2011年、埼玉県春日部市某所。小早川ゆたかと泉こなたは、この地を訪れていた。ゆたか「懐かしいなぁ…」こなた「ゆーちゃん?」ゆたか「一昨年のマラソン大会…思い出すよね」こなた「…あぁ、あの大会かぁ。ゆーちゃん、すごく輝いてたよね!」
時は2009年に遡る。最後の高校生活を迎えた小早川ゆたかは、あるビラを見ていた。ゆたか「市内マラソン大会…?」それは病弱なゆたかにとってはまるで関係のないことであった。そう、あの時までは。
ゆたか「じゃぁね、みなみちゃん」みなみ「……うん」友達と別れ、一人の帰り道。夕焼け空を見ながら歩いていると、ある一人の男と出遭った。男は膝を抱え、うずくまっているようだった。
ゆたか「大丈夫ですか!?」男「うぅ…いててて…」ゆたか「大変!怪我してる…ちょっと待っててくださいね」ゆたかはカバンの中に入っていた消毒薬と伴創膏を使って、男を手当てしたのだった。
男「ありがとう、助かったよお嬢ちゃん」ゆたか「おじさんは何をしているんですか?」男「あぁ、僕はちょっとマラソンをしていたんだけど、すりむいてしまってね…」ゆたか「そうだったんですか…」男「じゃ、そろそろ僕は行かなくっちゃ…」ゆたか「待ってください!…そんな無理したら傷が…!」
しかし男の目には迷いがなかった。男「…いいかい、お嬢ちゃん。僕はね…一度やると決めたことはやり通さなきゃ気がすまない性格なんだ。たとえ怪我をしても…ね」ゆたか「でも…」男「大丈夫。マラソンって言うのは速さで競うものじゃない。たとえどんなに足が遅くたっていい。最後まで走り抜けるのが肝心なんだ」ゆたか「最後まで…走り抜ける…」男「じゃ、そろそろ行くからね」ゆたか「待って…私は小早川ゆたかといいます!あなたのお名前を…お名前を聞かせてください!」男「…立木…」ゆたか「?」立木「立木ふみひこ…僕の名前だよ。じゃあね、ゆたかちゃん」そういい残し、立木という男は風のように走り去っていった…
数日後。ゆたかは立木の残した言葉を反芻しながら考えていた。ゆたか「最後まで走り抜ける…」みなみ「……どうしたの?」ゆたかの親友である岩崎みなみが声をかけるゆたか「あ、みなみちゃん…実はね…」ゆたかはみなみに例のビラを見せた。みなみ「……マラソン大会?」ゆたか「再来週の開催で、参加は自由だって言ってるけど…」みなみ「………無理、しないで」ゆたか「うん…でもね」
ゆたかはみなみに先日あった事を打ち明けた。立木という男に出会ったこと。そして立木が言っていた言葉。「最後まで走り抜けるのが肝心だ」という言葉。それらを含めて、先日あった事を語った。
ゆたか「……でね、マラソン大会…出ようと思うんだ」みなみ「…!」ゆたか「ダメ…かな?」みなみ「……」ゆたか「そうだよね…こんな身体の弱い私なんかじゃ……すぐに……」
しかし、みなみはゆたかの予想を翻す言葉を言った。みなみ「……わかった」ゆたか「え?」みなみ「…ゆたかがそれでいいなら、私は何も言わない。私に…ゆたかを止める権利なんてない」ゆたか「みなみちゃん…」みなみ「…ガンバレ」ゆたか「…うん、ありがと…」ゆたかは、マラソン大会に出る決意をした。
その夜…ゆたかはその決意をこなたに話した。その話を聞いたこなたは…いつになく真剣な表情をしていた。こなた「ゆーちゃん…マラソン大会に出るって本気で言ってるの?」ゆたか「うん」こなた「マラソンはね…校庭を1周走るのとは訳が違うんだよ?下手をしたらゆーちゃんの身体が持たないかもしれないんだよ?」ゆたか「わかってる…うん、わかってるよ、でも…」こなた「…もう一度聞くよ。本当に出るつもりなの?」ゆたか「お姉ちゃん…私は今まで嘘なんてついたことないよ。私は本気で出るつもりだから…」
しばし沈黙が続く。心配そうに見つめるこなた。いたって真剣な眼差しのゆたか。
