「ん……」
だんだんと意識がはっきりとしてきた。目を軽く擦って上半身をあげる。しかし、目が開かない。開けようと努力をするのだが、どうしても一瞬で閉じてしまうのだ。昨日の朝のように身体がダルく、この姿勢をとっているだけでも疲れてしまう。加えて、なぜか頭がガンガンする。とてもではないがまともな思考ができなかった。
(な……なに……? 身体が……動かない……)
重力に逆らえるわけもなく、ゆたかの身体は再びベッドに沈んでしまった。 結局、ゆたかが動けるようになったのはそれから数十分が経ってからだった。
「なんだったんだろ……」
そう呟いたところでわかるはずもなく。仕方なく考えるのをやめて着替えを済ませ、マスターキーを持って部屋の外へ。携帯で時刻を確認すると、すでに8時を回っていた。早く食堂の鍵を開けなくては厨房に入ることすらできない。こなたとひよりが健在なのを確認し、鍵を開けて食堂に入り、そのまま西館へ向かう。
(峰岸先輩、もう起きてるかな……)
起きるのが遅れてしまい、捜査の時間が少なくなってしまった。謝るべきだろうか。とりあえず、東館の人間が健在であったということを報告しなければ。
「峰岸先輩。開けてください、小早川です」
声でわかるとは思うが、何かあったら嫌なので名乗ってからノックをする。しかし、声が帰ってくることはおろか物音一つしない。もしかしたら、まだ寝ているのではないか。そう思って踵を返した時、
「……ん……?」
扉の下が、赤黒く染まっていることに気が付いた。ひざまずいてそれに指をつけてみるが、変化は起きない。色やこれまでの経験からして、どうやら血が固まったもののようだ。
「……血……!?」
頭をフル回転させ、昨日の記憶を呼び起こす。昨日、ゲレンデから帰ってきたあと、監視室で一昨日の丸太小屋の中を確認し、あやのの部屋に行って……その時には、こんな血溜りなんかなかったはずだ!
「峰岸先輩! 開けてください!! 峰岸先輩!! 峰岸先輩!!?」
左手を拳に切り替えて何度も何度も扉をたたく。ダン、ダンという大きな音に、ゆたかの叫びにも似た声……これだけの音がすれば、例え寝ていたとしても確実に起きるようなものなのに!
「峰岸先輩!! 峰岸せんぱ……あれ?」
鍵がかかっているだろうから無駄だとは思いつつも、ドアノブに手を掛けてみる。すると、どういうわけかドアノブがスムーズに動いてしまった。鍵が、掛かってない……?いや、そんなのあり得ない。だって自分たちからみんなに『必ず鍵をかけて』と言ったのだ。それを忘れるわけがない。ならこの『開いてしまったドア』はどう説明付ければいい!?
「峰岸……先輩……?」
熱くなった頭を必死に冷やしてから、慎重に扉を開いた。
「ひっ……!!」
その光景を見て、ゆたかは目を見開いたまま動けなくなった。血によって紅く染め上げられた部屋、自分の足元に倒れた、あやのの変わり果てた姿……
「うっ……ぷ……!!!」
あまりの光景に嘔吐感を覚え、踵を返してトイレに駆け込んだ。洗面台に顔を思い切り近付け以下略。
「はぁっ……!! はぁっ……!!」
信じたくなかった。だが、この目で見てしまったのだ。あやのの変わり果てた姿を。残酷な事実だけが、少女の双肩に重く重くのしかかっていた。
「ゆたか……どうしたの……?」
いつのまにか後ろにみなみが来ていた。だが、ゆたかは振り返らない。振り返ることができない。もうこれ以上、誰も殺させないと誓ったというのに……。いまさらどうやって親友の顔を見ろというのだ。
「み、みなみちゃん……私……私……!!」「ゆたか……?」「触らないで!」「ッ!!」
差し伸べられたみなみの手を払いのけ、自らの両肩を抱くようにして床に座り込んだ。ゆたかのあり得ない言動と行為に驚き、若干の恐怖を感じた。そしてそれは、ゆたか本人も。
「私には……みんなの友達でいる資格なんかない……! 私なんか……私なんか……!!」
その時、ゆたかの目の前の景色がぐるぐると回った。回るだけじゃない。形も、色も、なにもかもが溶けるように崩れて……
