モノクロの写真は、ノスタルジックで良いという人がいる。それには俺も同感だ。 けどそれは、普段見ている景色がカラーだからだと思う。 いつもモノクロに景色ばかり見ているなら、モノクロの写真は普通の写真だ。 モノクロの景色ばかり見ている人は、逆にカラー写真の方に憧れのようなものを見出すんじゃないだろうか。 少なくとも、俺はそうだった。
良く目立つ。それが彼女の第一印象だった。 小学生かと思うほどの小さな体格。ピョコピョコ動くアンテナみたいな癖毛。色気のカケラも無い泣きホクロ。 なんとく気になって、入学当初からチラチラと観察をしていて、ある程度はどんな女の子かは分かってきた。 直接話す機会はなかったが、伝え聞くところによると、どうも彼女はオタクと呼ばれる人種らしい。 誰かと話しているところに出くわしたこともあったが、正直意味不明な単語ばかりだった。 人見知りはしないようで、誰とでも良く話していたが、相手が苦笑いしてるのが多いところを見ると、話し上手ではないようだ。 俺も何度か話してみようとしたが、どうも避けられてるらしく、その機会が訪れることは無かった。
そんなある日、俺は当の本人から手紙という古風な手段で呼び出しを食らった。 正直、呼び出される理由が分からない。避けられてるっぽい事もあり、知らないうちに何かやらかしたのかと思っていた。 そして、呼び出された場所に行くと、彼女が落ち着き無くうろうろしていた。 俺に気がつくと、なにやらブツブツいった後、大きく深呼吸をして近づいてきて、俺を指差してこう言った。「アンタが振り向いてくれないから、わたしはこんなギャルゲ好きな女になったんだ!」 言葉の意味は良く分からないが、とにかく凄い言いがかりだ。「…は?」 思わず間抜けな声が、俺の口からこぼれる。
兎にも角にも、それが俺と彼女…泉こなたとの最初の会話だった。
- 命の輪に始まりを -
「…それはなんだ…責任とって付き合えとか言うのか?」 俺が当てずっぽうでそう言うと、泉は真っ赤になってコクコクと首を縦に振った。 どうやら正解らしいが、どうにも納得がいかない。「あ、あのさ、嫌ならいいんだけど…できれば断らないで欲しいけど…ああああ、そうじゃなくて、何言いたいんだっけ…」 わたわたと全身を動かしながら慌てる泉。その慌てぶりが、少しかわいいと思った。「…そうだな…まあ、特に断る理由もないし、俺でいいなら付き合うよ」 何故か左右にうろうろし始めた泉に、俺はそう答えた。泉の動きがピタリと止まる。「そ、そうだよね…ダメだよね…訳分かんない事言ってるもんね…うん、分かってたんだけどね…」 話聞いちゃいないし。「は、話はそれだけだから。じゃ、良いお年を」 年末どころか、まだ梅雨前だ。 俺は、肩を落としてトボトボと帰ろうとしている泉を追いかけ、その肩を掴んだ。「まてまてまて…ちゃんと話聞いてくれ、断ってなんかないだろ」「…ほえ?」 こっちを向いた泉が、惚けた顔で目をぱちくりさせる。「だから、俺でよかったら付き合うって」 俺は少し大きな声ではっきりと言った。泉がもう一度瞬きをした。「…え…あれ?…えと…あの…」 泉が何か言おうとしてるみたいだが、上手く言葉にならないようだ。 しばらく俺が待っていると、泉は急にその場に座り込んだ。「おい、大丈夫か?」 俺がそう聞くと、泉は頭をポリポリとかいた。「…あ、安心したら…腰抜けちゃったみたい…あはは…」 マジでか。 しかたなく、俺は泉を背負って帰ることになった。俺の背中の上で、泉は小さな声で「明日からよろしく」と呟いた。
こうして、俺と泉こなたは付き合うことになったのだが、一つだけ疑問が残る…なんで、俺なんだ?
