「……確かに、小早川さんを殺したのは私っス……」
観念したのか、ガックリと肩を落とすひよりそのひよりに向かって、みなみは静かに、しかし怒りに満ちた声を発した
「……どうして……? どうして……ゆたかを殺したの……!?」
瞳にうっすらと涙を浮かべてひよりに詰め寄るだがそのひよりも、涙を流しながら逆ギレに近い感情に声を荒げた
「私のせいじゃないんっス!! 悪いのは……悪いのは小早川さんのせいっス!!」「っ……!!」
憎い自分の罪を否定して、その責任すべてをゆたかに押し付ける……みなみは、誰かに対してこれほどまでの憎しみの感情を抱いたことはなかった目の前の存在を殴りたい……そんな感情を押さえ込んで、みなみは言った
「……教えて、田村さん……どうして、ゆたかを殺したの……?」
呼吸を整えるように深く息を吸い込み、ひよりは語り始めた
・・・
――アンタなんか友達じゃない――
陵桜学園の合格発表の時に言われたこの言葉が、彼女が小早川ゆたかを殺したそもそもの原因だったどこの高校に行くか迷っている時、友達が陵桜を受けるということだったので、ひよりもそこを受けることにしたそして合格発表の日……合格者の番号が貼られた掲示板に載っていたのは、ひよりの番号だけだったこれは、入学当初から陵桜を目指して頑張ってきた彼女のプライドをズタズタに引き裂いたのだその際に、ひよりは先ほどの言葉を言われ……彼女との友達関係は終わりを告げることとなる『自分の行いのせいで友達が友達じゃなくなる』ということの恐怖が、彼女の心に刻まれた瞬間だったそれから数ヶ月後、ひよりは高校でも数人の友達ができたもう二度と、友達を失いたくない。そう思ったからこそ、ひよりは友達を怒らせないよう頑張ってきたのだが……
「話ってなんスか? それも資料室なんかで」「ちょっと、誰にも聞かれないところがいいかなって……」
そう言ってゆたかに連れられてきた場所は陵桜の一階の端、普段はめったに訪れない場所だ確かに、誰もこんなところにはこないだろう人差し指をツンツンさせながら、恥ずかしそうに頬を赤らめた
「あ、あのね? この前、田村さんの家で……読んじゃったんだ。私と岩崎さんが……えっちなことしてる本」「!!」
ひよりの額からおびただしい量の脂汗がにじみ出るそれはひより作の漫画――いわゆる同人誌――であった。二人を見ていて、妄想が抑え切れなくなった産物である友達を失わないためにも、二人には絶対に見せまいと思っていたのに、まさか見つけられてたなんて……
「私達を描いてくれたことは嬉しいんだけど、初めてそれを見た時、すっごく恥ずかしかったんだ。だから……」
後半から、ゆたかの声はひよりの耳に届いていなかったゆたか、そしてみなみとの友達関係は、今日で終わりを迎えようとしているそう思った瞬間、あの時の言葉が頭の中に響いた
『アンタなんか友達じゃない』「――!!」
ひよりの理性が、完全に失われた瞬間だった
「だから、ね? できれば次からは、もう少し……」「うぁああああ!!」「きゃ!?」
棚に置いてあった石膏像で、ゆたかの頭を何度も殴った
「た、田村さ……!?」「うあああ! うわぁああああ!!」「が……!」
破片が飛び散り、ひよりの身体に当たる。血しぶきを浴び、身体が赤く染まる。それでも尚、ひよりはゆたかを殴る
そして……ひよりが気付いた時には、ゆたかは床にうつ伏せで倒れていた床はゆたかの血で赤く染められ、その海を石膏像の破片が泳いでいる
「はぁ……はあ……あ、ああああああ!!」
やってしまった
友達を……殺してしまった
「ち、違う……私の……私のせいじゃないっス!!」
叫んで、ひよりは資料室を飛び出した
「――…それから私は、更衣室に置いてあった予備の制服に着替えて、学校中を歩き回ってたんス……」
その話を聞いていたみなみは、ひよりの方を向いてはいなかったひよりの向こうの、どこか遠くを、唇を噛み締めながら
「わっ、私が悪いんじゃないっス! さ、三人が私の描いた同人誌を見付けなければこんなことには――」
突如、ストロボのような強い光が、ひよりの目の前で瞬いた最初は何が起こったのかわからなかったが、右頬の痛みから推測すると……みなみが、自分の頬を殴ったようだった