「ゆたか……!? しっかりして!! ゆたか!!」
昨日までの疲れと、あやのの死という強烈すぎる出来事が重なってしまったのだろう。ゆたかはそのまま、意識を手放した。
・・・
「……ん……」「あ、気が付いた?」
うっすらと目を開け、最初に飛び込んで来たのは、長い黒髪と眼鏡が印象的な女の子――田村ひよりだった。
「田村……さん……?」「Meもいるデース」「私も……」
上半身を起こしてぐるりと辺りを見回す。ひよりだけではなく、パティにみなみの姿がそこにはあった。机の上には、自分のバッグが置いてあった。とすると……ここは自分の部屋なのだろう。
「峰岸先輩のこと……見てきた。本当に……『残念』って言葉じゃ足りなさすぎるくらいに……」
そこでひよりの言葉が詰まる。他の人達だって、あんな死体を見て平気でいられるわけがない。よく見ると、ここにいる全員の顔が青ざめていた。それほどショックだったのだろう。
「ねえ、ゆたか。もしかして、峰岸先輩が殺されたの、自分のせいだって思ってない?」
みなみの言葉が、胸に突き刺さる。そうだ。自分がもっとしっかりしていれば、こんな事件は起こらなかったはずなのに……みなみの手を振り払ったのも、そうした思いが理由だった。
「自分を責メちゃダメデス! ワルイのはCriminalデース!!」「パトリシアさんの言う通りだよ。悪いのは犯人で、ゆたかはまったく悪くない」
Criminalの意味がわからなかったが、みなみのおかげで『犯人』という意味だということがわかった。そして、三人がここにいる理由も。彼女達は自分を励まそうとしてくれているのだ。
『悪いのは犯人』……その言葉に間違いはない。だがそれでも、阻止できる殺人だったのではないかと負い目を感じてしまう。
「でも、私――」「だったら」
その胸の内を伝える前に、みなみの言葉が被った。
「犯人を……必ず見つけよう。それが、ゆたかのできる罪滅ぼしだ」
その言葉が、ゆたかの中に巣食っていた闇の感情を浄化してくれた。今の自分にできることは、こうやって負い目を感じて嘆いていることではない。みゆき、そしてあやのを殺した犯人を見つけだすこと。みなみがこの場にいなかったら、自分はどうなっていただろう。ゆたかはちょっとだけ怖くなった。
「小早川さん、ファイトっ」「自信を持つデス!」「ありがとう、みんな……」
それぞれの応援の言葉に素直に感謝の言葉を告げた。だが……この中に犯人がいるという可能性を考えると、手放しでは喜べなかい。
「……そういえば、こなたお姉ちゃんは?」
もう一人の生存者、従姉の泉こなたがこの場にいないことにようやく気付き、誰にともなく尋ねた。
「ああ、泉先輩なら――」「いぃいやあぁぁあぁぁぁぁあっっ!!」「ひゃあぁあ!?」
ひよりが答えようとした瞬間、隣の――こなたの部屋から、大きな物音と、奇声ともいうべき悲鳴が聞こえてきた。あまりの大声に、ゆたかは耳をふさいで縮こまる。
「ひゃぁあぁがぁあぁぁぁあぁぁっ!! 開けてッ!!! 開けてえぇェッ!!! 誰かっ!! 誰かここを開けてっ!! 開けて私を殺してぇええぇぇええェェッッ!!!」
それは、あまりにも痛々しすぎる言葉だった。
「……コナタ……アヤノが殺さレたの聞いて……Crazyしチゃったデース……」「危なかったから気絶させて、部屋に閉じ込めておいたんだけど……」「うあぁぁあああぁあぁぁあああァ!! 殺してッ!! 私を殺してぇええぇぇええッッ!!」
それはおそらく、世界で一番悲しく、切なく、痛々しい願いだろう。だが……それを『演技かもしれない』と思わければいけない自分が、腹立たしかった。 「うぅぅうううぅう……! 誰でもいいから……私を殺してよぉ……!!」
こなたの叫びが呻きに変わった頃、ゆたかは事件を整理しながら、自室をうろうろと歩き回っていた。西館で起きた殺人事件。外に足跡がなかったことから、犯人は西館の二人であるということが伺える。この別荘の中からは、食堂を通らない限り東西の行き来はできない。食堂には鍵をかけたので、西館の二人に間違いはないだろう。