「ダーリンはさ、今まで彼女とかいたことある?」 次の日、大学の食堂で二人で昼飯を食べていると、泉が俺にそう聞いてきた。「いや、ないよ」 俺がそう答えると、泉は難しい顔をして考え込み始めた。「うーん、そっかー…となると参考になりそうなのはやはりギャルゲか…お父さんは当てになりそうにないし」「泉も彼氏とかいなかったのか?」 俺がそう聞くと、泉は恥ずかしそうに頭をかいた。「わたしも無いんだよ…っていうかさ、付き合ってるんだから、名字じゃなくて名前で呼んでよ」「それが良いんだったら、そうするけど………いや、ちょっと待て。じゃあ『ダーリン』ってなんだ?俺も名前で良いじゃないか」「そこはそれ、基本ってヤツだっちゃ」 なんの基本だ。どこの方言だ。「初デートがアキバとかだったらやっぱ嫌だよね…念のため聞くけど、ダーリンはオタクじゃないよね?」「どの程度からオタクって言うのか分からないけど…アニメとかあまり見ないな。ゲームを少しやる程度かな」「そっかー…リアルの恋人って難しいなー」 泉…いや、こなたの言葉に俺は頷いた。こういう話に縁がなかったためか、恋人になったからと言って何をしていいのかさっぱり分からなかった。 それにしてもこなたの順応性には驚く。昨日はあれほど挙動不審に取り乱していたのに、今日はすっかり落ち着いている。「こなたが行きたいってところがあるなら、俺はそこでいいよ」「え、ホントに?」 俺の言葉にこなたが目を輝かせる。「じゃあ、今度の日曜にでもアキバでオタ巡りといこうか!」 オタ巡りと言う言葉に不安を覚えるが、まあいいか。「それが終わったらその後は…その後は…」 こなたの動きがピタリと止まる。なんとなく嫌な予感がする。「やっぱ無理ー!!」 こなたが椅子から落ちて、床を転げまわり始めた。 どうやら何かが許容量を超えると、挙動不審に陥るらしい…つーか何を想像したんだ。 とりあえず、食堂中の注目を集めまくって恥ずかしいので、俺は転がってるこなたを捕まえて、小脇に抱えてその場を去ることにした。 こなたは俺に抱えられたまま、顔を真っ赤にしてフルフル震えながら呟いた。「…出来れば、お姫様抱っことか」 しないよ。
後日、オタ巡りとやらにつき合わされた俺は『違う世界』というものを思い知ることになった。
初デートから少し経ったある日、俺はこなたの家に大事な話があると言って呼び出された。 門の前で深呼吸をする。俺の人生で初めて、女の子の家にお呼ばれしたのだ。流石に緊張する。 ふと、視線を感じてその方向を見ると、一人の女の子が俺の方を不審そうに見ていた。 目つきが悪いのが気になったが、長い髪を頭の左右で二つくくりにした、なかなか可愛い子だ。 まあ、こんなところで睨み合っててもしょうがないので、俺はこなたの家のインターフォンを押した。それを見ていた女の子が首を傾げる。まるで、俺がこの家に用事があるのが不思議でしょうがないと言った感じだ。 「ねえ、あんた…」 女の子が、俺に声をかけようとした。「いらっしゃい、ダーリン!」 しかし、その言葉を遮って、こなたが家の中から飛び出してきた。「…あれ、かがみ?どしたの?」 こなたは、俺の隣にいる女の子に気が付いてそう言った。どうやら、かがみと言う名前で知り合いらしい。「どしたの?じゃないわよ。今日、料理教えてくれるって約束じゃない…まさか、忘れてたとか言わないでしょうね?」「え、えーっと…」 かがみさんに凄まれて、こなたがポケットから携帯を取り出し画面を眺めた。多分、予定表を確かめているのだろう。その頬に汗が一筋垂れた。どうやら本気で忘れてたらしい。 「いや…その…ごめん、かがみ…」 バツの悪い顔でぺこぺこ謝るこなたに、溜息を付いて見せるかがみさん。「まったく、大学生になってもそういうところはちっとも変わらないわねー」 そう言いながらもう一度ため息をついたかがみさんは、今度は俺の方を向いた。「で、この人誰?」 そして、こなたにそう聞いた。「誰って、わたしの彼氏」 こなたが答える。「…は?」 かがみさんはそう言った後、しばらく停止していた。そして、俺とこなたの顔を交互に見渡す。「誰が誰の何って?」「いや、だからこの人がわたしの彼氏だって」「こなたの彼氏です。よろしく」 また『…は?』