「はぁ~……」
それは、まもなく二年生になろうかという時期のことでした。 私は、進路のことで悩んでいました。 二年生では文系か理系かでクラス分けされるので、どちらかを選択しなければなりません。 担任の先生からは、理系を薦められてました。理数系の教科の成績も悪くなかったですし。 それに、将来はお医者さんになりたいと思ってましたから、将来のことを考えても当然理系に進むべきだといえます。 でも……。
「みゆき。溜息なんかついてどうしたの?」 机から体を起こして後ろを振り向くと、母が立ってました。「少々悩み事がありまして……」「あら? みゆきが悩み事なんて珍しいわね」 私は母に悩みの内容について話しました。 それを聞いた母は、「みゆきの好きなようにすればいいじゃない。お父さんはお金持ちだから、みゆきがどんな進路に進んでも大丈夫よ」 お母さん。私が悩んでいるのは、そこじゃないんですが。
家庭の経済事情で希望の進路を断念せざるをえない人がいることは、私も知ってました。 だから、私の悩みは贅沢なものなのでしょう。 それでも、私にとってはそれはとても重要なことだったのです。
同じクラスの友人全員が既に文系を選択している。
それが私の悩みの原因でした。 理系に進めば当然クラスが同じになることはありえません。文系に進めばまた同じクラスになる可能性があります。 クラスが違ったからといって友人の縁が切れるということはないですが、同じクラスの方がより仲良くできることは確かです。 親しいといえるほど仲良くなった友人は初めてだっただけに、ずっと同じクラスでいたいという思いは強かったのでした。 でも、将来の進路のことを考えると……。
そんな迷いを抱えながら学校に通う日々が続きました。 決断すべき期限は刻々と迫ってきます。先生からもそれとなくうながされてました。 しかし、思考は延々と堂々巡りを繰り返すばかりで、結論は出てきません。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
結論が出ないまま、無為にすぎさる時間。 学校の授業の内容もろくに頭に入ってきませんでした。 友人たちにも随分と心配をかけたことは間違いなかったと思いますが、そのときはそんなことにも気が回らないほどでした。
そんなある日のこと。 父が単身赴任先から帰ってきました。 単身赴任先は東京からは遠いので、父は年に数回しか帰ってきません。例年ですと、この時期に帰ってくることはないのですが、「珍しく仕事に余裕ができたからね。有休とって帰ってくることにしたんだ」 とのことでした。
私は、父と母の時間を邪魔しないように、部屋で勉強してました。 まったく身が入りませんでしたけど。 そこに、「みゆき。ちょっといいかな?」 父がやってきました。「なんでしょうか?」「お母さんから聞いたけど、進路のことで悩んでるんだって?」「はい……」 私はうつむきました。「みゆきはどうしたいんだい?」「私はお医者さんに……」「そうじゃない。お父さんが聞きたいのは、今どうしたいのかってことだよ」「……」「文系にいったって理系の勉強ができないわけじゃない。みゆきは頭がいいんだし努力家なんだから、勉強なんてどうとでもなるよ。まだ若いんだから、今できることを諦めて後悔するようなことはしてほしくないね」 お父さんはそういうと私の答えを聞かずに部屋を出ていきました。
お父さんのその言葉は、私にとって目から鱗とでもいうべきものでした。。 今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく思えるほど。
私は文系を選びました。 そして、友人たちとまた同じクラスになれました。 それから二年間の学校生活は大変充実したものでした。もちろん、後悔などありません。
そして、卒業。 友人たちは、都内の進学校や商業高校にそれぞれ進学し、私はこの陵桜学園高等部に入りました。 今から思えば、中学の段階で文理選択でクラスを分けるのはあまり意味がなかったような気もします。確かに、理系から工業高校に、文系から商業高校に進学する生徒は少なくなかったですが、普通高校に進学するならどちらでもよかったと思われます。 文理選択でクラス分けをするような中学校は当時は珍しかったようですが、今はどうなんでしょうか。
それはともかくとして、今、私は陵桜学園高等部の二年生です。 二年生に進級するときに文理選択がありましたが、今度は迷いはありませんでした。 泉さんたちの友情は何物にも代え難いものですからね。勉強なんてどうにでもなります。
「でも、かがみはまだ大して先のコト考えてないんでしょ?」「は? 何でよ。失礼ね」「だって、みんなと同じ組になりたくて、文系選んだくらいだもんね?」「!!!? つかさーっ。しゃべったなー!? よりによって、コイツにっっ」
おや? かがみさんも私と同じだったとは意外ですね。 私が理系を選んでいたら、もしかしたらかがみさんも泉さんやつかささんと同じクラスになれたのかもしれませんけど。
泉さんとかがみさんがじゃれあってます。実にほほえましい光景です。 そんな光景を見ていると、中学時代の友人たちのことを思い出します。 会う機会もないですが、私の中学時代を充実したものにしてくれた友人たちは今も元気にしているでしょうか。
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