「お姉ちゃん」「んー?」
「お姉ちゃーん」「どしたー」
「お姉、ちゃん……ぐすっ」「よしよし」
柊家の末っ子、柊つかさはお姉ちゃん大好きッ子である。高校生にもなって、姉に頼るその甘え振りは、正に妹の称号に相応しい。 姉のかがみも又、そんなつかさが決して嫌いでは無かった。柊家には他にも上に二人姉が居る。それなのに自分を第一に頼って来てくれることに嬉しさを感じていた。 そんな仲の良い姉妹のある日の事、つかさは宿題でどうしても解らないところがあり、いつも通りかがみの部屋に向かった。
部屋に入ろうとドアノブに手をかけようとするが、なにやら話し声が聞こえ、寸前で静止した。 話し声と言っても、かがみの声しか聞こえて来ない。その事から、電話をしているのかと、つかさは解釈した。(邪魔しちゃ悪いし、後にしよっかな) と、どうしようか迷っていると、「ウザい……っていうと妹ね」扉越しにこんな台詞が聞こえた。 その声の主は言うまでもない。
(え?) とても嫌な言葉を聞いてしまった気がした。まさかそんな事あるはずがない。聞き間違いであってほしい、そう思い確かめるためにドアに耳を当てた。
「妹を殺せば良いの? まぁ確かにウザいけど」
「!?」 聞き間違いでは無かった。それに加え、更に酷い言葉も聞き取れた。(ウザイの? え、私?)
(殺せば良い?)
つかさは頭が真っ白になった。そして未だドアに付けてる耳は更に台詞を拾う。
「確かにね。いつも自分勝手で、都合の良いときだけ頼って来て、何でも泣けば良いみたいに思ってるし、おまけに人の恋路も邪魔してくる始末」
「まぁ、ね。でも殺しちゃうのはちょっと気が引けるな……」
「誰がシスコンだ」
「……はぁ、分かったわ。でも今日はもう遅いし明日殺すわ」
つかさは気付いたら自室のベッドに座って居た。目は虚ろで、先程から涙が止まらず、頬を伝って落ちる滴はベッドに染みを作っていた。 度重なる姉からの衝撃的な台詞。たった数秒の出来事だったが、つかさの精神はズタボロに引き裂かれてしまった。
(殺す、殺すの? 私ってウザかったの? どうして?)「お姉ちゃん……」 信じたくない。でもあの台詞を吐いた人間は紛れも無く、かがみだ。 つかさは訳が分からなくなり、ただひたすら泣いた。やがて泣き疲れたのか、つかさは倒れるように眠ってしまった。
「アンタってウザいのよね」「え?」「いつもベタベタベタベタ引っ付いてさ、高校生にもなって自立も出来ないなんてどんだけよ」「……」「いい加減、面倒見きれないし」「わ、私は……」「ほらね、そうやって泣けば良いと思ってる。ホント邪魔」「だから、死んで?」「え……」「もうアンタにはうんざりなのっ」「いや――」
「――っ!」 ハッと、飛び起きる。周囲を見渡すとそこは自分の部屋。「夢?」 嫌な、夢だった。姉に殺される夢。昨夜の事が原因だろう。(私、いつの間にか寝ちゃってたんだ……) 時計を見るとまだ朝の六時だ。普段のつかさならこの時間帯に起きてしまっても、二度寝をするのだが、とても寝れる気分じゃなかった。
(凄い汗だな……) つかさはベッドから抜け出し、制服を持って、まだ寝てるであろう家族を起こさないよう静かに洗面所へ向かった。
汗で汚れてしまった寝巻と下着を洗濯機にぶち込み、タオルで身体を拭き、制服に着替えた。(お姉ちゃんと顔合わせづらいし、今のうちに学校行っちゃおうかな……) 簡単に洗顔し、髪を整えてたとき、背後から「おはよう」と声があった。振り返ると母親のみきだった。「お、はよう」「珍しいわね、つかさがこんなに早く起きて、しかも着替えてるなんて……何かあるの?」「えと、今日は早く学校に行かなくちゃいけなくて……」 勿論、嘘。しかし姉を見たくないから早く行くなんて言うよりは全然良いだろう。「ホントに? じゃあ、かがみも?」「ううん、私だけ……」「え?」 同じ学校で早く行かなてはいけないというのに、『私だけ』と言うのは不自然だろう。 みきも怪訝な顔で見ている。「えーと、友達と約束しててっ」「そうなの?」「うん。も、もう行かなくちゃっ」 これ以上話せばボロが出てしまうと思い、つかさはみきの脇を通り抜け、玄関へ向かう。