とか言われたら、堂々巡りになりかねないので、ダメ押ししておいた。「…え?…うそ…でも…あれ?…えと…」 頭を抱えながらなにやらブツブツ言い始めたかがみさん。長くなりそうなので、俺はこなたにとりあえずの疑問をぶつけてみることにした。「で、今日はなんで呼んだんだ」「あ、それなんだけど、お父さんにね、紹介しようと思ってたんだ…でも、お父さん出かけちゃって、しばらく帰ってこないんだよ…」 なるほど、それは大事な話っぽい。「だからさ、お父さん帰ってくるまでかがみに料理教えとくから、わたしの部屋ででも待っといて」 そう言って、こなたは俺を家の中に招き入れた。「ほら、かがみも行くよ」 未だ頭を抱えているかがみさんも、こなたに引き摺られて家の中へ連れ込まれた。
女の子の部屋と言うものに、ある程度の想像を俺はしていたのだが、生まれて初めて入った女の子の部屋は、それとは540度ほど違っていた。 壁に貼られたアニメ調の女の子のポスター。これまたアニメ調なあちこちにおかれてる女の子のフィギュア。本棚には、どう見ても少年や青年向けの漫画本が並んでいる。 どう見てもコレ、男の部屋だろ。 間違って案内されたのかとも思ったが、クローゼットの中やタンスの引き出しを覗くと女物の服や下着が並んでたりする。 想像と現実のギャップに俺が戸惑っていると、部屋のドアが少しだけ開くのが見えた。 ドアの隙間から誰かが覗いている。顔の半分ほどしか見えてないが、どうやら女の子のようだ。「…えっと、何か用かい?」 警戒されないように、少し柔らかい口調で俺はそう言うと、女の子はドアを開けて部屋の中に入ってきた。「あ、あの…こなたお姉ちゃんの彼氏さんって、ホントですか…?」 おずおずとそう聞いてくる女の子は、こなたより小さな体格をしていた。こなたの家族構成は聞いたことないが、お姉ちゃんと言ってるところを見ると、妹なんだろうか。 「うん、そうだけど…君は?」「あ、はい。わたしは小早川ゆたかと言いまして、こなたお姉ちゃんの従姉妹に当たります」 従姉妹か。妹と言うより妹分ってところだろうか。「…はあ」 ゆたかちゃんは何故か感心したような声を出して、俺をじろじろと見ている。「…俺の顔に何かついてる?」 俺がそう言うと、ゆたかちゃんはブンブンと顔を横に振った。「い、いえ、そうじゃなくて…こなたお姉ちゃんに彼氏ってなんか不思議な感じがして…」 まあ、そうだろうとは思う。彼氏が出来たことないとか言ってたけど、出来たところでこの部屋見たら大半の男は引くだろうな。 …割と平然としてる俺って、もしかしておかしいのか?「あの…大丈夫ですか?」 急に頭を抱えだした俺を心配してか、ゆたかちゃんがそう声をかけてきた。「ああ、大丈夫。少し自分の人生を迷っただけだから」 自分で言ってて、あまり大丈夫じゃないような気がする。 そんな事をしていると、部屋のドアが再び開いて、今度はこなたが顔を出した。「ねえ、ダーリンちょっと…ってゆーちゃん?何してるの?」「え、あ、あの、お姉ちゃんの彼氏さんってどんな人かなって…」「ふーん」 こなたは俺に不審そうな目をむけた。「…ゆーちゃんに変な事しなかった?」「してない、してない…で、何のようなんだ?親父さん、帰ってきたのか?」「えっと…かがみの料理をちょっと試食して欲しいんだよ」 そう言ってこなたは、申し訳なさそうに手を合わせた。料理の試食を頼むのに、何故そんな態度なんだろう。「まあ、いいけど…」 俺はそう答えて、ドアの方へと向かった。「ゆーちゃんもおいでよ」 こなたは部屋を覗きこんで、ゆたかちゃんにも声をかけていた。