だが、今回の事件には不可解な点があるのだ。
あやのの部屋の鍵がかかっていなかったこと。自分達が言い出したことなのに、それを忘れるのはあり得ない。だとすれば、犯人が開けたとしか考えられない。侵入するためにピッキングをしたか、あるいは意図的に鍵を開けたか……後者の場合、その理由がわからない。だから、鍵を開けて侵入した可能性が高い。問題は、どうやってこの鍵を開けたのか。ドアノブは壊れていなかった。無理やりに侵入したわけではない。ピッキング……とは言っても、そんな高度な技術をこの中の誰かが持っているとは考えにくい。マスターキーは自分の机の上にあった。それに、鍵をかけていたから侵入されるはずがない。
「……あれ……?」
ふと、違和感を覚えて立ち止まる。何かとんでもないことを見落としている気がする。昨日の夜から、今日にかけて。
「ん、と……」
昨日の夜、食事をとった後に雑談をして時間を潰した。みんなで一緒にお風呂に入り、それからまた食堂で雑談して……それで、眠くなったからお開きにしようとして。食堂に鍵をかけて、部屋に戻って……
(そうだ。田村さんに鍵を運んでもらって……)
部屋のテーブルに鍵を置くところを見た。寝る前にも見たから、ひよりが持ち出したわけではない。それで、鍵をかけてベッドに飛び込んだ。異様なまでに眠くて、抗えなかった。
「あ、そうだ。私、薬を飲まされたかもしれないって思ったんだっけ」
その異様な眠さは、風邪などの薬を飲んだ時と同じ眠さだった。だから、自分は『なんらかの薬を飲まされた』と結論づけた。違和感はこれを忘れていたからだったのか、と安堵のため息をつく。だが、脳内の景色はそのまま朝へと変わった。もしかしたら、別なことにも違和感を感じているのかもしれない。そのまま脳内で映像を流し続ける。
朝、一度は起きたものの身体が動かず、ベッドに倒れ込んだ。それから数十分してやっと起き上がれるようになり、着替えを済ませる。時計を見てすでに8時を回っていたことを知り、早く食堂の鍵を開けなきゃ、と扉を……
「!!?」
……今、とても不吉なものを見た気がする。脳内の映像を少し巻き戻し、再生。着替えを済ませ、食堂の鍵を開けるためにドアノブに手を掛けた。そして扉は、『鍵を開けてもいないのに』すんなりと開いた。
「……嘘、だよ……!」
呟いた瞬間、身体から力が抜けて床に膝をついた。
「私……間違いなく鍵をかけたよ!? なのに……なんで鍵が開いてるの!?」
この記憶に偽りはない。あり得ない『矛盾』に、恐怖を感じた。
(……落ち着け……落ち着くんだ、私……)
床に膝をついたまま、深呼吸をする。今回何度もお世話になっている心を落ち着かせる方法。しばらくして恐怖が和らぎ、正常な思考ができるようになった。
(鍵をかけたのに、開いていた……ということは、『誰でも鍵を持っていけるようにした』ってことなのかな……)
鍵をかけ忘れたと自分に思い込ませるために、故意に鍵を開けたのだろう。誰が犯人でもおかしくないように。だとすると犯人は、あやのに疑われていた……
「みなみちゃんとお姉ちゃん……」
まだ断言できたわけではない。犯人を特定するのは後回しにして、どうやって鍵を手に入れたのかを考えよう。扉は鍵がかかっていたのだから、正面突破は無理。他に出入口といえば、窓のみ……
「ああぁあ~~~!!?」
重大な事実に気付き、飛び起きて窓へと駆け寄る。豪雪地特有である二重窓を、まずは内側、そして外側を開ける。この間、『鍵を開ける』という行為は一切していない。
「そんな……これじゃあ、誰だって鍵が盗めちゃう……!!」
部屋の鍵には気を付けていたが、窓の鍵はまったく確認していなかった。これは完全に誤算だ。
「私のバカバカバカ!! 窓の鍵さえちゃんとしてれば峰岸先輩は殺されなかったのに!!!」
壁に手をつき、おでこを何度も何度も壁に叩きつける。あまりの痛さに涙が溢れてきた。けれどゆたかはそれをやめない。あやのが受けた痛みはこんなものではない。もっと痛くて、もっと怖くて……!!
