもしれないけれど……私は絶対に弁護士になる。だから……いつまでも私を、私達を見守っててほしいな。 じゃあ、時間だから……もう行くね。さよならっ、かがみ」涙を拭いて、太陽みたいな笑顔を私達に向けて……こなたは、走って行った。みんなのもとへ、そして、こなた自身の未来へ……・・・「かがみちゃん、どうするの?」天国に戻ってすぐ、私はかなたさんにそう言われた。「天国で暮らすか、転生するか。早く決めなきゃダメよ?」今まではさんざん迷ってきたけれど……もう迷わない。私が進むべき道は……~epilogue~「もしもし、お母さん?」「お、ひい……」「ばっ! それは駄目だって言ってるでしょ!?」「あ~、悪い悪い。つい家での癖が……」「まったく……仮にも私はお母さんの娘なんだからね? ちゃんと名前で呼びなさいよ」「わーったわーった! で……みか、どうしたんだ?」「これから『アイツ』のとこ行くから、帰りはちょっと遅くなるわ」「お、遂に言う気か」「ええ。知り合いの中で言ってないのは『アイツ』だけだからね」「どんな反応すっかな? わくわく♪」「お母さんそういうキャラじゃないでしょ」「みゅ~……」「それじゃ、そういうことだから」「あいよ、頑張れよ~」
ケータイを切ってポケットに入れ、私はビルの中に入った。私の名前は日下部みか、12歳。お母さんの名前は日下部みさお。お父さんは私が生まれてすぐに事故で死んじゃったらしいわ。「……ここね」私の目の前のドアには、『泉法律事務所』と書かれたプレートが掲げてある。間違いなくここだ。私はドアを開けて元気良く言い放った。「すみませーん、『泉こなた』さんはいますかー?」「私だけど……どちら様?」ぐちゃぐちゃなデスク……椅子に座りながら明らかに面倒そうな顔でこっちを見てくる。仕事中なんだから、もう少しまともな反応しなさいよね……「はじめまして。私、日下部みかっていいます」「あーあー、みさきちの娘さんね! はじめまして!」デスクから飛び降りて私の目の前まで走ってくる。身長は……若干私の方が上みたいだ。「はじめましてとは言いましたけれど、実際ははじめてじゃないですよね」「みかちゃんが小さい時だからはじめましてでもいいでしょ。みさきちは元気?」「みさきち……お母さんのことですね? しっかりやってますよ」「そうかそうか、やー君が死んじゃった時はものすごく沈んでたんだけどなー」やー君、お父さんのあだ名だったはず。「で、何の用だったの?」「あ、えっと……」少し困ったように視線を下げて、それから冷ややかな目で見下してやった。
「あんた、相変わらずちっちゃいわねぇ」「な!?」「小学6年生よりちっちゃいってどういうことよ? 食生活とか乱れてるんじゃないの?」さっきとはまったく違う口調で話してるから、完全に開いた口が塞がってないわね。まあ、仕方がないけど。「……し、失礼だね、チミ……てゆーか、なんで昔から知ってるような口振り……?」そうよね。こなたじゃなくてもそうなるわよねー。「私はあんたのこと、よく知ってるわよ。さんっざん私のこと『ツンデレ』呼ばわりしてくれたじゃない」「……え……?」「ったく、なぁにが『オタクはやめた』よ? 『オタク弁護士』ってしっかり言われてるじゃないの。あの時だってどーせ真夜中にはエロゲしまくりだったんでしょ?」完全に動きが止まったこなたに対して集中放火を浴びせる。「まあでも……宿題とか毎回見せてもらってたあんたがここまで伸し上がったんだし、よしとしようじゃない。何か言いたいことは?」と言っても、次に来るセリフは間違いなくアレなんだろうけど。「か、かが……」「ふふふ……ただいま、こなた」私は久しぶりに、親友の体を抱き締めた。
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