「行く……って、朝ごはんは?」「いらない」 当然、まだ納得していないみきも追い掛けて来た。「お弁当は?」「向こうで買うよ」 つかさは既に靴を履いている。「じゃあ行ってきま、」「つかさ」「何?」「鞄は?」「あ……」 言われて初めて気付く。そして鞄だけじゃない。靴下も穿いてないし、いつものリボンもしていないのだ。 そんなつかさにみきは、早くこの場から離れたいというつかさの心情が読み取れた。「ありがと、お母さん」「……」
つかさは自室に戻り、支度を済ませて部屋を出る。
“今日はもう遅いし明日殺すわ”
脳内に昨日の台詞が蘇る。(今日、殺されちゃうのかな……) 隣の部屋のドアを見つめるつかさ。(何で……何で……) つかさの瞳に涙が出てくる。それに気付いたつかさは直ぐに涙を拭う。(何で私はこんなに弱虫なんだろう……こんなのだからお姉ちゃんに……)
「ねぇ、つかさ。何か隠してるんじゃないの?」 玄関に戻ると、そこにはまだみきが居た。「か、隠し事なんか無いよ」「嘘。目を見れば分かるわ。何か悩み事?」「別に、ホントに何も無いよ……」 必死にごまかそうとするつかさ。その挙動不審な仕種は、とても何も無いとは思いづらい。
「つかさ、人の話を聞くときは目を見なさい」「……」 みきは決して怒っているわけでは無い。心配だからこそ言っているのだ。実の娘の様子がおかしかったら親として心配するのは当たり前である。「……かがみと何かあったの?」「!?」「そうなのね?」 流石、親と言うべきだろう。つかさの隠し事なんて御見通しだ。 しかし、そんなみきにつかさは、「ホントに何もないから……もう遅れるし行くね」と、話を無理矢理終わらせて逃げるように外へ出た。 後ろで名前を呼ばれたが無視して走った。
学校に着いたつかさは、幸にも門が閉まっているという事はなかったので、すんなり学校に入ることが出来た。運動場の方で掛け声が聞こえてくる辺り、陸上部か何かが朝練でもしているのだろう。 つかさは上履きに履き変えて、とりあえず教室に向かう。(どうしよう……お母さんにあんな態度取っちゃった……) 学校に来る間も、つかさはずっとそんな事を考えていた。 しかし、真実を話したところでどうなるというのか? 姉が私を殺そうとしている。そんな事を聞けば、みきはかがみに確かめに行くだろう。そしてかがみはそんな話は知らないと言うに違いない。昨日のかがみの会話から計画性のある反抗であると分かれば、そんな対応つかさでも想像できる。 殺されることに感づかれた妹の存在を知ったら、殺すのも慎重になってしまう。気付いたら殺されてました、なんて誰だって嫌だろう。殺されること事態も嫌だが。
かがみの計画では今日つかさを殺すと言うのだから、今日何も無ければ昨日の電話の内容はつかさの勘違いで済むのだ。まだ第三者にこの事を話すべきではない。(こんな事、考えたくないのに……もうやだよ。早く今日が終われば良いのに) そんな事を思っていると、もう目の前は教室だった。中に入ろうとするが、ドアは開かなかった。(あれ? まだ開いてないのー?) 携帯の時計を見る。時刻は七時十五分、少し来るのが早すぎたようだ。(どうしよっかな) 仕方なく、ドアの横に座っていると見慣れた人物が鼻歌交じりに鍵をぶら下げやってきた。「適齢期ぃ、適齢期っと、ん? なんや柊。今日はめっちゃ早いやないか」 それは担任の黒井ななこだった。「おはようございます」「おはよーさん。で? こんな早くにどうしたんや?」「それは……」 やはり言葉が詰まる。「えと、その……」「?」 ふと、鞄に目が行った。「宿題……そだ、宿題のプリント教室に忘れちゃって、早く学校に行けばやる時間が出来ると思って」 嘘は言っていない。学校に忘れたという事を除けばだが。「ほーぅ、宿題を忘れた事は感心せーへんが、わざわざホームルームが始まる前に間に合わせようとするのは立派な心掛けやな!」 つかさのやる気溢れる発言に大変感心している様子。 