「ゆーちゃん! ゆーちゃんってば!!」「はぁ……はぁ……こ、こなたお姉ちゃん……?」
こなたの叫びで我に帰る。今までおでこを叩きつけていた壁は紅く染まっていた。額を拭ってみると、血が流れていた。
「ゆーちゃん、どうしちゃったの!? 大丈夫!?」「う、うん! 大丈夫だよ!」
正直言うとあまり大丈夫ではなさそうな血の量だ。だが手当てはしない。あやのが受けた苦痛とは程遠いが、これは自分が受け入れなければならない罰だから。
「それより、こなたお姉ちゃんの方は大丈夫?」「うん、だいぶ落ち着いたよ、喉が潰れかけてるけどネ……」
最初は気付かなかったが、確かに声が擦れている。このままでは声を失ってしまうかもしれない。なんらかの処置をしなければいけないのだが……
「……こなたお姉ちゃん、そこから出たい?」
こなたの部屋の前には家具やらなにやらが積んであり、中からは絶対に開かないようにしてあるのだ。
「出たいんだったら、もう『殺して』なんて言わないで。約束してくれる?」「……」
壁の向こうから、返事はない。何を悩んでいるのか気になって声を掛けようとしたところで――
「近くに、いてくれないかな」「え?」「私、まだ自分をうまくコントロールできないんだ。だから、その……ぼ、暴走しないように、近くで見ててくれないかな」
受験に落ちたことで心が不安定になり、更にみゆきとあやのの二人の死が追い討ちをかけたのだろう。今やこなたはガラスのハート。もとより断るつもりはなかったが、断ったらどうなってしまうのか……想像したくもない。
「いいよ。ちょっと待っててね」「ありがと……」
ちょっと語弊のある言い方だが、こなたはこれくらいのことでお礼を言うような人間ではない。度重なる不幸が人格にまで影響を及ぼしてしまったのだろうか。一抹の不安を胸に抱きながら部屋を出て、こなたの扉の前にある家具をよろけながらどかしていく。視界がなぜかぼやけている。頭もはっきりとしていないが、黙々と作業を続ける。全てをどかし、こなたの部屋のドアノブに手を掛けた。
――生きているだろうか――
ふと、そんな不安を抱いてしまった。先ほど、自分の行為に驚いて声を掛けてくれたではないか。大丈夫。こなたお姉ちゃんは、生きてる。そう自分に言い聞かせ、ドアノブに掛けた手を捻り、扉を開く。
部屋の中は、昨日よりも更にひどい有様だった。カバンの中身――ゲームや服が部屋中にぶちまけられている。ベッドのシーツはしわくちゃ、そのベッドに腰掛けているこなたの服も然り。
「ゆ、ゆーちゃん!? その頭……!!」
こなたが動揺しながら、自分の額に指をさしてくる。言われるまで気が付かなかった。どうやら、まだ額から血が流れているようだ。
「大丈夫だよ、こなたお姉ちゃん」「だっ、大丈夫なワケ……! は、早く止血しないと!!」「いいんだよ」
あわてるこなたとは対照的に至極冷静に言い放ち、背中を向ける。
「これは、私に科せられた罰だから。だから、このままでいさせて」「……ゆーちゃん……」「さ、行こっ。食堂にみんないるから」「……」
無言のまま、ゆたかの手を握る。その力は、いつもの姉からは想像もできないほどに、弱々しかった。
結局あの後みなみ達に無理やり消毒された。こなたの監視はみなみ達に任せ、ゆたかはまた自分の部屋へと帰ってきて、再び推理を開始。鍵は窓から取っていったに違いない。では自分は窓に鍵をかけなかったのか?答えはなんともいえない。窓を開けた覚えも閉めた覚えもあるが、鍵をかけたかどうかは曖昧なのだ。このような場合は、最悪のパターンから想像していかなければならないとあやのに教えられた。あやのからは、たくさんのことを聞いたのに、何も恩返しができなかった。せめてもの罪滅ぼしとして、この事件は自分自身の手で解決しなければ。
「仮に自分は鍵をかけたとして、誰かその鍵をあけられるような人は……」
