柊かがみは、手にしたパンフレットや説明資料を読んで溜息をついた。 書いてある内容は、どう見てもねずみ講である。 最近のねずみ講はマルチ商法やマルチまがい商法を偽装する場合も多い(なお、よく勘違いされるが、ねずみ講とマルチ商法は別物であり、特定商取引法をはじめとする各種法規制に従いさえすればマルチ商法自体は合法である)が、これはそれすらしていない。 一応一ひねりはしてあるが、専門家ならすぐにねずみ講だと分かる内容だった。 まあ、素人を騙すにはそれぐらいで充分なのかもしれない。 現に、騙された人間が二人、目の前にいるのだから。 そして、それが自分の身内となれば、ただただ溜息しか出てこない。
「まつり姉さんもつかさも、うまい話には裏があるってことぐらい分からないの!? こんなのに騙されて、もう情けないったらないわよ」「「ごめんなさい」」 まつりとつかさは、縮こまりながら小さな声で謝った。「で、二人とも、他の人を勧誘したりはした?」 二人は小さくうなずいた。「はい、これ、読んでみて」 かがみは、六法全書を開いて、指差した。 そこには、次のように書かれてあった。
無限連鎖講の防止に関する法律第7条 無限連鎖講に加入することを勧誘した者は、20万円以下の罰金に処する。
二人の顔が青ざめた。「警察に自首してもらうわよ」「うう……警察に捕まったりとかしちゃうの?」 まつりが問う。「よほど悪質でない限り、反省してれば、留置場に入るようなことはないわよ。被害者でもあるしね。書類送検されても、情状酌量で起訴猶予ってところだから、実際に罰金払うこともないと思うし」 二人は、ほっとした表情を浮かべた。「でも、起訴猶予でも履歴としては残るんだからね。今度なんかしでかしたら、がっつり罰せられるわよ」 二人は、再びしゅんとしてしまった。 脅かすのはこれぐらいでいいだろうと、かがみは思った。これだけ脅かしておけば、反省するだろうし、二度と同じようなものに引っかかることもないだろう。
雇っている事務員がプリントアウトした紙をもってきた。 インターネット登記情報提供サービスの閲覧画面を印刷したものだ。「一応、その名前で法人登記はされてますね。本店所在地と代表取締役の氏名もあってます。まあ、現地に実際に事務所があるかどうかは怪しいですけどね」「登記簿とっといて」「分かりました」
かがみは、再び二人の方を向いた。「確認したいんだけど、お金のやり取りは銀行口座だった?」「うん」 つかさが答え、まつりもうなずいた。「じゃあ、銀行印用意して。銀行から口座の履歴もらうから。仮差押請求の疎明資料としては、それとこの資料があればなんとかいけるわね」
かがみは、雇っている若手弁護士を手招きして集めた。「対処方針を説明するわよ。 まず、警察に告訴。これだけ証拠がそろっていれば、すぐに動いてくれると思うわ。警察権力で会社の役員たちの身柄を押さえてもらうわよ。とんづらされるのが一番厄介だから。 平行して、会社及び役員を相手に入会金返還及び損害賠償を求めて提訴。同時に、民事保全手続により会社財産及び役員の財産の仮差押を請求。 続いて、被害者を集めて、原告に順次追加。マスコミで報道されれば、すぐに集まるでしょ。 そして、会社の財産内容と債務を把握したら、会社の破産を申し立てるわよ。その方が財産管理を強制的にできるから。 大まかには、こんなところね」 かがみは、さらに細かい作業内容を各弁護士に割り振っていった。
「とにかく、できるだけのことはやってみるわ」「ありがとう、お姉ちゃん」「ほんと、かがみが弁護士で助かったわ」「過度の期待はしないでよ。正直いって損害の全額救済は無理だから。高い授業料だと思うことね」 こういうケースでは、会社の債務額が財産額を上回っているのは確実である(だからこそ、破産手続に入ることになる)。つまりは、債権の全額回収は不可能ということだ。そして、入会金返還債権も損害賠償債権も債権には違いない。
そのとき、「ごめんくださーい」 新たな客がやってきた。 かがみは、その姿を見て唖然とした。「みゆき……」 そこには、高良みゆきと、その母、高良ゆかりの姿があった。「すみません、かがみさん。どうやら、母がねずみ講の被害にあったようでして……」 みゆきの手には、かがみの手元にあるのと同じパンフレットが握られていた。
かがみは、この日何回目になるか分からない深い溜息をついた。
終わり
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