その後、黒井は教室の鍵を開け「別の教室も開けてくるわ」と気分良く立ち去って行った。 つかさは教室に入ると自分の席に座り「ふぅ」と溜息を吐く。(宿題、か……) 鞄からプリントを取り出し机に広げる。まだ所々に空白がある。 宿題……元はと言えばこの宿題を教えてもらおうとしたのが事のきっかけだった。 こんな宿題が無ければ……と、やり場の無い怒りを一枚の紙切れにぶつける。「……あっても同じか」 筆を握るが、とてもやる気になれない。頭の中はこれからの事ばかりだった。(どうしよう、いずれお姉ちゃんは来るし……どんな顔をすれば良いのかな) そんな事を考えているうちに、時間は刻一刻と刻まれて行く。やがて人も増えて、教室も賑やかになってきた。
結局、宿題は一つも手を付ける事が出来なかった。「つかさ、おはよ」 不意に声を掛けられる。聞き覚えのあるその声は親友のこなたの物であると分かり、少し安心して笑顔で振り向いた。「おはよー、こなちゃん」「つかさ」 つかさは笑顔は一瞬で消えた。こなたの後ろにかがみが居るなんて簡単に予想できたことなのに、心のどこかでは今日は来ないかも、なんて思っていたのだ。「ねぇ、つかさ……私、何かした?」「え?」 いきなり本題に入るかがみ。「べ、別に……」「嘘よ。お母さんに聞いたわ。つかさの様子が変だって」「普通だ、よ」「じゃあ、なんでそんなにぎこちないのよ」「そんなことないよ」 発言を否定する妹に、かがみは少なからず苛立ちを覚えていた。そしてすっかり蚊帳の外になってしまったこなたは、さてどうしたものかと辺りを見回すと、つかさの机のプリントに目がいった。 「あれ? つかさ、これって昨日の宿題?」 こなたのその発言に、つかさは直ぐにピンと来た。「あ、それは……」「殆どやってないじゃん。って私もだ、やっばー」「宿題?」「うん。実は……」 つかさは黒井の時と同じ様な説明をした。
「私もそろそろ、お姉ちゃんに頼ってばかりじゃダメかな、と思って、一人で頑張ってみようとして、何でコソコソとやってるのかっていうと、見てないところで私も出来るんだよって事を知ってもらいたかったから……」 つかさは自分でもよくこんな嘘がほいほい出てくるなぁ、と驚いていた。しかし、まとまりがない。「……本当にそれだけ?」「うん」「……はぁ、余計な心配して朝から疲れちゃったわ」「ごめん」「ま、良いわ。宿題、頑張んなさいよ?」 かがみはつかさの頭を撫でると、教室から出ようとする。時はそろそろホームルームが始まる時間だった。「待ってよかがみ~。宿題、教えてー」「自分でやれ。あ、そうだ」 かがみは再びつかさの元へ戻って来ると、「はい、お弁当。購買で買うとお金掛かるでしょ」「わ、ありがとう。作って来てくれたんだ……」「元々、今日は私の当番だったからね。じゃあ」「うん」 そしてかがみは教室から出て行った。 つかさは思う。こんなにも心配してくれる姉が本当に私を殺すのか? 今日殺す相手にこんなに優しくする必要なんて無いのではないか? と。(やっぱり、聞き間違いだったんだよ。お姉ちゃんが私を殺す理由なんて……)
“いつもベタベタベタベタ引っ付いてさ、高校生にもなって自立も出来ないなんてどんだけよ”
(あれは夢。夢なんだ。私が聞き間違ったから見てしまった夢なんだ)(お姉ちゃんが私を殺す訳無いもん。そうだよ) その時、安心して気が抜けたのか、くぅ~、と腹の虫が鳴った。(あぅ、そーいえば朝ご飯食べてないんだった……お腹すいたな) チラッと机に置かれた弁当を見る。(だめだめ、これはお昼に食べないと。せっかくお姉ちゃんが作ってくれたんだから) つかさの狂気は次第に薄れていった。今は早く弁当を食べたいという気持ちが頭の中を支配している。
そして、時はお昼休みまで進む。
「つかさぁー、ご飯食べよー」「ごめん、私ちょっとトイレっ」 前の授業前に行くのを忘れ、もう限界だった。つかさは全速力でトイレに向かう。
