「あんたら、なんで私の分まで食べちゃうかなぁ」「ごめんなさい……」「腹ペコで、つい……」
牢屋の中で土下座する二人。かがみは腕組みをしながらそんな二人を見下ろしているなんだか珍妙な光景である
「こなたは私達が寝てる時に戦ってくれたから仕方ないけど……なんでつかさまで食べまくってたのよ?」「あうう……美味しかったから……ごめんなさい……」
涙目になりながら必死に頭を下げるつかさ
「……まあ、いいわ。それなりにお腹は膨らんだし、ダイエットだと思えば」「ありがとう、お姉ちゃん……」
顔をあげてかがみを笑顔で見つめる『この笑顔には勝てないな』と思いつつ、鉄格子に手を掛けた
「とりあえず、朝になったら帰れるのよね」「でも、高良さんは?」「諦めるしかないわね。言っても信じてくれそうもないからね」「そうなったら」
いつのまにか牢屋の隅っこにいたこなたが声を出した
「戦力は大幅にダウンするね。私、魔術を使えないし」「そうなのよね……」
元はと言えば戦力を確保するためにここに来たのだが、逆に戦力はダウンしてしまったこの状態でサーバ砦に向かっても返り討ちにあうのが関の山だろう
「武器も返してくれるかわからないしね」「どうにかできないかな……」
つかさが何気なく扉に手を掛けた、その時……
「「「へ?」」」
ギイという音がして、扉が簡単に開いてしまった
「……」「……えっと……」「鍵……掛かってない……?」「ふう……」
紅茶を飲みながら、みゆきは小さく息を吐いた
「あの三人、まだ私と同年代くらいの年齢ですよね……」
そう、それがみゆきには疑問だった軍隊に入るには、あまりにも若すぎる年齢である。なのになぜ軍隊にいるのだろうか?可能性としては……赤ん坊の頃に軍隊に拾われたか、死の間際にいるところを救けてもらったか『命を救ってもらい、恩返しとして軍隊にいる』というところが妥当だろうだとすれば……あの三人は騙されている可能性が高い
「……ウンディーネ」『なんの用ですか? 契約者みゆき』
水色の光が一点に集中し、まばゆい光を周囲に放つその光が消えた瞬間、水でできたような乙女が現れた清らかな水の精霊――ウンディーネである
「こんなことで呼ぶのは忍びないのですが……」『私達は契約者の命令に従う者。気にしなくても大丈夫ですよ』
微笑みながら、みゆきに優しく語り掛けるウンディーネ火の精霊、イフリートが放つ厳かな雰囲気とはまるで違う印象である精霊とは言っても、人間と同じでそれぞれに性格があり、ウンディーネは『優しさ』の象徴なのだちなみにイフリートは『厳格・強靭』の象徴である
「あの三人なのですが、なにか悪意のようなものは感じられましたか?」
ウンディーネは、人の心を見ることができると言っても中身を読み取ることはできない。考えている内容を『色』で判断するのだ黒ければ悪意、赤ければ情熱、青ければ絶望、といった感じだ
『いいえ。少々、黄色く染まっているように見受けられましたが』「やはり……」
彼女達に悪意はない。つまり……『操られている』しかし、『黄色』は『焦り』を意味するはず。なにか焦る必要があるのだろうか?
「……まあ、明日聞いてみることにしましょうか。彼女達は悪い人ではないようですし。あ、紅茶どうですか?」『い、いえ……私は、清流の精霊なので……』「あ、そうでしたね。すみません」
空になったティーカップを置き、立ち上がる
「ありがとうございました、ウンディーネ」『いえ。では、私はこれで』
そう言うと、ウンディーネ光の中に消えていったもう寝ようかなと、灯りを消そうとしたその時、インターホンが鳴った
「こんな時間に……誰でしょうか……」
壁に付けられた機械のボタンを押す真ん中にあるモニターが、玄関にいる一人の男を映し出した
「どちら様でしょうか?」『すみません、道に迷ってしまって……今晩泊めてくれないでしょうか』「構いませんよ。どうぞお入りください」
装備は普通の旅人のもの。武器のようなものは見受けられない危険はないだろうと判断したみゆきは屋敷の門を開けた
「……あら?」
出迎えをしようと玄関に向かう途中で、みゆきは違和感を感じた今、牢屋にいるあの三人は初めて投影機を見た時、驚いていたはずだが、今の男は驚いたような素振りは一切しなかった
(……別のところで、投影機を見たのかしら……)
そう自分を納得させ、玄関へ向かう足を速める
「あ、あら?」
玄関ホールには、なぜか『三人』の男がいた最初に見たのは確かに一人……ということは、残りの二人は隠れていたのか?
