第二話
こなたの右腕は二の腕から先が切り落とされ、切断面からは尋常ではない量の血液が噴出していた。主を失った右腕は、ただ虚しく、地面に転がっている。その光景を目の当たりにした時、想像を絶する痛みが彼女を襲った。それと同時に、目の前の存在に対して言い知れない恐怖を感じた。こんな恐ろしい奴らに、何の力も持たない自分が叶うはずがなかったのだ。殺される――それは悲観的観測ではなく、事実だった。
『フフフ……恐ガレ恐ガレ。若イ娘ノ恐怖心……ナント美味タルコトダロウ……』
下卑た笑いを浮かべながら、残った左腕で右肩を押さえ、痛みを必死に耐えているこなたを見る。その爪には血がベットリと付いており、そいつがこなたの右腕を切り落としたのは明白だった。
「はぁ……はぁ……うぐ! うああああ!!」
こなたの額からはものすごい量の汗が滲み出ている。我慢しようとしても、痛みは一向に収まらない。意識が飛びそうになる度に思考を落ち着かせようとするが、激痛のためにまた意識が飛びそうになる。これではいたちごっこだ。
「うあ……あ……」
そのいたちごっこは、こなたの敗北という形でついに終結することになる。身体に力が入らない。そう感じた時、目の前の半分がコンクリートで覆われていた。地面に倒れたのだと、この時気が付いた。視界が霞んでいく。餓鬼の輪郭がうっすらとしか見えないほどに衰弱していた。
『グフフ……デハ、イタダクカ……』
二匹がこなたの周りを取り囲む。なんとか逃げようと試みるものの、指先が少し動かせる程度。逃げるなんて不可能だった。
(私、の……人生……ここで、終わりか……せめ、て……卒業、したかった……な……)
瞳から涙が溢れた。大切な家族、大切な友達との思い出が走馬灯のように流れてくる。そして気が遠くなる瞬間に思い出したのは、『俺より先に死ぬな』という父との約束だった。
(お父さん……ごめんね……約束、守れそうもないや……お母さん……今から……そっち、へ……)
「降り注げ、『癒雨(ゆさめ)』!!」
突如、誰かが大声で叫ぶのが聞こえた。背中に温かい何かを感じたと思ったら、だんだんと意識が戻っていく。視界が回復していく。
(あ、あれ……? 身体が、軽い……?)
痛みも引いていき、身体も動くようになった。顔を右側に向けると、腕の傷口が完全に塞がっていた。塞がっているだけで……右腕は、戻ってきてはいなかったが。
『ダレダ!』『人ガ弱ラセタ獲物ヲ!』「いやいや、あんたらもう人じゃねえだろ」
立ち上がろうと方膝をついたこなたの隣に、一人の女性が現れた。
「……みさきち」
知っていなければ男子と見間違えていただろう活発そうな女性。街灯の明滅に合わせ、八重歯がキラリと光っていた。みさきち――日下部みさおに、間違いなかった。
「悪ぃな、チビッ子。アタシがもう少し早く来てれば……」
みさおは、こなたを見ると直ぐ様視線を落とした。いつものみさおからは、想像もできないほどに暗い表情だ。
「……ううん、大丈夫。死んだわけじゃないから」
そうは言っても、本当は泣き叫びたいくらいだった。声はひどく震えていて、瞳には涙が溜まっている。生き返ることはできた。それは喜ばしいことなのだが、右腕は失ったまま。これからの生活に対する、不安と恐怖。死んでしまった方がマシだったかも、とすら思えてきた。
「ちょっと待ってろよ、チビッ子。こいつら片付けたら、すぐに戻してやっから。自信は、ないけどな」「……はい……?」
こなたは一瞬、自分の耳を疑った。今、みさおは確かに『戻してやっから』と言った。そんな高度の医療技術が、一般ピープルのみさおに使えるわけ……
(いや、違う……みさきちは、少なくとも『普通の人間』にはない力を使ったわけだし……)
もしかしたら、彼女の言うことは本当かもしれない。少しだけ、希望の光が見えた気がした。
『クソ! 退魔師ダッタカ!!』『ダガ、コノ数ヲ相手ニ一人デドコマデモツカナ?』「……え……!?」
辺りを見回して、こなたは戦慄した。先ほどとは比べものにならないほど大量の餓鬼に取り囲まれていたのだ。その数ざっと五十匹……一人で、しかもこなたを守りながら戦うなんてほぼ不可能だ!
「み、みさきち……」「ちなみにお前ら、アタシは退魔師なんつー奴らと一緒にしないでほしいな」『ナンダト……?』
先の出来事がトラウマになったのだろう、こなたが身を震わせながらみさおの脚に擦り寄ってくる。だがみさおはそれに応じず、餓鬼の群れを見たままジーンズのポケットに手をやった。そこから取り出したのは、何の変哲もない一本の筆。次の瞬間、筆の先端が光りだした。みさおが筆を動かすのに合わせて、光の軌跡が不可思議な文字の羅列となって空中に浮かぶ。
『マ、マサカ……!?』その光景を見た群れのリーダーらしき餓鬼が恐れおののいた。
「その通り。アタシは退魔師の上を行く存在――『魔を狩る一族』の一人なんだってヴぁ!!」
光の文字がみさおの掌に吸い込まれていく。その影響なのだろう、みさおの腕赤く神秘的な光を放っている。そしてみさおはその掌を大きく振りかぶり、勢いよく地面に叩きつけた!
「燃え尽きろ! 『業爆(ごうばく)』!!」
刹那、みさおの目の前で爆発が発生、餓鬼達の断末魔とともに巨大な爆音が轟いた!!
「うわ!!」
強烈な光が発せられ、暗闇で瞳孔が開き切っていたこなたは瞼を固く閉じ、左腕で目を覆った。そして、辺りがようやく静寂を取り戻した頃、こなたはゆっくりと瞼を開いた。大量にいたはずの餓鬼達は、綺麗さっぱり消え去っていた。あれだけの爆発があったはずなのに、公園に傷痕は見られない。
「よっし、終わり」
そして、こなたの視界に入ってきたのは、いつもとまったく変わらない友人の笑顔だった。
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