「はぁ、危なかった」 無事トイレを済ませたつかさは、皆が待ってるであろう教室に向かった。 昼休みということもあって、学校中は賑やかだ。それはつかさのクラスも例外では無い。 そんな賑やかな所では誰が何を話してるのかなんて事は普通分からない。むしろ知る必要も無い。 だからこれは本当に偶然の出来事だった。つかさが教室に入る手前、たまたま聞こえてしまったのだ。
「どんな殺し方するの?」
(え?) その声は、まるでイヤホンから聞こえる音の様に、はっきりとつかさの耳に聞こえた。昨日の出来事で『殺す』と言う言葉に敏感になっているだけかも知れないが。 つかさは教室に入る足を引っ込め、廊下の教室側の壁に隠れる。(今、誰かが殺すって言った?) その言葉で、つかさに消えたはずの狂気が蘇る。(でも、あれは私の勘違いだったはず……)(勘違いだった……) それでもつかさは不安と恐怖に負け、自らの勘違いを否定する行動に出た。 つかさは壁越しに聞き耳をたてた。
「――、――どんな――?」「――。殺すの――殺し方の――」「――あんまグロいのは嫌ね」
(この声って……そんな)
「かがみって以――様だね」「悪かったな――」
(こなちゃんと……お姉ちゃん……)
他の人の会話が混じって、所々聞き取れないが、その声は明らかに聞き覚えのあるこなたとかがみの物だった。(何の……話……?) 頭の中で知らない振りをするが、何の話かなんて事はもう分かっていた。(私を殺す方法……)
「――めった刺し――く殺やらあるけ――」「まぁ、――嫌いなら毒殺かな」
(毒殺……?)
「ふーん、ならそれにしよっかな」
(!?) つかさはある事に気付いた。
“はい、お弁当。購買で買うとお金掛かるでしょ”
(まさか……あのお弁当……) あの弁当に毒が入っているのではないか?(だってあんなに心配してくれた……!)
「購買の食べ物じゃ死なないからね」「優しくした方が油断するじゃない?」
幻聴が聞こえてくる。(そういう……事だったの?) あまりにも酷い現実に、つかさは涙せずにはいられなかった。(そんな……そんなぁ……)(逃げなきゃ……泣いてる場合じゃない) つかさは立ち上がり、鞄を取りに教室に入る。このまま逃げようにも無一文じゃ帰ることが出来ないからだ。「あ、つかさ来たよ」 鞄がある自分の机周辺には、当たり前だが、かがみが居る。つかさは今日ほどかがみが自分のクラスで食べてれば良いのにと思ったことは無い。「じゃあ食べましょうか」 食べ始める皆を無視してつかさは鞄を取る。「つかさ?」「ごめん。ちょっと具合が悪くて早退する……」「え? 帰っちゃうの?」「本当に? 大丈夫なの?」(大丈夫? よく言うよ……) その心配が偽物であることが分かっているため、つかさに苛立ちが生まれる。「……ねぇ、もしかしてやっぱり私が何かしたの?」 その質問には答えたい。答えてスッキリしたい。でもここで答えてどうなる? こなたとかがみは共犯だ。はぐらかされるに決まってる。そうでなくても、こんな所で「私を殺そうとしてる」なんて言ったらどうだ? 周囲から変な目で見られるし、かがみとこなたには警戒されてしまう。そうなったらそうなったで確信を持てるが、そんな事、死に急ぐ様なものだ。だからつかさは、 「本当に具合が悪いだけだから……お姉ちゃん気にしすぎだよ」と答えるしかなかった。 そしてつかさは学校から出た。
「ありがとうございましたー」 学校から出たつかさは空腹を満たすため、駅前のコンビニでお昼を買っていた。(今、家に帰ると面倒だな……) 時刻は十二時二十分。この時間帯では家に母親のみきが居る確率は高い。朝の事もあるし、こんなに早く帰ったら流石に問い詰められる。せめて買い物に出掛ける夕方までは帰らない方が良いだろうと、つかさは判断した。 鷲宮まで戻り、つかさは時間潰しに近場の公園のベンチに腰掛け、軽く食事を済ませた。「はぁ……」 あれはもう、聞き間違いではない。だったらどうする? 警察に通報するのか?(でも、さっきのは本当に私の事なのかどうか分からないし、それに……)(やっぱりあれは聞き間違いの可能性も、あるし……) つかさの姉を信じる心はまだ僅かに残っているようだ。そして再びあの言葉を思い出す。