こなた「ふぅ…」やがて、こなたは溜息を大きくつくと、こなた「…わかった。ゆーちゃんがそこまで言うなら仕方ないよね」と、苦笑いを浮かべながら言ったのだった。こなた「でもね、ゆーちゃん。これだけは言わせて。…絶対に、無理しちゃダメだよ」ゆたか「うん…ありがとう、お姉ちゃん」
そして、マラソン大会当日…スタート地点にはこなたや、みなみ達が応援に訪れていた。精一杯の応援を受け、呼吸を整えるゆたか。その小さい身体につけられたゼッケンが朝日に輝いていた。
ランナーは総勢200人。それらが号砲と共に一斉に走り出した。ゆたかは、走ることに集中した。とにかく、走ることに必死だった。ゆたかの横を他のランナーが走りすぎていく。
ゆたか「ふぅ…ふぅ……」息を切らすゆたか。何度も立ち止まりそうになったが、自分に言い聞かせるようにして走り続ける。ゴールを目指し、ただひたすらに走り続けるゆたかであったが…。
ゆたか「あっ…!」突然ゆたかはバランスを崩し、転んでしまった。他のランナーはそんなゆたかに見向きもせずに走りすぎていく…。
こなた「ゆーちゃん!…もういい、もういいよ!これ以上は無理だよ!」みなみ「…ゆたか……!」ゆたかは思った。やはり私では無理だったんだ。もう、何もかもがダメなんだ…。絶望の淵に立たされたゆたか。しかし、一人のランナーが手を差し伸べたのだ。
立木「大丈夫かい?ゆたかちゃん」ゆたか「立木さん!」そう、ゆたかに手を差し伸べたランナー。彼こそ、あの日ゆたかが出会った立木ふみひこ、その人であった。立木「さぁ、立てるかい?」ゆたか「…はい」立木「自分のペースでいいんだ。落ち着いて…一緒にゴールを目指そう」ゆたか「はい!」
立木はゆたかにとっての、心の支えだった。ゆたかがこの大会に出る決意をしたのも、彼の言葉のお陰だった。そして、諦めかけていたゆたかを救ったのもまた、立木だった。手を差し伸べられた瞬間、ゆたかは魔法の言葉を思い出した。「最後まで走り抜けるのが肝心だ」ゆたかはゴールを目指した。もう迷う暇はない。残りの力を振り絞って、立木と共にゴールを目指し走り続けた。そして、ゆたかと立木はゴールテープを切った。人々の歓声を聞きながら…。その直後であった。ゆたか「…っ!」立木「ゆたかちゃん!」みなみ「ゆたか!」こなた「ゆーちゃん!」ゆたかは力尽き、そのまま座り込んでしまった。こなた「大丈夫!?ゆーちゃん!」ゆたか「えへへ…これぐらい…平気だよ…」こなたは急いでゆたかにスポーツドリンクを飲ませた。みなみは、ゆたかの汗を拭ってあげた。そして周りの人々は一瞬静まり返ったあと…
ゆたかに、暖かな拍手を贈ったのだ。
そして2011年…ゆたか「あれからもう2年かぁ…立木さん、元気にしてるかな…」こなた「まったく、ゆーちゃんったら無理しちゃって…」ゆたか「うん…あの時は心配かけちゃって、ごめんね」こなた「いや、最高にカッコよかったなって思っただけだよ」ゆたか「お姉ちゃん…」こなた「ん?」ゆたか「大好きだよ、お姉ちゃん☆」こなた「おわぁっ、そう来ますか!」
微笑みあう2人の元に、柊つかさが現れた。つかさ「あ、こなちゃんにゆたかちゃん」こなた「つかさじゃないか~。どったの?」つかさ「ちょっと買い物の帰りで…」こなた「そうか、大変だね。私は今ゆーちゃんと昔を懐かしんでたとこなんだよ」つかさ「へぇ~…頑張ったんだね、ゆたかちゃん」ゆたか「えへへ…」
その時、つかさの携帯にメールが入った。つかさ「あ、お姉ちゃんからだ。…バ…ル……ス、と。送信~☆」ゆたか「!!!」次の瞬間、ゆたかは火花を散らしその場に倒れこんでしまった!こなた「ゆーちゃん!?ゆーちゃん!!」つかさ「あ、あれ…ゆたかちゃん?」こなた「…せっかくいい話で終わるところだったのに何をするだァーッ!ゆるさんッ!!」
…めでたし、めでたし?
<オワリ>
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