「い……岩崎……さん……?」「ゆたかが……そんなことを言う人間だと思う……!?」
そのみなみの目からは……大粒の涙が流れていた
「ゆたかは……あなたを許そうとしていた! それを……それを!!」「……え……?」「あの本を見付けて、私とかがみ先輩があなたのところへ怒鳴り込もうとした時、ゆたかが止めた!! 出来心だろうからって、きっと田村さんも後悔してるだろうからって!!」
あの時、ゆたかが何を言おうとしていたのか、ひよりはようやく気が付いた
――できれば次からは、もう少し普通のがいいな。そうすれば、みなみちゃんも怒らないよ――
「じゃ、じゃあ……私は……か、勘違いで……小早川さんを……殺しちゃったんスか……!?」
みなみは、それには答えなかっただが、声をあげて泣きながらガクリと膝を落とすみなみのその動きが、ひよりの推測が事実だということを物語っていた
「……っ……小早川さ……いや……いやああああ!!」「ゆたか……えぐ……ゆたかぁ……!!」
深夜の街中に、二人の泣き声だけが響いていた
(あ……私……死んじゃうだ……)
ひよりが資料室を出ていった後。ゆたかはまだ死んではいなかっただが、意識がはっきりしない。身体が動かない死は、すぐ目の前に迫っていた
(田村さん……私が……誤解させるようなことを言っちゃったから……怖くなったんだね……ごめん……でも……)
ゆたかは最期の力を振り絞り、左手を動かした悪いのは自分。だけれど、理由はどうあれ、ちゃんと罪を償う必要があるだからこそ、ゆたかはダイイングメッセージを残そうとしたのだ
(田村さん……自首して……そうすれば……罪は、軽くなるはず……)
ダイイングメッセージに本名を書かなかったのは、ひよりに対し『少しでも刑が軽くなるように』と猶予を与えようとしたのだ直接名前を書かないで、警察が捜査している間に自首してもらう。自首をすれば、普通に捕まるより刑期が短くなるはずだった小早川ゆたか。最期の時でも、友達のことを想っていた……とても優しい女の子である
(もう……お別れ……みた……い……みなみちゃん……田村さん……パトリシアさん……さよなら…… こなたお姉ちゃん……今から……そっち……へ……)
「……どこに行くの……?」
立ち上がって背中を見せるひよりに、みなみが声を震わせながら尋ねた
「警察に……自首してくるっス。私は……取り返しのつかないことをしてしまったんスから……」
その瞬間、みなみの中で何かが弾けた
「何を……言ってるの……?」「え……ひっ!!」
みなみは背中に手をやり、服の下に忍ばせていた包丁を取り出したその包丁を見て……否、みなみの恐ろしいほどに殺意剥き出しな顔を見て、ひよりは一歩後退りする
「い、岩崎さん……!?」「この場合、『殺意はなかった』とみなされて傷害致死罪になる可能性が高いはず……そうなると、三年以上の有期懲役……」
ブツブツと呟きながらひよりに近づいていくみなみジリジリと逃げていくひよりだったが……後ろには壁。逃げ場はもうない
「田村さんは未成年だから刑は軽減されるはず……それに法律的には『殺したのは一人』だから懲役三年が妥当……」
『くわっ』と目を見開いて、みなみは包丁を振りかぶった
「そんなの……私からゆたかを奪った罪にしては軽すぎる!!」「っ……!!」
みなみが振りかぶった包丁は……ひよりの腹部に突き刺さった痛みは感じない。だが、硬く冷たい異物が身体の中に入ってきたのはわかるそっと手を当てると、どろりとした、生暖かい感触自らの左手は鮮血に赤く染まり、ひよりは言い知れない恐怖を覚えたその瞬間……そう、本当に一瞬だった
「あああああああああ!!」
途端に痛覚が回復し、想像を絶する痛みに思わず叫びだすその叫びは食道を逆流してくる血液で止まり、地面に赤い水溜まりを作ったみなみはひよりの腹部から包丁を引き抜くそれと同時に血液が勢いよくあふれだし、また激痛に立っていることすらままならず、ひよりはゆっくりと倒れていった
「げほっ……いや、だ……まだ……死にたく……ないっス……」
瞳から涙を流すひよりに、またも激痛が走る今度は、左の手のひらに包丁が突き立てられたのである
「死にたくない……? 勝手なこと言わないでよ……。ゆたかだって……死にたくなかったはずなのに……」「そ……それ、は……」「まだ殺さない……じっくりと痛み付けてから……それから殺してあげる……」