“明日殺すわ”
(そうだ、私は今日殺される予定なんだから、今日何も無ければ大丈夫って事だよね?) あの会話の内容では、とてもそうとは限らないが、つかさは勝手にそう信じることにした。
616 :狂った世界に別れを告げて [saga]:2009/06/04(木) 20:04:51.91 ID:4Roc8USO(あと半日、お姉ちゃんを避けよう。それで何もなかったら明日事情を説明しよう)(それで、大丈夫だよね?) つかさはパンの袋を丸めてごみ箱へ投げる、が外れてしまった。「はぁ……」 それを拾い、ごみ箱へ捨てる。「毒殺か……」 もしかしたら最期の食べ物になったかもしれないパンの入ってた袋を、じっと見つめるつかさであった。
そして、時は夕方まで進む。
「そろそろ買い物に行ってるかな?」 家に帰って来たつかさは、慎重に玄関に近づく。(お姉ちゃん達も居ないと良いんだけど……) 玄関のドアに手をかけて施錠を確認する。果たして鍵は掛かっていた。(良かった……) ほっと溜め息。ふと、視線が空に向かう。(さっきまであんなに晴れてたのに……) 空は曇っていた。先程までは快晴とまでは言わないが、夕方独特の色で占められていたのだ。 急に光を失い、薄暗くなった外に不吉を感じたつかさは、早々に家に入ると自室へ駆け出した。
着替えを終え、ベッドに横になる。一応、具合が悪いという理由で帰ってきたのだから、寝てないと後々面倒だからだ。(……後少しで皆帰ってくるかな? とりあえずお姉ちゃんとは顔を合わせないようにしよう) と、そんな事を思っている矢先だった。
「ただいまー」「!?」 かがみが帰って来たのだ。(そんな、今日は確か委員会があったはずなのに?) 階段を登ってくる足音が聞こえる。(どうしよう、まさか本当に今日……) コンコン、とノックの音。かがみはつかさの部屋の前に居る。「つかさ、居るんでしょ?」 ここからじゃ逃げることは出来ない。つかさ咄嗟に、「居ない」と答えた。「……はぁ、入るわよ」 ガチャっとドアを開ける音。つかさは壁側を向いていおり、顔を合わせないようにしている。「具合はどう?」「別に……」「ねぇ、こっち向いてよ」「……」 つかさは再び考える。 委員会を休んでまで私の事を考えてくれてる姉が本当に今から私を殺すのか? それとも、家に誰も居ない今の状況を知って、これぞチャンスと思っているのか? 姉の心理を知らないつかさは、ただ考えるしかなかった。「ほら、つかさ。駅前でケーキ買ってきたのよ」「?」 ケーキという言葉に反応して、つかさは思わず振り返ってしまった。(だって駅前のケーキ……)「一緒に食べよ?」 かがみは既にケーキをテーブルに並べていた。 用意周到だ。 つかさはケーキという甘い誘惑に負け、ベッドを抜け出した。しかし、そこであることに気付いてしまった。
(ケーキ……?) つかさは思い出す。ここ数時間の間、ずっと考えていた事を。
(毒……殺……)
よく考えてみればおかしな事だった。 具合が悪いと言って帰った相手に何故ケーキを勧めるのか。 あの会話のタイミングで何故ケーキが出てくるのか。 そもそも、かがみはつかさが早退したからといって、委員会を休んでまで早く帰ってきたりなんて事はしない。(それはそれで嬉しいけど、今日に限ってだし……) それに親や他の姉妹が居るという事も、かがみには想像出来る筈だ。 それが分かっていれば、優等生である、かがみが委員会を休んでまで早く帰って来るなんて、やはり考えられない。
では何故、早く帰って来たのか。 本当につかさが心配だったから? では何故、家に誰も居ないこのタイミングで? 電話をして確認したのか?(でも、私が帰って来てから家の電話は鳴ってない) 携帯という可能性もあるが、一人一人にわざわざ掛けたら後で怪しまれないか? ならば最初からこの時間帯に皆が居ないことを知っていた? つかさは朝早くに家を出てしまったため、家族との会話をしていない。もしかしたら姉達が「今日は遅くなる」等の会話があったかも知れない。 これは偶然か、はたまた必然か。(多分、必然なんだろうな……。全て計算された事なんだろうな……)(何で私が殺されなきゃいけないんだろう。今まで普通に接してくれてたのに、急にウザイから殺す、なんて……)
