聖夜の奇跡とか、私は信じてない。 そんな簡単に起きたら奇跡とは言わないし、それが自分に起きるとは限らない。 でも、クリスマスは好きだ。イベントごとは楽しいし、プレゼントももらえるしね。 聖夜の贈り物って意味では、誰にでも奇跡があるのかな。なーんてね。 ~クリスマス・プレゼント~ 月曜の朝、私、泉こなたは地獄を見ていた。 鬼の手によって、布団を引っぺがされ凍てつく大地に放り出されたのだ。「お休みだからっていつまでも寝てちゃダメよ」「さむぅい……」「ほらほら、ご飯も出来てるから」「はぁい」 眠い目をこすりながらながらリビングへ上がると、そこには日本らしい朝食と、お父さんが待っていた。「お、こなた起きたのか、おはよう」「おふぁよ~」「なんだ、まだ寝ぼけ中か?」「お母さんに布団取られた……」「ははは、災難だったな」「何が災難ですか、お掃除もあるんだから早く起きてもらわないと。はい、お味噌汁」「ありがとー」 今日は12月24日のクリスマスイブ。と言っても、ロマンスのカケラもない私は“いつも通り”お父さん、お母さんと過ごす予定だ。 ギャルゲだと色々特別なことがあるけど、リアルじゃそうそう特別なことなんてないよね。 プレゼントなんだろうなぁ。私も一応、二人にプレゼントを用意してある。お母さんには天使の羽根をあしらったペンダント、お父さんにはこの前欲しがってたエロゲーフィギュア。 まぁ、お父さんが怒られるような気もするけど、それはそれで面白いからいいよね。「ねぇこなた、あの夢はまだ見るの?」「夢……ああ、うん。昨日も見たよ」 ここ最近、私はずっと同じ夢を見ている。誰かが、私を呼ぶ夢。 その夢には、女の人が三人出てくる。私の知らない人たち。 一人は、眼鏡をかけた優しそうな人。その人は私のそばに来て色々話しかけてくれる。声を聞いてるとなんとなく落ち着く。 次に、頭にリボンをつけたかわいい子。最初はあの子、ずっとごめんなさい、って言ってた。それがいつの間にか、大きな声で私を呼ぶようになった。 そして、ツインテールのツンデレっぽい人。この人は何も言わない。何も言わないで遠くからじっとこっちを見てる。 そんな夢が、毎日続いてる。アニメとか漫画的に言えば、私がすごい力を持っていてそれを目覚めさせるために……とか。 前、なんなんだろうってお母さんに聞いてみたら『その意味はこなたが気づかないとダメよ』って言ってたっけ。なんか意味深だけど正直お父さんの影響だよね。「何か変わった?」「んー、ツインテールの人が何か言った気がするけど、あんまり聞き取れなかったよ」「そう……。こなた、あとで行きたいところがあるんだけど、付き合ってくれる?」「別にいいけど、どこいくの?」「内緒」「えー、教えてよ~」「行けば分かるわ。きっとね」「?」 思わせぶりなお母さんに、首をかしげる。言い方からすると私が知っているところだと思うけど。 そんな疑問を感じながら、私は朝食をすませた。「こんにちは」 クリスマスイブの今日、私はつかさ、みゆきと一緒にこなたの病室へお見舞いに来ていた。 こなたは、三ヶ月ほど前に交通事故に遭い、それ以来ずっと眠ったまま。容態は安定していて、いつ目が覚めるかは本人次第らしい。「やあ、みんないらっしゃい」「こんにちは、そうじろうさん。お花持ってきたので替えてきますね」「ああ、いつもすまないね」「いえいえ」 事故の後、みゆきは毎日のようにこの病室へ通い、いつの間にか、こなたのお父さんのことを『そうじろうさん』と呼ぶようになっていた。 ……セクハラとかしてないだろうなこの人。 そう考えていた時、不意におじさんと目が合った。「や、かがみちゃん。さすがにおじさんもTPOぐらいはわきまえてるよ」「そう願います」 視線の意味に気づく辺りがまた危ないと思うのは私だけだろうか。 数分後、帰ってきたみゆきの手に抱かれていたのは、三色の花を生けた花瓶。 青色、すみれ色、桃色。みゆきはいつもこの色を揃えて持ってくるらしい。私たち四人をイメージしたと言っていたこの花を。「あの、おじさん、これ私たちからこなちゃんにです」「これは……」「クリスマスプレゼントです。