包丁を引き抜き、今度は右の太もも、右胸、脇腹に包丁を突き刺していくそれに合わせて、ひよりは小さく呻き声をあげた
「ぅ……ぁぁ……」「ふふふ……じゃあね、タムラサン……」
不敵な笑みを浮かべ、虫の息と化したひよりの首筋に包丁を突き立てるそれまで発していた呻き声は止まり、ひよりはぴくりとも動かなくなった
「ふ、ふふふ……ゆたか……恨みは晴らしたよ……あはははは……!!」
涙を流しながら、みなみは不気味に笑う心の中の空虚がそうさせていることを、みなみは知る由もなかった
翌朝、かがみとみさおはひよりの家を訪れた昨日の推理で、小早川ゆたか殺害の犯人である可能性が一番高いだろうひよりに話を聞くためであるインターホンを押し、しばらくすると二人が知らない男がドアを開けた
「えっと……どちら様で?」「あ、あの、ひよりちゃんの友達なんですが……」「ああ、ひよりならいないよ。起きた時にはいなくなってたし」「Oh……ヒヨリはいないデスか……」
突然、二人の後ろから声がして振り返ると、青白い顔をしたパティがそこにいた
「ぱ、パトリシア……大丈夫か?」「Meは大丈夫デス……ただ、嫌な予感がしまス……」「嫌な予感……?」「Yes……早くヒヨリを見つけないと……テオクレになるかもしれまセン……」
身体をガタガタと震わせている。これは……気のせいで済むのだろうか?とにかく、早くひよりを見つけて、パティを安心させなければ……
「パトリシアさん、動ける?」「Sure……私も、ヒヨリを捜さなくてはいけないデスから……気合いでGoodMorning……!!」
両頬をパチンと叩いて自分に喝を入れる外国人らしからぬ行動だが、パティが日本人の文化や行動をよく観察してるからなのだろう
それから、先ほど扉を開けた男性(ひよりの兄であった)と、手分けして町中を捜しまわるだが、手がかりは一切なし。道行く人達に聞き込みもしたのだが、一向に見つからないかがみとパティの二人にいたっては陵桜学園にまで走っていったが、ひよりの痕跡は見つからなかった
「ダメよ、日下部。そっちは?」『こっちもダメだ。全っ然見つからねーよ』「そっか……」「カガミ! こっちにside road発見デス!」「わかった、今行く! 日下部、また後で連絡するわ!」『ああ! 見つけたら連絡しろよ!!』
みさおとの電話を切り、パティがいる方向へと走りだすそこは裏道の更に裏道、車一台がやっとのことで通れる程度。inside roadと言った方が適切なようだが、そんな英熟語は存在しない
「ここら辺で見てないのはここだけね……」「行きまショウ!!」
パティが走りだし、その後をかがみが追う突き当たりはT字路になっていて、それ以前には異常はないパティがT字路に着き、左右を確認した瞬間――
「あいた!!」
突然立ち止まったパティにかがみは激突。しりもちを着いてお尻を強打した
「いたた……パトリシアさん……いきなり止まら――」
お尻を擦りながら、パティが向いている方向に目をやると……そこには、凄惨な光景が広がっていたアスファルトと塀が、ある一点を中心として赤く染まっているその中心にいるのは、今しがた自分たちが捜索していた……田村ひよりその人であった
「う……おぇぇ……」
あまりに凄惨な光景に、かがみは叫ぶよりも早くもどしてしまった気分を害する方がいるかもしれないので詳しく明記はしないものの……ひよりの様は、一言では言い表わせないほどに凄まじかった
「ヒ……ヒヨリ……」
よろめきながらひよりに歩いていくパティに気付いて、かがみは慌てて彼女を押し倒した
「パトリシアさん! 気持ちはわかるけどダメ!!」「離してくだサイ! ヒヨリが! ヒヨリがぁ!!」
半狂乱になって、必死にひよりへと手を伸ばす
「パトリシアさん、落ち着いて! 今ここで田村さんに触ったら、犯人の手掛かりが消えちゃうかもしれないのよ!?」「!!」
かがみの言葉に、パティは抵抗を止める
「……Blast it……!!」
パティは怒りと歯痒さから唇を噛み締め、涙を流した
※「Blast it」=「畜生」
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