「つかさ? ボーッとしてどうしたの?」(何で? 何でなの? そんなに私はいらないの? 私はお姉ちゃん好きだよ?)(それなのに、それなのにっ!) つかさにとって、姉、かがみの存在はとても大きな物で、つかさの持つ世界の半分を占めていると言っても良いぐらいだった。その姉に自らの存在を否定されてしまったら、世界が終わったも同じだった。 (もうどうでも良いや)(私の世界は終わったんだ……)(終わるときぐらい、自分で片付けよう……)(いつまでもお姉ちゃんに頼るのは良くないもんね)(お姉ちゃんもその方が良いよね? 私、自立するよ)(……でも、私だけが終わるのはやだな)(そうだ。お姉ちゃんも一緒が良い。お姉ちゃんも一緒に終わろう? 終わって違う世界に行こう?)(そうだよ。それが良い。今度は私、ウザくならないように頑張るよ? だから……)
「一緒に終わろうよ」
「え?」 かがみが喋る間もなく、テーブルがひっくり返された。テーブルに乗っていたケーキは当たり前の様に床に落ちる。
「ちょっと――」 今まで、穏便に事を進めようとしていたかがみも、流石に声を上げた。 が、直ぐに息を飲むことになった。「つか……さ?」 つかさが勉強机の椅子を持ち上げていたのだ。そして、それをかがみに投げ付ける。「ちょっ――」 かがみはそれを、なんとか横に避けた。 椅子は大きな音を起てて、床に転がる。 かがみはその椅子を呆然と見た後、「危ないじゃない! 何するのよ!」「何で避けるの? お姉ちゃんも、こんな私が居る世界、嫌でしょ?」「あんた、何言って――」 つかさは椅子を拾う。「ちょ、つかさどうしちゃったの? 冗談はやめて!」「……冗談? お姉ちゃんはいつまで白を切るつもりなの?」 つかさはゆっくりとかがみに歩み寄る。「な、何の事よ」「しらばっくれないでよ。私、知ってるんだよ? お姉ちゃんとこなちゃんが私を殺そうとしてる事」「殺そうとって……!? あんたまさか!?」 かがみのその反応に、つかさの姉を信じる鎖が、完全に断ち切られた。「やっぱり。私は正しかったんだ……」「あんた、昨日の会話――」「そうだよ。聞いちゃったんだよ。お姉ちゃんが私の事、ウザイから殺すって会話!」「とても苦しかった。胸が張り裂けそうだった。それでも私の勘違いかもと思って何も言わなかった」 つかさはかがみに喋る隙を与えない。「それが今日のお昼休み。今度は私を殺す方法を話してた。毒殺だって。そう、お姉ちゃんが朝にくれたお弁当には毒が入ってたんだ」「私は恐くなった。だから逃げた。それなのにさ……」「何で帰って来ていきなりケーキなの? 私は具合が悪くて早退したんだよ? もうそれで毒殺確定だよ!」「もう嫌になった。だから終わらせようと思った。私がもっとしっかりしてればウザイなんて言われないと思った。だからこの世界を終わらせて新しい世界に行くんだよ? でも私一人はやっぱり嫌。お姉ちゃんも一緒に行こうよ!」 つかさは椅子を振り回す。「今度は上手くやるから!」「つかさ! あんた勘違――」「先に行ってて。私も直ぐに行くから」
私の言葉はもう、つかさに届かない。そう悟ったかがみは覚悟を決めた。「つかさ……」「うあぁぁぁっ」 椅子を振り下ろすつかさ。
「愛してるわ」
それは、嘘偽りなの無い、優しさに満ち溢れた笑顔だった。「え?」 その顔を見て、つかさは正気に戻った。が、振り下ろした椅子は速度を落とせない。 ゴンッ。 強い衝撃と共に、かがみは崩れ落ちた。「お姉……ちゃん?」 返事は無く、かがみの額からは赤い血が出て来て止まらない。「嘘、嘘だよ……愛してるなんて嘘だよ……。私を混乱させるために言ったんだ。そ、そうに決まってるよ。どうせこのケーキには毒が入ってるんでしょ?」 つかさはぎこちない足取りで、床に散乱しているケーキの元へ向かう。「愛してる訳無い、愛してる訳無い……」 ケーキを拾い上げ、一口食べる。「あれ……? あれ……?」 何も変化を感じず、もう一口、もう一口と食べる。しかし……。(苦しくない……) つかさの胸の鼓動が速くなる。(違う。これはお姉ちゃんの分なんだ。自分のに毒を入れるわけないよね……) もう一つのケーキを拾い、一口食べる。