「おい、獲物の登場だ」
リーダー格と思わしき男が言ったその手には……黄金色に輝く剣が握られていた
「――!!」「けっ、こうもあっさり侵入できるとはな……」「頭を使うんだよ、頭を。正攻法で勝てるような相手じゃねぇだろ」
剣に刻まれた紋章は間違いなくラミア軍のものということは……仲間を取り返しに来たか、みゆきを連れていくつもりか、そのどちらかおそらくあの三人は偵察部隊か何か……あわよくば、あの時点で連れていくつもりだったのだろう
「さて、どうする?」「抵抗できないように痛め付けて持っていこう。武器は持ってないし、俺達のが有利だ」
みゆきの剣は、今は武器庫に保管してあるために丸腰。事前にラミア軍の人間だとわかっていれば持っていったのだが……精霊を呼ぼうにも、あれは集中する必要がある。つまり……隙だらけとなってしまう
「……ほぉ、やんのか」
拳を握って戦いの構えをとるみゆきだが、肉弾戦はしたことがないうえに相手は三人、武器も持っている。勝てるとは言えないが……やるしかない!
「小娘が。一人だけで俺達にかなうと思うなよ!」
リーダー格の男が剣を振りかざしてまっすぐに突進!それを咄嗟のところでかわすが……挟み撃ちになってしまった。おそらく、『わざと外した』
「な……」「言ったろ? 頭を使うってな」
下卑た笑いを浮かべてみゆきに剣を突き付ける部下達はみゆきの背後で『かっこいー!』だの『さすがリーダーだぜ!』だの口々に言っていた
「争いごとは好きじゃねぇ。おとなしく俺達に捕ま……ん?」
その時、男の周りを回る白い球体が二つ現れた特に何かをするわけでもなく、ただくるくると回転しているだけ
「なんだ、こりゃ……?」「えいっ! 雷牙掌!!」
声がホールに響いた瞬間、片方の球体がもう片方に対して放電。間にいた男は感電し、びくびくと痙攣しながら地面に倒れていった白い二つの球体はおそらく持ち主がいるのであろう方向へと戻っていく
「!? あなたたちは!!」
その球体を目で追い、持ち主を特定したみゆきは目を見開いた
「ナイス、つかさ!」「えへへ」
本来なら、牢屋にいるはずの三人がそこにいた必死に記憶を掘り返して……そして気が付いた。牢屋の鍵を締め忘れたことにいや、それよりも、この三人もラミア軍の人間だったはず。なぜ味方を攻撃しているのか?
「くそ! なぜお前達がここにいる!!」「柊かがみ、それに泉こなた!!」「……え……?」
みゆきは泉というその名字に聞き覚えがあり過ぎた
「みゆきさん、下がって! 武器も持ってない状態でここにいるのは危険だよ!」「は、はい!」
この三人に危険性はないと判断し、みゆきは一度戦線を離脱。つかさの少し後ろから男達を睨み付ける
「あ、兄貴!」「ああ! 戦略的撤退だ!」
リーダー格の男を担ぎ上げ、男達は猛スピードで走っていった
「……どこら辺が戦略的なのかな」「さあ? 言ってみたかっただけじゃない?」「かもネ」
逃げていった男達を見送りながら、三人はそう口にする後ろを向くと、みゆきが戸惑ったような顔でこっちを見ていた
「あ、あの、泉さん、だったんですね……私、悪いことを……」「あ~、いいよいいよ。名字を名乗ってなかったこっちも悪かったし」
頭をがしがしと掻きながらひたすら頭を下げるみゆきに言った
「こなた、どういうこと?」「『泉』『高良』『宮川』。この名字は三賢者にしか受け継がれないんだ」「これらの名字を持つ者は子孫を残すために軍や自衛集団に入ることを古来より禁止されているのです。ですから……あなた達はラミア軍の手先ではないとわかったのです」
こなたとみゆきの説明にかがみは納得したものの、つかさは完全に理解しきれないでいた。頭の上にでっかいハテナマークが浮かんだのをかがみが確認しかし他二人はそれに気付いてなかったのか無視して話を進める。その様子を見て、つかさは理解するのを諦めたようだった
「では……最初に言っていたあれは、全て本当のことだったんですか?」「説明するのも面倒だし、私の記憶を見せるね。さっきのサンドイッチで少し魔力も回復したし」
そう言って、こなたはみゆきとおでこを合わせる……と言うよりは、みゆきの頭を引いて自分のおでこと合わせた、と言った方が適切だろう
「――リード」
こなたが呟いた瞬間、こなたとみゆきの身体が淡い光に包まれたそれと同時に、みゆきの頭にはこなたの、こなたの頭にはみゆきの記憶が流れてくる
「これ、は……」「お互いの記憶が見れる……ある意味最強の魔術だよ」
こなたの頭に、みゆきの記憶の断片が流れてくるそれに加え、火、水、雷、土……様々な精霊の知識なども伝わってくるもっとも伝わるだけで、それがこなたの知識になるわけではないがそして……二人を包んでいた光が消えた
「なるほど……事情はよくわかりました」「うん、こっちもわかったよ」
身体を離して、互いの瞳を見つめる
「私とあなた達の敵は同じ……」「かがみ達の村を滅ぼして、みゆきさんのお母さんを無理やり連れていったラミア軍」「まず向かう場所は、ここから一番近いサーバ砦ですね」「これからよろしくね、みゆきさん」
二人は握手をし、互いに協力しあうことを約束した
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