テーブルについた俺の目の前に置かれたのは、お椀に盛られた肉じゃがだった。「さ、食べてみて」 こなたがそう促してきた。チラッとかがみさんの方を見ると、実に神妙な顔つきをしている。相当自信がないようだ。「いただきます」 俺はそう言ってじゃがいもを口に入れた。 なんと言うか…味が無い。芯まで柔らかく煮込んであるのに、味が無い。ある意味器用だ。「…微妙」 そう表現するしかなかった。「微妙」「二回も言わんでいいっ!」 念のためにもう一度言ってみたら、かがみさんに怒られた。「ゆーちゃんはどう?」 こなたがゆたかちゃんにそう聞いた。「え、えっと…あの…」 ゆたかちゃんはかがみさんの方をチラチラ見ながら、何やら言いづらそうにしている。笑顔は保っているものの、眉が下がり気味でなんとも微妙な顔だ。「微妙」 その彼女の心境を慮って、俺が代弁をしておいた。「…アンタ、もしかして喧嘩売ってる?」 かがみさんに思い切り睨まれる。目を合わせると石にでもされそうなので、俺は目を逸らしておいた。「なんてーか…予想以上にかがみは手ごわいね」 こなたが、にくじゃがをもそもそと食べながら呟いた。「料理を教えれるって事は、こなたは料理得意なのか?」 律儀に全部食べようとしているこなたに、俺はそう聞いた。「得意ってほどじゃないけどね。それなりに出来るつもりだよ」 誇らしげにそう答えるこなた。なんとなく俺は、こいつの作った料理が食べてみたくなった。「だったら今度、弁当でも作ってきてくれないか?」 俺はこなたにそう言ってみた。少なくともオタ巡りとかよりは、恋人らしい提案だと思った。「…ふ、ふえ?…わたしが?」「うん」「え、えと…その…」 こなたの顔が真っ赤になっていく。もしかして、許容量超えちまったか?「そんな…ねえ?…手料理とかなんとか…んにゃー…」 今回は転がったりせずに、なんだかくねくねし始めた。これはこれでまた挙動不審だ。「…なんだこのこなた」「…お、お姉ちゃん」 かがみさんとゆたかちゃんが引き気味だ。正直、俺もちょっと引いてるが。
「…そういや、こなたがお父さんにアンタを紹介するとか言ってたけど、大丈夫なのかしら?」 冷や汗を垂らしながら、くねくねするこなたを見つめているかがみさんがそう呟いた。「なにか問題が?」 俺がそう聞くと、かがみさんは頷いた。「あのおじさん、こなたのこと溺愛してるからさ、彼氏なんか認めないんじゃないかなって」「なるほどね…まあ、なるようになるんじゃないかな」「軽いわねぇ」「いざとなれば、こなた連れて逃げでもすればいいかな」「…は?」 俺の言葉にかがみさんが唖然となる。何か変なこと言っただろうか?「アンタ達って、付き合い始めてからそんな経ってないわよね?」「そうだけど…」「なんでそんないきなりラブラブバカッポーな思考になってるのよ…」 そう言われれば、確かにそうだ。「なんでだろうな?」 心底理由が分からずに、かがみさんにそう聞くと、彼女は盛大にため息をついた。「ただいまー」 その時、ドアを開ける音と、男性の声が聞こえた。「あ、お父さんだ」 いつの間にか、くねくね状態から回復していたこなたがそう言った。 どうなるかは分からないけど、少しくらいは覚悟を決めておこうと俺は思った。
「ああ、いいんじゃないかな」 あっさりとした答えに、俺は唖然となった。俺の右隣にいるこなたと、少し離れた場所にいるかがみさんとゆたかちゃんは、座っていた椅子から転げ落ちていた。「…あ、あの…お父さん、それだけ…?」 こなたが、よろよろと大成を立て直しながらそう聞いた。「ああ、そうだな…キミ」 こなたの親父さんは、俺の肩に手を置いた。「…万一、こなたを泣かすようなことがあれば…分かってるね?」 顔は笑ってるが目が笑ってない。ってか、肩に食い込む指が、洒落にならないくらい痛いのだが。
こなたの家からの帰り、駅までの道を俺とこなたは歩いていた。「…んー…」 こなたは先程のことがまだ納得いかないのか、しきりに首を傾げては唸っていた。「まあ、いいんじゃないか?交際認められたんだし」「…うん、まあそうなんだけどね」 とりあえず俺は、少し話題を変えて見ることにした。「こなたって、ホント髪長いよな」 目に付いたのは、こなたの地面に届きそうなほど長い髪。「ん?短いほうがいい?」「いや、俺は長い方がいいよ」 俺の手が自然にこなたの髪に触れる。「え、な、何かな?」 いきなり髪を撫で始めた俺に、こなたが戸惑った表情を見せた。「何でも…ちょっと撫でてみたくなったんだ」「…そっか…えへへ」 こなたが嬉しそうに、俺の方に身体を預けてきた。「歩き難いぞ」「気にしない気にしない」 俺は駅に着くまでの間、ずっとこなたの髪を撫で続けていた。
- つづく -
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