「甘い……苦しくならない……」 膝を付き、じっと食べかけのケーキを見つめる。「嘘だ……。私……私の……全部……」
“勘違い”
「うわぁぁあぁぁっ!!」「ちょっと、何の騒ぎ――」「!?」 現れたのは次女のまつり。いつの間にか帰って来ていたのだろう。「え? ちょっと、何?」 つかさはどうして良いのか分からず、まつりを払いのけ、そこから逃げてしまった。 下に降りると、他の家族も帰って来た所だった。「つかさ?」 靴も履かず、外へ飛び出す。「つかさっ! 何処へ――」「きゃあぁぁぁぁっ!!」 悲鳴が聞こえた頃には、つかさは既に目の届かない所まで走っていた。
「何何? えっ……」「か、かがみ!? いやぁぁっ! かがみぃぃぃっ!」「つかさは!?」「まつり! 私はつかさを探してくるから、あんたは救急車を!」「わ、分かった! 私も後で合流する!」「かがみぃぃぃっ!」
雨が降りしきる。 つかさは走る。ひたすら走る。どこに向かってるかは分からない。ただ走り続ける。「はぁっ、はぁっ」 息も絶え絶えになりつつも走る。走るしかなかった。もうあの場所には戻れない。最愛だった姉を殺してしまった。自分の勘違いで殺してしまった。何であんな事になったのだろう、何で話を聞こうとしなかったのだろうと、悔しさで涙が止まらなかった。 「うぐっ、ひぐ……っ」 何キロ走ったのだろうか。気付けばそこは見慣れない景色があった。 体力も限界になりフラフラと歩いていると目の前が突然明るくなった。つかさはその明かりを見ると、全てから解放されるような感覚に落ちた――。
「おーい、つかさぁー」「あ、待ってよお姉ちゃん」
「そこは違うわよ。こう」「あ、そっか。流石だね、お姉ちゃん」
「つかさ、ちょっと料理教えて欲しいんだけど……」「え? 料理? うん、良いよ」
「お姉ちゃん、今日で私たち十八歳だね」「そうね」「これからも仲良くしてくれる?」「そんなの言わなくても分かるでしょ?」「えへへ、お姉ちゃん」「何?」「大好き」「……私もよ。つかさ」
私も、こんな風に――
ドンッ! 鈍い音が、辺りに響いた……。
――数日後。 埼玉県、糟日部のとある病院。その一室には、いくつかの医療機器を取り付けられて眠っているかがみの姿があった。 かがみはあの後、病院に運ばれ、一命を取り留めた。しかし、頭への衝撃が強かったらしく、未だに目を覚ます気配はない。「……っ!?」 だが突然、かがみが目を覚ました。(ここは……病院?) 辺りを見回していると、カラカラっと扉が開く音がした。部屋に入って来た主は、こなただった。「か、かがみ!?」 こなたはかがみが目覚めたのに気付くと、速足でかがみに駆け寄った。「良かった、良かったぁ……ずっと心配してたんだよ?」「こなた……」 かがみはまだ頭がボーッとしている。「かがみまで居なくなったらと思うと、私……」 こなたは泣きじゃくってる。そんなこなたの言葉に、かがみは違和感を覚えずにはいられなかった。 そして、あの記憶が蘇る。
「つかさは……」「え?」「つかさは、どこ!?」 急なかがみの叫びに、こなたは、たじろいでしまう。「あの子、勘違いしてるのよ! 教えないと……助けないと! きっと今も苦しんでるわ」 詰め寄るかがみに、こなたは、しゅんと俯く。「どうしたの? まさか警察に捕まって……? 何をやってるのよ姉さん達――」「かがみ」 一人、暴走しているかがみの言葉を、こなたは意を決して遮った。「落ち着いて、聞いてね?」「な、何よ……早く言いなさいよ」 二人の声は震えている。胸の鼓動も尋常じゃない。「つかさは……」
「死んじゃった」