今年寒いからマフラーとか」「そうか、うん。ありがとう」 今日来たのは他でもない、このクリスマスプレゼントを渡すためだ。 三人で一つずつ。ウインターニットとマフラー、そして手袋を持ってきた。今年の冬は一段と寒い、だから必要になるだろうと思って、そうなることを願って。「よかったな、こなた。早く起きないと、次の冬までお預けになっちゃうぞ」「そうよ。っつか、そんなんじゃコミケも行けないわよ。……付き合ってあげるのはいいけど、代わりに行くのはごめんだからね!」「わ、私も行くから!」「お付き合いします」 聞こえてるんだか聞こえてないんだか分からないけど、なんとなく、こなたが少し笑ったように見えた。 電車に揺られ、バスに揺られ、私がたどり着いたのはどうやら学校だった。「りょうおう、がくえん?」「ええ、陵桜学園よ」「ここって……お母さんの母校とか?」「……いいえ、違うわ」「じゃあ、ここって何?」「こっちよ」「え、ちょ、待ってよ、お母さん」 お母さんは何も言わず校舎へ向かって歩き出した。 誰もいない学校。確かに今日は休みだけど、ここまで人がいないものだろうか? なんで、門が開いているのだろう? なんで、お母さんは私をここへ連れてきたのだろう? そして、なんで私は、ここに見覚えがあるんだろう? 通る廊下も、上がる階段も。まるで、通いなれた場所のような……。 お母さんは、ある教室の前で止まる。見上げると、プレートに『3-B』と書かれていた。「ここよ」 ガラリ、と扉を開ける。ふと、懐かしさを感じた。「私、ここ……」 知ってる。確かに、ここを知ってる。 私はここで……そうだ、あの人たちと。夢で見た彼女たちとここで。「こなた」 お母さんが、そっと私の手を握り、問いかける。「かがみちゃんが言ったこと、本当に聞こえなかった? あなたに何を伝えようとしたか、わからなかった?」 かがみちゃん? かがみ……あのツインテールの人のことだ。わかる。『早――こな――』「う……」「よく思い出して、聞こえていたはずよ。かがみちゃんだけじゃない、みんなの声も」 頭の中にあの夢の光景が広がる。 あの人がいったこと、かがみが私に伝えたこと……。『早く帰ってきなさい、こなた』「っかがみ!」「……思い出したのね?」 そう。私が見たあの夢の意味。「みんな、私を待ってるんだね」 つかさを助けたあの日、私は大怪我を負った。「みゆきちゃんのおかげで一命は取り留めたけど、生死をさまよったあなたの精神、心は危険な状態にあったわ」 そんな私を、お母さんが捕まえて、助けてくれたんだよね。「でも今度は、それがあなたが目覚めない原因になってしまった」 こうしてお母さんと出会い、お母さんというものを知り、「あなたは、自分の記憶に鍵をかけた」 目覚めてしまわないよう、私を呼んでいるみんなの事も一緒に。「私自身、こなたと過ごせるのが幸せだった。それがいけなかったのかも知れない」「ううん、私も同じだよ。だから、気付かなかった。気付こうとしなかった」 お父さんと二人でも、寂しくなかった。それは本当。でも、お母さんが居たらとか、会ってみたいとか、思わなかったわけじゃないから。「ごめんなさい、こなた。何もしてあげられなくて」「そんなことないよ。月並みな台詞だけど、お母さんは私を産んでくれた。私が、かがみやつかさ、みゆきさんと、みんなと出会えたのは、お母さんのおかげなんだよ?」 「こなた……」「私こそごめんね。せっかく会えたのに、私帰らなきゃいけない。またお母さんを一人にしなきゃいけない……」「いいえ、こなた。お母さんは一人じゃないの。ずっと、こなたとそう君のそばに居て、見守ってるから。言ったでしょう? 少しだけどこなたと過ごせて、本当に幸せだった。したくても出来なかったことがたくさん出来た。だから私は、幸せなの」「……お母、さん……」 涙が流れる。お母さんと別れるのが悲しい? お母さんと過ごせたのが嬉しい? きっと、全部。 そっと、私を抱き寄せてくれるお母さんの目にも、涙が溜まっていた。「大好きよ……こなた」 こんな風にやさしく抱きしめてもらえるのが、どれほど幸せなことか、私は初めて知った。 この温かさを感じられるのは、こうして会えるのは、話すことが出来るのは、きっとこれが最後だ。今のうちに、言えるうちに、言っておかないと。「――お母さん、ありがとう。大好きだよ」 神社の拝殿へ向かって、三人で歩く。私たちは、こなたのお見舞いを済ませた後、うちでクリスマスパーティをしていた。 お互いにプレゼントを交換して、つかさが焼いたケーキを食べて。 でも、やっぱり盛り上がらなかった。あいつが居ないから、こなたがいないと、寂しくてつまらない。 そんな時、みゆきが『せっかくですから、御参りしませんか?』って、言ったのよね。「あれ?」「何?」「どうしました?」 少し前を歩いていたつかさが、声を上げる。「ほら、あそこ」 つかさが指差したのは私たちの前方。 確かに、誰かが歩いている。あの子も御参りに? 背格好からして女の子のはず。服装はコートにウインターニットと……。「……え?」 おそらく、二人も同じことを思っているだろう。私たちは顔を見合わせ、その子の元へ走り出す。 小さな背中に向かって、一気に走る。 持ち前の足でいち早く追いついたみゆきは、その子を呼び止めた。「待ってください!」 その子が立ち止まり、まさかと思いながら、私はその名を口にする。「……こなた?」「みんなと、一緒に卒業できますように」 そう言いながら、その子はゆっくりとこちらを振り向いた。「って、お願いしに来たんだ」 眠たげに、半開きになった目。左の目尻にある泣きボクロ。猫のような、いつもニコニコと笑っている口。それは間違いなく、「こなた……っ」 誰からともなく、私たちはそばへ駆け寄り、その小さな身体を力いっぱい、抱きしめた。「馬鹿! 心配したんだから!」「そうです! ずっと、ずっと待ってたんですよ!」 「おかえり……こなちゃん、おかえり!」「……ただいま」 はっきりと、こなたはそう言った。 ただいま。私たちが長い間待ち望んだ、その言葉を言った。「こなた! 目が、覚めたんだな……」 泣きながら喜ぶお父さんの姿が、どれほど心配をかけたか私に教えてくれた。「ごめんね。心配かけて」「いいんだ……いいんだ、お前が起きてくれただけで」「うん……私ね、行くところがあるんだ」 お父さんは、少しも考えず即答する。まるで、それがわかっていたように。「ああ、行ってこい!」 お父さんから渡されたのは、ラッピングされた赤い包み。「もって行くといい。プレゼントだ、みんなからのな」「……ありがとう。そうだ、私からお父さんにプレゼント」「ん?」 伝える。お母さんに頼まれた、あの言葉を。『予想とは少し違ったけど、こなたを立派に育ててくれてありがとう。私はいつも、そう君たちのそばに居るからね』「だってさ」 唖然とするお父さんを尻目に、私は病室を飛び出す。「行ってきます!」 ドアを隔てて、声が聞こえてくる。お父さんの嬉しそうな声が。「そうか、はは、そうか! かなた、お前が……。ありがとうな、かなた」 私はそっと、その場を後にした。「やっぱりつかさのケーキはおいしいね~」「えへへ、たくさん食べてね」「あんたよく食べれるわね。今まで何も食べてなかったのに」 呆れたように言うかがみの顔は、笑っていた。「いやぁ、つかさのケーキだし」「どういう理屈だ」「つかささんのケーキはおいしいですから」 かがみだけじゃない。みんな笑ってる。つかさも、みゆきさんも、私も。「まぁ、そこらの店のケーキなんて目じゃないのは確かね」「かがみこそ、まだ食べるんだ。私来る前に食べたんじゃなかったの?」「うるふぁいわよ!」「お、お姉ちゃん」「うふふ。まあまあ」 楽しい。みんなと過ごすのが、すごく楽しい。みんなの笑い声が、とても心地いい。 お返しをしよう。私を待っててくれた、大切な、大切な親友たちに。何が出来るかわからないけど、私に出来ることを、何か。 私は幸せだ。こんなに想ってくれる友達が居る私は、お父さんとお母さんにあんなに想って貰える私は、きっと世界一幸せ。 大好きなみんなが居るここが、 ここが――私の居場所。 end
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