自分以外に部屋の中に入った人物。それは昨夜、『自分が鍵を持っていく』と言っていた――
「田村、さん……」
その結論に至った時、ゆたかはうずくまって頭を抱えた。考えれば考えるほど犯人が増え、ますます行き詰まってしまう。
「そうだ、足跡……」
窓から入ってきたのなら、足跡が残っていてもおかしくはない。だが、最初の事件を考えると……窓を開けて降り積もった雪を見ると、案の定そこに足跡はなかった。
「う~~~~~~ん……」
未だ出てこない証拠、増える容疑者。どうすればいいのか、あれこれ思案するものの……
「やっぱり……行くしかないのかな……」
あやのの部屋。二度と行きたくなかった部屋だが……行かなければならないのだろう。覚悟を決め、ゆたかはあやのの部屋を目指して歩きだした。
「うっ……!!」
その部屋に近づいただけでも死臭が漂ってきて嘔吐感を覚えてしまう。鼻をつまみながら、ゆたかは扉を開けた。なるべくあやのの死体は見ないようにしたかったが……部屋の中心にいるためそうもいかない。涙をポロポロと流しながら、ゆたかは辺りを見渡した。
「……あれ……」
血溜まりの部屋の一部分に、白い何かが見えた。手を伸ばして触れてみると、布のような手触り。血で染まってはいるが、どうやらもとは白いハンカチだったようだ。
「これ……確か峰岸さんの……」
記憶を掘り起こすと、昨日あやのが帰ってきた時にこなたに差し出したハンカチだった。あやの自身の物では証拠になり得ない。他の証拠を探すために部屋を調べ回る。が、証拠となりそうなものは何一つ見つからなかった。諦めて部屋の外へ出た時――
「う……!」
軽い目眩を感じ、床にくずおれる。やはり一人での長時間労働は無理があったか、身体が言うことをきかない。それに気分が悪い。一瞬でも気を抜いたら、もどしてしまいそうだった。誰か手伝ってくれる人が、こうなってしまった時に助けてくれる人が欲しいのだが……
約5分の間、押し寄せてくる嘔吐感に必死に耐えた。その結果か、だんだんと気分がすっきりとしてくる。身体も動くようになり、立ち上がって食堂を目指した。情けない話だが、自分だけで捜査を続けることは無理かもしれなかった。誰かに自分の捜査に協力してもらおう。そうすれば、意外に早く犯人が見つかるかも…… 食堂にいるみんなにその旨を伝えると、
「私、手伝うよ。ゆたかのためなら、なんでもする」「私も。ちょっと前まで無能だったから、今度は協力したい」「私も手伝うよ! 小早川さん一人に押し付けた罪滅ぼしとして!」「ワタシもデース! 手伝わないホウがおかしいデース!」
案の定、みんなが手伝いを希望した。これでは意味がない。あれこれ思案した後、
「……パトリシアさん、お願いできる?」「Of course! ユタカのタメにバリバリ働くデスよー!!」
正直言ってテンションが高いのは苦手だが、なんだか元気を分けてもらえそうな気がした。何より……パティがこの中で唯一容疑者として上がっていないからだ。
「パティ。ゆーちゃんのこと頼んだよ」「あんまりゆたかを振り回さないでね……」「ううん……手伝ってあげたかったのに……」「皆サンの分マデ頑張るデース!」
パティを連れ、ゆたかは自分の部屋へと向かった。
「Hmm……それでワタシですカ……」
今まであったこと全てをゆたかから聞き、パティは小さく唸った。
「パトリシアさんは、怖くないの? その……知り合いが、殺人犯だなんて……」「Yes。ゲンジツトウヒしても仕方ナイですカラ」
パトリシアさんは大人だな、とゆたかは思った。自分たち以外の誰かが犯人だなんて、ゆたかは今でさえ信じたくないのだから。
「By the way(ところで)、動機のアル人とかいませんカ?」
動機……そういえば考えてもみなかった。思考をめぐらせ、動機に当たりそうな事柄をリストアップしていく。
「まず、ミナミからネ」「みなみちゃんは……チェリーちゃんを殺されちゃったこと、かな。高良先輩、頑張ればチェリーちゃんも助けられたって言ってたし、それを聞かれたと思えば……」
思いたくなどないが……想定はしておくべきだ。しかし、あやのに対しての恨みはないように思える。
「フムフム……次はコナタデス」「こなたお姉ちゃんは……やっぱり、スタイル、かな。私もちょっと、思うところがあるし……」
だがそうだとしたら、体型的に言えばあやのより先にパティも狙われてもおかしくないはず。本人には言わないが。
「ヒヨリは?」「田村さんは……同人誌のネタ、なのかな。殺人事件を書きたいって言ってたし。……でも、そんなののために人殺しなんて」「ケッテイテキな動機がナイですネ……」
これも、犯人を特定するまでにはいかなかった。無意識のうちに、ゆたかはため息をついていた。
「こんなに頑張ってるのに、犯人が見つからないなんて……」
あまりにも理不尽過ぎる。この犯人捜しであやのが犠牲になっているというのに。犯人の糸口が見つかってくれてもいいじゃないか。悔しくて悔しくて、涙が溢れそうになった。
「……ユタカ、キブンテンカンに外の空気を吸いに行きマショウ」「……うん……」
あまり乗り気ではなかったが、パティに促されて立ち上がり、玄関まで歩いていく。靴を履き、外に出ると、吐いた息が白くなって現れる。
「やっぱり寒いね……」「これがギャクに頭の中をスッキリさせテくれマス」
確かに、自分は密閉された空間の中で推理をしていた。こうやって開かれた場所にいると、心までも開放的な気分になれる。今日は青空、太陽の光がゲレンデの雪に反射してまぶしいくらいだ。と、その時――
「What!!?」「パトリシアさん!?」
ゆたかの隣にいたはずのパティが、ゆたかと同じくらいの身長になってしまった。見ると、膝の辺りまで足が埋まってしまっている。
「No……フカミにはまったデース……」「だっ、大丈夫?」「ヘーキデース。……OK、抜けまシタ」
足を引き抜き、別の場所に体重を預ける。が、どうやら固い場所だったようであまり深くまでは沈まなかった。
「よかったー」「Stateでもタマにありまシタから。Butユタカははまりまセンでしたネ?」「あはは、だって私――」 ゆたかの中で、何かが弾けた。
「――!!」「ン?」
途中まで言い掛けてからゆたかは振り返り、自分たちが歩いてきた道を見る。
「パトリシアさん。昨日の夜、どんな天気だった?」「ン~……確か、チョットsnowyデシタが……どうカしましタ?」「わかった……」
パティの問には答えず、代わりに出てきたのはその言葉だった。
「わかった! 足跡が残ってなかった理由が……!」「ホントデスか!?」「うん……。まだ確信はないけど……明日になればわかると思う」
これにより、容疑者は一人に絞られた。それが引き金となったのか、犯人が使ったと思われるトリックが次々と浮かんでくる。……だが、まだだ。全ては臆測なだけ。決定的な証拠はない。たった一つでいい。犯人は、何か重大なことをしでかしたりしていないか……
「!!」
あった。あるではないか。これは間違いなく、決定的な証拠になる!明日になり、ゆたかの推理が当たっているか。それにより、全てが決まる。
翌朝。
「やっぱり……犯人は『あの人』……」
玄関から戻ってきたゆたかは歩きながら呟く。これで……これで全てがつながったのだ。ゆたかにとって、それは残酷な宣告でもあったが……殺人を許すわけにはいかない!歩みを止め、力強い眼差しで眼前の――食堂の扉を見つめた。
「今日が四日目。迎えが来るまでに……決着をつける!!」
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