窓から流れていた風は止み、雑音も消え、しばしの沈黙が訪れた。 こなたは俯いたまま、かがみの言葉を待っていた。すると、「今、何て言った?」 グイッと、こなたの胸倉を掴む。こなたは小さく悲鳴をあげた。「つかさが死んだ? 何言ってんのよ。今、冗談言うときじゃないでしょ? ふざけないで!」「じょ、冗談でこんな事、言わないよ……」「あんたいい加減にしなさいよ! 何でつかさが死ななきゃならないのよ! 逆でしょ? 死ぬなら私じゃない!」「嘘じゃないよ……本当――」「ふざけるなっ!」 かがみはこなたを押し飛ばす。椅子に座っていたこなたは、バランスを崩して転倒してしまう。
「何の音――」「うぅ……」「はぁ……はぁ……」 まつりが騒ぎに気付いたのか、様子を見に来た。「こなたちゃ、え? かがみ?」 かがみが目を覚ました事に喜ぶべきなのだが、状況が状況なので混乱してしまう。 まつりが倒れたこなたに近付こうとすると、「ちょうど良かったわ。まつり姉さん」「え?」「つかさはどこ?」 まつりは、その問いを聞き、この状況を把握した。「ごめんなさい。まつりさん……私、ごまかす事も出来たのに……」「良いよ。遅かれ早かれ知る事になったんだし」 なら今更、隠す必要もないだろうと、まつりはこう言った。「こなたちゃんから聞いたでしょ? つかさは、死んだのよ」 とても悔しそうに言うまつり。しかし、それを聞いたかがみは余計に苛立った。「嘘よ。何で姉さんまで嘘つくのよ……」「嘘じゃない、って何してるのよ!」 かがみは医療機器を自ら取り外し、ベッドから降りる。
「つかさを探しに行く」「待ちなさい!」 まつりはかがみの腕を掴み、制止させる。「離してよ!」「よく聞いて、つかさはあの日、かがみが倒れた日に! 死んだの……事故で!」「嘘よっ!」「辛いけど事実なの! つかさは、もう……っ」「……もう、何?」 まつりはポケットから何かを取り出す。「これ」 そう言って、白い布で包まれた親指位の大きさの物をかがみに差し出す。 かがみは無言でそれを受け取ると、慎重に結び目を解いた。そして、出て来た物は小さな瓶だった。中は白い粉の様な物が、瓶の半分を埋め尽くしていた。「これ、は?」 かがみの頭の中に、ある一つの仮定が浮かぶ。しかし、それは認めてはならないと、必死に消そうとするが、その仮定は消えることはなく、むしろ増大していった。そして……。 「それは、つかさよ」 その仮定が現実に変わった時、かがみは酷い絶望感に襲われた。「これが、つかさ? 何を言って、」「あんたが寝てる間に、お通夜もお葬式も終わったの。悲しいけど、これが現実なの」「嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘……」「だからそれは、せめてかがみが持ってて――」「私のせいだ……私の、私が……あ、あぁぁ」「かがみ?」
「あ゙ぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!」
突然、何かが切れたかの様に、かがみは狂い出した。「ちょ、かがみ!?」「うわあぁぁぁっ! あ゙ぁあぁぁぁっ」「こなたちゃん! ナースコール!」「は、はい!」「かがみ、落ち着いて! かがみ!」「あぁぁっ! ぁ……………………」 その後、かがみは倒れ、深い眠りについた。
七月某日、埼玉の柊家で三女の柊かがみが、部屋にあったと思われる椅子で殴らる事件が発生。被害者は意識不明の重体に陥り、容疑者と思われる妹の柊つかさは逃亡。 その後、数キロ離れた路上で車に跳ねられ死亡しているのが確認された。 被害者の柊かがみは、搬送された病院で、一度だけ目を覚ますが、その後、再び意識不明となり、現在も治療を受けている。 この事から容疑者つかさによる、暴行の動機は不明となり、事件は不可解な謎を残したまま、幕を閉じることになった。
狂った世界に別れを告げて……。
ID:YLxe6ASO氏:狂った世界に救いに手を に続く
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。
下から選んでください: